学位論文要旨



No 116324
著者(漢字) 村上,恭子
著者(英字)
著者(カナ) ムラカミ,キョウコ
標題(和) C型肝炎ウィルス翻訳制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 116324
報告番号 甲16324
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1719号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 河岡,義裕
 東京大学 助教授 小池,和彦
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウイルス(HCV)の翻訳開始は5'末端側の非翻訳領域から翻訳領域にかけて存在しているinternal ribosomal entry site(IRES)構造に依存している。

 近年、様々なmRNAで3'末端側構造による翻訳促進活性が報告されている。HCV RNAからの翻訳開始も3'末端が関与している可能性が考えられた。私はHCV3'末端特異的構造である3'X及びpoly(U/C)tractに着目し、HCV IRES依存的翻訳効率に及ぼす影響を検討した。

 当研究室で樹立したHCV-MA株の全長cDNAより、塩基番号1286から8785に相当する領域を欠損したcDNA(MAΔ cDNA)を構築した。このcDNAを元に3'末端に関しての様々な欠損変異RNAを作製し、翻訳効率に与える影響を無細胞蛋白合成系を用いて調べた。

 3'Xが欠損していた場合、翻訳活性は低下した。コントロールとして用いた3'XのアンチセンスをもつRNAにおいては翻訳活性は低下しなかった。3'末端に存在する二次構造が3'-5' exsonucieaseによるRNAの分解を抑制し、RNAの安定性に影響を与えることが他のmRNAにおいて報告されている。そのため翻訳反応中の各時間にける残存完全長RNAの量を定量した。その結果、3'Xを欠損していた場合はRNAの安定性が低下していることが確認された。この安定性の低下は翻訳反応阻害時においても同様であった。よって、3'X欠損による翻訳効率の変化はRNAの安定性変化による結果であることが示唆された。また、3'Xは3'-5' exsonuclease等による分解からRNAを保護する機能をもつことが示唆された。

 次にもう一つのHCV RNA特異的構造であるpoly(U/C)tractに着目し、この構造がHCV IRES依存的翻訳効率に及ぼす影響を検討した。Poly(U/C)tractを完全に欠損させた場合、翻訳活性は上昇した。この活性上昇の程度は無細胞蛋白合成系に加えるRNA量により変化した。よって、RNAに結合する何らかの因子がpoly(U/C)tractによる翻訳効率の制御に関与していることが示唆sれた。RNAの安定性はpoly(U/C)tract欠損によって影響を受けていなかった。

 Poly(U/C)tractの3'末端7塩基とそのさらに3'側に位置する3'X内の二次構造SL3領域はpolypyrimidne tract binding Protein(PTB)が結合することが報告されている。また、この蛋白はHCVIRES領域への結合も報告されていた。私は5'側と3'側の相互作用にこのPTBが関与しているのではないかと考え、3'X部分のPTB結合に必須であると考えられているSL3領域を欠損したRNAを用いて翻訳効率の検討を行った。

 まず、SL3が欠損していた場合、翻訳効率は上昇した。また、PTB結合に必要とされるpoly(U/C)tract3'末端7塩基UUUUCUUや3'X内SL3が残っていてもpoly(U/C)tractの大半が欠損していた場合は翻訳効率は上昇した。これらの結果より3'末端による翻訳効率の抑制にはpoly(U/C)tract及び3'X内SL3の両構造が必要であることが示唆された。

 以上の結果を確認するため、PTBを大腸菌で発現させ、精製した。この精製PTBを無細胞蛋白合成系に加えたところ、PTBを加えることにより、3'末端側のPTB結合部位の欠損変異の有無に関わらず翻訳効率は減少した。よって、SL3及びpoly(U/C)tractによる翻訳効率の減少にはPTBの関与は薄いこと、PTBによる翻訳抑制は3'末端以外に作用点が存在していることが示唆された。

 そこで、RNAを3'末端からさらに削り短くしたところ、PTBによる翻訳効率への影響はMAΔの塩基番号1041から8928(387塩基長)の間で差が見られた。PTBの結合をUVクロスリンクを用いて確認したところ、MAΔの塩基番号1171から1285領域、及び塩基番号8786から8928領域にPTB結合部位が存在することが確認できた。

審査要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウイルス(HCV)は持続感染し、宿主であるヒトを慢性肝炎、肝硬変を経て、高率に肝細胞癌に至らしめる病原体である。HCVのウイルス複製過程は培養細胞でのウイルス複製系が樹立されていないため、未だ不明な点が多い。HCVは一本鎖プラス鎖RNAウイルスであり、ウイルス蛋白の翻訳開始はHCVの5'領域に存在するIntemal ribosomal entry site(IRES)に依存している。

 本研究は、HCV複製の最初の段階であるHCV IRES依存的翻訳の制御機構を明らかにすることを目的としている。HCV RNAの3'末端に存在する二つの構造、poly(U/C)tract及び3'Xに主に着目し、HCV MA(geno type 2b)の全長RNAより塩基番号1286から8785領域を欠損させた欠損変異RNAを用いてHCV IRES依存的翻訳効率の変化を無細胞蛋白合成系にて検討し、下記の結果を得ている。

1.3'X欠損による翻訳効率への影響

 HCV RNA3'末端に存在する3'X領域の欠損により、HCV IRES依存的翻訳効率は減少した。翻訳効率の減少は3'X領域の欠損によりRNAが不安定になった結果であった。また、RNA安定性の変化は翻訳反応時、翻訳反応阻害時どちらの場合においても観察された。安定した二次構造を形成することが予測されている3'X構造が3'-5' exonuclease等によるRNA分解からHCV RNAを保護している可能性が考えられた。

2.Poly(U/C)tractによる翻訳効率への影響

 HCV RNA特異的構造であるpoly(U/C)tractの欠損により、HCVIRES依存的翻訳効率は増加した。RNA安定性の変化は観察されなかった。この領域の3'末端側7塩基は3'X領域の5'側に位置するSL3構造とともに宿主因子であるpolypyrimidine tract binding Protein(PTB)の結合に関与していることがしられている。その為、poly(U/C)tractの欠損による翻訳効率の変化にPTBの関与が考えられた。しかし、3'末端へのPTB結合に必要なpoly(U/C)tract 3'末端側7塩基領域をのこした変異RNAでも翻訳効率は増加したことなどから、HCV3'末端へのPTBの結合がpoly(U/C)tractによる翻訳抑制で主要な役割を果たしている可能性は低いことが示唆された。

3.FTBによる翻訳効率への影響

 PTBを加えるとHCV RNA 3'末端のPTB結合部位の存在如何に関わらず、翻訳効率が抑制されることが実験過程において明らかになった。そこでさらに短い欠損変異RNAを用いてPTBによる翻訳効率への影響を検討したところ、翻訳領域内にその作用部位があることが示された。UV クロスリンク法によりHCV RNAの翻訳領域であるHCV MAの塩基番号1171から1285領域、及び塩基番号8786から8928領域にPTB結合部位が存在することが示唆された。

 以上、本論文はHCV RNA 3'末端のHCV IRES依存的翻訳に及ぼす作用とRNA安定性への影響、及びPTBのHCV IRES依存的翻訳に及ぼす作用を明らかにした。本研究は無細胞蛋白合成系をもちいた検討であり、培養細胞系での検討は必要であるが、未だ不明な点が多いHCV 複製制御機構の今後の解析に貢献しうると考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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