学位論文要旨



No 116348
著者(漢字) 藁谷,正明
著者(英字)
著者(カナ) ワラガイ,マサアキ
標題(和) ポリグルタミン配列に特異的に結合する新規遺伝子PQBP-1のクローニングと機能解析
標題(洋)
報告番号 116348
報告番号 甲16348
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1743号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 芳賀,達也
 東京大学 講師 淺井,昭雄
 東京大学 講師 嶋村,健児
 東京大学 講師 難波,吉雄
内容要旨 要旨を表示する

[目的]ポリグルタミン配列(CAG リピート翻訳産物)は、ハンチントン病等のトリプレットリピート病の病因遺伝子蛋白質とともに、多くの転写関連遺伝子に存在することが知られている。

 先に、我々は、POU転写因子ファミリーであるBrn-2とBrn-4において神経特異的遺伝子に対する転写活性化作用が異なることを示した。Brn-2とBrn-4の構造の違いの1つにポリグルタミン配列の有無があり、それに結合する転写補助因子がBrn-2とBrn-4の作用の違いを生むのではないかと考えた。そこでBrn-2のポリグルタミン配列に結合する蛋白をクローニングする目的でBrn-2のポリグルタミン配列に結合する因子をtwo-hybrid法を用いて探索し、新規遺伝子PQBP-1[poly-glutamine(Ω)tract-binding Protein-1]をクローニングし、その機能を解析した。

[対象、方法]two-hybrid法に使用したbaitはPOU転写因子マウスBrn-2の26個のポリグルタミン繰り返し配列を含む領域(アミノ酸122〜154番)をbaitプラスミド(pEG202)のEcoR1、Xho1部位にサブクローニングして作成した。このbaitを用いて、two-hybrid法によるhuman embryonic brain cDNA libraryスクリーニングを行った。

[結果]two-hybrid法により、Brn-2のポリグルタミン配列に特異的に結合するクローンとして、6個の独立したcDNAクローンを得た(B83-4,B234-4,B255-2,B264-1,B375-1およびB436-6)。BLASThomology searchにより(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)、6個のクローンのうち、B264-1は、transitional endoplasmic reticulum ATPase(TERA)[83、84]と同一であった。これはATP依存性に小胞体からゴルジ体への蛋白の細胞内輸送に関与するとされている機能分子である。B83-4は、ESTデーターベース上で、JM26(GeneBank accession No.AJOO5893)として登録されているものと同一であった。B83-4,B234-4,B255-2,B375-1およびB436-6をそれぞれPQBP-1,PQBP-2,PQBP-3,PQBP-4およびPQBP-5と命名した。cDNA配列より推定されるアミノ酸配列は親水性、極性アミノ酸に富むものであり、この中でPQBP-1,-2,-5は二次構造としてHelix-Turn-Helix構造を形成することが推測された。ポリグルタミン配列自身も極性アミノ酸であることを考えると、これらのクローンは極性アミノ酸配列同士の水素結合を介してポリグルタミン配列に結合することが推測された。また、我々の得たクローンには、ポリグルタミン配列を有するものはなく、既知のポリグルタミン病原因遺伝子産物結合蛋白もなかった。多組織ノザンブロット法による各種クローンの発現パターンでは、PQBP-1とTERAが脳における発現が多かった。以上の結果を踏まえて、今回は、PQBP-1について検討した。

1. PQBP-1の構造

 PQBP-1は265個のアミノ酸残基からなり、WWドメイン、7アミノ酸繰り返し配列、アルギニン(R)/アスパラギン酸(D)、アルギニン(R)/グルタミン酸(E)の繰り返し配列からなる極性アミノ酸の豊富な領域、および核移行シグナル等の構造を有する核蛋白質である。

2. PQBP-1の転写因子Brn-2に対する効果及び培養細胞に対する影響

培養細胞系では、PQBP-1は、Brn-2によるD1Aドーパミン受容体の転写活性を抑制した。さらにPQBP-1の一過性過剰発現で、細胞の増殖、生存に抑制的に働き、PQBP-1の恒常的発現では、細胞の形態的変化および各種ストレスに対する脆弱性の増強をもたらした。

3. PQBP-1の局在

 PQBP-1のmessenger RNAは、全身臓器に発現しており、中枢神経内では小脳、海馬およびに嗅球に豊富に発現していた。マウス神経芽培養細胞NS20Yに、PQBP-1-EGFP、発現ベクターを導入し、蛍光顕微鏡を用いてその細胞内局在を検討した結果、その発現は核に認められた。

