学位論文要旨



No 116343
著者(漢字) 暮内,充
著者(英字)
著者(カナ) マクウチ,ミチル
標題(和) 模倣及び言語命令による動作時の脳賦活
標題(洋) Brain activation during motor response by imitation or on command
報告番号 116343
報告番号 甲16343
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1738号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 宮下,保司
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 加我,君孝
内容要旨 要旨を表示する

観念運動失行は筋低下・麻痺・感覚消失等では説明できない、意志的動作の障害であると考えられてきた。操作的には観念運動失行は以下の4つの検査で少なくとも一つ失敗することで診断される。

 1 口頭で命令された行為が出来ない

 2 験者が行う動作の模倣が出来ない

 3 物品を使う真似が正しく出来ない

 4 物品操作を正しく出来ない

(Geschwindによる失行の操作的定義)[Geschwind,1985]

例えば、観念運動失行患者は「敬礼をしろ」、「さよなら、と手を振れ」と指示されたときや、検者の真似をするように指示されたときに正確な運動を出来ない。Geschwindは失行を言語野と運動野が離断されたことによると説明したが、模倣の失敗を説明できない[Geschwind,1985]。Heilmanは左頭頂葉に運動表象が蓄えられていを問題なく遂行できる解離現象を説明できない[Heilman et al.,1997]。失行では、この解離が最も難解である。検査で全ての言語命令に失敗した患者が最後に検者に手をふって挨拶をして出ていくエピソードは鮮やかな一例である[De Renziet al.,1980]。なぜ失行は検査時に顕著で、文脈に沿ったとき(日常生活など)は不顕在化するのか?

 この解離は意志運動(willed movements)・定型運動(routine movements)・特定運動(specified movements)が、脳内の異なった経路でコントロールされていることで説明できるかもしれない。この意志運動・定型運動・特定運動とは、自発的に始められる運動(self-generated movement自発運動)と外部からの刺激によって特定される運動(externally triggered movement外的誘発運動)とが、脳内の別の経路でコントロールされるとする仮説の修正である[Passingham et al.,1989;Jahanshahi and Frith,1998]。意志運動とは本人の意志や動機によって発生する運動を指し、自然な文脈での日常での運動の殆どを含む。特定運動とは外的刺激が運動を完全に特定する運動のことで、失行検査での言語命令による動作・模倣はその典型的な例である。定型運動とは、先の2つの運動の中間に位置するもので、決まった動きを繰り返したり、自動的に行われたりするような運動を指す。さて、自発運動と外的誘発運動の2種の運動が脳内で異なった経路で処理されていることを示す先行研究が幾つかあるが[Frith et al.,1991;Jahanshahi et al.,1995;Jenkins et al.,2000]、彼らによると自発運動は、背外側前頭前野・補足運動野・帯状回前部・視床・基底核からなる神経回路(frontostiriatal circuits)が担当しており、その障害はParkinson病患者のakinesia,前頭葉損傷患者のdisorganized movement,分裂病患者のpoverty of actions等に確認されると言う。しかし、彼らの実験では外的誘発運動の神経基盤は見いだされていない。彼らが外的誘発運動の神経基盤を見いだせなかった理由は、外的誘発運動として採用した運動課題が、高々4つの反応パターンしか持っておらず、刺激が運動を特定するという側面は実際には弱く、限られた数の運動反応を機械的に行う課題になっていたことによる、と考えられる。これは、例えば十数種類の刺激からなる模倣課題などのような、外的刺激が運動を真に特定する課題とは性質が異なり、我々はこのような場合のみを特定運動と呼び、限られた数の反応を機械的に行う課題は、定型運動と呼んで区別するのである。

 我々は意志運動・定型運動・特定運動の3つはそれぞれ異なる経路コントロールされているという仮説を立て、失行検査時の運動の失敗は特定運動の障害によるものであり、日常生活では不自由なくその運動ができるのは意志運動が障害されていないことによるのだとして、失行の解離現象を説明したい。臨床研究により、左頭頂葉損傷により模倣障害と言語命令による動作の障害が同時に発生する例が報告されてきたことから、模倣障害と言語命令動作を司る中枢が左頭頂葉内に近接して存在する、あるいは同一の領域であると考えられる。そこで、我々は観念運動失行の新しい説明として、特定運動の神経基盤が、左頭頂葉に存在するという仮説を打ち立てるに至った。

 本機能的磁気共鳴画像法(fMRI)実験は上記の仮説を検討するために計画された。本実験では観念運動失行の基本的発生機序を調べるために、特定運動として、言語命令による動作と、動作の模倣を扱うことにした。特定運動か否かが重要な問題であるので、統制条件(base line)として定型運動を導入した。MRI撮像中、被験者は以下の3種類の運動課題を左手で行った。

 1 視覚覚呈示された手の型を模倣する。(特定運動)

 2 音声指示された手の型を作る。 (特定運動)

 3 指折り運動を被験者のペースで行わせる。(定型運動)

