学位論文要旨



No 116344
著者(漢字) 横山,太範
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,モトノリ
標題(和) 集団精神療法・治療グループの発達プロセスの研究
標題(洋)
報告番号 116344
報告番号 甲16344
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1739号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 杉下,守弘
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 関根,義夫
内容要旨 要旨を表示する

<序論>効果的な集団精神療法を行うためにグループの発達プロセスを理解することは重要なことで、これまでも多くの研究者が取り上げてきている。Bionは1948年以降数次に渡って論文集、「Experience in Groups」を発表し、集団が抱える不安の弱一強によって作働集団と基底的想定集団の二段階に分け、さらに不安への対処法によって、三つの基底的想定集団を区別し、初めてグループの発達プロセスについて論じている。Tuckmanは1965年に小グループにおける発達段階を扱った55編の論文を概観して、形成期(forming)、動乱期(storming)、規範化期(norming)、遂行期(performing)の4段階を区別している。Lacoursiereは1980年に200におよぶ論文を詳細に検討し、グループの発達プロセスを5段階に分類した(図1)。それらは導入期(orientation)、不満足期(dissatisfaction)、解決期(resolution)、生産期(production)、終結期(termination)と名付けられている。しかしこれらの研究を含めて、意味のある統計学的な検討が加えられたものは筆者の検討した範囲ではほとんどない。

<本研究の目的・方法>

 本研究は、治療グループの発達プロセスについて数量的に検討することを目的とした。数量化のための指標としてグループ治療にとって不可欠な集団凝集性を用いることとした。そして社会心理学領域の操作的定義に従って「他者に感じる魅力」を媒介として凝集性の計

測を行うこととし、計測手段として東大式ソシオメトリックテストの開発を行い用いることとした。個々の研究については以下の通りである。

<研究1>

 新しく開発した東大式ソシオメトリックテストの下位項目尺度を項日−全体相関分析を用いて検討した。その結果、下位項目尺度の平均点を用いて「他者に感じる魅力」得点と定義した。

<研究2>

(目的・方法)グループ治療の場で東大式ソシオメトリックテストを用いてグループプロセスを観察した場合の信頼性と妥当性を検討するため、信頼性についてはCronbachのα係数を算出した。妥当性については症例を通じて、治療者側による凝集性増加・減少・不変の判断と東大式ソシオメトリックテストによって計測される「他者に感じる魅力」得点の平均値の増減との一致・不一致について統計的な手法も交えて検討した。

(結果・考察)東大式ソシオメトリックテストの信頼性についてはα係数が0.936となり、高い内的一貫性が示された。妥当性については治療者側が凝集性増加と判断したセッションにおける「他者に感じる魅力」得点の変動は0.255±0.780で、paired t-testによる検定の結果、p値=0.000で有意であった。同様に、凝集性低下と判断したセッションでの変動は-0.095±0.681、p値=0.028でやはり有意であった。一方、セッション毎に見てみると、凝集性と「他者に感じる魅力」得点の平均値は概ね一致していた。不一致部分について検討してみると、状態の悪い患者の示す妄想様の発言や態度に治療者の注意が過剰に向けられたとき不一致となっていたものと考えられた。以上より、「他者に感じる魅力」という側面からグループプロセスを観察することの妥当性が示唆された。

<研究3>

(目的)(1)「他者に感じる魅力」という面から数量化されたグループプロセスの統計学的検討と、(2)得られたグラフとBionやLacoursiereらの示したモデルとの比較によるグループプロセスの検証を行う。

(対象)1997年5月より、東大病院外来集団療法室において毎週1回1時間30分、合計11回を1治療単位とするクローズドグループによる集団精神療法を2クールのパイロットスタディーの後、8クール行った。各クールで参加人数は一定ではなく、3〜9名の参加者(平均5.6名)であった。クールの途中でメンバーの補充は行わず、各クール内ではメンバーは固定されていた。研究3ではグループに参加した患者のデータのうち、初めて参加した時のデータのみを統計学的な処理にかけた。これはデータの独立性を保障するためであった。対象となった患者は17名(男性3名、女性14名平均年齢27.9才)で病態水準としては分裂病圏3名、神経症圏9名、人格障害圏5名で、患者の7割以上は他医療機関からの紹介で、主治医によって集団精神療法の併用が必要と判断され来院していた。個人精神療法を全症例が併用し、投薬も受けていた。

(方法)発達プロセスを観察するために東大式ソシオメトリックテストを用い、凝集性と関連する「他者に感じる魅力」得点の平均値を計測した。解析にはSAS ver.6.12を用い、初参加の全患者17名分、86データについて混合効果モデルによる回帰分析を行った。

