No | 116330 | |
著者(漢字) | 大塚,秀文 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオツカ,ヒデフミ | |
標題(和) | 造血系細胞におけるアポトーシス制御因子による新たな細胞周期制御機構 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116330 | |
報告番号 | 甲16330 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1725号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 造血系細胞の増殖は、細胞・細胞間のシグナルやサイトカインと呼ばれる液性因子によって厳密に制御されている。造血系細胞をサイトカイン非存在下で培養すると、そのほとんどが静止期(G1期)にあって増殖しない。この状態から増殖因子である特定のサイトカイン刺激を受けると、細胞周期はG1期からDNA複製期(S期)へと移行し、間期(G2期)を経て分裂期(M期)へと秩序正しく進行する。一方で、これらの細胞をサイトカイン非存在下で培養し続けるとアポトーシスの誘導が認められサイトカインは造血系細胞の生存因子としても機能する。 サイトカイン刺激に伴って造血系細胞の細胞周期が進行する過程で、最初にc-fos/c-jun、c-mycの初期応答遺伝子、及びcyclin等の細胞周期制御遺伝子の発現誘導が起こり、これらの遺伝子発現誘導が細胞周期が進行に重要であることが知られている。c-Mycは転写因子として機能し、cdc25Aやcyclin E等の細胞周期制御遺伝子の発現を誘導することでG1期からS期への移行に関与する事が知られている。細胞周期進行に重要なcyclinのうち、cyclinC、D、Eの3つ(G1 cyclin)はG1期からS期への移行に関与している。cyclinDは主にCDK4とCDK6と複合体を形成し、この複合体は、Retinoblastoma癌抑制遺伝子産物(Rb)をリン酸化する。このリン酸化はG1期からS期への移行の際に必要な条件だが、十分ではない。完全にS期への移行を進行させるためには、cyclin D群の発現に引き続いて発現してくるcyclin EとCDK2との複合体である、cyclin E/CDK複合体によるRbの更なるリン酸化が必要である。このように、cyclinD/EはG1期からS期への移行を制御すると考えられている。 私の所属する研究グループは、これまでマウスのIL-3依存性造血系細胞株BAF-B03細胞(BAF細胞)を用いて、IL-2による細胞増殖誘導に関わるシグナル伝達機構の解析を行ってきた。BAF細胞は機能的IL-2受容体(IL-2R)を構成するIL-2Rα鎖及びIL-2Rγc鎖を発現しているが、IL-2Rβc鎖は発現していない。BAF細胞にIL-2Rβc鎖を恒常的に発現させたF7細胞は、IL-2に応答して細胞増殖の誘導が認められ、1L-2Rβc鎖の変異体をこの細胞に発現させることで、細胞増殖に重要なIL-2Rβc鎖の細胞内ドメインの解析を行ってきた。この解析の流れのなかで、BAF由来細胞ではサイトカインによる細胞増殖誘導におけるシグナル伝達に、c-mycの発現誘導に至る経路が重要であることを見出した。即ち、BAF細胞にヒトEGF受容体を発現させたBER2細胞を樹立したところ、IL-2Rの場合と異なりEGF刺激をしても増殖の進行が認められず、c-mycの発現誘導も認められなかった。そこで、BER2細胞にc-Mycを恒常的に発現するBM細胞を樹立しEGFで刺激すると、EGFに応答して細胞増殖の誘導が認められるようになった。この事から、BAF細胞ではIL-2やIL-3によるc-mycの発現誘導は細胞増殖の誘導に重要であることが推測された。 多くの造血系の細胞はサイトカインを除去することによりアポトーシスが誘導されること、このアポトーシスはアポトーシス抑制因子であるBcl-2やBcl-xLによって抑制されることが知られている。しかし一方で、細胞増殖におけるBcl-2及びその関連因子の役割及びその分子機構に関しては、全く明らかではない。BER2細胞ではEGF刺激によってbcl-2及びbcl-xL遺伝子の発現誘導が認めれない。そこでBER2細胞にbcl-2を恒常的に発現するBB細胞を樹立した結果、上記のc-mycの場合と同様に、EGF依存性に細胞増殖の誘導が認められた。この結果から、Bcl-2はBAF由来細胞の増殖の誘導に関わることが示唆された。更に、BER2細胞にc-MycとBcl-2を恒常的に発現する細胞株を樹立するとIL-3非存在下で増殖するようになる事から、bcl-2の転写誘導に至る経路もIL-2/IL-3によるBAF由来細胞の増殖誘導に重要であり、Bcl-2はc-Mycと協調して増殖を促すことが推測された。以上の結果を基に、私はBcl-2による細胞周期の制御を明らかにする目的で、Bcl-2及びその関連因子のcyclinの発現における役割を検討した。 まずF7細胞を用いてG1 cyclin mRNAの発現を調べた。IL-2刺激後早期(30分〜1時間で)にcyclinD3 mRNAの発現が認められ、これに遅れて他のG1cyclinの誘導が認められた。次に、Bcl-2やc-Mycの恒常的発現が細胞周期制御因子の発現に影響を及ぼすかを検討するため、BER2細胞、BB細胞及びBM細胞を用いて、IL-3除去後のcyclin mRNAの発現の変動を調べた。BER2細胞及びBM細胞ではすべてのG1 cyclin mRNAの発現が認められなくなるのに対して、BB細胞ではcyclin D3のみがIL-3除去後12時間の段階でも、約80%程度にしか発現の低下が認められなかった。更に、このmRNAの発現が、cyclin D3タンパク質の発現にも影響するかを確認したところ、BB細胞で同様の条件で実験を行ったところcyclinD3の発現の低下が認められなかった。これより、BcI-2を介してcyclin D3m RNAの発現を調節する機構が存在することが推測された。 次に、この現象がBAF由来細胞にのみ見られる現象かどうかを調べるために別のマウスのIL-3依存型細胞であるFDC細胞にBcl-2を強制発現させたFDC-B細胞を用いて検討した。その結果、FDC細胞では、IL-3除去後18時間、21時間でcyclin C,D2,D3,E mRNAの低下が認められるのに対して、FDC-B細胞ではcyclin D3m RNAのみ発現の低下が僅かにしか認められなかった。この結果から、BAF由来細胞で見られた現象は、細胞種特異的なものではないと考えられた。 次に、Bcl-2によるcyclin D3 mRNAの発現維持が、cyclin D3遺伝子の転写誘導によるのか、mRNAの安定性の影響によるのかを検討するためにBER2細胞及びBB細胞のそれぞれの核を単離し、核ランオンアッセイを行った。その結果、IL-3除去によりBER2細胞、BB細胞いずれにおいてもcyclin D2,Eの転写量は著明に減少するのに対して、cyclinD1,D3の転写量の減少は両細胞とも僅かであり、Bcl-2の発現によるcyclin D3 mRNAの転写量の変動は認められなかった。この事から、Bcl-2はcyclin D3 mRNAの転写には関係せず、mRNAの安定性に寄与していることが推測された。 更にBER2細胞及びBB細胞の培地からIL-3除去後12時間の細胞を回収し、細胞抽出液でのCDK4及びCDK6のキナーゼ活性をRbを基質として測定した結果、IL-3除去後12時間のBER2細胞では双方の活性が低下したのに対して、BB細胞ではCDK6のキナーゼ活性が12時間後でも維持されていた。このことからBcl-2は、cyclin D3 mRNAの安定性を介してcyclin D3/CDK6の活性を制御することが示された。 Bcl-2は、cyclin D3 mRNAの安定性を上昇させることでcyclin D3/CDK6の活性を維持すると考えられることからBcl-2の下流にcyclin D3が機能している可能性がある。そこでcyclin D3とc-MycないしBcl-2をBER2細胞に強制発現させた細胞(BMD細胞及びBBD細胞)を作製して増殖の影響について調べた。興味あることに、IL-3を除去してもBMD細胞は増殖を続け、cyclin D3は、c-Mycと協調して細胞増殖を誘導することが示された。一方で、Bcl-2とcyclin D3を恒常的に発現するBBD細胞ではこの現象が認められないことから、cyclin D3はBcl-2の下流で働く細胞増殖制御の標的因子として機能していることが示唆された。 更にcyclin D3 mRNA安定化機構が、Bcl-2固有の現象かどうかを調べるため、Bcl-2ファミリーの一つであり、IL-2刺激によって発現誘導されるBcl-xLを強制発現させたBX細胞を樹立し解析したところ、BX細胞でもIL-3非存在下でのcyclin D3 mRNAの発現維持が認められた。同時に、c-MycをBX細胞に強制発現させたBXM細胞がIL-3非存在下で増殖を続けることから、Bcl-2及びBcl-xL共通のメカニズムとしてcyclin D3 mRNAの安定性に関与することが示唆された。この機構に関しては、現在のところ完全には説明できないが、bcI-2ファミリーの下流のアポトーシス実行因子であるcaspase阻害因子、Cowpox virus由来の産物であるcrmAを高発現するBER2細胞(BC細胞)では、IL-3除去後のcyclin D3 mRNAの発現の低下が部分的にしか認められなかった。この結果から、その機構の一つとして、IL-3除去によるcaspaseの活性化をBcl-2やBcl-xLがミトコンドリア上で抑制することにより、caspase感受性のmRNA安定化機構が(その機構の一部として)働いていることが推測された。 今回の研究で、造血系細胞のサイトカインによる細胞増殖誘導において、Bcl-2やBcl-xLがcyclin D3を介して制御をしているという新しい機構を見出した。この結果は、今後のBcL-2ファミリー因子による細胞周期の制御機構において新しい方向性を示す情報を提供するものと考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究はアポトーシス抑制因子として知られているBcl-2及びその関連因子が細胞増殖にどのように影響を及ぼしているかを明らかにするために、マウスのIL-3依存性造血系細胞株BAF-BO3細胞(BAF細胞)を用いて、Bcl-2及びその関連因子によりcyclinの発現がどう影響するかの解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1)Bcl-2、Bcl-xL及びc-MycをBAF由来細胞に恒常的に発現させたBB細胞、BX細胞及びBM細胞を用いて、サイトカイン除去後のcyclin mRNAの発現の変動を調べた。親細胞及びBM細胞ではすべてのG1 cyclin mRNAの発現が認められなくなるのに対して、BB細胞及びBX細胞ではcyclin D3のみがサイトカイン除去しても発現の低下が認められなかった。また、別のマウスのIL-3依存型細胞であるFDC-P1細胞にBcl-2を強制発現させた細胞でも同じ現象が認められることから、造血系細胞においてはBcl-2やBcl-xLを介してcyclin D3mRNAの発現を調節する機構が存在することが推測された。 2)BB細胞の核を単離し、核ランオンアッセイを行った。その結果サイトカインを除去することによりBB細胞及びコントロールである親細胞いずれにおいてcyclin D3の転写量の減少は両細胞とも僅かであり、Bcl-2の発現によるcyclin D3 mRNAの転写量の変動は認められなかった。この事から、Bcl-2はcyclin D3 mRNAの転写には関係せず、mRNAの安定性に寄与していることが推測された。 3)BB細胞の培地からサイトカイン除去後12時間の細胞を回収し、細胞抽出液でのCDK4及びCDK6のキナーゼ活性を測定した。サイトカイン除去後12時間のコントロールの親細胞では双方の活性が低下したのに対して、BB細胞ではCDK6のキナーゼ活性が12時間後でも維持されていた。このことからBcl-2は、cyclin D3 mRNAの安定性を介してcyclin D3/CDK6の活性を制御することが示された。 4)cyclin D3とc-MycないしBcl-xLをBAF由来細胞に強制発現させた細胞(BMD細胞及びBBD細胞)を作製して増殖の影響を調べた。興味あることに、サイトカインを除去してもBMD細胞は増殖を続け、cyclin D3は、c-Mycと協調して細胞増殖を誘導することが示された。一方で、BcI-2とcyclin D3を恒常的に発現するBBD細胞ではこの現象が認められないことから、cyclin D3はBcl-2の下流で働く細胞増殖制御の標的因子として機能していることが示唆された。またBcL-xLでも同様の結果が得られていることから、Bcl-2及びBcl-xL共通のメカニズムとしてcyclin D3 mRNAの安定性に関与することが示唆された。 5)Bcl-2ファミリーの下流のアポトーシス実行因子であるcaspase阻害因子、Cowpox virus由来の産物であるCrmAをBAF由来細胞に高発現させたBC細胞では、サイトカイン除去後のcyclin D3 mRNAの発現の低下が部分的にしか認められなかった。このためcyclin D3 mRNAの安定化についてはサイトカイン除去によるcaspaseの活性化をBcl-2やBcl-xLがミトコンドリア上で抑制することにより、その機構の一部としてcaspase感受性のmRNA安定化機構が働いていることが推測された。 以上本論文は、造血系細胞のサイトカインによる細胞増殖誘導において、Bcl-2やBcl-xLがcyclin D3を介して制御をしているという新しい機構を見出した。この結果は、今後のBcL2ファミリー因子による細胞周期の制御機構において新しい方向性を示す情報を提供するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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