刺激を何も与えず、運動もさせない休み条件も、もう一つの統制条件として導入した。20代の右利き健常男性20人、女性2人を被験者とした。fMRIの撮像はGE社LX(1.5T,epibold法)を用いた(TE=50msec,TR=4sec,flip angle=90deg,FOV=24x24cm,matrix size64x64,contiguous axial 18 slices)。データ解析はSPM96を利用した。まず、頭の動きを検出し、補正するためのパラメーターを求めた。次に各被験者のT1強調画像とEPI画像を重ね合わせた。T1強調画像を標準脳に変形させるためのパラメーターを計算し、そのパラメーターを使って、T

1強調画像とEPI画像を変形させた。EPI画像の変形においては、先に求めておいた動きのパラメーターも利用し、動き補正と変形を一挙に施した。統計計算に先立ち、EPI画像にFWHM8mmのガウシアン・フィルター平滑化処理を適用した。scalingによるglobal normalizationと、cut off cycle 144秒のhigh pass filterを施して、MRI時系列信号の低周波数擾乱成分を除去した。各条件間の比較をt検定で行い、5%(多重比較の補正済み)水準を有意とした。

 言語命令による動作と模倣の平均画像を指折り運動と比較し、言語命令による動作と模倣で共通に賦活している部分を求めると、左頭頂間溝後部が得られた。この領域が視覚的・聴覚的に指定された運動を遂行するための神経基盤であると考えられる。違う言い方をすれば、本頭頂間溝は視覚モジュール・聴覚(言語)モジュールで受容した運動表象を運動モジュールヘ伝えるインターフェースとして機能しているのではないか。このインターフェースの損傷により、言語命令による動作と模倣が同時に障害される、即ち観念運動失行が発生すると考えられる。賦活部位は観念運動失行が左頭頂葉損傷で生じるとする脳損傷研究とも一致している。さらには、失行患者における大脳代謝検査で左角回が低活動だったとする脳機能画像研究の結果より正確な同定となっている[Kareken et al.,1998]。指折り運動(定型運動)でのみ賦活される領域は特に見いだされなかった。我々は模倣に特有の中枢を発見しなかったが、Broca's areaを模倣の中枢であるとする研究報告がある[Krams et al.,1998;Marco et al.,1999]。しかしそれらは模倣と呼ぶには相応しくない課題を使っていたり、動画刺激を使っていたりして、我々の実験ほど十分統制されていない。Broca's areaの役割は模倣そのものではなく、sequential movementの観察・実行の為のbufferjngであるという、模倣をも含む、より上位の認知行為に対応するものと考える。言語命令による動作を遂行する際には、両側上側頭葉・中側頭葉の、一次聴覚野を含む広い領域が左右非対称に賦活された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は観念運動失行の発生機序を明らかにする為、観念運動失行の検査である、動作の模倣と言語命令による動作をさせたときの脳の賦活を機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて調べたものである。特に、観念運動失行に見られる、検査時には失敗するが、日常生活では当該運動を問題なく遂行できる解離現象を意志運動(意思的・自発的に始める運動)・定型運動(決まった動きを繰り返す運動)・特定運動(外的刺激が運動を特定する運動)の3つはそれぞれ異なる経路コントロールされているという仮説を元に、検査時の運動の失敗は特定運動の障害によるものであり、日常生活では不自由なくその運動ができるのは意志運動が障害されていないことによるのだとして、失行の解離現象を説明できるか検証している。下記の結果が得られている。

1. 外的刺激が運動を完全に特定する運動(特定運動)を遂行するための必要な神経基盤はこれまで見出されていなかったが、外的刺激が運動を特定していても、限られた数の反応を機械的に行わせる課題は、定型運動と呼んで区別し、特定運動と定型運動を対比することで特定運動の神経基盤を同定した。具体的には口頭命令による動作と模倣の平均画像を指折り運動と比較して、口頭命令による動作と模倣の共通に賦活している部分を求め、左頭頂間溝後部を得ている。この領域が視覚的・聴覚的に指定された運動を遂行するための神経基盤であると考えられる。この領域の損傷により、口頭命令による動作と模倣が同時に障害される症状、即ち観念運動失行が発生すると考えられる。

2. 模倣特有に賦活される領域は見出されなかった。Broca's areaを模倣の中枢であるとする研究報告があるが、Broca's areaの役割は模倣そのものではなく、sequential movementの観察・実行の為のbufferingであるという、模倣をも含む、より上位の認知行為に対応するものではないかと提言している。

3. 言語命令による動作を遂行するための神経基盤として両側上側頭葉・中側頭葉の、一次聴覚野を含む広い領域が左右非対称に賦活された。

以上、本論文は観念運動失行で障害の現れる、動作の模倣及び言語命令による動作の神経基盤が左頭頂間溝後部であることを明らかにした。本研究は、これまで未知に等しかった観念運動失行の検査時と日常生活での乖離現象の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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