学位論文要旨



No 116327
著者(漢字) 皆川,徹也
著者(英字)
著者(カナ) ミナガワ,テツヤ
標題(和) Sacドメイン含有タンパク質の機能解析
標題(洋)
報告番号 116327
報告番号 甲16327
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1722号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 教授 笹川,千尋
 東京大学 助教授 金井,芳之
内容要旨 要旨を表示する

 イノシトールリン脂質の一つであるホスファチジルイノシトール4,5二リン酸(PI(4,5)P2)がホスフォリパーゼCによってイノシトール1,4,5三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DG)に分解され、これらがセカンドメッセンジャーとして働き、IP3が小胞体からのCa2+動員を引き起こし、DGがプロテインキナーゼCを活性化して様々な細胞応答の引き金になるということはすでに広く知られていた。しかし、近年PI(4,5)P2はセカンドメッセンジャーの前駆体として働くのみならず、それ自体が細胞骨格系の制御や各種PI(4,5)P2結合タンパク質の活性制御などを行うことが示されてきている。また、イノシトール環の3位をリン酸化するPI-3キナーゼの単離が契機となって3位のリン酸化されたイノシトールリン脂質が様々な細胞機能調節を行っていることも明らかになってきた。これ以外にもイノシトール環の様々な部位を特異的にリン酸化する酵素(キナーゼ)、脱リン酸化する酵素(ホスファターゼ)が次々に単離され、新規のイノシトールリン脂質の存在も確認されてきている。現在では、リン酸基の結合部位の異なった7種類のイノシトールポリリン脂質の存在が明らかとなり、それぞれのイノシトールリン脂質と特異的に結合するタンパク質が存在し、それらタンパク質による生理機能制御にイノシトールリン脂質が重要な働きを果たしていることが示されてきている。

 Sacドメイン(Sac=Suppressor of ac tin)は、酵母のアクチン構造遺伝子の1つ、ACT1遺伝子の変異による表現型を相補する変異の一つとしてクローニングされた。Sacドメインを持つタンパク質については、酵母のSac1pについてもっとも解析が進んでいる。その機能の一つとしてPI(3)P,PI(4)P,PI(3,5)P2に対するホスファターゼ活性があり、Sac1pの生理機能に重要であることが示唆されている。しかし、哺乳動物においてSacドメインを持つタンパク質についての生理的意義はほとんど分かっていない。今回、新たにラットの脳からSac1pのホモログと考えられるタンパク質rSac1(Mrb11)をクローニングした。更にヒトのSacドメインをもつ新規クローンhSac2(KIAA0966)、hSac3(KIAA0274)とあわせて三種類のSacドメイン含有タンパク質についてホスファターゼ活性を中心に機能解析を行った。

 最初に、ラットの脳からSac1pのホモログと考えられるタンパク質rSac1をクローニングした。このタンパク質は587アミノ酸から成り、分子量は65kDaでSac1pとは35.4%のhomologyを有していた。N末端部にはロイシンジッパーと思われる配列、C末端部には小胞体局在化配列であるdibasic motifを持っていた。ノーザンブロット解析によりrSac1の組織分布を調べたところ、調べた全ての組織において発現が見られ、特に腎臓、心臓、脳、骨格筋に多く発現していた。酵母のSac1pがリン脂質に対するホスファターゼ活性を有することからrSac1についてもこの活性の有無を検討した。バキュロウイルスの発現系によって得たrSac1を用い種々のリン脂質に対する活性を調べた。その結果rSac1はPI(3)P,PI(4)P,PI(3,5)P2に対するホスファターゼ活性を有していた。中でもPI(3)Pに対する活性が最も強く、そのKm値は19.86μMであった。活性のpHによる依存性を調べたところ7.5付近で最大の活性を示した。また、EDTAや陽イオンの活性に対する影響を調べたところ、いずれも活性には大きな影響を及ぼさないことがわかった。rSac1のN末端にGFPタグを付けてCOS7細胞に発現させたところ、小胞体とシスゴルジに局在することが明らかになった。また、EGF刺激を行うとシスゴルジのみに局在するようになり小胞体が不安定化することが明らかになった。この現象がrSac1のホスファターゼ活性によるものであるかどうか確かめるため、ホスファターゼ活性を欠失させた変異体(D391A)を作製し同様に発現させEGF刺激後の局在を検討したところ、野生型と同様にシスゴルジに局在したが小胞体の不安定化は観察されなかった。このことから、rSac1を過剰発現させ、EGF刺激をした際に観察される小胞体の不安定化はrSac1のホスファターゼ活性によるものであることが明らかになった。

 次に新規Sacドメイン含有タンパク質のhSac2について解析を行った。このタンパク質は1132アミノ酸からなり、ノーザンブロット解析によりhSac2の組織分布を調べたところ、調べた全ての組織において発現が見られ、特に腎臓、心臓、脳、骨格筋に多く発現が見られた。バキュロウイルスによって得られたhSac2を用い、種々のリン脂質に対する活性を調べた。その結果hSac2はPI(4,5)P2、PI(3,4,5)P2に対するホスファターゼ活性を有しておりPI(4,5)P2に対する活性が最も強く、そのKm値は14.29μMであった。活性のpHによる依存性を調べたところ6.0付近で最大の活性を示した。次に、EDTAや陽イオンの活性に対する影響を調べた。5mM Mg2+、25mM K+存在下で最も高い活性を示したものの、EDTA存在下やこれら陽イオンの非存在下においても活性が完全に失われることはなかった。hSac2のN末端にGFPタグを付けてCOS7細胞に発現させたところ、細胞質画分およびトランスゴルジに発現が認められ、細胞の退縮が観察された。また、hSac2のホスファターゼ活性を欠失させた点変異体を作製し同様にN末端にGFPタグを付けてCOS7細胞に発現させた。野生型と同様の局在を示したが、細胞が退縮することはなかった。このことからhSac2を過剰発現させたときに細胞が退縮するのはhSac2のホスファターゼ活性によること,また局在にはホスファターゼ活性は必要ないことが明らかになった。

 もう一つの新規Sacドメイン含有タンパク質hSac3は酵母にFig4pと呼ばれるホモログのあるヒトのクローンであり、907アミノ酸からなっていた。ノーザンブロット解析によりhSac3は腎臓、心臓、骨格筋、肝臓に発現が見られた。hSac3のSacドメインの各種リン脂質に対する活性を調べたところ、どのイノシトールリン脂質に対してもホスファターゼ活性を示さなかった。また、COS7細胞にN末端にGFP-tagを付けたhSac3を発現させた。発現したhSac3は細胞質画分に局在した。また、EGF刺激後には細胞質画分及び細胞膜のラッフリング部位に局在した。

 今回、三つのSacドメイン含有タンパク質のクローニングと酵素活性、細胞内局在等の検討を行ったが、これらが構造上類似性が高いにも関わらず異なったホスファターゼ活性を示し細胞内での局在も異なったことから、それぞれ異なった生理機能を担っていてことが示唆され、Sacドメインには多様性のあることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 イノシトールリン脂質は細胞内で生理機能制御に重要な働きを果たしていることが示されており、Sacドメインはそのホスファターゼドメインとして認知されつつある。本研究は哺乳類の新規Sacドメインの含有タンパク質(rSac1、hSac2、hSac3)についてホスファターゼ活性を中心として解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1. ラットの脳からSac1pのホモログと考えられるタンパク質rSac1をクローニングした。このタンパク質は587アミノ酸から成り、Sac1pとは35.4%のhomologyを有していた。ノーザンブロット解析によりrSac1の組織分布を調べたところ、調べた全ての組織において発現が見られ特に腎臓、心臓、脳、骨格筋に強いバンドが見られた。種々のリン脂質に対する活性を調べたところrSac1はPI(3)P,PI(4)P,PI(3,5)P2に対するホスファターゼ活性を有していた。中でもPI(3)Pに対する活性が最も強く、そのKm値は19.86μMであった。活性のpHによる依存性を調べたところ7.5付近で最大の活性を示した。また、EDTAや陽イオンの活性に対する影響を調べたところ、いずれも活性には大きな影響を及ぼさないことがわかった。COS7細胞に発現させたところ、小胞体とシスゴルジに局在することが明らかになった。また、EGF刺激を行うとシスゴルジのみに局在するようになり小胞体が不安定化することが明らかになった。この現象がrSac1のホスファターゼ活性によるものであるか確かめるため、ホスファターゼ活性を欠失させた変異体(D391A)を作製し同様に発現させEGF刺激後の局在を検討した結果、野生型と同様にシスゴルジに局在したが小胞体の不安定化は観察されなかった。このことから、rSac1を過剰発現させ、EGF刺激をした際に観察される小胞体の不安定化はrSac1のホスファターゼ活性によるものであることが明らかになった。

2. hSac2は1132アミノ酸からなり、ノーザンブロット解析では調べた全ての組織において発現が見られ、特に腎臓、心臓、脳、骨格筋に強いバンドが見られた。また、各種リン脂質に対する活性を調べた結果、hSac2はPI(4,5)P2、PI(3,4,5)P3に対するホスファターゼ活性を有しておりPI(4,5)P2に対する活性が最も強く、そのKm値は14.29μMであった。活性のpHによる依存性を調べたところ6.0付近で最大の活性を示した。次に、EDTAや陽イオンの活性に対する影響を調べたところ、5mM Mg2+、25mM K+存在下で最も高い活性を示したものの、EDTA存在下やこれら陽イオンの非存在下においても活性が完全に失われることはなかった。COS7細胞に発現させたところ、サイトソル画分およびトランスゴルジに発現が認められ、細胞の退縮が観察された。また、hSac2のホスファターゼ活性を欠失させた点変異体を作製し発現させたところ、野生型と同様の局在を示したが、細胞が退縮することはなかった。このことからhSac2を過剰発現させたときに細胞が退縮するのはhSac2のホスファターゼ活性によること,また局在にはホスファターゼ活性は必要ないことが明らかになった。

3. hSac3は907アミノ酸から成り、ノーザンブロット解析ではhSac3は腎臓、心臓、骨格筋、肝臓に発現が見られた。また、各種リン脂質に対する活性を調べたところ、どのイノシトールリン脂質に対してもホスファターゼ活性を示さなかった。COS7細胞に発現させたところサイトソル画分に局在することが明らかとなった。また、EGF刺激により細胞質画分及び細胞膜のラッフリング部位に局在することが明らかになった。

 以上、本論文は3種類の新規Sacドメイン含有タンパク質の酵素活性、細胞内局在等を明らかにした。本研究はこれまでほとんど解析されていなかった哺乳類のSacドメイン含有タンパク質について新しい知見を与え,これはイノシトールリン脂質代謝経路の解明に重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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