(結果)グループは11回のセッションを通じて有意に発達していることが確認され、そのプロセスは最小二乗平均値を用いて図2のようなグラフで示された。

 一つ目の山(第1-4セッション)を第1期、二つ目の山(第4-8セッション)を第2期、その後を第3期と分類して、我々の行ったグループにおいて観察された「他者に感じる魅力」という側面から見たグループ発達のプロセスについて検討した。第1期ではグループあるいはグループリーダーの理想化、脱理想化が観察された。第2期には参加者相互の依存、脱依存が見られた。第3期には依存関係を乗り越えたメンバーの相互作用・相互協力が存在し、凝集性は高まった。

 (考察)上記の発達プロセスは後退局面を一箇所のみとしたLacoursiereの理論とは一致しなかった。数量化されたグラフの検討より、我々は新たに、表1のような発達モデルを提示する。特に2箇所目の後退局面となる脱依存期は治療グループであればこそはっきりと観察されたものと思われた。

 1)グループの理想化期

 2)脱理想化期

 3)メンバーへの依存期

 4)脱依存期

 5)自律期

 この分類から臨床家は次のような有益な情報を得ることができるであろう。1)治療グループは作働集団に至るまでに二度、後退局面を体験する。2)幻想は打ち壊されなければならないので、後退局面での安易な介入は避けるべきである。3)明るい雰囲気の中に理想化や相互依存が存在することがあるということに注意すべきである。

 今後の課題として、一般化のために、多項目に渡る検討と、施設間差あるいはグループリーダーによる差などを考慮に入れた多施設での研究が待たれる。また、今回はVisual Analogue Scale法を用いたが、検出力の向上が期待できるような質問紙の開発が重要となろう。また、セッション数を変えた時にプロセスがどのように変化するのかも今後検討して行くべき課題である。

(図1) 5段階に区別された集団発達プロセス(Lacoursiere RB:The life cycle of groups:groupdevelopmental stage theory New York;Human Sciences Press,1980 より引用)

(図2) 最小二乗平均法による「他者に感じる魅力」の変化

(表1) 治療グループの発達プロセスモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は集団精神療法・治療グループにおいて集団がどのような過程(プロセス)を経て治療的な効果をあげて行くのかを数値化し検討するため、新しく東大式ソシオメトリックテストと呼ばれるテスト紙を開発し、臨床データについて検討したものである。本研究では以下のような結果を得ている。

1)東大式ソシオメトリックテストについては信頼性・妥当性が検討された。このテストはグループのプロセスを観察するための評価の指標として集団の「凝集性」を用い、操作的基準の作成には社会心理学領域の知見が応用された。数値化に関しては主観的体験を数値化する際に広く用いられている10cm visual analogue scale法が採用された。このテストによって得られたデータの信頼性はα係数で0,936と高いものであった。妥当性については治療者側が判定した凝集性との一致、不一致が検討され、統計学的に有意なものであった。さらに、不一致部分については詳細な検討がなされ、東大式ソシオメトリックテストテストの有用性が示唆された。これらの結果から東大式ソシオメトリックテストが臨床的に用いるに値するものであることが示された。従来、グループプロセスの研究は評価者の主観的な意見による報告が主で、数値化されないものばかりであったが、本テストによって参加者の体験に基づいた数量データとしての検討が可能になり、今後、統計学的な検討を含めた客観的な研究の基礎となるものと思われた。

2)東大式ソシオメトリックテストを用いた臨床データの解析からは、治療効果がはっきりと表れる段階に達するまでには集団の凝集性が減少してゆく局面が2箇所存在することが示された。従来の治療グループや体験グループなどを含めた広範囲にわたる研究では、このような後退局面は1箇所のみと考えられていたのであるが、治療グループに限定した本研究で二箇所目の後退局面が示されたことは臨床的に重要で、集団精神療法を行っている際にグループ全体の状態を把握する精度を高めるものと思われた。

3)同時に行われた下位項目尺度の検討からはグループプロセスの各段階における特徴が示され、新たに5段階の発達プロセスモデルが提示された。グループ治療の初期にはグループあるいはグループリーダーへの強い理想化がおこり、その理想化が壊れた後、中期にはメンバー相互の依存的関係の形成と崩壊が観察された。これらの幻想的な理想化、相互依存といった段階を経て最終的に集団は治療的な係わり合いを共有できる状態に変化・発達してゆくという本研究で示されたモデルは、集団精神療法における治療者の介入の方法やタイミングを検討するために重要な資料となるものと考えられた。

以上、本研究は精神科臨床における重要な治療技法の一つである集団精神療法の評価ならびに技法論について客観的なデータを与え、今後の研究に大きく貢献するものと思われ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク