学位論文要旨



No 116318
著者(漢字) 荻野,周史
著者(英字)
著者(カナ) オギノ,シュウジ
標題(和) 常染色体劣性脊髄筋萎縮症におけるSMN1遺伝子定量解析と分子病理学的検査
標題(洋) SMN1 Gene Dosage Analysis and Moleculor Pathology Testing for Autosomal Recessive Spinal Muscular Atrophy
報告番号 116318
報告番号 甲16318
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1713号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 講師 宇川,義一
 東京大学 講師 楠,進
 東京大学 助教授 渡邉,俊樹
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 約94%の常染色体性劣性脊髄筋萎縮症(以下、SMA)患者は両方の第5番染色体(5q13)にあるSMN1遺伝子を欠く。大多数のSMAキャリアーはSMN1を1コピーのみ持つが、時に2つSMN1コピーを持つキャリアーも存在する。それらは、遺伝子欠失キャリアーのもう一つの第5番染色体に2コピーSMN1が存在する(2コピーアリール)ため、あるいは遺伝子内の小さい変異(非欠失性変異アリール)を持つキャリアーによる。この研究の第一目的は種々のSMN1正常および異常アリールの頻度とde novo突然変異率を計測し、SMN1遺伝子定量解析−SMAキャリアー遺伝子検査における偽陰性度推定に役立てることである。SMN1遺伝子定量解析はSMN1とSMN2のPCR増幅の後、制限酵素DraIによるSMN2消化により、SMN1とSMN2を区別する。しかし、PCRの最終サイクル中に形成するSMN1/SMN2異性体二重鎖は制限酵素により消化されず、SMN1のみかけの信号強度を上げ、SMN1遺伝子定量検査に影響を与える可能性がある。このSMN1/SMN2二重鎖の定量解析を行なうのが第二の目的である。第三の目的は種々の(SMN1コピー数):(SMN2コピー数)(以下、n1:n2)の遺伝子型の頻度を一般人やSMAの様々なキャリアーにおいて測定することである。

方法

 180人のSMAの家族歴のない健常人と102人のSMA患者の両親を対象として、蛍光標識プライマーを用いたSMN1遺伝子定量解析によりSMN1コピー数が求められた。このSMN1遺伝子定量解析はSMN1とSMN2のPCR増幅の後、制限酵素DraIによるSMN2消化により、SMN1とSMN2を区別するほか、同時にCFTRgene、一定量試験管に加えられたSMN internal standardとCFTR intemal standardをPCR増幅、定量し、さらにその後、5つのSMN12コピーのコントロールを使って、SMN1の信号強度を修正し(NA3を得た)、SMN1コピー数を定める。SMN2のコピー数はSMN1とSMN2の信号強度の比較により求められた。他の文献のデータと統合することにより、種々のSMN1の正常と異常アリールの頻度とSMN1のde novo突然変異率が定められた。SMN1/SMN2二重鎖定量のためには対象の273人のSMN1とSMN2のコピー数を求め、種々のn1:n2の遺伝子型のグループにわけて、修正されたSMN1信号強度(NA3)を2:0グループのNA3と比較し、NA3の見かけ上の偏位からSMN1/SMN2二重鎖の量を計算した。n1:n2の遺伝子型の頻度の測定と比較には、偏りを避けるために177人のSMAの家族歴のない健常人と105人のSMA患者の両親を対象とした。

結果

 家族歴のない180人のSMN1コピー数の分布は以下のようであった。1コピー3名、2コピー164名、3コピー11名、4コピー2名。102人のSMA患者の両親のSMN1コピー数の分布は以下のようであった。1コピー96名、2コピー6名(うち1コピーアリールを二つ持つ者2名、2コピーアリールと0コピーアリールをあわせ持つもの4名)。おおよそのSMN1アリールの頻度は次の如くであった。0コピー(欠失変異)アリール頻度=0.0097、非欠失変異アリール頻度=0.00030、1コピーアリール頻度=0.95、2コピーアリール頻度=0.038。この結果、キャリアーであって2コピーのSMN1を持つ頻度は1/15 (=2コピーアリールを持つ頻度1/26+非欠失変異を持つ頻度1/34)と計算された。これにより、検査前のキャリアーである確率を用いて、SMN1遺伝子定量解析−SMAキャリアー遺伝子検査において2コピーの結果が得られたのにもかかわらずまだキャリアーである確率、即ち偽陰性の確率が計算できることになる。またde novo突然変異率は1/5000 live birth(父親からの場合)と1/14000 live birth(母親からの場合)であった。SMN1/SMN2二重鎖形成はSMN1コピー数が一定の場合、SMN2コピー数が増えるに従って増大する。どのSMN2のあるグループも2:0グループと比較した際、有意にSMN1の信号強度(NA3)が高く、SMN1/SMN2二重鎖の存在が裏付けられた。種々のn1:n2グループにおけるSMN1/SMN2二重鎖定量結果と比較は次の如くであった。26%(2:3グループ、N=4)対11%(2:2グループ、N=81)(p<0.001)。11%(2:2グループ)対5%(2:1グループ、N=53)(p<0.0001)。5%(2:1グループ)対0%(2:0グループ、N=14)(p=0.023)。19%(1:3グループ、N=18)対14%(1:2グループ、N=57)(p=0.044)。14%(1:2グループ)対11%(1:1グループ、N=27)(p 0.14)。n1:n2遺伝子型では、一般健常人においては2:2グループが最も多く(N=89、50%)、以下2:1グループ(N=60、34%)、2:0グループ(N=10、6%)、3:1グループ(N=9、5%)と続く。3:1グループ(N=9)は全ての3コピーSMN1の対象(N=11)の中で高頻度であり、SMN2からSMN1への遺伝子変換の仮説を裏付けることになった。また1:3グループ(N=16)や1:4グループ(N=1)も全ての1コピーSMN1の対象(N=103)の中で比較的高頻度であり、SMN1からSMN2への遺伝子変換の仮説の裏付けとなった。SMNI型家系とSMAII型III型家系を比較すると1:1グループはよりSMNI型家系に多く(38%対16%)(0.05<p<0.10)、1:3と1:4グループはよりSMAII型とIII型家系に多かった。(37%対13%)(0.05<P<0.10)。

結論

SMN1遺伝子定量解析と計算されたSMN1アリール頻度により、SMAキャリアー検査における偽陰性の確率の算出が可能となる。SMN1/SMN2異性体二重鎖形成はSMN1コピー数が一定の場合、SMN2コピー数が増えるに従い増大し、SMN1の見かけ上の信号強度を増大させる。SMN1の信号強度を修正する目的で使われる2コピーSMN1のコントロールの選定には、SMN2のコピー数も考慮する必要がある。なぜならこうした2コピーSMN1コントロールのSMN1の信号強度もSMN2のコピー数の影響を受けるからである。こうした異性体二重鎖形成は、類似した二つの鋳型を使ったPCR増幅一制限断片多形性を使った定量解析で常に念頭に入れておく必要がある。SMN1とSMN2遺伝子定量解析の結果は、SMN2からSMN1への、またはSMN1からSMN2への遺伝子変換の仮説を裏付けするものであった。最後にSMN1とSMN2遺伝子定量解析は将来、胎児等のSMAの型の推定に有用な可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では常染色体性劣性脊髄筋萎縮症(以下、SMA)の責任遺伝子であるSMN1の定量解析を用いることにより、SMN1の種々のアリールと遺伝子型の頻度を初めて正確に測定し、それについての分子遺伝・病理診断学への応用方を開発した。続いて、このSMN1遺伝子定量解析において、SMN1とそのホモログであるSMN2の間でheteroduplexが形成されることを発見し、その定量も行われた。最後に種々のSMAキャリアー(type I,type II,type III)と(キャリアーでない)正常群においてSMN1遺伝子定量解析を行いSMN1とSMN2のコピー数の分布の差異を比較した。その結果はSMN2がSMAの症状の軽重に影響を与えるという仮説に加えて、SMN1とSMN2との間の遺伝子転換が起こるとする仮説を裏付けるものであった。

 以上、本研究はSMAの責任遺伝子であるSMN1の遺伝子定量解析に関連して、多くの新知見をもたらした。その結果、本研究はSMAの病理学的発生の解明に大きく寄与するものと考えられ、学位授与に値すると、全員一致で判断した。

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