No | 116319 | |
著者(漢字) | 菅野,隆行 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カンノ,タカユキ | |
標題(和) | Methionine aminopeptidase type2 (MetAP2)のヒトリンパ組織、リンパ腫、上皮組織、上皮性腫瘍における発現に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116319 | |
報告番号 | 甲16319 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1714号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 〔研究の背景と目的〕 蛋白質の翻訳時、翻訳後の修飾は、蛋白質の細胞内での配置、活性化、機能の調節、最終的には分解に重要だと考えられている。すべての蛋白質合成がN末端から始まるので、蛋白質の成熟過程における早期の重要な蛋白質のプロセッシングはN末端で行われる。特にN末端メチオニン残基の切断は60%以上の蛋白質に認められ、メチオニンを除去したあとの翻訳後修飾へつながる過程、例えばN末端のミリストイル化や、ユビキチン化へつながるステップとして重要なのではないかと考えられている。 Methinonine aminopeptidase(MetAP)は、合成された蛋白質のN末端のメチオニンを特異的に切りはずす酵素であり、活性中心にコバルトを2つ持つ金属酵素であること、活性部位のアミノ酸残基は生物種をこえてよく保存されていること、真核生物にはtype1(MetAP1),type2(MetAP2)の2種類が存在することなどがわかっている。またN末端側の付加領域に存在するzinc-finger domainや、好酸性、好塩基性の領域により、核酸あるいは蛋白質と結合してMetAPの機能制御が行われていると想定されている。 MetAP2については、蛋白質翻訳開始に不可欠なeukaryotic initiation factor 2(eIF2)のαサブユニット(eIF2α)のリン酸化inhibitor、p67のRat homologueとして報告された遺伝子がMetAP2と同一であるという報告がなされた。このことは、MetAP2の蛋白質合成促進機能がeIF2αのリン酸化を阻害するという機能によっていることを示唆している。また、MetAP2は新たな癌治療薬として注目される抗血管新生薬TNP-470のtarget proteinであることが示され、関心を集めている。 我々は、転移関連遺伝子産物であるS100A4蛋白質と会合する蛋白質の同定を試みている過程でTwo hybrid法によってMetAP2がこれに会合しうる蛋白質であることを見出した。私はこの研究の過程でMetAP2のヒト生体および腫瘍において果たす役割を知ることに興味を持ち、まずその発現の様態をあきらかにすることを試みた。また、MetAP2に対する抗体を作製し、ヒト諸臓器、諸腫瘍を検索する過程で、MetAP2がリンパ装置濾胞胚中心B細胞特異的に高発現していること、さらに胚中心B細胞と類似した性格を有する悪性リンパ腫に高発現することを見出したので、特に悪性リンパ腫について重点的に解析を行った。 B細胞性リンパ腫は最近のREAL分類では、11型に亜分類されているが、このうち濾胞性リンパ腫のすべて、びまん性大細胞型リンパ腫の50%以上およびバーキットリンパ腫のほぼすべてについては正常胚中心B細胞の性格を示しているところから、胚中心がその発生母地であるとされている。そこで、これらの胚中心由来と考えられているB細胞性リンパ腫でMetAP2がどのように発現しているかを免疫組織化学的に検索した。特にDLBCL50例に対し、Bc1-6,CD10もMetAP2とともに検索した。なお、ヒト腫瘍としては、リンパ腫以外に大腸癌、乳癌などの上皮性腫瘍についても検索をした。 〔抗体の作成法〕 正常ヒト末梢単核球より抽出したRNAから、RT-PCRで正常ヒトMetAP2のcDNAを得、これを鋳型としてPCRにて全長479アミノ酸のMetAP2の224〜479アミノ酸部分にあたるcDNA fragmentを得た。GST融合蛋白質発現プラスミドにこれを組み込み、大腸菌を形質転換し、Glutathione S Transferase(GST)融合蛋白質GST-hM224-479を大腸菌から精製した。