学位論文要旨



No 116331
著者(漢字) 織田,恵理
著者(英字)
著者(カナ) オダ,エリ
標題(和) p53の新規標的遺伝子Noxaによるアポトーシスの制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 116331
報告番号 甲16331
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1726号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 中村,祐輔
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
内容要旨 要旨を表示する

 癌抑制因子p53の重要な役割の一つとして、細胞がさまざまなストレスを受けたときにアポトーシスを誘導することが知られており、このアポトーシスの誘導はp53による癌の抑制にも重要な役割を果たしていると考えられている。これまでの研究で、多くの系においてp53によるアポトーシスの誘導は、標的遺伝子の転写活性化を介して行われていることが報告されている。また、遺伝子欠損マウス由来細胞の解析から、p53によるアポトーシスの誘導はミトコンドリアを介してApaf-1/カスパーゼ9が活性化される経路が重要であることが示されている。P53の標的遺伝子の一つであるBcl-2ファミリーのBaxは、この経路を活性化することによりアポトーシスを引き起こすことが知られている。しかし、正常の胸腺細胞はX線照射によりp53依存的にアポトーシスが誘導されることが知られているが、Bax遺伝子欠損マウスの胸腺細胞では、DNA損傷時に誘導されるアポトーシスは正常におこること、p53欠損胸腺細胞にBaxを発現させても、DNA損傷時に誘導されるアポトーシスには抵抗性であること、アデノウイルス遺伝子産物E1Aを発現したBax遺伝子欠損マウス胎仔線維芽細胞(MEF)では、抗がん剤処理によるアポトーシスの誘導は、部分的にしか抑制されないことから、Bax以外に重要なp53標的遺伝子が存在することが推測されていた。本論文では、mRNA differential display法を用いて、X線照射に応答してp53依存性に転写が誘導される遺伝子、Noxaを単離し、その機能解析を行った結果について述べる。

 Noxa伝子の発現を解析した結果、野生型のMEFで、X線照射によりNoxa mRNAの発現が誘導されたが、p53欠損細胞では、この発現誘導がみられなかった。また、p53遺伝子欠損MEFにアデノウイルスを用いた発現系でp53を強制発現させると、NoxaのmRNAの発現が誘導された。更に、DNA損傷時のアポトーシスの誘導がp53依存的におこることが知られている胸腺細胞でも、X線照射によりp53依存的にNoxaのmRNAの発現が誘導された。同時に、X線照射によりNoxa蛋白の誘導も検出された。Noxa遺伝子の解析の結果、プロモーター領域に典型的なp53認識配列が存在することを見出し、この配列を含むプロモーターはp53により転写活性化されることを遺伝子導入実験から明らかにした。これらのことから、Noxaはp53によって直接転写誘導される新規標的遺伝子であると考えられた。

 Noxaのアミノ酸配列を調べると、アポトーシスの制御にかかわるBcl-2ファミリーに高く保存されているBcl-2 homology(BH)3モチーフに似た配列が2ヶ所存在し、その他のBHモチーフ(BH1,BH2,BH4)や膜貫通領域は存在しない。このことから、Noxa蛋白は、Bcl-2ファミリー因子のうち、アポトーシスを誘導するBH3-onlyサブファミリーに属することが推測された。実際、アデノウイルスによる発現系を用いて、Noxaをヒト子宮頸癌由来HeLa細胞を始めとする種々の培養細胞に高発現させると、アポトーシスの誘導が観察された。更に、Noxaにより誘導されるアポトーシスがBH3モチーフを介して起こるかについて調べるために、BH3モチーフのN末端のロイシンをアラニンに置き換えた変異体を作製し、そのアポトーシス誘導能を調べた。二つあるBH3モチーフのうち片方にのみ変異を入れた場合、アポトーシス誘導能は野生型に比べて低下しており、両方のBH3モチーフに変異をいれた場合は完全にアポトーシス誘導能がなくなっていた。このことから、NoxaはBH3モチーフを介してアポトーシスを誘導することが示された。また、Noxaによるアポトーシスの誘導は、Bcl-2ファミリーのアポトーシスを抑制する機能をもつBcl-XL、Bcl-2によって抑制された。更に、HeLa細胞を用いてNoxaの細胞内局在を調べたところ、BH3モチーフを介してミトコンドリアに局在することが明らかとなった。また、これまでに知られているBH3-onlyサブファミリーの因子は、他のアポトーシスを制御するBcl-2ファミリー因子に結合してアポトーシスを引き起こすことが知られている。そこで、解析した結果、NoxaはBaxとは結合しないが、BH3モチーフを介してアポトーシス抑制因子であるBcl-XLやBcl-2に結合することが見出された。これらの結果から、Noxaが実際にBH3-onlyサブファミリーに属する因子であると考えられた。

 p53によるアポトーシスの誘導はApaf-1やカスパーゼ9が活性化される経路が重要であり、アポトーシスの過程でミトコンドリアの膜電位の低下が起こることが、多くの実験系を用いて報告されている。実際に、Noxaを高発現させると、Apaf-1の活性化を誘導するチトクロームcの放出、カスパーゼ9の活性化が起こり、ミトコンドリアの膜電位の低下が観察された。これらの結果から、p53で考えられている重要なアポトーシス誘導経路にNoxaが作用することが示された。

 そこで、実際にp53によるアポトーシスの誘導にNoxaが関与しているかを調べた。p53高発現によるアポトーシスの誘導は、主にヒト癌細胞を用いて解析されており、実際に骨肉腫由来Saos2等のヒト癌細胞はp53によってアポトーシスを引き起こすことが知られている。そこで、この目的のために、Noxaのヒトホモログを検索したところ、既知の遺伝子APRと一致することが分かった。しかし、この遺伝子の機能については全く知られていなかった。興味深いことに、マウスNoxa遺伝子は、3つのエキソンからなるのに対し、ヒトNoxa遺伝子はマウスNoxa遺伝子のエキソン2がなく、BH3モチーフが一つしか存在しない。ヒトNoxa遺伝子がp53によって誘導されるかを、p53欠損のSaos2細胞に、アデノウイルスを用いてp53を発現させて調べた結果、ヒトNoxa mRNAの発現が誘導された。また、ヒトNoxaのプロモーター領域にもp53認識配列が存在し、p53によって直接活性化された。更に、ヒトNoxaをHeLa細胞やSaos2細胞など様々な細胞に高発現させるとBH3モチーフを介してアポトーシスを引き起こした。これらのことから、同定した遺伝子はNoxaのヒトホモログであると考えられた。

 そこで、Noxaがp53によるアポトーシス誘導に関与するかについてアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた実験系で検討した。その結果、Saos2細胞はp53の強制発現によってアポトーシスを引き起こすが、p53の発現によって誘導されるNoxa蛋白の発現を、Noxa mRNAのアンチセンスオリゴヌクレオチドを導入し抑えると、p53によるアポトーシスの誘導が部分的に抑制された。これらの結果から、Noxaはp53によるアポトーシスを媒介する新しい因子であることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 癌抑制遺伝子p53は、DNA損傷、低酸素状態などのストレス刺激や癌遺伝子の活性化などにより誘導され、転写調節因子としてその標的遺伝子の発現を活性化し、それらの遺伝子産物が細胞周期の停止、DNA修復、アポトーシスの誘導を行うことにより、癌抑制因子として機能を発揮すると考えられている。本研究は、mRNA differential display法を用いて、X線照射に応答してp53依存性に転写が誘導される遺伝子、Noxaを単離し、その機能解析を行い、下記の結果を得ている。

1. Noxa遺伝子の発現を解析した結果、野生型のマウス胎仔線維芽細胞

 (MEF)で、X線照射によりNoxa mRNAの発現が誘導されたが、p53欠損細胞では、この発現誘導が見られなかった。また、p53遺伝子欠損MEFにアデノウイルスを用いた発現系でp53を強制発現させると、NoxaのmRNAの発現が誘導された。更に、DNA損傷時のアポトーシスの誘導がp53依存的に起こることが知られている胸腺細胞でも、X線照射によりp53依存的にNoxaのmRNAの発現が誘導された。同時に、X線照射によりNoxa蛋白の誘導も検出された。また、Noxa遺伝子の解析の結果、プロモーター領域に典型的なp53認識配列が存在することを見出し、この配列を含むプロモーターはp53により転写活性化されることを遺伝子導入実験から明らかにした。

 これらのことから、Noxaはp53によって直接転写誘導される新規標的遺伝子であると考えられた。

2. Noxa cDNAの塩基配列を決定した結果、103アミノ酸蛋白質をコードしていることが推測された。この予想されるアミノ酸配列には、Bcl-2ファミリーに高く保存されているBH3ドメインに類似するアミノ酸配列が、2ヶ所存在し、その他のBHモチーフ(BH1,BH2,BH4)や膜貫通領域は存在しない。このことから、Noxa蛋白は、Bcl-2ファミリー因子のうち、アポトーシスを誘導するBH3-onlyサブファミリーに属することが推測された。

3. アデノウイルスによる発現系を用いて、Noxaをヒト子宮頸癌由来HeLa細胞を始めとする種々の培養細胞に高発現させると、アポトーシスの誘導が観察された。更に、BH3モチーフのN末端のロイシンをアラニンに置き換えた変異体を作製し、そのアポトーシス誘導能を調べると、二つあるBH3モチーフのうち片方にのみ変異を入れた場合、アポトーシス誘導能は野生型に比べて低下しており、両方のBH3モチーフに変異をいれた場合は完全にアポトーシス誘導能がなくなっていた。このことから、NoxaはBH3モチーフを介してアポトーシスを誘導することが示された。また、Noxaによるアポトーシスの誘導は、Bcl-2ファミリーのアポトーシスを抑制する機能をもつBcl-XL、Bcl-2によって抑制された。更に、HeLa細胞を用いてNoxaの細胞内局在を調べたところ、BH3モチーフを介してミトコンドリアに局在することが明らかとなった。また、BH3モチーフを介してアポトーシス抑制因子であるBcl-XLやBcl-2に結合することが示された。これらの結果から、Noxaが実際にBH3-onlyサブファミリーに属する因子であると考えられた。

4. p53によるアポトーシスの誘導はApaf-1やカスパーゼ9が活性化される経路が重要であり、アポトーシスの過程でミトコンドリアの膜電位の低下が起こることが、多くの実験系を用いて報告されている。実際に、Noxaを高発現させると、Apaf-1の活性化を誘導するチトクロームcの放出、カスパーゼ9の活性化が起こり、ミトコンドリアの膜電位の低下が観察された。これらの結果から、p53で考えられている重要なアポトーシス誘導経路にNoxaが作用することが示された。

5. Noxaがp53によるアポトーシス誘導に関与するかについてアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いた実験系で検討した。その結果、Saos2細胞はp53の強制発現によってアポトーシスを引き起こすが、p53の発現によって誘導されるNoxa蛋白の発現を、Noxa mRNAのアンチセンスオリゴヌクレオチドを導入し抑えると、p53によるアポトーシスの誘導が部分的に抑制された。

 以上、本論文はp53の新規標的遺伝子Noxaを単離し、その機能解析から、p53によるアポトーシスを媒介する新しい因子であることを明らかにした。本研究は、p53によるアポトーシス誘導機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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