No | 116338 | |
著者(漢字) | 小谷,博子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コタニ,ヒロコ | |
標題(和) | 骨形成に対する磁場の効果に関する研究 | |
標題(洋) | Study on the effects of magnetic fields on bone formation in mice | |
報告番号 | 116338 | |
報告番号 | 甲16338 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1733号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 生体物理医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、数テスラ(T)の強静磁場下における細胞や生体物質の諸現象が様々な研究から明らかにされている。磁場配向現象として、生体高分子であるフィブリンおよびコラーゲンが、反磁性磁気異方性によりそれぞれ磁力線方向に対して平行および垂直に配向し、また浮遊細胞である赤血球などの円盤状の細胞も、脂質膜の反磁性磁化率の異方性により磁力線方向に平行に配向するという報告がなされている。しかしながら、付着細胞に関しては、磁場配向したコラーゲンを足場として細胞が配向するという報告があるにすぎず、安定した強磁場発生制御、温度管理システムの構築、付着細胞の維持の難しさなどの理由から細胞そのものの磁場配向現象およびそれに伴う細胞の機能変化については、未だ明らかにはされていない。 近年、臨床応用を目指した骨形成促進因子の研究が急速な進歩を遂げており、その代表的な因子としてBMP(Bone Morphogenetic Protein)が挙げられる。しかしながら、生体内に骨形成を維持するためには大量のBMPが必要となる。またBMP単独では骨形成の方向性の制御は不可能であり、多くの骨量を得ると同時に骨形成の方向を制御できる簡便な方法が求められている。 本研究では、最大8Tの超電導マグネットを用い、まずin vivo実験として、BMPペレットによる異所性骨化モデルマウスを用いた静磁場による骨形成促進効果の有無について検討を行った。引き続き、in vitro実験として付着細胞である骨芽細胞の磁場配向現象について検討し、その機能変化について検討を行った。 【方法および結果】 1.in vivoにおける骨形成に対する作用: リコンビナントヒトBMP-2(5μg)をI型コラーゲン溶液(150μg/50μl)に溶解、凍結乾燥の後、直径3mmの球状ペレットを作製し、5週齢のddyマウスの腰部皮下に移植した。その直後から8.0T水平型超電導マグネット(Oxford社、英国)の中心部にペレットが来るようにマウスを固定し、60時間静磁場に曝露した(n=5)。対照として、同一部位に同時間固定のみを行ったマウスを用いた(n=5)。両群ともその後通常に飼育、21日後にペレットを摘出し、軟X線写真撮影、骨量(BMC;bone mineral content)測定、および組織学的検索を行った。静磁場曝露群においては非曝露群と比較して有意な骨形成促進作用が認められ、BMCはそれぞれ6.70±1.58および3.58±0.37mg(mean±SEM)であった。また、非曝露群の骨化組織はランダムな形状を呈したのに対し、曝露群で出来た骨化組織はそのすべてが磁場の方向に平行に長く伸びていた。組織学的には線維性骨を基調とした骨化組織として観察された。 2.in vitroにおける培養骨芽細胞に対する作用: マウス骨芽細胞株MC3T3-E1細胞を9cm2フラスコに播種し、これを上記の8.0T水平型超電導マグネット(Oxford社、英国)の中心部に静置し、静磁場に60時間連続曝露した。対照としては上記と同様に、同じ条件下で曝露のみしていない培養細胞を用いた。両群ともその後、通常に培養を行い、経時的にこれらの細胞形態の観察を行った。曝露群では培養2日目よりその形態に変化が現れ、非曝露群では細胞がランダムに配向しているのに対し、曝露群では全細胞が磁場方向とほぼ平行に配向していた。NIH Imageを用いて細胞の配向方向と磁場方向との角度を計測したところ、配向係数f2Dはそれぞれ曝露群で0.92、非曝露群で0.04であり、曝露群は非曝露群に比べ著明に高い配向秩序を有していた。引き続いて、同培養細胞の増殖および分化に対する静磁場の影響について検討した。BrdU(5-bromo-2'-deoxyuridine)の取り込みを指標にした細胞増殖は、静磁場曝露によって影響を受けなかった。一方、アルカリフォスファターゼ(ALP;Alkaline phosphatase)活性を指標にして細胞の分化に対する影響を検討したところ、曝露群は非曝露群に比べて有意に高い活性を示した(0.30±0.02vs.0.21±0.01nmol/min/μg)。ALP染色においても、非曝露群では骨芽細胞から分泌された細胞基質がランダムであったのに対し、曝露群では骨芽細胞から分泌された細胞基質は磁場方向と平行に配列していた。 【考察】 異所性骨化モデル動物を用いたin vivo実験において、テスラ(T)級の静磁場曝露により磁力線方向に平行に細長い形状のペレットが形成され、その骨量が有意に増加することが明らかとなった。一方、付着細胞である骨芽細胞を用いたin vitroの実験においても、静磁場曝露により骨芽細胞単独でも磁力線方向に平行に配向が認められ、付着細胞にも磁場配向現象が認められることが明らかとなった。さらに磁場により配向現象を示した骨芽細胞は、その分化能が促進されることが明らかとなった。 付着細胞の磁場配向のメカニズムとしては、まず第一に付着細胞が棒状の磁化率異方性の大きな形状に変わり、磁気トルク回転により細胞が磁場配向した可能性があげられる。しかしながら、骨芽細胞のような付着細胞は培養フラスコの底面に付着しているため、摩擦力、付着力が反磁性回転力よりも大きく、磁気トルク回転を生じさせるのは難しい。そのことを考慮に入れると、磁場配向の第二のメカニズムとして、付着細胞の細胞膜あるいは微小管などの細胞内骨格蛋白の磁気異方性により磁場配向が生じたことが考えられる。 一方、異所性骨化モデル動物を用いたin vivo実験においては、埋め込まれたペレット内で、BMPにより間葉系細胞が骨芽細胞へと分化し、これらの骨芽細胞が磁場曝露により配向現象を示し、磁力線方向に平行に配向したと考えられる。In vitro実験の結果で明らかなように、磁場方向に平行に配向した骨芽細胞から分泌される細胞基質は、細胞の配向方向と同じ方向に配向することから、in vivo実験においても同様に、磁場方向に平行に配向したペレット内の骨芽細胞から、細胞基質が磁場方向と平行に産生され、in vivoに見られる細長い形状の骨化組織が形成されたと考えられる。また、in vitro実験で裏付けされたように磁場配向により細胞の分化能が上昇することから、in vivoにおいても、磁場曝露群の細胞は分化促進誘導を受け、骨量が増加したと考えられる。 以上の結果から、静磁場は、強力な骨形成能を呈するのみでなく、BMPなどの分化誘導化学物質と組み合わせることによってその形成方向を管理できる画期的な治療法となりうる可能性が示された。 | |
審査要旨 | 本研究は、強静磁場の骨形成に及ぼす効果を明らかにすることを目的として、8T(テスラ)の超電導マグネットを用い、強静磁場の骨形成促進効果ならびに形成制御効果の有無についてin vivoおよびin vitro実験で検討し、以下の結果を得ている。 1、マウスを長時間(60時間)静磁場に曝露可能な8 T超電導マグネットの新システムを確立した。 2、骨形成因子であるリコンビナントヒトBMP(Bone MorphogeneticProtein)-2のペレットをコラーゲンとの凍結乾燥により作成し、マウスの腰部皮下に移植し異所性骨化モデルを確立した。 3、異所性骨化モデルマウスを60時間静磁場に曝露後、21日目に軟X線写真撮影、骨量(BMC;bone mineral content)を行ったところ、静磁場曝露群では非曝露群と比較して有意な骨量の増加が認められ、静磁場に骨形成促進作用を有することが示された。 4、60時間静磁場に曝露により、異所性骨化モデルマウスの骨化組織は非曝露群でランダムな形状を呈したのに対し、曝露群ではそのすべてが磁場の方向に平行に長く伸びた骨化組織が出来ていたことから、静磁場には骨形成制御作用を有することが確認された。 5、60時間静磁場に曝露した異所性骨化モデルマウスの骨化組織は、組織学的に線維性骨を基調として観察されたものであることが確認された。 6、厳密な温度コントロール下で、長時間に渡って静磁場に曝露可能な細胞実験の新しい系を確立した。 7、マウス骨芽細胞株MC3T3-E1細胞をフラスコに播種後、8.0Tの静磁場中に60時間連続曝露したところ、非曝露群では細胞がランダムに配向したのに対し、曝露群では全細胞が磁場方向とほぼ平行に配向していたことから、付着細胞も、高分子や浮遊細胞と同じように、強静磁場により、磁場配向現象を有することが確認された。 8、NIH Imageソフトを用いて細胞の配向方向と磁場方向との角度を計測したところ、配向係数f2Dはそれぞれ曝露群で0.92、非曝露群で0.04で、曝露群は非曝露群に比べ著明に高い配向秩序を有することが定量的に示された。 9、静磁場曝露した培養骨芽細胞の増殖に対する静磁場の影響について検討したところ、BrdU(5-bromo-2'-deoxyuridine)の取り込み指標法および細胞数カウント法において、細胞増殖は静磁場曝露によって影響を受けなかった。 10、静磁場曝露の培養細胞の分化に対する影響について検討したところ、アルカリフォスファターゼ活性を指標にしたときの細胞分化において、曝露群は非曝露群に比べて有意に高い活性を示した。また、ALP染色においても、非曝露群では骨芽細胞から分泌された細胞基質がランダムであったのに対し、曝露群では骨芽細胞から分泌された細胞基質は磁場方向と平行に配列していたことから、静磁場曝露により骨芽細胞の向きが制御され、分化が促進されることが示された。 以上から、本論文では、テスラオーダの強静磁場が強力な骨形成能を呈するのみでなく、BMPなどの分化誘導化学物質と組み合わせることによってその形成方向を管理できることを明らかにした。本研究ではこれまで不可能と思われていた骨形成の方向性の制御を可能にしたものであり、そのメカニズムについても科学的思考により検討し、深い考察を行っている。本研究は人工骨作成ための画期的な方法となり、将来、医学に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |