学位論文要旨



No 116328
著者(漢字) 朴,宣奏
著者(英字)
著者(カナ) バク,ソンジュ
標題(和) ホスファチジルイノシトール4-リン酸(PIP)5キナーゼのリン酸化による活性制御機構
標題(洋) Phosphatidylinositol 4-phosphate 5-kinase type I(PIPKI)is regulated through phosphorylation response by extracellular Stimuli
報告番号 116328
報告番号 甲16328
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1723号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清木,元治
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 客員教授 伊庭,英夫
 東京大学 助教授 丸,義朗
内容要旨 要旨を表示する

 ホスファチジルイノシトールリン酸(PIP)キナーゼはホスファチジルイノシトール(4、5)二リン酸(PIP2)合成の律速酵素でありPIP2量を規定する重要な酵素である。イノシトールリン脂質情報伝達系は細胞外刺激を受けてPIP2がホスホリパーゼC(PLC)により分解されイノシトール三リン酸(IP3)とジアシルグリセロール(DG)という2つのセカンドメッセンジャーを産生することを基本とするが、その際セカンドメッセンジャー産生を持続するためには相補的なPIP2合成が不可欠である。しかし、様々な細胞外刺激に伴うPIP2合成の上昇やPIPキナーゼの活性化などは報告されているものの、その分子レベルでのPIPキナーゼの活性制御機構や生体内における重要性など、多くが未解明のままであった。

 NIH3T3細胞内に発現させたPIP5キナーゼtype1(PIPKI)蛋白質はウェスタンブロット上で複数のバンドとして検出された。32P-無機リン酸によるアイソトープラベルを行なった結果、PIPKIはリン酸化蛋白質として細胞内で存在することが明らかになった。

 細胞内でPIPKIをリン酸化するキナーゼを同定するために、種々のプロテインキナーゼ阻害剤を使用し検討したところ、PIPKIがcAMP依存性のプロテインキナーゼA(PKA)によりリン酸化されることをin vivoで確認した。チロシンキナーゼやカルシウム依存性のキナーゼ(CaMK)、プロテインキナーゼC(PKC)の阻害剤ではリン酸化の変化は認められなかった。また、PKA阻害剤処理により、PIPKIのリン酸化を抑制したところ、PIPKIの脂質キナーゼ活性が50%まで低下した。

 次に、GST融合蛋白質を用いて、in vitroでのリン酸化を調べた。type1の3つのアイソフォーム(α,β,γ)ともPKAによってリン酸化され、その活性はともに抑制されることが明らかになった。さらに、細胞から免疫沈降させたPIPKIをアルカリホスファターゼ(CIAP)により脱リン酸化処理すると、酵素活性は170%以上増加した。しかし、この免疫沈降物を逆にPKAによってリン酸化したところ、追加的なリン酸化は認められるものの、活性の変化は認められなかったことから、活性の制御と無関係なin vitroのみのリン酸化部位が存在することも示唆された。PKAリン酸化におけるPIPKI活性に対する阻害を経時的に調べた結果、リン酸化の上昇に相関して、活性の低下が観察された。

 PKAによるPIPKIのリン酸化部位を同定するため、まずリン酸化アミノ酸分析を行ない、in vivoにおいてセリン残基のみにリン酸化が起こっていることを確認した。また、C末端からの欠損変異体を作製し、in vitroでリン酸化反応を行ったところ、175番から260番までの約85アミノ酸の領域でリン酸化が起こっていることが分かった。次にこの領域において、全てのPIPKIアイソフォームで保存されているセリン残基をアラニンに置換した変異体を作製し、リン酸化実験を行った結果、214番目セリン残基がin vitroでの主要なリン酸化部位であることが明らかになった。さらに、この変異体と野生型(wild type)のpeptide mapping比較により、214番目のセリン残基が唯一の細胞内におけるリン酸化部位であることが確認された。また、細胞をcAMPで刺激しPKAを活性化させるなどの実験では新たなリン酸化部位の出現や214番残基のリン酸化の変化はなく、PIPKIは全て214セリン残基でリン酸化された状態で細胞内で存在すると判断された。

 リン酸化により抑制されているPIPKIを活性化させるホスファターゼを同定する目的で、発現させた細胞に種々な刺激を加え、リン酸化の変化を調べた。

 その結果、リゾホスファチジン酸(LPA)によるPIPKIの脱リン酸化が確認された。また、脱リン酸化されたPIPKIは150%の活性の増加を示した。

 EDTAやBAPTA、またはionophoreなどによるカルシウム濃度変化によっては脱リン酸化は見られなかった。しかし、プロテインキナーゼC(PKC)の活性化剤、phorbol ester(PMA)はPIPKIを脱リン酸化させること、また、PKC阻害剤がLPAによる脱リン酸化を完全に抑制することから、LPAによる脱リン酸化にはカルシウム非依存性かつ、PKC依存性のホスファターゼが関与していることが明らかになった。

 さらに、セリン、スレオニンホスファターゼの阻害剤、オカダ酸(OA)で処理した細胞でも、LPAによるPIPKIの脱リン酸化は抑制された。PKAでGST融合PIPKIをリン酸化させた後、OA-依存性のホスファターゼ(PP1/PP2A)と反応させたところ、プロテインホスファターゼ1(PP1)はPKAでリン酸化されたPIPKIを脱リン酸化した。さらに、PP1による脱リン酸化はPIPKIの活性化を誘導したことから、LPA下流でPIPKIを脱リン酸化するPKC依存性のホスファターゼがPP1であることが強く示唆された。

 現在まで、cAMPによるイノシトールリン脂質情報伝達系へのクロストークに関してはPKAによるPLCの抑制作用のみが報告されていた。本研究の成果は、このクロストークにPKAによるPIPKIの抑制機構が関与することを示している。また、LPA刺激に伴うPIPKIの脱リン酸化による活性化は細胞外刺激による相補的なPIP2合成の分子機構を示す初めての知見である。

Model of PIPKlα activation in response to extracellular stimuli

PIPKIα is dynamically regulated through phosphorylation of PKA and dephosphorylation by PP1 in response to LPA.

審査要旨 要旨を表示する

本研究はホスファチジルイノシトール(4、5)二リン酸(PIP2)合成の律速酵素でありPIP2量を最終的に規定するホスファチジルイノシトールリン酸(PIP)5-キナーゼのリン酸化による活性制御機構や生体内における重要性について研討したもので下記の結果を得ている。

1.NIH3T3細胞内に発現させたPIP5キナーゼtype1(PIPKI)蛋白質はウェスタンブロット上で複数のバンドとして検出され、32P-無機リン酸によるアイソトープラベルを行なった結果、リン酸化蛋白質として細胞内で存在することが明らかになった。

2.種々のプロテインキナーゼ阻害剤を使用し、PIPKIがcAMP依存性のプロテインキナーゼA(PKA)によりリン酸化されること、またPIPKIのリン酸化を抑制したところ、PIPKIの脂質キナーゼ活性が150%まで上昇することをin vivoで確認した。

3.GST融合蛋白質を用いて、in vitroでのリン酸化を調べたところ、type1の3つのアイソフォーム(α,β,γ)ともPKAによってリン酸化され、その活性はともに抑制されることが明らかになった。

4.細胞から免疫沈降させたPIPKIをPKAによってリン酸化したところ、追加的なリン酸化は認められるものの、活性の変化は認められなかったことから活性の制御と無関係なin vitroのみのリン酸化部位が存在することも示唆された。

5.リン酸化アミノ酸分析を行ない、in vivoにおいてセリン残基のみにリン酸化が起こっていることを確認した。C末端からの欠損変異体のin vitroリン酸化反応を行い、175番から260番までの約85アミノ酸の領域でリン酸化が起こっていることが分かった。また、この領域に保存されているセリン残基をアラニンに置換した変異体を作製した結果、214番目セリン残基がin vitroでの主要なリン酸化部位であることが明らかになった。さらに、この変異体と野生型(wild type)のpeptide mapping比較により、214番目のセリン残基が唯一の細胞内におけるリン酸化部位であり、活性制御に掛っていることが確認された。

6.リン酸化により抑制されているPIPKIはリゾホスファチジン酸(LPA)による脱リン酸化で150%の活性の増加を示した。EDTAやBAPTA、またはionophoreなどによるカルシウム濃度変化によっては脱リン酸化は見られなかった。プロテインキナーゼC(PKC)の活性化はPIPKIを脱リン酸化させること、またPKC阻害剤がLPAによる脱リン酸化を完全に抑制することから、LPAによる脱リン酸化にはカルシウム非依存性かつ、PKC依存性のホスファターゼが関与していることが明らかになった。

7.セリン、スレオニンホスファターゼの阻害剤、オカダ酸(OA)で処理した細胞でも、LPAによるPIPKIの脱リン酸化は抑制された。また、プロテインホスファターゼ1(PP1)がPKAでリン酸化されたPIPKIを脱リン酸化し、PIPKIの活性化を誘導したことから、LPA下流でPIPKIを脱リン酸化するPKC依存性のホスファターゼがPP1であることが強く示唆された。

以上、本論文はcAMPによるイノシトールリン脂質情報伝達系へのクロストークにPIPKIのリン酸化による抑制機構が関与していることを明らかにした。また、LPA刺激に伴うPIPKIの脱リン酸化による活性化は細胞外刺激による相補的なPIP2合成の分子機構を示す初めての知見であり、イノシトールリン脂質情報伝達系の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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