No | 116317 | |
著者(漢字) | 布施,俊光 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フセ,トシミツ | |
標題(和) | Cre組換え酵素を発現するマウスの解析と応用 | |
標題(洋) | Characterization and application of mice expressing Cre recombinase | |
報告番号 | 116317 | |
報告番号 | 甲16317 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1712号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 機能生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | Rho,Rac,Cdc42を代表とするRhoファミリーはアクチン細胞骨格系の再編成に関与していることが明らかになっている。RhoAはRhoファミリーに属す低分子量Gタンパク質であり、その機能は細胞の形態や凝集、運動、細胞質分裂、増殖、ストレスファイバーの形成、エキソサイトーシスなど多岐にわたっている。これらのRhoAの機能は、培養細胞系においてはよく解析されているが、生体内における役割はいまだによくわかっていない。そこで私は、生体内でのRhoAタンパク質の役割を調べるため、Cre/loxP遺伝子組換えシステムを用いて誘導可能な恒常活性型RhoA(caRhoA)発現トランスジェニックマウスを作成した。ここでは、そのマウスを応用して初期発生の分子機構の解析をおこなった。 大腸菌ファージPl由来のCre組換え酵素は、loxPと呼ばれる34塩基の配列を特異的に認識し、二つのloxP配列間で遺伝子組換えをおこす。このCre/loxPシステムを、標的遺伝子であるcaRhoAをCre活性依存的に過剰発現させるために用いた。Chick β-actinのプロモータを改変して作られたCAGプロモータの下流に、二つのloxPで挟まれたlacZ遺伝子、次にcaRhoA遺伝子を接続した組換え遺伝子ベクターCAG-Z-caRhoAを作成し、C57BL/6を遺伝的背景に持つマウス受精卵に注入することで、遺伝子組み換えマウス5系統を得た。この5系統の中から、CAGプロモータが成熟脳で強く活性化し、Cre依存的にcaRhoAが発現することが期待される形の組換え遺伝子を保持するRho36マウスラインを樹立した。このRho36マウスをCre発現マウスと交配することにより、Creが活性化した細胞でlacZ遺伝子が欠失し、強力なCAGプロモータによりcaRhoAが過剰発現することが実現する。また、Rho36マウスラインにおいては胎生期の胚盤胞よりCAGプロモータが活性化していることがX-gal染色により明らかになり、適切なCre発現マウスを選択することで、成熟脳細胞のみならず初期胚からcaRhoA発現の解析が可能であることがわかった。 次に、Rho36マウスラインと交配させるCre発現マウスとして、TLCN-CreマウスのCre組換え酵素の機能発現部位・時期の解析をおこなった。TLCN-Creマウスは、生後、終脳特異的に発現する免疫グロブリン様接着分子であるTelencephalin遺伝子の翻訳開始メチオニンコドン直下に、遺伝子相同組換えによってCre遺伝子を導入したマウスである。このマウスをCre活性のレポーターマウスであるCAG-CAT-Zマウスと交配し、X-gal染色をすることでCre活性化部位を観察した。得られた生後28日齢マウスにおいて終脳のみならず脳全域でβ-galactosidase活性が認められ、Creによる組換えはTelencephalinの発現領域に限局されていなかった。また、新生仔マウスの全身の11の組織よりゲノムDNAを抽出し、組換えをサザンハイブリダイゼーションにより観察したところ、組換えが全身でほぼ均一な効率でおこっていることがわかった。これは発生の早い時期でのCre活性化によるものと考えられることから、胎生期における組換えをX-gal染色で観察した。その結果、胎生3.5日齢(dpc)においては活性化しておらず、着床後の5.5dpcにおいてはβ-galactosidase活性が認められ、発生初期のCre活性化が明らかになった。 このTLCN-CreマウスをRho36マウスと交配することで、胎生期におけるcaRhoAの過剰発現の効果、ひいてはRho36マウスに導入された組換え遺伝子が機能することを示すことができると考え、解析をおこなった。まず、TLCN-Creホモ接合体とRho36ヘテロ接合体の交配により得られた新生仔マウスの遺伝型を調べたところ、Rho36/TLCN-Creの両ヘテロ接合体マウスは出現せず、胎生致死であることが明らかになった。次に子宮より胚を採取して胎生期発達障害の観察をおこなった。まず、TLCN-CreによるCAG-Z-caRhoA遺伝子の組換えが胚で起きていることを9.5dpc胚ゲノムにおけるCreによるloxP間欠失をサザンハイブリダイゼーションで確認した.得られた胎仔の外見の大まかな形態観察では,7.5dpc胚までは発達に大きな差は観察されなかったが,8.5日胚ではRho36/rLCN-Cre変異胚において発達の抑制,headfoldといった形態形成の不全が観察された.このことから,着床後の7.5-8.5dpcの間に発生障害が現れることが示唆された. さらに胚薄切切片のヘマトキシリン・イオシン染色による組織学的な観察により,発生障害の原因の解析をおこなった.7.5dpc変異胚では,羊膜腔における外胚葉原基細胞の異常な増殖により細胞塊の隆起が観察された。またこの時期の正常胚で観察される中胚葉形成や、胚外部組織の形成は、変異胚においても若干の乱れはあるもののきちんと起きている。原始線条の形成を観察するために、原始線条マーカー遺伝子であるT遺伝子のホールマウントin situハイブリダイゼーションをおこなったところ、変異胚と正常胚の間で差は観察されなかった。これらのことから、caRhoAの発現は外胚葉原基細胞の異常増殖をおこし、原始線条に移動して中胚葉形成に移行しなかったものの一部が羊膜腔に蓄積して隆起を形成するものと考えられる。外胚葉原基において表現系が観察されたのは、もともと増殖能が高い外胚葉原基細胞においてcaRhoAが発現することでさらに増殖能が高まったためと考えられる。 この研究において、caRhoAをCre依存的に発現するマウスを作成し、TLCN-Creマウスと交配することで、着床後マウス初期胚におけるcaRhoAの発現の初期発生に与える影響を観察することができた。マウス初期胚におけるcaRhoAの過剰発現が発生の正常な進行を阻害し、それは外胚葉原基細胞の増殖の亢進によると思われる。また、導入されたCAG-Z-caRhoA組換え遺伝子が機能すること、そこから発現するcaRhoAが生理的な作用を顕わすのに十分な量であることが示された。Cre依存的caRhoA発現マウスが確立したことから、他の時期・組織特異的にCre組換え酵素を発現するマウスと交配することで、それらの組織でのcaRhoAの機能の解析もおこなうことも可能となった。脳の高次機能発現過程において、神経細胞の形態変化が学習・記憶の形成といった神経活動にともなっておこっていることが指摘されている。特に、学習・記憶の電気生理学的な素過程とされるシナプス可塑性の発現時にスパインの形態変化がおこり、それはNMDA受容体依存的であることが示されている。さらにNMDA受容体依存的な形態変化はシナプス形成時にも観察され,NMDA型受容体特異的アンタゴニストを作用させた際の樹状突起仲長の抑制が、低分子量Gタンパク質RhoAのドミナントネガティブ体により解除されることが報告されている。これらのことから、NMDA受容体を介してRhoAにいたる、神経伝達に制御された神経細胞骨格再編成の存在が示唆された。今後、神経細胞特異的なCre発現マウスと交配することで、脳の高次機能におけるRhoA情報伝達の役割も明らかにできると思われる。 また,今回の解析で、マウス初期発生の解析においてCre/loxP遺伝子組換えシステムを応用する実験系が有効であることも示すことができた。胎生期に外来遺伝子を発現させて発生への影響を観察する場合、通常の組換え遺伝子導入では、導入した遺伝子が致死性を示す場合にはマウスの系統の維持が困難である。そのような問題をこの解析系は回避できることから、初期胚の発生上における遺伝子機能の解析にTLCN-Creは非常に有効であると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、アクチン細胞骨格再構成を制御することでさまざまな生命現象で重要な役割を演じていると考えらている低分子量Gタンパク質RhoAのマウス生体内での機能を明らかにするために、Cre/loxP遺伝子組換えシステムを用いて恒常活性化型RhoA(caRhoA)をマウス初期胚で発現させ、とくに初期発生に焦点をあててRhoA情報伝達の役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1. 大腸菌Plファージ由来のCre/loxP遺伝子組換えシステムを応用し、Cre組換え酵素活性依存的にcaRhoAを発現する組換え遺伝子コンストラクトCAG-Z-caRhoAを作成し、これを持つ遺伝子組換えマウスRho36を得た。このRho36マウスに導入された組換え遺伝子のプロモーター活性を、レポーター遺伝子として接続されたlacZ遺伝子発現により調べた。脳切片、および胚のX-gal染色の結果、胚盤胞においてすでにプロモーターは活性化しており、初期胚においてCre組換え活性依存的なcaRhoA発現が期待されることが示された。 2, テレンセファリン遺伝子の翻訳開始コドン直下にCre遺伝子を遺伝子相同組換えにより導入したTLCN-Cre'ノックイン'マウスのCre組換え酵素活性の部位・時期特性を解析した。TLCN-Creマウスを、loxP配列間の組換えによりβ-galactosidaseを発現するレポーターマウス(CAG-CAT-Z)と交配し、そのF1マウスの脳薄切切片をX-gal染色することで、TLCN-CreマウスにおけるloxP間欠失は、生後終脳特異的に発現するテレンセファリン遺伝子の発現パターンとは一致せず、脳全域に分布することが示された。 3. TLCN-CreマウスにおけるloxP間組換え効率の組織特異性を、新生仔マウス全身の11の組織よりゲノムDNAを抽出してサザンハイブリダイゼーションにより解析したところ、すでにそれらすべての臓器で組換えが起こっていることが示された。マウス胚を摘出してX-gal染色を行い、3.5日胚の胚盤胞では組換えは起こっておらず、着床後の5.5日胚において組換えが起こることが示された。この解析により、TLCN-Creマウスは着床後胚における時期特異的なCreマウスとして用いることができることが示された。 4. Rho36マウスとTLCN-Creマウスを交配することで、着床後胚におけるcaRhoA発現のマウス初期発生への影響の解析がなされた。これら両者の遺伝子を持つマウス胚は胚性致死であり、生誕しないことが新生仔マウスの遺伝型判定により示された。7.5-9.5日胚を摘出して形態学的な解析をおこない、8.5日胚ですでに発生が停止していることが示された。 5. 7.0-8.5日胚の組織切片を作成することで発生障害の詳細を形態学的に解析し、7.5日胚における羊膜腔に原外胚葉の異常な細胞塊が存在することが示された。原始線条形成、および他の組織の構造は比較的正常であり、発生障害は原外胚葉においてまず細胞の異常増殖としてまず顕著にあらわれることが示された。 6. 以上の解析結果から、マウス胚において恒常活性型RhoAを発現することは、特に活発に増殖している原外胚葉細胞において,選択的に増殖能をより亢進することが示された。 以上、本論文はマウス生体内でRhoA情報伝達の解析をおこなう実験系の開発を行い、Cre組換え酵素依存的に恒常活性化型RhoAを発現するマウスを作成した。さらに、着床後の初期胚においてCre遺伝子を発現するTLCN-Creマウスと交配することで、caRhoAが原外胚葉細胞の増殖を亢進する事を示した。本研究はほとんど解析がおこなわれていないマウス生体内でのRhoA情報伝達の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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