学位論文要旨



No 116347
著者(漢字) 竹内,壯介
著者(英字)
著者(カナ) タケウチ,ソウスケ
標題(和) D1Aドーパミン受容体遺伝子の転写調節の解析
標題(洋)
報告番号 116347
報告番号 甲16347
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1742号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 David,Saffen
 東京大学 助教授 井上,貴文
 東京大学 講師 難波,吉雄
内容要旨 要旨を表示する

 ドーパミンはカテコラミンの一種で哺乳類の中枢神経における代表的な神経伝達物質である。ドーパミンは中枢神経において、運動制御、認知、情動、陽性強化(positive reinforcement)、食物摂取、神経内分泌調節等に関与している。また、ドーパミン系の伝達異常は精神分裂病、パーキンソン病、トウレット症候群、遅発性ジスキネジアなどさまざまな精神神経疾患に関与している。

 ドーパミン受容体はG蛋白共役型受容体に属し、その薬理学的特徴からD1type及びD2typeの二つのタイプに分類される。受容体遺伝子のクローニングから、薬理学的D1受容体、D2受容体にそれぞれ複数のサブタイプが存在することが明らかにされた。哺乳類では、D1受容体に属するものにD1A,D1B(D5)があり、D2受容体に属するものにD2A,D2B,D3,D4がある。

 D1Aドーパミン受容体は、ヒト線条体にて発現されているD1受容体の主なサブタイプである。この分子は446アミノ酸からなり、7回膜貫通型の構造を持ち、そのC末端鎖によりGs蛋白と共役し、リガンドの結合によりアデニル酸サイクレース活性を促進し、セカンドメッセンジャーであるcAMPの生成を促進する。

 D1Aドーパミン受容体遺伝子は、ゲノム上では第5染色体長腕に存在し、蛋白をコードしていない第一エクソンと翻訳開始メチオニンを含む第二エクソンに分かれる。また、その上流域は、GCに富み、TATAboxを持たない。また、D1Aドーパミン受容体遺伝子は第一エクソンの上流とイントロン内とに二個所のプロモーターを持ち、其々から転写された大小二種のmRNAが確認されている。

 遺伝子の発現は、転写の促進と抑制とから調節されていると考えられるが、神経特異的遺伝子においても、近年REST/NRSFを始めとする抑制性転写因子の報告が増えるにつれて、促進機構のみならず抑制機構が重要視されるようになっている。

 私たちの着目したD1Aドーパミン受容体は中枢神経系において、線条体、海馬など特定の領域の神経細胞に選択的に発現されているが、その転写調節機構、特に抑制機構については明らかにされていない。

 本研究において私たちは、D1Aドーパミン受容体の選択的発現における抑制性調節機構を明らかにすることを目的とした。この際、マウス神経芽細胞腫由来の二種の培養細胞株であるNeuro2a細胞とNS20Y細胞を用いた。Neuro2a細胞はD1Aドーパミン受容体遺伝子を発現せず、逆にNS20Y細胞は発現していることが知られている。

 はじめに、種々の長さのD1Aドーパミン受容体遺伝子上流域を含むdeletion reporter plasmidを作成し、Neuro2a細胞を用いてCATassayを行った結果、D1Aドーパミン受容体遺伝子のCAP siteの上流−561塩基あるいはそれより長い5'上流域を持つレポータープラスミドでは、転写活性が抑制されていたのに対し、−532塩基あるいはそれより短い5'上流域を持つレポータープラスミドでは転写活性が上昇していた。この結果は−561塩基と−532塩基との間の30塩基対の領域にNeuro2a細胞で働く抑制性転写調節領域(サイレンサー)が存在することを意味しており、このサイレンサーをD1AS1(D1A silencer1)と命名した。

 motif解析の結果からはこの領域内に複数の転写調節因子の結合候補配列が存在したが、Gel mobility shift assayを行うと、Neuro2a細胞核抽出物に対するD1AS1とAP-2コンセンサス配列のシフトが同等であることと、D1AS1とAP-2コンセンサス配列は相互に結合を阻害することから、D1AS1内の転写調節因子結合配列のうちAP-2コンセンサス類似配列がNeuro2a細胞核抽出物と結合するとの結論を得た。

 更に、RT-PCRでNeuro2a細胞内のmRNA発現を調べるとAP-2βのみが発現していること、また抗AP-2β抗体によってGel mobility shift assayでsuper shiftが見られることから、AP-2familyのうちAP-2βがNeuro2a細胞においてD1AS1に結合している因子であると考えた。また、AP-2β-GST融合蛋白を用いて、D1AS1内のプローブとのGel mobility shift assayを行い、結合を確認した。

 以上の結果を確認するために、AP-2β発現ベクターとD1AS1を含むレポータープラスミドをco-transfectionし、Neuro2a細胞においてAP-2βがD1AS1依存性に転写を抑制することを観察した。Neuro2a細胞のD1Aドーパミン受容体遺伝子発現抑制におけるD1AS1の重要性を調べるため、D1AS1に相当するdecoy deoxyoligonucleotideのNeuro2a細胞へのco-transfectionを行ったところ、転写抑制が解除されることが確認出来た。

 上記の結果に対し、D1Aドーパミン受容体遺伝子発現培養細胞株であるNS20Y細胞を用いると、Gel mobility shift assayでは核抽出物とD1AS1との結合は観察されず、CAT suppression assayではAP-2βによる転写活性の抑制は観察出来なかった。