4. マウスPQBP-1cDNAのクローニング

 EST(expressed sequence tag)データーベースからヒトPQBP-1 cDNAに相同性の高い核酸配列を探してプライマーを設計し、PCR法により、マウスPQBP-1全長cDNAを得た。マウスPQBP-1cDNAはヒトPQBP-1cDNAに核酸配列で83%、アミノ酸配列で86%の相同性を有していた。

5. 他種におけるPQBP-1の保存

さらに詳細なESTデーターベース検索により、C.elegans(線虫)とArabidopsis(シロイヌナズナ)にもPQBP-1の相同遺伝子が存在することが明らかとなった。PQBP-1のN末端に存在するWWドメインは、C.elegansからヒトまで、PQBP-1のC末端側アミノ酸配列は、Arabidopsisからヒトまでよく保存されていた。

6. PQBP-1と相互作用する機能分子のクローニング

 PQBP-1の機能を検討するために、two-hybrid法を用いてPQBP-1の機能ドメインと仮定されるPQBP-1のC末端側アミノ酸配列(191〜265アミノ酸)に結合する機能分子としてU5-15kDをクローニングした。U5-15kDは、uridine rich small ribonucleoprotein(UsnRNP)の構成分子の1つで、スプライシングに関与することが知られている。

[考察]我々は、ポリグルタミン鎖の生理的機能およびポリグルタミン病における伸長したポリグルタミン鎖による神経細胞死の分子機構を検討する上で、two-hybrid法を用いて、ポリグルタミン配列に特異的に結合する機能分子として新規遺伝子PQBP-1をクローニングした。PQBP-1は,N末端側にWWドメイン、ポリグルタミン鎖に結合する極性アミノ酸に富む領域およびArabidopsisからヒトまで保存されているC末端領域(CTD:アミノ酸191〜265)からなる。またPQBP-1は核移行性を有し、PQBP-1の過剰発現が転写因子Brn-2の転写活性に影響を与えることから、転写調節に関わる可能性を考えていた。ところが、PQBP-1のC末端領域(CTD:191〜265アミノ酸)に結合する蛋白をtwo-hybrid法で探索した結果、U5-15kD/dim1pが得られた。U5-15kDは、スプライソゾームの構成因子U5 small ribonucleoprotein particle(suRNP)の構成蛋白の1つで、スプライシングに関与するとされる。したがって、PQBP-1はスプライシングにも関与していることが示された。

 以上から、PQBP-1はスプライシング、転写などの核機能に深く関与することが推測された。ポリグルタミンがPQBP-1機能にどのように影響を与えるのか、またそれが細胞死にどう関与するのかが次の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、多くの転写関連因子に存在するポリグルタミン配列に結合する転写補助因子の存在を考え、さらにそのようなポリグルタミン配列結合蛋白質が転写調節のみならず、ポリグルタミンの伸長が原因とされるポリグルタミン病の発病にも関与するのではないかと仮定して、two-hybrid systemを用いてポリグルタミン配列に特異的に結合する蛋白質のクローニング及びその機能解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 脳特異的転写因子Brn-2のポリグルタミン配列(26個のポリグルタミン繰り返し配列)に結合する分子の1つとして、新規蛋白質PQBP-1(polyglutamine binding Protein-1)を得た。PQBP-1は、N末端にWWドメイン、中央部に7アミノ酸繰り返し配列及びアルギニン(R)/アスパラギン酸(D)あるいはアルギニン(R)/グルタミン酸(E)の2アミノ酸繰り返し配列からなる極性アミノ酸豊富領域、及びArabidopsisからヒトまで種を超越して保存されているC末端ドメイン(CTD)から構成される核蛋白であり、脳を含む全身臓器に、ubiquitousに発現している。

2. PQBP-1は、培養細胞において、Brn-2の神経特異的遺伝子に対する転写活性を抑制し、PQBP-1の恒常的過剰発現細胞は、各種ストレスに対する脆弱性の亢進が認められたことから、転写活性及びcell viabilityに影響を与えうる事が示唆された。

3. PQBP-1のcounterpartが、マウス及びC.elegansにも存在することが判明した。さらに、PQBP4のWWドメインは、C.elegansからヒトまで、C末端ドメイン(CTD)は、Arabfdopslsからヒトまで種を超越して保存されている。

4. PQBP-1のC末端ドメイン(CTD)に結合する分子をtwo-hybrid systemを用いてクローニングし、スプライシング関連因子であるU5-15kDを得た。

 以上、本論文は、ポリグルタミン配列に特異的に結合する新規遺伝子PQBP-1をクローニングし、その構造と発現分布及びその分子機能として、スプライシング、転写などの複数の核機能に関与することを明らかにした。

 本研究は、転写関連因子におけるポリグルタミン配列の生理機能のみならず、ポリグルタミン病の発病機構を解明する手掛かりになると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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