学位論文要旨



No 116342
著者(漢字) 小木曽,徹也
著者(英字)
著者(カナ) オギソ,テツヤ
標題(和) 機能的磁気共鳴画像法を用いた全身運動のイメージに関する研究
標題(洋) Mechanism of Imagined Entire Body Movements as Revealed by fMRI
報告番号 116342
報告番号 甲16342
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1737号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 講師 岩波,明
 東京大学 講師 宇川,義一
内容要旨 要旨を表示する

(目的)

 運動イメージは、運動スキルの向上に効果があると言われている。先行研究では、主に指運動のイメージ課題を用い、補足運動野・運動前野・小脳などの活動を認めているが、実際のスポーツ現場で行われる全身的でより複雑な運動のイメージを課題とした研究はほとんどない。我々は以前,脳磁図(MEG)を用いて、ハードル動作イメージ中の脳内活動の時間的変化について研究した。その結果、ある被験者では頭頂連合野内側部の襖前部の活動後、補足運動野の活動が観察された。我々はこの楔前部から補足運動野への情報の流れが全身運動のイメージにおいて必須な、運動の方向性などの空間情報に関わると結論づけた。一方、一次運動野が賦活されるか否かは運動イメージの研究で大きな問題となっている。例えば過去のPETを用いた研究では賦活されないのに対して、最近のfMRI研究では活動を認めている。そこで本研究では、空間分解能に優れた機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用い、全身運動イメージ中の楔前部と一次運動野の活動を確かめると共に、他の部位の関与についても明らかにすることを目的とした。

(方法)

 被験者は20名で全員体育の授業でハードルを実際に跳んだ経験がある。MRIの撮像中、被験者は常に250Hz、24msの純音(聴覚刺激)を聞き、閉眼であった。課題としては運動イメージとコントロールの2条件が設定された。運動イメージ条件では聴覚刺激毎にハードル動作のイメージを一回,自己中心視野で実際の運動感覚を持って遂行した。コントロール条件では聴覚刺激を聞くのみとした。fMRIの撮像には、GE社製の1.5Tスキャナーを使用し、EPI法を用いた。撮像条件はTE50ms、TR4000ms、FOV24×24cm、マトリックスは64×64、ボクセルサイズは3.75×3.75×8mmであった。被験者1名につき、各60スキャン行ったが、その間、コントロールと運動イメージ条件が40秒ずつ、交互に3回繰り返された。解析にはSPM96を用いた。まず、被験者ごとにスキャン中の物理的な頭の動きを補正し、基準脳に形態標準化させた。その後、半値幅8mmのGaussian filterによるデータの平滑化を行った。これらの処理によって、20名の被験者データを合わせたグループでの解析が可能になる。20名分のデータを元に、各ボクセルについてbox car関数を用い統計を行い、有意水準0.1%で検定を行った。また、多重比較を5%で行った。

(結果)

 運動イメージとコントロールとの比較により、運動イメージ中に賦活された部位を基準脳に重ね合わせた。その結果、左楔前部(ブロードマン第7野)、両側の補足運動野(第6野)、両側の運動前野(第6野,左脳でより広範な賦活)、左下頭頂小葉(第40野)、左頭頂間溝(第7/40野)、右下前頭回(第47野)、右小脳に有意な賦活が観察された。一次運動野の活動は、グループ分析では観察されなかったが、各個人内で解析を行うと賦活が見られる被験者もいた。

(考察)

 運動イメージの脳血流変化を観察した先行研究で、補足運動野の活動は共通して報告されているが、楔前部の活動を認めた研究は少ない。楔前部の活動が報告されなかった指運動のイメージとは異なり、我々の用いた課題は全身運動であるため、運動の方向など、求められる空間情報は大きくなると考えられる。一方、我々のMEGを用いて行った研究では、楔前部の活動が潜時約220msと早期であり、ある被験者では楔前部活動ののちに、補足運動野の活動が認められたことから、楔前部は運動イメージ開始の前段階における運動の方向や目標到達点の設定に関与することが推察された。また、この研究で楔前部の活動に左右半球の優位差は観察されなかったが、本研究により左半球でより強く活動することが示された。

 一次運動野は10年程前まで運動イメージ中に活動しないと考えられてきた。最近のfMRIを用いた研究などにより一次運動野にも活動が報告され、一次運動野は筋肉にインパルスを送るだけの単なる運動の実行部位ではないとされた。本研究でも運動イメージ中、活動レベルが高められる被験者が観察されることから、一次運動野は運動イメージ中、補足運動野などの高次運動中枢と分断されている訳ではなく、対応する筋肉が興奮を始める閾値に達するレベル以下までは活動を高めていると考えられる。

 物などの形をイメージする視覚イメージの生成は、左半球優位であると言われている。ほとんどの指運動イメージ研究においても左半球優位に活動が認められているが、右手の運動をイメージしているため対側の左半球の活動が高まった可能性も考えられる。本研究は左右の手足を動かす全身運動のイメージであったが、やはり左半球優位に活動が観察された。この結果より、視覚イメージ同様運動イメージも左半球優位であることが示唆された。

 指運動イメージの研究では、楔前部、頭頂間溝の活動を認めることは少ない。本研究では全身運動のイメージを用いることにより、これらの部位の活動が観察され、先行研究との比較から楔前部は運動の方向や目標到達点の設定、頭頂間溝は空間的な注意のシフトに関与すると考察した。これらはいずれも指運動のイメージではあまり求められない空間情報に関わると考えられる。本研究により、全身的で複雑な運動イメージでは、楔前部、頭頂間溝の活動の関与が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は運動スキルの向上に効果があると言われているイメージトレーニング中の脳内メカニズムを明らかにするため、実際のスポーツ現場で行われる全身的で複雑な運動であるハードル動作イメージ中の脳内賦活部位の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 20名の被験者データをもとに、運動イメージ条件とコントロール条件中のf MRI信号強度の比較を行い、運動イメージ中に賦活された部位を基準脳に重ね合わせた結果、左楔前部(ブロードマン第7野)の活動が認められた。楔前部の活動は以前行ったハードル動作イメージ中の脳磁図(MEG)測定でも観察されている。これらの結果に加えて、指運動のイメージでは楔前部の活動は報告されていないことなどから、楔前部は運動イメージ開始の前段階における運動の方向や目標到達点の設定に関与することが示唆された。

2. 一次運動野が賦活されるか否かは、運動イメージの研究において大きな問題となっているが、20名の被験者データをもとにしたグループ解析で運動イメージ中の一次運動野の活動は認められなかった。しかし、各個人内で解析を行うと賦活が見られる披見者も存在した。最近のf MRIを用いた運動イメージ研究などでは、一次運動野の活動が報告されており、一次運動野は運動イメージ中、補足運動野などの高次運動中枢と分断されているわけではなく、対応する筋肉が興奮を始める閾値に達するレベル以下までは活動を高めていると考察された。

3. ハードル動作のイメージにおいて左半球優位に活動が観察された。物の形などをイメージする視覚イメージの生成は、左半球優位であると言われている。ほとんどの指運動イメージ研究においても左半球優位に活動が報告されていたが、右手の運動をイメージしているために対側の左半球の活動が高まった可能性が考えられる。本研究は、左右の手足を用いる全身運動のイメージを用い、視覚イメージ同様、運動イメージも左半球優位であることを示した。

4. 全身運動イメージ中、他に頭頂間溝の賦活が認められた。先行研究との比較などから頭頂間溝は空間的な注意のシフト、また楔前部は運動の方向や目標到達点の設定に関与すると考察した。指運動のイメージでこれらの部位の活動が報告されることは少ない。したがって、楔前部・頭頂間溝はいずれも指運動のイメージではあまり求められない空間情報に関わると考えられた。本研究により、全身的で複雑な運動イメージでは楔前部・頭頂間溝が関与することが示された。

 以上、本論文は全身運動のイメージにおいて、運動イメージ条件とコントロール条件のf MRI信号強度の比較から、全身運動のイメージに得に必要とされる運動の方向や目標到達点などの空間情報に関わる部位として、楔前部・頭頂間溝の活動を観察した。本研究は、これまで研究されていなかった全身運動イメージの脳内メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するもめと考えられる。

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