No | 116333 | |
著者(漢字) | 三谷,祐貴子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミタニ,ユキコ | |
標題(和) | 細胞膜ドメインを介したサイトカインシグナル伝達クロストークの解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116333 | |
報告番号 | 甲16333 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1728号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 病因・病理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | インターフェロン(IFN)-α/βおよびIFN-γは、当初、抗ウイルス活性を示すサイトカインとして同定されたが、細胞増殖抑制作用や免疫調節作用といった細胞応答の制御にも関与していることが知られるようになった。このIFNの生理作用は、IFN-α/βあるいはIFN-γがそれぞれの異なったレセプター複合体を形成した後、おのおののJak-Stat系を活性化し、IFN誘導遺伝子の発現へとつながることで発揮される。IFN-α/βおよびIFN-γがそれぞれに固有のシグナル伝達経路を持つにもかかわらず、同じ抗ウイルス作用を持つことから、第1章において、これらのIFNシグナル間における相互作用を検討した。さらに、IFNに対するレセプターは、通常細胞表面上に102〜103個と限られた数しか存在せず、しかもマルチサブユニット構造であるにもかかわらず、そのシグナル伝達は迅速かつ効率良く行われていることから、IFNレセプター分子やその下流のエフェクター分子がある特定の細胞膜上の領域に局在しているのではないかと考え検討を加えた。 IFN-α/βレセプターサブユニットの1つであるIFNAR1あるいはIFN-γレセプターサブユニットの1つであるIFNGR1欠損マウスより胎仔線維芽細胞(MEFs;mouseembryonic fibroblasts)を調整し、EMCV(encephalomyocraditis virus)を用いて、CPE(cytopathic effect)アッセイを行った。IFNAR1欠損(AR1-/-)MEFsにおいては、野生型MEFsに比べ、IFN-γによる抗ウイルス活性が約10分の1に低下していることが明らかとなった。一方、IFNGR1欠損MEFsにおいては、IFN-αによる抗ウイルス活性は野生型MEFsと同程度に認められた。次に、Stat1のDNA結合活性をGAS(IFN-γ-activatedsite)プローブを用いたEMSA(electrophoretic mobility shift assay)で調べたところ、IFN-γを処理したAR1-/-MEFsにおいては野生型のMEFsに比べ、Stat1のDNA結合活性が約6分の1に低下していることが明らかとなった。さらにAR1-/-マウス由来の脾臓細胞においても同様のStat1のDNA結合活性の低下が認められた。このことから、IFN-γによる最大限の応答の発現にはIFNAR1が必要であることが示された。 IFNAR1はレセプターであるため、IFN-γによる最大限の応答に、IFNAR1を介したIFN-α/βのシグナルが関与しているのか、またはリガンド非依存的にIFNAR1自体が関与しているのかが明らかではない。実際、生体内ではウイルス感染が伴わなくても自発的に極微量のIFN-α/βが産生されていることが報告されている。また、IFN-αの産生は主にIFN-βの産生に依存していることが報告されていることからIFN-β欠損(IFN-β-/-)マウスを使用し、IFN-β-/-MEFsにおいてIFN-αmRNAの発現を検討したところ、IFN-αmRNAはほとんど検出されなかった。そこで、IFN-β-/-MEFsを用いて、AR1-/-MEFsと同様の実験を行ったところ、IFN-γ刺激時のStat1の活性化、ISGF3複合体形成および抗ウイルス活性が低下していることが明らかとなった。さらに、IFN-β-/-MEFsに極微量のIFN-β(0.1U/ml)を添加することにより、IFN-γの反応性が野生型MEFs程度まで回復することも明らかにした。このことから、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βが、IFN-γによる最大限の応答を発揮するために必要であることが示された。 次に、そのメカニズムについて検討した。グリセロール密度勾配法を用いた実験から、AR1-/-MEFsにおいては野生型MEFsと比較して、Stat1の二量体形成が低下していることが明らかとなった。さらに、AR1-/-MEFsにIFNAR1の455番目のチロシン残基(Y455)をフェニルアラニンに置換した変異体を発現させたところ、intactなIFNAR1を発現させた場合に比べ、IFN-γによるDNA結合活性が5分の1程度しか回復しなかった。このことから、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βによってIFNAR1の細胞内チロシン残基はリン酸化された状態にあり、このチロシン残基を利用してIFN-刺激時にStat1が効率良く二量体形成を行っていると考えることができる。実際、野生型MEFsにおいては、刺激前からIFNAR1のチロシンリン酸化を認め、IFN-γ刺激によりそのチロシンリン酸化が増強するが、一方、IFN-β-/-MEFsでは、刺激の有無に関わらずIFNAR1のリン酸化は検出できなかった。さらに野生型MEFsでは、IFN-γ刺激後、チロシンリン酸化されたStat1とIFNAR1との会合がみとめられた。IFN-γ刺激により、IFNAR1のリン酸化が増強することやチロシンリン酸化されたStat1がIFNAR1にリクルートすることから、IFN-γレセプターの近傍にIFN-α/βレセプターが存在するのではないかと考え、免疫沈降法にて調べた結果、IFNAR1とIFNGR2とがIFN-γの有無にかかわらず会合していることを明らかにした。さらに興味深いことにIFN-β-/-MEFsにおいてはこの会合が減弱しているという結果が得られた。また、IFNAR1をはじめ、IFNGR1やIFNGR2といったIFNレセプターサブユニットが細胞膜上のカベオラ膜ドメインに存在したことから、このIFN-α/βとIFN-γのクロストークがカベオラ膜ドメインにおいて行われていることが明らかとなった。 第1章において、IFN-α/βとIFN-γの間には、細胞膜上のカベオラ膜ドメインにおいて、レセプターレベルでのクロストークがあることを明らかにした。このクロストークの存在は、これら二つのタイプのIFNの生理作用の重複性を説明する新たな分子メカニズムであると考える。IFN-γによる応答はIFN-γレセプターを介したシグナル単独でも発揮されるが、IFN-α/βのシステムを利用することにより、さらに効率のよいシグナル伝達を可能にすると考えられる。また、IFN系のレセプターサブユニットやJakキナーゼがカベオラ膜ドメインに濃縮されている結果は、限られた数の、かつ複数のサブユニットから成るサイトカインレセプターが効率良く細胞内へシグナルを伝達するための制御機構であると考えられる。さらに、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βのIFN-γシグナルにおける新たな役割を明らかにした。その役割とは、一つは、IFNAR1の細胞内チロシン残基を常にリン酸化した状態にしておき、IFN-γ刺激後、効率良くStat1をリクルートさせる部位を提供する役割、もう一つは、IFNAR1とIFNGR2との会合を増強する役割である。この点に関して、第2章でIL-6を例に、他のサイトカインにおいても類似の機構が存在するのかを検討した。 第2章において、IL-6刺激により、野生型、AR1-/-あるいはIFN-β-/-MEFsを用いて、第1章と同様の実験を行った。その結果、IFN-γに加えて、IL-6も効率的なシグナル伝達のためには、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βのシグナルを必要とすることを明らかにした。IL-6とIFN-α/βのクロストークの分子メカニズムも、ほぼIFN-γとIFN-α/βのクロストークの場合と同様で、リン酸化されたIFNAR1の細胞内チロシン残基を、IL-6も効率的なStat1およびStat3の二量体形成に利用していること示唆する結果を得た。さらに、gp130もIFNAR1同様、カベオラ膜ドメインに濃縮されており、架橋剤を用いた実験において両者が共沈してくることから、細胞膜上のカベオラ膜ドメインにおいてgp130とIFNAR1は近傍に存在していることが明らかとなった。自発的に産生されている極微量のIFN-α/βによって細胞内のチロシン残基がリン酸化されていること.から、IFNAR1にはサイトカイン刺激後、さまざまなStatsが会合し、その二量体形成に利用されている可能性が考えられる。 本研究によって、MEFsにおいては、カベオラ膜ドメインにIFNAR1、IFNGR1、IFNGR2およびgp130といったサイトカインレセプターが局在していることが明らかとなった。細胞膜上には、サイトカインレセプターが集まって存在するレセプトゾームのようなコンパートメント化されたドメインが存在する可能性があり、そこでクロストークがおこっている可能性が示唆される。 | |
審査要旨 | 本研究は免疫系、造血系などにおいて、主要な細胞間シグナル伝達を担うサイトカイン間におけるクロストークについて、細胞膜という場に着目して、インターフェロン(IFN)-α/β、-γおよびインターロイキン(IL)-6を例に解析したものであり、下記の結果を得ている。 (1)IFN-α/βレセプターのサブユニットの一つであるIFNAR1を欠損したマウス胎児線維芽細胞(AR1-/-MEFs)においては、野生型MEFsと比較して、IFN-γによる抗ウイルス作用、IFN-γおよびIL-6によるStatsのDNA結合能が低下していた。AR1-/-マウス由来の脾臓細胞においてもIFN-γおよびIL-6によるStatsのDNA結合能の低下が観察された。さらに、AR1-/-MEFsにおいては、野生型MEFsと比較して、IFN-γ処理によるIFN誘導遺伝子(IRF-1および2',5'OAS)およびIL-6処理によるIL-6誘導遺伝子(IRF-1およびjunB)の発現誘導も低下していた。これらのことから、IFNAR1欠損細胞においてはIFN-γおよびIL-6に対する応答性が低下していることを明らかにした。 (2)野生型MEFsにおいては、無刺激の状態で、RT-PCRによりIFN-αおよびIFN-βmRNAの発現を確認できたが、IFN-β欠損(IFN-β-/-)MEFsにおいては、無刺激の状態では、IFN-βはもとよりIFN-αmRNAの発現もほとんど観察できなかった。このような自発的なIFN-α/βの産生が認められないIFN-β-/-MEFsにおいても、AR1-/-MEFs同様、IFN-γによる抗ウイルス作用、IFN-γおよびIL-6によるStatsのDNA結合能が低下していた。このIFN-β-/-MEFsにおいて観察されたIFN-γおよびIL-6に対する応答低下は、培養液中に0.1U/mlのIFN-βを添加することで回復した。このことから、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βがIFN-およびIL-6による効率の良い応答に関与していることが示された。 (3)グリセロール密度勾配法を用いた実験から、野生型MEFsと比較してAR1-/-MEFsにおいては、IFN-γによるStat1の二量体形成が低下していることを明らかにした。 (4)AR1-/-MEFsにIFNAR1の細胞内チロシン残基をフェニルアラニンに置換した変異体を発現させた細胞株においては、IFN-γおよびIL-6による応答が回復しなかったことから、IFN-γおよびIL-6によるシグナルにはIFNAR1の細胞内チロシン残基が重要であることを示した。実際、野生型MEFsにおいては、IFNAR1は無刺激状態からチロシンリン酸化されており、さらにStat1、Stat2およびStat3と会合していた。IFN-処理後、IFNAR1のチロシンリン酸化レベルも、IFNAR1に会合するStat1の量も増加した。一方、IFN-β-/-MEFsにおいては、IFN-γあるいはIL-6刺激の有無にかかわらず、このようなIFNAR1のチロシンリン酸化およびStatsとの会合は観察されなかった。このことから、自発的に産生されている極微量のIFN-α/βがIFNAR1の細胞内チロシン残基を常にリン酸化した状態にしており、そこにIFN-γあるいはIL-6によって活性化されたStatsが効率的にリクルートして、二量体形成にむかうメカニズムが示唆された。 (5)野生型MEFsおよび脾臓細胞において、免疫沈降によりIFNAR1と、IFN-γレセプターのサブユニットの一つであるIFNGR2の会合を明らかにした。また、架橋剤を用いた免疫沈降実験において、IFNAR1とIL-6レセプターであるgp130が共沈してきた。さらに、細胞膜上の力ベオラ膜ドメインに、これらのIFNレセプターのサブユニット、gp130、Jak1およびJak2が局在していることを明らかにした。このことから、細胞膜上のカベオラ膜ドメインにおいて、IFN-α/βと、IFN-γおよびIL-6のクロストークが行われていることを明らかにした。 以上、本論文はIFNAR1を欠損したマウスおよびIFN-βを欠損したマウス由来の細胞を有効に使用して、IFN-α/βと、IFN-γおよびIL-6の細胞膜上でのレセプターレベルでのクロストークの存在とそのメカニズムを初めて明らかにした。さらに、現在まで知られていなかった自発的に産生されている極微量のIFN-α/βの役割の一端についても明らかにできた。本研究は、細胞膜ドメインの重要性を明らかにすることで、これまで二次元的に解析されてきたサイトカインシグナルの三次元的な解析の糸口となり、さらに生体内における様々なサイトカインの協調作用の機序解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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