このGST融合蛋白質は、大腸菌に産生させると不溶化してしまうため、高濃度の尿素を用いて可溶化し、さらにアクリルアミドゲルに泳動したものを切り出して抽出し、精製カラムを用いて0.1%SDS溶液に可溶化した抗原蛋白質GST-hM224-479を得た。さらに、第135から150アミノ酸残基に相当する合成ペプチドを作製し、これをヘモシアニンに結合させ抗原蛋白質hM135-150とした。これら2種の抗原蛋白質をFreund's adjuvantと混和し、ウサギに免疫した。 hM224-479を免疫したウサギより得られた抗ウサギ血清を硫安沈殿したのち、GSTカラムを通すことにより、GSTに対する抗体を除いた。最終的な精製は、ニトロセルロースメンブランに抗原蛋白質をtransferしたものを用いて行った。hM135-150に対する抗体は、合成ペプチドを結合させたアフィニティーカラムを作製し、抗体を精製した。 抗hM224-479抗体の特異性の確認には、293T細胞に、FLAG-tagをつけた抗原蛋白質FLAG-hM224-479を発現させ、そのlysateのWestern blotと、cell pelletをホルマリン固定パラフィン包埋して作製した薄切切片の免疫組織化学で確認した。さらに抗hM135-150抗体、抗hM224-479抗体それぞれによる免疫沈降物のWestern blotを行った。 〔結果と考察〕 1.抗MetAP2抗体の特異性 得られた2種類の抗MetAP2抗体を用いて、FLAG tag付きの融合抗原蛋白質FLAG-hM224-479を強制発現させた293T細胞のlysateのWestern blotを行ったところ、それぞれに融合蛋白質に対応する40kDaのバンドと内因性のMetAP2に対応する67kDaのバンドが確認でき、その他のバンドは認められず、いずれの抗体もWestern blotレベルでは特異性の高い抗体であることが確認された。また、その細胞ペレットをホルマリン固定パラフィン包埋し薄切切片を作製し、免疫組織化学を行ったところ、融合蛋白質を発現させた細胞では染色性の強い細胞が散見されたが、コントロールの293T細胞ではごく弱い染色性を示す細胞が散見されるのみであった。Western blotの結果とよく対応し、免疫組織化学でも、抗体がよく抗原を認識することが示された。リンパ系細胞株を用いたWestern blotと免疫染色においても結果が良く対応した。さらにhM135-150を認識する抗ペプチド抗体で、抗hM224-479抗体の免疫沈降物が検出され、抗hM135-150抗体による免疫沈降物が抗hM224-479抗体により検出されることを確認した。以上より2種類の抗体が内因性のMetAP2と特異的に反応することが示された。 2.ヒトリンパ組織におけるMetAP2の発現 ヒトリンパ組織である扁桃において、免疫組織学的検索により濾胞胚中心B細胞にMetAP2が高発現していることを見出した。さらに、暗調域に発現が強く、明調域では、発現が弱いという点で、極性が認められた。抗CD3抗体、抗CD20抗体を用いた免疫蛍光二重染色の結果からMetAP2は濾胞胚中心B細胞に発現していることが判明した。 3.ヒトリンパ腫組織でのMetAP2蛋白質の発現 抗hM224-479抗体を用いて127例のヒト悪性リンパ腫症例におけるMetAP2の発現を検索した。T細胞性リンパ腫では、強陽性0%、陽性40%であったのに対して、B細胞性リンパ腫では、強陽性15%、陽性54%と、あきらかにB細胞性リンパ腫のほうが陽性率が高かった。このことは、B細胞およびB細胞リンパ腫におけるMetAP2の高発現が単に分裂能、蛋白質合成能の亢進によるだけではない可能性を示している。濾胞胚中心由来と考えられる濾胞性リンパ腫では、78%(7/9例)で陽性、バーキットリンパ腫は、2例全例とも強発現していた。びまん性大細胞型リンパ腫(DLBCL)では、73%(53/73例)で陽性であった。これらの結果から、悪性リンパ腫においては、MetAP2の発現は、CDマーカーや、その他の抗原マーカーと同様、ある程度、リンパ腫の由来、あるいは性格を反映しているものと考えられる。T細胞性リンパ腫で陽性例が40%あることについては、eIF2αのリン酸化阻害因子という機能から考えると、蛋白質合成が特に亢進しているリンパ腫では細胞の系統にかかわりなくこの程度の陽性所見を示すことが考えられる。T細胞性リンパ腫の中では、anaplastic large cell lymphomaが4例中4例陽性、adult T cell leukemiaが1例中1例陽性であった。このことは増殖能の高い腫瘍で陽性率が高い可能性を示唆している。Hodgkin病8例の検索では、8例全例が陽性所見を示した。 50例のDLBCLについて、MetAP2、Bc1-6、CD10についてその発現を免疫組織学的に検索した。MetAP2、Bc1-6、CD10に関してそれぞれの陽性率は、36/50例(72%)、47/50例(94%)、13/50例(26%)であった。MetAP2とBc1-6、MetAP2とCD10、Bc1-6とCD10のそれぞれの組み合わせについて、DLBCL症例での発現に相関を認めたのは、MetAP2とBc1-6のみであった。 4.ヒト上皮性腫瘍でのMetAP2蛋白質の発現 乳腺疾患10例、大腸癌10例、胃癌10例、肝癌6例、食道癌4例についてMetAP2の免疫染色を行い、その発現を検討した。使用した切片内の乳腺正常上皮では、6例中6例(100%)が陽性、乳腺腺腫1例が陽性、乳癌9例中6例(67%)が陽性であった。正常上皮での陽性率が悪性腫瘍の陽性率より高いことから、乳腺上皮では、乳腺上皮特異的な役割があり、癌化する過程でその発現が逆に抑えられる可能性が考えられる。大腸癌症例では、10例中1例が強陽性、8例が陽性、1例が陰性であった。また、正常上皮、腺腫、癌と連続している切片では、癌、腺腫、、正常上皮の順に染色性が高かった。大腸癌においてMetAP2の発現は悪性度と相関する可能性のあることが示唆された。胃癌10例では、1例が陽性、9例が陰性、肝癌6例では、6例全例で陰性、食道癌4例は、1例陽性、3例陰性であった。いずれの症例にも、強陽性像を示すものはなかった。 | |
審査要旨 | 本研究は、蛋白質の翻訳時あるいは翻訳後調節と翻訳開始における2つの重要な機能、すなわち細胞内蛋白質のN-terminal methionine processingをつかさどる機能と蛋白質翻訳開始因子のひとつであるeukaryotic initiation factor 2のαサブユニットのリン酸化阻害因子として蛋白質翻訳開始阻害をブロックする機能、を持ち、さらに新しい抗癌剤である抗血管新生薬の標的蛋白質として注目されているMethionine aminopeptidase type 2(MetAP2)の生体内における発現様式を調べたものであり、下記の結果を得ている。 1.MetAP2蛋白質の第224アミノ酸残基から第479アミノ酸残基とGlutatione-S transferaseの融合蛋白質を抗原に用いた抗MetAP2ウサギポリクローナル抗体(抗hM224-479抗体)とMetAP2蛋白質の第135アミノ酸残基から第150アミノ酸残基を合成したペプチドを抗原とした抗MetAP2ウサギペプチド抗体(抗hM135-150抗体)を作成し、それぞれがWestern blotting、免疫染色でMetAP2蛋白質と特異的に反応することが示された。 2.ホルマリン固定パラフィン包埋組織薄切切片を用いた免疫染色の結果から、リンパ装置濾胞杯中心B細胞にMetAP2蛋白質が高発現していることを見出した。扁桃特異的な上皮、血管内皮細胞にも中等度の発現が認められた。 3.127例の悪性リンパ腫症例におけるMetAP2蛋白質の発現を抗hM224-479抗体を用いて免疫組織化学的に検索した結果、濾胞胚中心由来、あるいは多くがその性格を有すると考えられるバーキットリンパ腫、濾胞性リンパ腫、びまん性大細胞型リンパ腫で高率に発現が認めらることが示された。悪性リンパ腫においては、MetAP2の発現は、CDマーカーや、その他の抗原マーカーと同様、ある程度、リンパ腫の由来、あるいは性格を反映していると考えられた。 4.びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫症例50例におけるMetAP2、Bc1-6、CD10の発現を免疫染色にて検索した結果、MetAP2とBc1-6の発現に相関関係が認められた。 5.乳腺、大腸、胃、食道、肝の正常上皮組織、癌組織の抗hM224-479抗体による免疫染色の結果から、正常上皮組織におけるMetAP2の発現は臓器による差が大きいこと、乳腺正常上皮にMetAP2の発現が認められること、大腸癌ではMetAP2の陽性率が高いことが示された。 以上、本論文はまだ報告のないヒト組織におけるMetAP2の免疫染色の結果から、濾胞胚中心B細胞特異的にMetAP2蛋白質が高発現していることを明らかにした。また悪性リンパ腫においては、MetAP2の発現がある程度リンパ腫の由来、あるいは性格を反映していることが示された。胚中心B細胞、大腸癌、乳腺正常上皮の研究に新たな切り口を見出したという点において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |