学位論文要旨



No 116322
著者(漢字) 磯貝,まや
著者(英字)
著者(カナ) イソガイ,マヤ
標題(和) HIV-1 アクセサリー遺伝子産物Vprと相互作用する細胞内因子の解析
標題(洋)
報告番号 116322
報告番号 甲16322
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1717号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 余郷,嘉明
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 助教授 増田,道明
内容要旨 要旨を表示する

[研究目的]

 後天性免疫不全症候群(AIDS)の原因ウイルスであるヒト免疫不全症ウイルス(HIV-1)のアクセサリー遺伝子産物の一つVprは、ウイルス粒子内に取り込まれて存在する96アミノ酸からなる蛋白質である。Vprは細胞内で核膜・核に局在し、細胞周期のG2期arrest、細胞の分化、多倍体化・およびアポトーシスの誘導、ウイルスの感染効率や複製効率の上昇など、細胞に対して多様な効果をもたらすことが報告されており、AIDSの病態に重要な意義をもつ可能性が考えられる。Vprの多様な機能は、細胞内因子との相互作用により発揮されると考えられ、その作用機構を解明することによりAIDS克服に貢献できる可能性があるが、詳細は未だ明らかでない。

 そこで、本研究では、Vprの作用機構の解明をめざして、Vprと相互作用する細胞内因子の同定とその解析を試みた。

[材料と方法]

 野生型Vprおよびその8種類の変異体をbait(釣り餌)として用いたyeast two-hybrid法により、human CD4+ T-cellおよびHeLa cDNA libraryをスクリーニングした。得られた陽性クローンについて、酵母での共導入実験および塩基配列決定とデータベース検索を行なった。得られたクローンのうちhuman homologue of RAD23 A (HHR23A)を選択し、Vprとの結合に重妻な領域をyeast two-hybrid β-galactosidase assayにより解析した。この結果同定されたHHR23AのC末端側Ubiquitin associated(UBA)ドメインについて、結合に重要なVpr側の領域を、Vpr蛋白のドメイン構造として予測されているα-helix1、α-helix2とそれに重なるleucine zipper-like domain等の欠失または点変異体との酵母での共導入実験により解析した。またUBAドメインの哺乳類細胞におけるVprの機能との関連を予測するため、これらの変異体をHeLa細胞へトランスフェクションし、局在を蛍光抗体法により、またG2期arrest能をフローサイトメトリー法により解析し、Vprの機能発現に重要な部位を同定した。さらにHHR23AおよびUBAドメインが、哺乳類細胞におけるVprの機能発現に影響するかどうかを確認するため、HeLa細胞へ共導入し、Vprにより誘導されるG2期arrestへの影響をフローサイトメトリー法により解析した。

[結果と考察]

 Vpr相互作用細胞内因子をyeast two-hybrid法により検索した結果、野生型Vprおよび細胞増殖抑制能を保持したままの5種類の変異体をbaitとして用いた場合、cDNA library 4x107個のスクリーニングを試みたにもかかわらず、陽性クローンを得ることが出来なかった。そこで、野生型Vprと同様の発現能、核膜・核への局在能を保持しているが、細胞増殖抑制能を完全に消失する、N17C81変異体(Vprの17-81位の65アミノ酸を含む)をbaitとして用いた。この結果、HeLa S3 cDNA library 5x105個のスクリーニングにより、66個の二次スクリーニング陽性クローンが得られた。DNAシーケンシングおよびBLAST解析の結果、得られたcDNAクローンは、Vpr結合分子として報告されているUNGおよびHHR23Aの他に、未だ報告されていない3種類の既知の蛋白質、および7種類のESTクローンであることが確認された。またこれらのクローンはいずれもyeast two-hybrid法において野生型Vprとの結合能を有していた。

 次に、得られたクローンの中で、Vprの局在およびG2期arrest能に関与しているのではないかという報告があるが相互作用の詳細が未だ明らかにされていないHHR23Aを選択し、Vprの機能との関連性を明らかにするため、Vprとの相互作用の詳細を解析した。Yeast two-hybrid β-gal. assayによる解析の結果、HHR23AのC末端側UBAドメインを含むクローン(C末端側54アミノ酸)は野生型Vprとも結合活性が見られたが、全長のHHR23Aでは結合活性が見られなかった。このことから、全長のHHR23Aは生体内でVprと相互作用しない可能性が示された。

 一方、Vprとの結合活性が見られたUBAドメインはヌクレオチド除去修復機構関連分子の他に、ユビキチン化やその解除に関連すると予想される分子、およびprotein kinaseの一部などで見られるsequence motifであることから、これらの機構を介して細胞周期の制御に関連したVprの多様な機能の発現に関与している可能性が考えられる。そこで本研究では、UBAドメインとVprの変異体との酵母での共導入実験を行ない、結合に重要なVpr側のドメインを同定した。欠失変異体との共導入の結果、96アミノ酸のうちN末端側30位までの領域は必須ではなく、α-helix1後半以降の領域が重要であることが示唆された。さらに詳細に解析するため、α-helix1ドメインのうち前半にある4つのLeu(20,22,23および26位)の点変異体、後半の30,33および34位の各点変異体、α-helix2とこれに重なるleucine zipper-like domainのうちleucine zipper-like domainの4つのLeu/Ile(60,67,74および81位)の各点変異体を用いて共導入実験を行なった。この結果、α-helix1後半の33位、leucine zipper-like domainの67および74位が、UBA domainとの結合に重要であることが明らかとなった。

 以上のYeast two-hybrid法を用いた解析により得られた結果をもとに、UBAドメインの哺乳類細胞におけるVprの機能との関連を予測するため、哺乳類細胞におけるVprの機能発現に重要な部位を解析した。その結果、Vprの核局在にはα-helix1前半と、α-helix2からleucine zipper様配列にかけての60位および67位に加え、α-helix1後半の33位のアミノ酸残基の保存が特に重要であることが示された。またVprによるG2期arrestの誘導にはα-helix1前半、60、67位、および特に74、81位に加え、α-helix1後半の33位のアミノ酸残基の保存が重要であることが示された。

 さらに、哺乳類細胞内におけるHHR23AおよびUBA domainのVprの機能発現への影響を確認するため、HeLa 細胞への共導入実験を行なった。この結果、VprによるG2 arrestへの影響は殆ど見られなかった。

 これらの結果から、HHR23AおよびUBA domainはVprによるG2 arrestに直接は関与しないと考えられた。さらに、Vprの機能発現には、UBAドメインを有する細胞内因子が、単独あるいは他の分子と共に、それぞれVprの特定の部位と相互作用して関与している、という可能性が示唆された。

 以上により、Vprは、UBAドメインを有する細胞内因子と相互作用して、ヌクレオチド除去修復機構、ユビキチン-プロテアソームシステム、および蛋白質リン酸化といういずれも細胞の恒常性維持の全般にわたって非常に重要である機構に影響を及ぼし、その結果として、細胞に対し様々な効果を引き起こすことによって、AIDSの病態に関与している可能性が考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はヒト免疫不全症候群(AIDS)の病態に極めて重要な役割を果たしていると考えられるアクセサリー遺伝子産物Vpr蛋白の多様な機能の発現機序を解明するため、Vpr蛋白と特異的に相互作用する細胞内因子を同定し、機能との関連性の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.yeast two-hybrid法を用いたVpr相互作用因子の検索において、細胞増殖抑制能を完全に消失しているが野生型と同様の局在を示す、且つ予測される重要な機能ドメインを保存しているN17C81欠失変異体をbaitとして用いることにより、Vpr結合性cDNAクローンが得られた。

2.得られたcDNAクローンのDNA塩基配列は、Vpr結合分子として報告されているUNGおよびHHR23Aの他に、未だ報告されていない3種類の既知の蛋白質、および7種類のESTクローンの塩基配列と一致していた。

3.得られたcDNAクローンはいずれもyeast two-hybrid法において野生型Vprとの結合能を有していた。以上により、細胞増殖抑制能を引き起こす分子の相互作用因子検索において、細胞増殖抑制能を消失するが他の機能は維持されていて、且つ重要な立体構造が保存されている変異体をtwo-hybrid法のbaitとして用いることが、大変有用な手段であることが示唆された。

4.yeast two-hybrid法において、VprはHHR23AのC末端側UBAドメインと結合したのに対し、全長とは結合しなかった。以上により、生体内では全長のHHR23AはVprと相互作用しない可能性が示された。

5.欠失および点変異体を用いたyeast two-hybrid法により、UBAドメインとの結合にはVprのα-helix1の33位、およびα-helix2からleucine zipper様配列にかけての67位および74位のアミノ酸残基の保存が特に重要であることが示された。

6.同様の点変異体を用いた哺乳類細胞における解析から、Vprの核局在にはα-helix2からleucine zipper様配列にかけての60位および67位に加え、α-helix1の33位のアミノ酸残基の保存が特に重要であることが示された。またG2期arrestにはα-helix1前半、60、67位および特に74、81位に加え、α-helix1の33位のアミノ酸残基の保存が重要であることが示された。以上により、Vprの機能発現には、UBAドメインを有する細胞内因子が、単独あるいは他の分子と共に、それぞれVprの特定の部位と相互作用して関与している、という可能性が示唆された。

7.哺乳類細胞におけるHHR23AおよびUBAドメインの強制発現は、Vprにより誘導されるG2期arrestに殆ど影響を与えなかった。以上により、HHR23AおよびUBAドメインはVprのG2期arrest誘導能に直接は関与しないことが示唆された。

 以上、本論文は細胞増殖抑制能を完全に消失する欠失変異体をbaitとして用いたyeast two-hybrid法によるVpr相互作用因子の解析から、新しいVpr結合性細胞内因子の存在を明らかにした。さらに、欠失および点変異体を用いた解析から、Vprが細胞に対して及ぼす多様な作用はUBAドメインを有する細胞内因子を含む複数の分子がVprと相互作用することにより発現されるという可能性を示した。本研究はこれまで明らかになっていないVprの多様な機能の発現機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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