No | 116315 | |
著者(漢字) | 橋本,彰子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ハシモト,アキコ | |
標題(和) | B細胞における容量性カルシウム流入の抑制 | |
標題(洋) | Nagative regulation of stor-operated Ca2+ influx in B lymphocyte | |
報告番号 | 116315 | |
報告番号 | 甲16315 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1710号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 細胞内Ca2+濃度は刺激に応じて上昇し、筋収縮、分泌、記憶、発生など生体内の様々な細胞機能を調節する。血球系の細胞では抗原受容体刺激が細胞内Ca2+濃度を上昇させ、分化、増殖、細胞死などを引き起こす。酵素活性や転写因子の核移行が細胞内Ca2+濃度によって調節されていることから、刺激に応じた細胞内Ca2+濃度上昇のパターンが細胞の運命を決める上で重要な役割を果たすと考えられている。 抗原受容体刺激による細胞内Ca2+濃度上昇は細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出と、細胞外からのCa2+流入によって構成されている。これまでの研究から、抗原受容体刺激が主にチロシンキナーゼ系分子を介したホスホリパーゼC(PLC)の活性化によってイノシトール3リン酸(IP3)を産生し、小胞体上のIP3受容体を活性化してCa2+放出を引き起こす機構が明らかにされている。しかし、細胞内Ca2+濃度上昇の時間的・空間的性質の決定に重要なCa2+流入については不明な点が多く残されている。血球系の細胞ではストア内のCa2+量が減ったことによって活性化される容量性Ca2+流入が主なCa2+流入経路であることが知られているが、チャネル分子の実体はまだ明らかでなく、チャネル活性の制御機構についても全容が明らかにされていない。 本研究では、ニワトリ由来培養B細胞であるDT40細胞を用い、B細胞抗原受容体(BCR)刺激が容量性Ca2+流入を抑制する2種類の機構を明らかにした。 第一章 BCR刺激によるSHIPを介した容量性Ca2+流入の抑制 Src homology2 domain containing inositol 5'-phosphatase (SHIP)は、phosphatidylinositol3,4,5-trisphosphate(PIP3)を基質とする脱リン酸化酵素である。 抑制性の受容体であるFcγRIIBがBCRと共に刺激されたとき、細胞内Ca2+濃度上昇を短く抑えるためにはSHIPが必要であることから、FcγRIIBを介する抑制性シグナルの担い手として知られてきた。しかし、最近になってSHIPを遺伝的に欠損した細胞ではBCR刺激のみによる細胞内Ca2+濃度上昇が増強されていたことから、SHIPは抑制性受容体刺激の有無に関わらずCa2+濃度上昇の抑制をしていることが明らかになった。そこで、本研究では野生型のDT40細胞とSHIP欠損細胞の比較を行うことによってBCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇をSHIPが抑制する機構を明らかにした。細胞内Ca2+濃度は細胞質にCa2+蛍光指示薬Fura-2AMを負荷した細胞をCCDカメラでイメージングすることによって単一細胞レベルで測定した。 <Ca2+放出について> 野生型細胞およびSHIP欠損細胞に抗IgM抗体を添加しBCR刺激に対する細胞内Ca2+濃度上昇を比較してみたところ、報告どおりSHIP欠損細胞におけるCa2+濃度上昇の方が長引いていることが確認された。そこで、SHIP欠損細胞におけるCa2+濃度上昇の延長がCa2+放出に依存するか否かを確かめるため、細胞外のCa2+を除去してCa2+流入が生じないようにした状態でBCR刺激を行った。すると野生型細胞に比べてSHIP欠損細胞におけるCa2+濃度上昇の方が長引いていることが観察され、SHIP欠損細胞でCa2+放出が大きくなっていることが観察された。さらにIP3結合タンパク質法を用いたIP3濃度測定の結果から、BCR刺激によるIP3産生がSHIP欠損細胞の方でより高く長く続いていることが明らかになり、SHIPの存在はIP3産生を抑える効果があることがわかった。 <Ca2+流入について> SHIPのCa2+流入への影響を調べるため、まず細胞外Ca2+を除いた状態でBCR刺激によるCa2+放出を起こし、一旦上昇した細胞内Ca2+が静止状態近くまで戻るのを待ってから、細胞外液にCa2+を加えてCa2+流入による細胞内Ca2+濃度上昇を測定した。この方法で測定した結果では野生型細胞よりもSHIP欠損細胞でのCa2+流入の方が大きくなっていた。しかし、BCR刺激によってCa2+ストアからCa2+放出を起こしているので、Ca2+ストアの残量に二次的にCa2+放出機構による影響が残っている恐れがある。そこで真に容量性Ca2+流入機構に違いがあるのかどうかを確認するため、小胞体Ca2+-ATPase阻害薬であるThapsigargin(TG)を用いて両細胞のCa2+ストアを枯渇させてから外液にCa2+を加える方法で容量性Ca2+流入だけを測定した。この方法では野生型細胞とSHIP欠損細胞でのCa2+流入の大きさに差は無かったことからCa2+流入活性化機構へのSHIPの直接の影響はないことが示唆された。これらの結果から、SHIPはBCR刺激によるIP3産生を抑制することによってCa2+放出を抑制し、その結果Ca2+ストアのCa2+量があまり減らないので二次的にCa2+流入を抑制していることが明らかになった。 SHIPの基質であるPIP3はPLCの活性化に必要であることが報告されている。したがってSHIPがPIP3を代謝することによってPLCの活性が抑制され、IP3産生が抑制されたものと考えられる。 第二章 BCR刺激によるLynを介した容量性Ca2+流入の抑制 これまでに数多くのシグナル伝達に関わる分子が容量性Ca2+流入の促進、抑制をすると報告されてきた。しかしそれらの多くは、Ca2+放出と区別して評価されていないので真に容量性Ca2+流入の変化であるのかわからない。また、拮抗薬を用いて解析した実験では、使われている薬物が必ずしもCa2+流入機構のみに作用するとは限らない。たとえば、その薬物が単に膜電位を変化させてCa2+流入の電気的な駆動力に変化を与えている可能性など曖昧な点を残している。本研究では、これらの問題点を解決した上で観察されるBCR刺激による容量性Ca2+流入の抑制機構を見出した。 <2種類の抑制機構> BCR刺激がCa2+放出を介さずに容量性Ca2+流入に及ぼす影響を観察するために、TGを用いてCa2+ストアを枯渇させ、容量性Ca2+流入を誘発してからBCR刺激を行った。この実験からBCR刺激が容量性Ca2+流入を抑制することを発見した。そこで、このBCR刺激による容量性Ca2+流入抑制の電気的な性質を調べるため、膜電位インジケーターであるDiSC3(5)を用いて細胞の膜電位の測定を行った。すると、BCR刺激を受けた細胞群では20mV程度の脱分極が観察され、BCR刺激が細胞膜の脱分極を介してCa2+流入を抑制していることがわかった。次に膜電位に依存しない影響があるかどうか確認するため、K+イオノホアであるValinomycin(Val)を用いて膜電位を固定した状態でBCR刺激を行ったところ、この条件下でも容量性Ca2+流入はBCR刺激によって抑制された。これらの結果から、BCR刺激は1)細胞膜の脱分極によるCa2+流入の抑制(脱分極依存性抑制)と2)膜電位には依存しないCa2+流入の抑制(脱分極非依存性抑制)を同時に起こしていることがわかった。 <Ca2+流入抑制に関わる分子> BCR刺激による容量性Ca2+流入抑制に関わる分子を検索するため、細胞内Ca2+動員に関わる分子であるLyn,Syk,Btk,SHIPをそれぞれ遺伝的に欠損した細胞を用い、野生型細胞について行った上記と同様の実験を行った。その結果、Syk,Btk,SHIP欠損細胞では野生型細胞と同じように抑制が見られたが、Lyn欠損細胞では抑制が見られなかったことからLynがBCR刺激によるCa2+流入抑制に関与していることが明らかになった。また、Syk,BtkはIP3産生経路で必須な分子であり、SHIPもIP3産生を調節する分子であることから、ここで問題にしているBCR刺激による容量性Ca2+流入抑制にはIP3産生は関係していないことが示唆された。 続いてLynがCa2+流入の脱分極依存性抑制と脱分極非依存性抑制にどのように関与しているかを調べた。Lyn欠損細胞のBCR刺激による膜電位変化を測定したところ、野生型細胞に比べて小さく変化速度が遅い脱分極が観察され、Lynが脱分極に関わっていることが示された。また、脱分極非依存性抑制へのLynの影響を調べるため、Val処理をしたLyn欠損細胞について野生型細胞と同様の実験を行ったところ、Lyn欠損細胞では容量性Ca2+流入の抑制がみられなかった。以上の結果からLynは、BCR刺激による脱分極非依存性抑制に必要であることが明らかになった。 結語 従来BCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇に対して抑制をかける機構が存在することが知られており、それにはFcγRIIBなどの抑制性受容体を同時に刺激する必要があると考えられていた。これに対して、本研究はBCR刺激が、自身の細胞内Ca2+濃度上昇作用に対して自己抑制をかける機構を初めて明らかにした。この機構には2通りあり、第一の機構は、BCR刺激がSHIPを介してIP3産生を抑制してストアからのCa2+放出を抑制すると同時に、二次的に容量性Ca2+流入を抑制するものである。第二の機構は、BCR刺激が脱分極を起こしてCa2+流入の駆動力を減少させるとともに、Lynを介して容量性Ca2+流入機構に直接的に抑制をかけるものである。このようなフィードバック機構により、BCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇は精密にコントロールされていることが明らかになった。 | |
審査要旨 | 本研究は、細胞機能調節に重要なメッセンジャーである細胞内Ca2+濃度上昇がB細胞受容体(BCR)刺激によって抑制される分子機構を明らかにする目的で、DT40細胞の遺伝子欠損株を用いて細胞内Ca2+濃度測定を行い、下記の結果を得ている。 1. Src homology2 domain containing inositolpolyphosphate 5'-phosphatase (SHIP)を欠損した細胞が受容体刺激によって大きな細胞内Ca2+濃度上昇を起こす原因として、細胞内Ca2+ストアからのCa2+放出の増大が確認された。また、IP3増加量の測定から、Ca2+放出の増大がIP3産生の増大によるものであることが示された。 2. 次に、SHIP欠損細胞の容量性Ca2+流入について調べたところ、BCR刺激で活性化したCa2+流入は大きくなっていた。しかし、小胞体Ca2+-ATPase阻害薬を用いて活性化した容量性Ca2+流入の大きさには変化が無かったので、SHIPが容量性Ca2+流入機構そのものには影響していないことが示された。 3. 前述の結果から、SHIPはBCR刺激によるIP3産生を抑制することによってCa2+放出を抑制し、その結果細胞内Ca2+ストアのCa2+量があまり減らないので二次的にCa2+流入も抑制して、細胞内Ca2+濃度上昇を抑制していることが明らかになった。 4. 次にBCR刺激がCa2+放出を介さずに容量性Ca2+流入を調節する機構について調べた。Ca2+-ATPase阻害薬を用いて容量性Ca2+流入を誘発してからBCRを刺激する実験から、BCR刺激が容量性Ca2+流入を抑制することを発見した。 5. BCR刺激が容量性Ca2+流入を抑制する機構について調べた結果、細胞膜の膜電位測定からは脱分極による機構があることが示され、Valinomycinを用いて膜電位を固定した条件下での実験からは膜電位に依存しない機構があることが示された。 6. BCR刺激による容量性Ca2+流入抑制に関わる分子を探すため細胞内Ca2+濃度上昇に関わる4種類の分子をそれぞれ遺伝的に欠損した細胞について調べたところ、Lynが関与していることが明らかになった。さらに、Lynが脱分極に関わっていることと、膜電位に依存しない抑制には必要であることが示された。 以上、本研究はBCR刺激が、Ca2+放出抑制、脱分極、そしてCa2+放出にも脱分極にも依存しない機構を介して容量性Ca2+流入を抑制していることを明らかにした。従来BCR刺激による細胞内Ca2+濃度上昇に対して抑制をかける機構が存在することが知られており、それにはFcγRIIBなどの抑制性受容体を同時に刺激する必要があると考えられていた。これに対して、本研究はBCR刺激が自身の細胞内Ca2+濃度上昇作用に対して自己抑制をかける機構を初めて明らかにし、リンパ球の細胞内シグナル伝達に関する研究に重要な知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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