 上記の実験結果から、Neuro2a細胞におけるD1Aドーパミン受容体遺伝子の転写抑制の際には、上流域のD1AS1にAP-2βが抑制性に働くことが重要であると考えた。一方、NS20Y細胞では、D1AS1との核内蛋白の結合が見られなかったが、更にAP-2β導入にてもCATプラスミドの転写抑制が見られなかったことから、AP-2βの作用に必要な細胞特異的因子(cofactor)も欠如しているのではと推測している。

 本研究は、ヒトD1Aドーパミン受容体遺伝子の転写調節解析において、サイレンサーと同部に結合するリプレッサーを同定した初めての報告である。また、AP-2βによる転写抑制を示した初めての報告である。

 本研究および過去のヒトD1Aドーパミン受容体遺伝子の転写調節解析の報告とをまとめると、ヒトD1Aドーパミン受容体遺伝子上流域には、上流から順に、(1)D1AS1(D1Asilencer1),(2)estrogen responsive element,(3)AR1(activator region 1),(4)cAMP responsive element 1,(5)cAMP responsive element2,(6)POU responsive element1,(7)POU responsive element2の少なくとも7つの転写調節領域が存在することになる。このうち(6)、(7)は申請者の属する研究グループが先に明らかにした(Okazawa et al.1996,Imafuku et al.1996)。

 これらのうち、(2)、(4)、(5)、(6)、(7)はいずれも促進性転写調節領域(エンハンサー)として働き、(2)にはestrogen receptorの結合が推定されるが、Gel mobility shift assayにての確認は成功していない(Lee et al.1999)、また、(4)、(5)に結合する因子は報告されていない(Minowa et al.1996)。(6)、(7)にはPOU因子のうちBrn-4が結合することを認めている。

 (3)の領域は線条体核抽出物と結合し、神経系由来培養細胞株で働き、D1Aドーパミン受容体遺伝子の二つのプロモーターのうち上流のプロモーターを活性化する促進性転写調節領域であると報告されている。腎組織核抽出物や腎由来培養細胞株核抽出物では(3)との結合は観察されず、上流のプロモーターによる転写産物が認められない。脳以外の組織では下流のプロモーターからの転写が優位であると推定される(Minowa et al.1993,Lee et al.1996,1997,1999)。本研究のあとにYangらにより、(3)にSp1が結合して転写を活性化することと、Sp1の結合に対してZIC2およびSp3が抑制性に作用することが報告された(Yang et al.2000)。

 1995年にSeverynseらは、D1Aドーパミン受容体遺伝子上流域6.4kbにLac Zを結合し、トランスジェニックマウスに導入して発現分布を観察するという手法を用いた転写解析を行い、中枢神経への限定的発現パターンを認めたとの報告を行っている。前述の一過性発現による解析にて得られた知見をトランスジェニックマウスでの解析に応用し、確認してゆくことも有用であると考えられる。

 以上、本研究においては、ヒトD1Aドーパミン受容体遺伝子転写調節のうちの抑制性調節機構を解析し、過去の転写調節解析と併せて総括した。今後異なる細胞株や組織を用いた知見が蓄積されることにより、組織特異的あるいは細胞特異的な発現調節の機構が明らかにされていくと考える。これらの知見を将来、固体レベルの発現調節に繋げていきたいと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はD1Aドーパミン受容体遺伝子の転写を抑制している機構を明らかにするため、マウス神経芽細胞腫由来の培養細胞株Neuro2a細胞およびNS20Y細胞を用いて、抑制性転写調節領域および抑制性転写調節因子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. D1Aドーパミン受容体遺伝子非発現培養細胞株であるNeuro2a細胞によるdeletion CAT assayから、CAP siteの上流−561塩基と−532塩基との間の30塩基対の領域が抑制性転写調節領域であることを同定し、D1AS1と命名した。

2. 抑制性転写調節領域D1AS1の配列を検討し、Gelmobility shift assay、RT-PCRおよびWestern blottingから、Neuro2a細胞において同部位に結合している転写調節因子がAP-2βであることを明らかにした。

3. Neuro2a細胞においてAP-2β発現ベクターを用いてCAT assayをおこない、AP-2βがD1AS1依存性にD1Aドーパミン受容体遺伝子の発現を抑制することを示した。

4. D1Aドーパミン受容体遺伝子発現培養細胞株であるNS20Y細胞において、Gel mobility shift assayおよびWestern blottingから、D1AS1に結合する因子を示すバンドが観察されないことならびにAP-2βの蛋白発現量が少ないことを示した。また、CAT assayにてAP-2βを導入したが、NS20Y細胞においてはD1Aドーパミン受容体遺伝子の発現は抑制されない結果であった。

5. マウス脳組織核抽出物を用いたGel mobility shift assayから、脳組織においてもD1AS1に結合する因子を示すバンドが観察されることを示した。

 以上、本論文はD1Aドーパミン受容体遺伝子非発現培養細胞株であるNeuro2a細胞にて働く抑制性転写調節領域D1AS1を同定し、AP-2βがこの領域に結合する抑制性転写調節因子であることを明らかにした。本研究は神経細胞の受容体遺伝子発現調節の機構の一端を解明し、神経細胞に対する転写制御へ繋がる得る知見を明らかにしたものとして、学位の授与に値するものと考えられる。

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