学位論文要旨



No 116341
著者(漢字) 北口,哲也
著者(英字)
著者(カナ) キタグチ,テツヤ
標題(和) アフリカツメガエルZic3の左右軸形成における役割
標題(洋) Zic3 involved in the left-right specification of the Xenopus embryo
報告番号 116341
報告番号 甲16341
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1736号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,憲作
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 講師 嶋村,健児
内容要旨 要旨を表示する

 脊椎動物の身体は外見上は左右対称であるが、心臓、肺、胃、腸、肝臓など内臓の多くは非対称である。近年、この左右非対称性の成立に関与する遺伝子が次々と報告され、その形成過程が分子レベルで明らかにされつつある。

 アフリカツメガエル胚においてはVg1/activin、BMPなどの分泌因子が胚の”左右非対称化”に関与しており、これらの因子によるシグナルがどのようにして左右の非対称性を成立させているかが注目されている。特に、Vg1/activinが”左側化”に関与するXnr1、pitx2の発現を誘導することにより、左側に特異な形態の形成を引き起こすことが知られており、Vg1/activinからXnr1、pitx2に至る”左側化”のカスケードの解明が一つの課題となっている。

 zincフィンガー型転写因子の一つであるZic3はヒトの内臓の左右軸にそった配置が乱れる内臓不定位(heterotaxy)の原因遺伝子である。しかし、この遺伝子がどのようにして左右軸形成に関与するのかは今まで不明であった。そこで本研究ではこのZic3に着目し、その左右軸形成における役割を検討した。

 まずZic3のmRNAをアフリカツメガエル胚の右側もしくは左側の割球に導入し、心臓、腸の配置への影響およびXnr1、pitx2の発現への影響を検討した。Zic3を右側に異所的に導入した場合、心臓、腸の配置が左右逆になり(図1)、かつ左側のみに発現することの知られているXnr1、pitx2が両側もしくは右側のみに発現するようになった。以上から、Zic3が”左側化”のカスケードに関わっており、Xnr1、pitx2の上流で働いていることが明らかになった。

 次にZic3タンパクのどの領域が左右軸形成に重要な役割を果たしているか検討するため、Zic3タンパクの欠失変異体を作成した(図2)。zincフィンガーを含む領域はwild typeと同様に右側割球に導入したときに左右軸を乱したが、zincフィンガーよりN末の領域は左側割球に導入したときに左右軸を乱した。したがって、左右非対称性の成立にはZic3タンパクの少なくとも二つの領域が関与することが明らかになった。

 そして次にZic3が発生のどの時期で左右軸形成に影響を与えているかを検討した。ホルモン(デキサメサゾン)添加によって転写因子の核移行を制御するシステムを用い、ホルモン誘導型のZic3を時期特異的に活性化し、左右軸形成に与える影響を検討した。Stage10.5(初期原腸胚)以前にZic3タンパクを活性化したときは左右軸が乱れたが、Stage12(後期原腸胚)以降に活性化したときには影響がみられなかった。またZic3の発現をin situ hybridizationにより詳細に検討したところ、Stage10.5において左右軸形成に重要な役割を果たしていると考えられている背側中胚葉領域(オーガナイザー)に発現が確認できた。以上の結果より、Stage10.5の時期にZic3が左右非対称性の成立に関与していると考えられた。

 最後に”左側”を決定する初期のシグナルであるVg1、activinとZic3との関係を検討した。アニマルキャップおよび胚にVg1、activinを過剰発現させたところZic3の発現が誘導された。また、Vg1、activinは母性因子として存在し、Zic3が発現する以前に存在していることからもVg1、activinがZic3の上流で機能していると考えられた。

 これらの結果よりZic3はアフリカツメガエルにおいてVg1/activinの下流に存在し、Xnr1、pitx2の発現を制御することにより左右軸形成に関わっていること(図3)、Zic3にはzincフィンガー領域とN末領域に左右非対称性の成立に重要な領域が存在することが明らかになった。

図1 腸の回転方向

controlの胚では腸の回転方向が時計回りだが、Zic3を導入した胚では反時計回りになった。

図2 Zic3タンパクの欠失変異体

図3 アフリカツメガエル胚における左右非対称性成立のカスケード

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は脊椎動物の左右軸決定に重要な役割を果たしていると考えられているzinc finger型の転写因子であるZic3の機能を明らかにするため、アフリカツメガエル胚にmRNAを導入する系にて、その遺伝子の左右非対称性の成立における役割の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. Zic3のmRNAをアフリカツメガエル胚の右側もしくは左側の割球に導入し、心臓、腸の配置への影響およびXnr1、pitx2の発現への影響を検討した。Zic3を右側に異所的に導入した場合、心臓、腸の配置が左右逆になり、かつ左側のみに発現することの知られているXnr1、pitx2が両側もしくは右側のみに発現するようになった。以上から、Zic3が”左側化”のカスケードに関わっており、Xnr1、pitx2の上流で働いていることが明らかになった。

2. Zic3タンパクのどの領域が左右軸形成に重要な役割を果たしているか検討するため、Zic3タンパクの欠失変異体を作成した(図2)。zincフィンガーを含む領域はwild typeと同様に右側割球に導入したときに左右軸を乱したが、zincフィンガーよりN末の領域は左側割球に導入したときに左右軸を乱した。したがって、左右非対称性の成立にはZic3タンパクの少なくとも二つの領域が関与することが明らかになった。

3. Zic3が発生のどの時期で左右軸形成に影響を与えているかを検討した・ホルモン(デキサメサゾン)添加によって転写因子の核移行を制御するシステムを用い、ホルモン誘導型のZic3を時期特異的に活性化し、左右軸形成に与える影響を検討した。Stage10.5(初期原腸胚)以前にZic3タンパクを活性化したときは左右軸が乱れたが、Stage12(後期原腸胚)以降に活性化したときには影響がみられなかった。

4. Zic3の発現をin situ hybridizationにより詳細に検討したところ、Stage10.5において左右軸形成に重要な役割を果たしていると考えられている背側中胚葉領域(オーガナイザー)に発現が確認できた。したがって、Stage10.5の時期にZic3が左右非対称性の成立に関与していると考えられた。

5. ”左側”を決定する初期のシグナルであるVg1、activinとZic3との関係を検討した。アニマルキャップおよび胚にVg1、activinを過剰発現させたところZic3の発現が誘導された。また、Vg1、activinは母性因子として存在し、Zic3が発現する以前に存在していることからもVg1、activinがZic3の上流で機能していると考えられた。

以上、本論文はアフリカツメガエルにおいてZic3が左右非対称性の成立に重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった脊椎動物の左右軸決定のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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