学位論文要旨



No 116335
著者(漢字) 芦澤,有紀
著者(英字)
著者(カナ) アシザワ,ユキ
標題(和) マウスIL-5Rα鎖遺伝子の発現調節機構の解析 : フロモーター領域に結合する転写因子群とその機
標題(洋)
報告番号 116335
報告番号 甲16335
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1730号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 吉田,進昭
 東京大学 客員教授 北村,俊雄
 東京大学 客員助教授 平井,浩一
内容要旨 要旨を表示する

<序論>

 IL-5は主としてTh2型のT細胞が産生するサイトカインで、B細胞や好酸球の分化増殖因子として作用する。また、好塩基球に作用してヒスタミンなどの炎症メディエーターの放出を促進する。IL-5の作用はIL-5が特異的受容体(IL-5R)に結合することにより生じる。IL-5Rはα鎖(約60kDa)およびβ鎖(約130kDa)の2つの膜蛋白質より構築される。IL-5Rα鎖はIL-5に特異的に結合するが、βc鎖はIL-5IL-3R、GM-CSFRに共通の膜蛋白質で、単独ではIL-5に結合しない。βc鎖が種々の血液細胞に広く発現しているのに対して、IL-5Rα鎖の発現はB細胞、好酸球、好塩基球などのIL-5反応性の細胞に限られており、IL-5Rα鎖の細胞特異的な発現がIL-5の作用特異性に大きく寄与していると考えられる。ImamuraらはmIL-5Rα鎖遺伝子の細胞特異的な発現調節機構を解明するため、mIL-5Rα鎖遺伝子ゲノムの構造を解析し、mIL-5Rα鎖遺伝子ゲノムが11個のエキソンから構成され、第6番目の染色体上にマップされていることを明らかにした。さらに、ImamuraらはmIK-5Rα鎖のプロモーター領域の解析も行ったが、細胞特異的な発現調節機構に関してはほとんど解析されていなかった。本論文ではmIL-5Rα鎖の細胞特異的発現調節機構を解明することを目的として、mIL-5Rα鎖遺伝子のプロモーター領域の解析を行った。最初にmIL-5Rα鎖遺伝子においてもhIL-5Rα鎖遺伝子の場合と同様に複数の転写開始点が存在するのかどうか5'RACE法を用いて探索した。また、mIL-5Rα鎖遺伝子の5'近傍領域においてmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な転写活性化に重要な領域と、そこに結合する転写因子を同定し、その役割について検討した。

<方法と結果>

1. 5'RACE法による転写開始点の探索

 hIL-5Rα鎖のプロモーター領域の解析から、hIL-5Rα鎖にはエキソン2のすぐ上流にも転写開始点が存在し、複数のプロモーターによって転写制御されている可能性が報告された。そこで、mIL-5Rα鎖遺伝子にも複数の転写開始点が存在するのかどうか検討した。また、mIL-5Rα鎖の発現を誘導することが知られている抗CD38抗体架橋刺激した脾臓B細胞で、転写産物の構造や量に差が生じるかどうか検討を加えた。抗CD38抗体非存在下(_)と存在下(+)で培養した脾臓B細胞から5'RACE法によりmIL-5Rα鎖cDNAを増幅し、得られたPCR産物に対してエキソン1及びエキソン2の合成オリゴマーをプローブに用いたサザンブロットを行った。その結果、エキソン1、エキソン2を両方含むcDNAとエキソン2のみしか含まないcDNAの2種類のcDNAが存在することが明らかになり、特に後者は抗CD38抗体で架橋刺激した場合に前者に比べて3倍程度強く誘導されることがわかった。得られたcDNAの塩基配列を決定し、その構造解析から、これまで報告されていた転写開始点(Exon1a)の1kb下流に新たな転写開始点(Exon1b)が存在することが明らかになった。

2. mIL-5Rα鎖のプロモーター活性に重要な領域

 2つの転写開始点からの転写を制御している領域を探索するために、それぞれの転写開始点を含む-581〜+1105bpのDNA断片を順次欠失させてホタルルシフェラーゼcDNAの上流に結合させたレポーターコンストラクトを作製し、種々の細胞株に導入してプロモーター活性を測定した。その結果、Exon1b近傍の領域は細胞非特異的なプロモーター活性を有していることが示唆された。一方、-250〜+160領域はmIL-5Rα鎖陽性未熟B細胞株WEHI231においてのみプロモーター活性を示し、-250〜-115領域を欠失するとプロモーター活性が消失したことから、-250〜-115領域が転写活性化の調節に関与していることが示唆された。さらに上流の領域ではプロモーター活性が認められなかった(図1)。

3. mIL-5Rα鎖の-250〜-115領域に結合する転写因子の同定

 レポータ一アッセイから、-250〜-115領域がmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な転写調節に関与していることが示唆された。そこで、その調節領域に結合する調節因子が存在するかどうかをゲルシフトアッセイにより探索した。mIL-5Rα鎖陽性(WEHI231、BCL1、BAL17、抗CD38抗体刺激脾臓B細胞)および陰性(EL-4、FDC-P1)の細胞群の核抽出液を用いた結果、複数の核内タンパク質-DNA複合体が検出されたが、そのうち2種類(C-I、C-V)がmIL-5Rα鎖陽性B細胞で顕著に認められた。オリゴヌクレオチドによる競合阻害実験と抗体によるスーパーシフト解析から、C-I複合体にはE12/E47が含まれることが示唆された。C-V複合体の形成はSp1、C/EBPβおよびOct-2のコンセンサス配列で約50%、-144〜-115領域で80%以上競合阻害され、抗C/EBPβ抗体、抗Sp1抗体により部分的にスーパーシフトされた。

4. mIL-5Rα鎖のプロモーター活性における各転写因子の役割

 C-I、C-V複合体の形成を阻害する転写因子のコンセンサス配列がmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な転写活性化にどのような役割を果たしているのかを検討するために、それらの配列に変異を導入したレポーターコンストラクトを作製して、WEHI231細胞株に導入し、ルシフェラーゼアッセイにより変異導入に対するプロモーター活性の変化を測定した。その結果、E12およびE47、C/EBPβ、Sp1、Oct-2のすべてが協調的に作用して転写活性化を正に調節している可能性が示唆された。

<考察>

1. 複数の転写開始点によるmIL-5Rα鎖の発現調節

 5'RACE法を用いたcDNAの構造解析により、本研究で初めてヒトの場合と同様にmIL-5Rα鎖遺伝子にも複数の転写開始点が存在することが明らかになった。また、Exon1bからの転写が抗CD38抗体架橋刺激によってExonlaよりも3倍程度強く誘導されることが示唆された。これより、刺激に応じた発現調節機構が存在する可能性が考えられた。

2. mIL-5Rα鎖の発現調節に関与する領域

 -250〜-115領域がmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な転写活性化の調節に関与することが示唆された。この領域には2カ所のE-box、C/EBPβ、Sp1、Oct-2およびGATA-1などのコンセンサス配列が存在する。このうち、hIL-5Rα鎖遺伝子に保存されているのはC/EBP配列のみである。hIL-5Rα鎖遺伝子で転写活性化に関与していると報告されているRFX配列はmIL-5Rα鎖遺伝子にも同様に存在するが、その配列を含む-581〜+160領域はプロモーター活性を示さなかった。このようにマウスとヒトでは異なる機構で発現調節が起こると考えられる。

3. mIL-5Rα鎖陽性細胞特異的に結合する転写因子とその役割

 ゲルシフトアッセイの結果から、-250〜-115領域上に形成されるmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な核内タンパク質-DNA複合体には、E12およびE47が含まれるC-I複合体と、Sp1、C/EBPβ、Oct-2およびこれら3つの転写因子と相互作用する未同定の転写因子が関与するC-V複合体の2種類が存在することが示唆された。E12およびE47、Sp1、C/EBPβおよびOct-2のコンセンサス配列に変異を導入したレポーターコンストラクトを用いたレポーター・アッセイの結果、E12およびE47、C/EBPβ、Sp1、Oct-2が協同的に働いてmIL-5Rα鎖の転写活性化を調節していることが示唆された。

4. mIL-5Rα鎖の発現調節機構

 今回の私の解析結果から、E12およびE47と、Sp1、C/EBPβ、Oct-2およびそれらと相互作用する未同定な転写因子が協同的に作用してB細胞におけるmIL-5Rα鎖の発現調節を行っているというモデルを提唱したい(図2)。C-V複合体には-144〜-115領域に結合し、C/EBPβ、Sp1およびOct-2と相互作用する未同定な転写因子のみが含まれるモデル(図2右)と、未同定な転写因子、C/EBPβ、Sp1およびOct-2のすべてが含まれるモデル(図2左)の2つが考えられる。

<まとめと今後の展望>

 本研究から、mIL-5Rα鎖遺伝子には複数の転写開始点が存在することが明らかとなり、Exon1bからの転写は抗CD38抗体架橋刺激によって誘導されることが示唆された。また、B細胞におけるmIL-5Rα鎖遺伝子の発現調節には-250〜-115領域が関与しており、そこにはEl2およびE47、Sp1、C/EBPβ、Oct-2および未同定の転写因子が結合し協同的に作用して発現を調節していることが示唆された。今後の課題としては、(1)未同定の転写因子とは何か、(2)これらの因子はどのように相互作用しているのか(3)マウス好酸球や抗CD38抗体架橋刺激したB細胞での発現調節機構の解明等が上げられる。

図1 mIL-5Rα鎖のプロモーター領域の構造と役割

レポーターアッセイの結果を模式図にまとめた。Exon1aとExon1bは約1kb離れている。-250〜-115領域は転写活性化の調節に関与することが示唆された。-387〜-250領域は負の転写調節に関与し、Exon1b近傍領域(+577〜+1105領域)は細胞非特異的なプロモーター活性を有していると考えられた。

図2 E12/E47、C/EBPβ、Sp1、Oct-2および未同定因子による複合体形成のモデル

mIL-5Rα鎖遺伝子の-250〜-115領域にはE12/E47とC/EBPβ、Sp1、Oct-2およびそれら3つと相互作用する未同定因子(unknowm)が結合し、転写活性化の調節に重要な複合体を形成すると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はIL-5の作用特異性の発揮に大きく寄与していると考えられるIL-5Rα鎖のB細胞や好酸球特異的な発現調節機構を解明するために、mIL-5Rα鎖遺伝子のプロモーター領域の解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. mIL-5Rα鎖の発現を誘導することが知られている抗CD38抗体非存在下(_)および存在下(+)で培養した脾臓B細胞を用いて、5'RACE法により転写開始点を同定した結果、mIL-5Rα鎖遺伝子にはこれまで報告されていた転写開始点(Exon1a)の1kb下流に新たな転写開始点(Exon1b)が存在することが明らかになった。また、Exon1bからの転写が抗CD38抗体架橋刺激によってExon1aよりも3倍程度強く誘導されることが示唆された。

2. 2つの転写開始点を含む-581〜+1105bpのDNA断片を順次欠失させてホタルルシフェラーゼcDNAの上流に結合させたレポーターコンストラクトを作製し、種々の細胞株に導入してプロモーター活性を測定した結果、-250〜-115領域がmIL-5Rα鎖陽性細胞特異的な転写活性化の調節に関与していることが示唆された。また、Exon1b近傍の領域は細胞非特異的なプロモーター活性を有していると考えられた。

3. -250〜-115領域に結合する調節因子が存在するかどうかをゲルシフトアッセイにより探索した結果、2種類の核内タンパク質ONA複合体(C-I、C-V)がmIL-5Rα鎖陽性B細胞で顕著に認められた。オリゴヌクレオチドによる競合阻害実験と抗体によるスーパーシフト解析から、C-I複合体にはEl2/E47が含まれることが示唆された。C-V複合体の形成はSp1、C/EBPβおよびOct-2のコンセンサス配列で約50%、-144〜-115領域で80%以上競合阻害され、抗C/EBPβ抗体、抗Sp1抗体により部分的にスーパーシフトされた。これより、C/EBPβ、Sp1、Oct-2および-144〜-115領域に結合する未同定の転写因子が複合体形成に関与することが示唆された。

4. -250〜-115領域に存在するEl2/E47、C/EBPβ、Sp1およびOct-2のコンセンサス配列に変異を導入した場合のプロモーター活性の変化を調べた結果、El2およびE47、C/EBPβ、Sp1、Oct-2のすべてが協調的に作用して転写活性化を正に調節していることが示唆された。

 以上、本論文はmIL-5Rα鎖遺伝子に複数の転写開始点が存在することを明らかにし、Exon1bからの転写は抗CD38抗体架橋刺激によって誘導されることを示した。また、B細胞におけるmIL-5Rα鎖遺伝子の発現調節には-250〜-115領域が関与しており、そこにはE12およびE47、Sp1、C/EBPβ、Oct-2および未同定の転写因子が結合し協同的に作用して発現を調節していることも示した。本研究は、未だ明らかにされていないmIL-5Rα鎖遺伝子の細胞特異的な発現制御機構の解明およびこれら転写因子の相互作用の理解に大きく貢献するものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

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