学位論文要旨



No 116332
著者(漢字) 町田,圭吾
著者(英字)
著者(カナ) マチダ,ケイゴ
標題(和) C型肝炎ウイルス遺伝子の発現によるFasを介した細胞死抑制機構の動物モデルを用いた解析
標題(洋)
報告番号 116332
報告番号 甲16332
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1727号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 斎藤,泉
内容要旨 要旨を表示する

【本研究の背景と目的】

 C型肝炎ウイルス(HCV)はプラス一本鎖RNAウイルスで非A非B型肝炎を発症する。HCVは感染後80-90%もの高率で持続感染化し、肝硬変、肝癌へと病態が進行する極めて深刻な感染症である。C型肝炎発症をin vivoで検証する感染実験動物モデルはチンパンジーに限られており、このことが病原性発現機序に対する研究の進展を遅らせていた。本研究ではCre/loxPのスイッチング制御下にあるHCVのCore,E1,E2,NS2遺伝子領域を導入したトランスジェニックマウスを用いてFas信号伝達経路にHCV蛋白質が与える影響について解析した。

 これまでにHCV蛋白質がアポトーシスに影響を与えることが報告されているが、HCV蛋白質は抗Fas抗体や腫瘍壊死因子(TNF-α)誘導性アポトーシスに活性化或いは抑制的に作用するという矛盾した報告があり、HCV蛋白質が細胞死に与える影響については十分な結論が得られていない。

 Fasを介する肝臓細胞傷害は免疫系による肝炎に重要な役割を担っている。Fasリガンド(Fas-L)を細胞膜表面に発現した活性化丁リンパ球がFasを発現する標的を殺す能力がある事が明らかになっている。Fas蛋白質(CD95)は三量体であり、Fas-LによってFas death domainが会合する。FADDと呼ばれるアダプター蛋白質は、Fas death domainに結合する。カスパーゼ8がFADDによってリクルートされると、カスパーゼ8が活性化される。カスパーゼ8は下流のエフェクター・カスパーゼ3/7を活性化する。本研究ではCre/loxPの系によってHCVのCore,E1,E2,NS2蛋白質をスイッチング発現するトランスジェニックマウスを用いてFas誘導性アポトーシスにHCV蛋白質が与える影響について解析した。

【材料と方法】

 HCVジェノタイプ1bのCore,E1,E2並びにNS2を遺伝子導入したCre/loxPスイッチングシステムで制御された2系統のトランスジェニックマウス(CN2-8マウス並びにCN2-29マウス)にAxCANCre(体内でCreDNA組換え酵素を発現するアデノウイルス)或いはAxCAw1(Creを発現しないコントロールアデノウイルス)を静脈内投与し、一定時間でsacrificeして肝臓を取り出しHCV蛋白質の発現について解析を行った。HCV蛋白質はトランスジェニックマウスの主に肝臓で一過性に検出された。

AxCANCre或いはAxCAw1を投与して4日後のマウス(6-10個体)に、抗Fas抗体を0.14μg/g静脈投与し、24時間の生死を観察した。さらに、抗Fas抗体を投与後1,2,3,4,5,6,8,12及び24時間後にsacrificeして肝臓を取り出し、組織像の解析並びに生化学的解析を行った(3-5個体)。

 初代肝細胞の細胞膜上でのFasの発現についてFACSを用いて解析した。カスパーゼ8、Bcl-2ファミリー並びにチトクロームCのウェスタンブロットによる解析、蛍光基質の切断によるカスパーゼ活性の測定、H-E染色像と免疫組織染色等の解析によって、HCV蛋白質がFas誘導性アポトーシスに与える影響について解析した。

【結果と考察】

 HCVトランスジェニックマウスにAxCANCre或いはAxCAw1を投与して経日的にsacrificeして肝臓を取った。肝臓中のHCVのCore蛋白質の定量、血清中のALTの測定、H-E染色像の解析と抗Core抗体による肝臓切片の免疫染色による結果から、AxCANCre或いはAxCAw1投与後4日目のマウスを抗Fas抗体の投与実験に用いて、Fas誘導性アポトーシスに対するHCV蛋白質の影響について解析した。

 AxCAw1を投与後4日目のCN2-8マウスに0.14μg/gの抗Fas抗体を投与すると、24時間後に50%(3/6)が死亡した。それに対して、AxCANCreを投与してHCV蛋白質を発現させたCN2-8マウスは抗Fas抗体投与後24時間経っても100%(6/6)が生き残っていた。トランスジーンのインテグレーションサイトの異なるCN2-29マウスについても同様の解析を行った。AxCAw1を投与したCN2-29マウス10匹に抗Fas抗体0.14μg/gを投与して、24時間の生存時間を観察した結果,50%が死亡したのに対して、AxCANCreを投与してHCV蛋白質を発現させたCN2-29マウスの80%がFas抗体投与後生き残った(N=10)。従って、少なくとも2つの系統で、HCV蛋白質によって、Fas誘導性肝細胞破壊に起因するマウス個体の死亡率が低下した。トランスジーンを持っていないマウスに同様の実験を行った結果、AxCANCreを投与した場合でもAxCAw1を投与した場合でも50%の死亡率を示したことからアデノウイルスの影響ではないことが示された。

 抗Fas抗体を投与したマウスの肝細胞では核の凝集や断片化が観察され、アポトーシス様の細胞死を呈していた。HCV蛋白質の発現したマウスの肝細胞中で核の凝集や断片化が観察された細胞の割合は、抗Fas抗体投与後3時間後で有意に少なかった。HCV蛋白質の発現によってDNAの断片化は減弱していたことから、HCV蛋白質は抗Fas抗体による肝細胞のアポトーシスの進行を抑えるということが明らかになった。

 HCV蛋白質の発現の有無に関わらず、抗Fas抗体投与後1時間以内に活性化カスパーゼ8のp18サブユニットがウェスタンブロットで出現したことから、カスパーゼ8の初期の活性化には影響を与えていないことが示唆された。

 カスパーゼ8,9,3/7の基質切断活性を解析するために、蛍光基質を用いて生化学的な解析を行った結果、抗Fas抗体投与後1時間以内にカスパーゼ8はHCVの有無に関わらず活性化されていたが、HCV蛋白質の発現がない場合には一過性に活性が消失したのに対して、HCV蛋白質の発現が有ると、活性が消失せずに少なくとも4時間後までは持続していた。ところが、カスパーゼ3/7並びにカスパーゼ9の活性化は抗Fas抗体投与後3時間後や4時間後でHCV蛋白質が発現している肝臓組織でHCVを発現していない場合に比較して抑えられていた。

 HCV蛋白質の発現によるFas誘導性アポトーシスの抑制機構についてさらに検討するために、ミトコンドリアに局在してアポトーシスによる細胞死に強く関与しているBcl-2ファミリー蛋白質の発現レベルを解析した。Bid,Bcl-XL,Bcl-2,Bad等のBcl-2ファミリーの蛋白質レベルでの解析では、HCVの発現の有無で大きな違いは認められなかった。

 HCVによるカスパーゼ3/7並びにApaf-1/カスパーゼ9活性化抑制機構を明らかにするために、チトクロームCの分布パターンを免疫染色によって解析した。HCVタンパク質が発現していない肝臓細胞の細胞質中での抗チトクロームC抗体による染色像は、Fas抗体刺激前に比べて細胞全体に渡って強く染色像が認められたのに対して、HCV蛋白質の発現が有るとFas抗体投与後4時間経っても細胞質に染色像が認められた細胞は一部に限られており、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出がHCV蛋白質の発現によって抑えられていることが示唆された。さらにウェスタンブロットによる解析でもHCV蛋白質が発現しているとHCV蛋白質が発現していない場合に比べてFas抗体投与後3時間、4時間で、細胞質へのチトクロームCの放出が抑えられており、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出がHCV蛋白質の発現によって抑えられていたことが明らかになった。

 HCV蛋白質はミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出を抑え、チトクロームC/Apaf-1/カスパーゼ9のシグナル増強経路を抑制し、エフェクター・カスパーゼ3/7の活性化を抑えたために、肝細胞のアポトーシスが抑えられ、抗Fas抗体投与によるマウスの致死率が低下したことが示唆された.HCV蛋白質はCTL/Fasレセプターを介したアポトーシスを抑制することにより、CTLによる感染細胞の排除機構を抑え、持続感染化している可能性が示唆された。

 アポトーシス信号伝達におけるHCVの機能をさらに解析する事によって、HCVの病原性発現の分子機構或いはHCVによる持続感染成立機序がさらに解明できるだけでなく、アポトーシスの分子機構を更に明らかにできる可能性がある。

【結論】

1. HCV蛋白質の発現によって抗Fas抗体の投与によるマウス個体の死亡率が低下した。

2. HCV蛋白質の発現によって肝細胞のFas誘導性アポトーシスが抑えられた。

3. HCV蛋白質の発現によってカスパーゼ8の活性化には影響を与えなかったが、ミトコンドリアからの細胞質へのチトクロームCの放出が抑えられ、カスパーゼ3/7とカスパーゼ9の活性化が抑えられた。

4. 本研究の結果から、生体が本来持つCTL/Fasを介したウイルス感染細胞の排除機構をHCVが抑制する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究ではCre/loxPのスイッチング制御下にあるC型肝炎ウイルス(HCV)のCore,E1,E2,NS2遺伝子領域を導入したトランスジェニックマウスを用いてFas信号伝達経路にHCV蛋白質が与える影響についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. HCV蛋白質を、Cre/loxPのスイッチング制御によってトランスジェニックマウスの主に肝臓で一過性に発現させることで、in vivoでのHCV蛋白質のコンディショナル発現によるアポトーシス信号伝達経路の修飾作用について解析する事を可能にした。

2. HCV蛋白質の発現によって抗Fas抗体の投与に対してFas誘導性肝細胞破壊に起因するマウス個体の死亡率が少なくとも2つの系統で低下した。トランスジーンを持っていないマウスに同様の実験を行った結果,組み換え酵素Creを発現するアデノウイルス(AxCANCre)を投与した場合でもコントロール非発現アデノウイルス(AxCAw1)を投与した場合でも50%の死亡率を示したことからアデノウイルスの影響ではないことが示された。

3. HCV蛋白質の発現によって肝細胞のFas誘導性アポトーシスが抑えられた。抗Fas抗体を投与したマウスの肝細胞では核の凝集や断片化が観察され、アポトーシス様の細胞死を呈していた。HCV蛋白質の発現したマウスの肝細胞中で核の凝集や断片化が観察された細胞の割合は、抗Fas抗体投与後3時問後で有意に少なかった。HCV蛋白質の発現によってDNAの断片化は減弱していたことから、HCV蛋白質は抗Fas抗体による肝細胞のアポトーシスの進行を抑えるということが示された。

4. HCV蛋白質の発現の有無に関わらず、抗Fas抗体投与後1時間以内に活性化カスパーゼ8のp18サブユニットがウェスタンブロットで出現したことから、カスパーゼ8の初期の活性化には影響を与えていないことが示唆された。

 カスパーゼ8,9,3/7の基質切断活性を解析するために、蛍光基質を用いて生化学的な解析を行った結果、抗Fas抗体投与後1時間以内にカスパーゼ8はHCVの有無に関わらず活性化されていたが、HCV蛋白質の発現がない場合には一過性に活性が上昇した後、活性が消失したのに対して、HCV蛋白質の発現が有ると、活性が消失せずに少なくとも4時間後までは持続していた。ところが、カスパーゼ3/7並びにカスパーゼ9の活性化は抗Fas抗体投与後3時問後や4時間後でHCV蛋白質が発現している肝臓組織でHCVを発現していない場合に比較して抑えられていた。

5. HCV蛋白質の発現によるFas誘導性アポトーシスの抑制機構についてさらに検討するために、ミトコンドリアに局在してアポトーシスによる細胞死に強く関与しているBcl-2ファミリー蛋白質(Bid,Bcl-XL,Bcl-2,Bad,Bax)の蛋白質レベルでの解析では、HCVの発現の有無で大きな違いは認められなかった。

6. HCVによるカスパーゼ3/7並びにApaf-1/カスパーゼ9活性化抑制機構を明らかにするために、チトクロームCの分布パターンを免疫染色によって解析し、ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出がHCV蛋白質の発現によって抑えられていることが示唆された。さらにウェスタンブロットによる解析でも,ミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出がHCV蛋白質の発現によって抑えられていたことが示された。

 これにより、HCV蛋白質がミトコンドリアから細胞質へのチトクロームCの放出を抑え、チトクロームC/Apaf-1/カスパーゼ9のシグナル伝達経路を抑制し、エフェクター・カスパーゼ3/7の活性化を抑えたために、肝細胞のアポトーシスが抑えられ、抗Fas抗体投与によるマウスの致死率が低下したことが示唆された。

 HCV蛋白質はCTL/Fasレセプターを介したアポトーシスを抑制することにより、CTLによる感染細胞の排除機構を抑え、持続感染化している可能性が示唆された。

 以上本研究は、生体が本来持つCTL/Fasを介したウイルス感染細胞の排除機構をHCVが抑制する可能性を示唆し,HCVの病原性発現機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。

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