No | 116321 | |
著者(漢字) | 柴原,純二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | シバハラ,ジュンジ | |
標題(和) | EBウィルス関連胃癌の臨床的・病理学的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116321 | |
報告番号 | 甲16321 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1716号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.はじめに Epstein-Barr virus(EBV)と胃癌の関係が最初に注目されたのは、リンパ球浸潤性間質を持つ低分化腺癌(poorly differentiated adenocarcinoma with lymphoid stroma)、あるいはリンパ上皮腫類似癌(lympho-epithelioma like carcinoma)と呼ばれる特殊な胃癌の大部分に、EBV感染が判明したことからである。 当初、EBV感染の検出にはpolymerase chain reaction(PCR)法やDNA in situ hybridization(ISH)が用いられていたが、EBV感染細胞1細胞あたり105〜107個存在する特異なRNA(EBV encoded small RNA:EBER)を標的とした高感度なISHが開発され、現在では、EBER-ISHで陽性像を呈する胃癌をEBV関連胃癌とするのが一般的である。 EBV関連胃癌に地域特異性は見られず、我が国では、胃癌の10%弱の頻度で認められる。その特徴として比較的若年者、男性優位な発症傾向があり、噴門〜胃体部に好発、組織学的にはtub2、por1の組織像を呈することが多く、通常は腫瘍間質に比較的強いリンパ球浸潤を伴うとされる。EBERは、ほとんど全ての胃癌細胞に検出されるが、周囲の非腫瘍粘膜および間質の浸潤リンパ球にはほとんど検出されない。 EBV関連腫瘍に見られる間質浸潤リンパ球の主体は、CD8陽性の細胞傷害性T細胞(CTL)であることが明らかにされているが、浸潤が腫瘍の進展に果たす意義については、十分な検討はなされていない。本研究では、間質への浸潤細胞の免疫組織学的性質の詳細を明らかにした上で、予後と密接に関与する腫瘍の進行度(stage)に注目し、炎症細胞の浸潤が腫瘍の進行に果たす役割を検討した。 また腫瘍がCTLの攻撃を回避する機構については、胃癌細胞中で発現されている限られたEBV関連遺伝子の中で、EBNA1(EBV detemined nuclear antigen1)には免疫原性が認められるが、この抗原がCTLエピトープになり得ないためCTLによる認識を免れるという事実により説明されている。しかし、これにより十分説明しきれない事実も提示されている。CTL攻撃の結果もたらされるアポトーシスに拮抗する機序が腫瘍細胞に内在する可能性も考慮される必要がある。 本研究では、EBV関連胃癌におけるアポトーシス関連因子の発現の特殊性を明らかにすることを目的に、深山らが最近樹立に成功したSCIDマウス移植胃癌細胞株を用いたgene chip法、Northern blot法、Western blot法、さらに胃癌手術材料を用いた免疫組織化学的手法により、EBV関連胃癌におけるアポトーシス関連因子の発現の検討を行った。 2.結果と考察 A.EBV関連胃癌の頻度と臨床・病理学的特徴についての結果と考察 1990年から1997年に東京大学医学部付属病院で、外科切除された胃癌のEBV陽性率は5.5%(50病変/911病変)で、徳永(6.7%、120陽性病変/1795病変)、今井(7.0%、70陽性病変/1000病変)らによる従来の我が国の報告と比較するとやや低率の結果であったが、有意な差ではなかった。 若年者、男性に多く、噴門部から胃体部で好発し、低分化腺癌、中分化腺癌を主体とする組織像を呈することはいずれも既知の知見と矛盾しない結果であった。 リンパ節転移はEBV陽性胃癌で少ない傾向があり、EBV陽性の早期癌ではリンパ節転移は認められなかった。このような結果は、これまでも一部の報告で示されているが、治療法の選択、リンパ節廓清の適用などにあたり、EBV感染の有無が臨床的意義を有することを示唆する結果であった。 B.EBV関連胃癌の間質浸潤細胞の性状とその意義についての結果と考察 EBV陽性胃癌で見られる間質浸潤細胞の主体はCD8陽性T細胞であり、その中に細胞障害性分子(TIA-1,Granzyme B)を発現するのもが多く含まれていた。 これまで、このような間質の浸潤リンパ球の果たす意義については、検討されたことはなかった。今回の検討では、リンパ球浸潤は粘膜内の癌で既に誘導されており、腫瘍の深達度(T因子)とリンパ球浸潤密度の間に有意な関係は見られなかったが、進行癌における検討でリンパ節転移(N因子)陽性例では有意に浸潤密度が低かった。進行度(stage)との関連でも、stageI/II症例では、stageIII/IVに比し、有意に浸潤が高密度であった。 逆にリンパ球浸潤の高密度群は、リンパ節転移が低率で、転移陽性例でも1群リンパ節にとどまるものが多く、臨床病期はI/II期のものが多い結果となった。 すなわち、間質に高密度の炎症細胞浸潤を誘導することが、腫瘍の進行の抑止力となる可能性を示す結果であった。 腫瘍に対する強い炎症性反応が、いかなる機構で腫瘍の転移を抑制するのかは現時点では不明である。高密度のリンパ球の存在による物理的な障壁、Th1タイプのサイトカインの腫瘍細胞に対する直接的作用、あるいは間質形成の特殊性などが関係していると考えられる。また、転移先のリンパ節での腫瘍細胞の排除機構も考慮されなければならず、今後の検討の課題である。 細胞障害性T細胞(cytotoxic T lymphocyte:CTL)による直接作用、すなわち腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導効果は最も考慮されなければならない点であるが、手術材料を用いた今回の検討では、EBV陽性胃癌では陰性胃癌に比較して腫瘍細胞のアポトーシスが低率であった。 C.EBV関連胃癌とアポトーシスに関する結果と考察 間質に活性化されたCTLの浸潤が高密度に見られることと、腫瘍細胞に見られる低率のアポトーシスは相反する事実のように思われる。 EBV関連胃癌の抗アポトーシス機構の特殊性を明らかにすることを目的に、SCIDマウス移植胃癌細胞株を用いたgene chip法による網羅的な発現解析を行った結果、抗アポトーシス作用を有する遺伝子のうち、cIAP2(cellular Inhibitor of Apoptosis Protein 2)の発現の亢進がEBV陽性細胞株で認められた。cIAP2 mRNAの発現の亢進はNorthern blot法で確認され、さらにWestern blot法により蛋白の発現亢進も確認された。 cIAP2はIAP family proteinの一つである。現在までにヒトでは、NAIP、cIAP1、c-IAP2、XIAP、survivinの5種のIAP family遺伝子が知られている。アポトーシスと腫瘍の関係がますます重要視される中、caspaseに対する内因性の阻害物質として、IAPの腫瘍における発現の意義が最近認識され始めている。survivinの発現は多くの腫瘍で明らかにされており、その高発現症例は予後が悪いことが知られている。cIAP1、cIAP2、XIAPと腫瘍の関連については、培養細胞株での検討を中心に未だ少数の報告が見られるのみである。 cIAP2の転写制御因子として現在唯一知られているのはNF-κBである。今回の検討の中でEBV陽性細胞株で有意に高発現していた、cIAP2以外の抗アポトーシス関連遺伝子DAD-1、MnSODがいずれもNF-κBによる転写制御を受けるという事実は興味深いことである。 NF-κBとEBVの関連については、LMP1がNF-κBを活性化する事実は従来より知られていた。latency Iと呼ばれるLMP1の発現のない潜在感染にある胃癌細胞中のEBVが、同様にNF-κBの活性化を誘導するか否かは今後の検討の課題である。 もう一つの代表的なアポトーシス関連蛋白であり、胃癌同様にlatency Iの潜在感染にあるBurkittリンパ腫で、EBVによる発現誘導が指摘されているbc1-2 familyに関しては、SCIDマウスを用いたgene chip法による網羅的発現解析とWestern blot法、あるいは手術材料を用いた免疫組織学的な検討のいずれにおいても、bc1-2およびその関連遺伝子の高発現は確認されなかった。 3.結語 胃癌のEBV陽性率、EBV陽性胃癌の臨床的・病理組織学的特徴は従来の報告とほぼ矛盾しない結果であった。その中で、EBV関連胃癌ではリンパ節転移が低率な傾向にあり、早期癌では転移が認められないという結果が得られた。治療法の選択、リンパ節廓清の適応にあたりEBV感染の有無が臨床的に意義を有しうる結果であると考えられた。 EBV関連胃癌において従来より知られていた間質へのリンパ球の誘導が、腫瘍進行の抑止力となる可能性が示された。すなわち、間質に高密度のリンパ球浸潤が誘導された腫瘍群は、リンパ節転移が低率で、腫瘍の進行度がstage I/IIにとどまるものが有意に多い結果であった。 一方で、間質に高密度の活性化された細胞障害性T細胞の浸潤を伴いながら、EBV関連胃癌ではアポトーシスが低率であることを示した。このことに関連して、SCIDマウス移植EBV関連胃癌細胞株で抗アポトーシス作用の知られたcIAP2が高発現していることを明らかにした。latency I状態にあるEBVによる発現誘導が一部で指摘されているbc1-2については、同細胞株でも、手術材料を用いた検討でも高発現は確認されなかった。 | |
審査要旨 | 本研究は胃癌の中で独特の一群を形成するEBウイルス関連胃癌について、その臨床的・病理組織学的特徴を再検討し、従来より知られている間質浸潤細胞の性質、腫瘍の進展に果たす意義の解明と、腫瘍の発生および免疫回避に重要思われる抗アポトーシス機構の解明を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1.1990年から1997年までに東京大学医学部付属病院で外科的切除を受けた胃癌手術材料約900例を、EBER in situ hybridization法により検討した結果、胃癌のEBV陽性率、EBV陽性胃癌の臨床的・病理組織学的特徴は従来の報告とほぼ矛盾しない結果であった。その中で、EBV陽性胃癌ではリンパ節転移が低率な傾向にあり、早期癌では転移が認められないという結果が得られた。リンパ節の郭清を含めた治療方法の選択にあたり、EBV感染の有無が臨床的意義を有しうることが示された。 2.深達度・組織型を同じくしたEBV陽性、陰性胃癌各30例について、間質浸潤細胞の性質・浸潤密度を免疫組織学的手法により検討したところ、EBV陽性胃癌では間質への炎症細胞浸潤が有意に高密度にであり、特にCD8陽性細胞の浸潤が高密度であることが示された。EBV陽性の進行胃癌について、炎症細胞の浸潤密度と腫瘍の進行度の関係を検討したところ、間質に高密度の炎症細胞を伴う群ではリンパ節転移が低率で、臨床病期がI/II期にとどまるものが多いことが示され、間質に高密度の炎症細胞浸潤を誘導することが腫瘍進行の抑止力となる可能性が示された。 3.手術材料を対象とした抗ss-DNA抗体を用いた免疫組織学的検討から、EBV陽性胃癌では陰性胃癌と比較してアポトーシスが有意に低率であることが示された。このことに関連して、SCIDマウス移植胃癌細胞株(EBV陽性1株、陰性3株)を対象にとしたgene chip法を用いた検討から、抗アポトーシス関連遺伝子の中で、cIAP2の発現の亢進がEBV陽性株でのみ認められた。EBV陽性株でのcIAP2 mRNAおよび蛋白の発現の亢進は、それぞれNorthern blot法、Western blot法にて確認された。 5.EBVが胃癌と同様の潜在感染状態を示すBurkittリンパ腫で、感染との関連が指摘されているbc1-2およびその関連遺伝子の発現には、gene chip法、Western blot法、免疫組織学的検討からも有意な差は認められなかった。 以上、本論文は、従来不明であった胃癌におけるEBV感染の臨床的意義、さらにEBV関連胃癌の抗アポトーシス機構の一部を明らかにした。EBV関連胃癌に独自の治療の可能性を指摘するとともに、腫瘍の発生および免疫回避機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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