学位論文要旨



No 116349
著者(漢字) 王,光輝
著者(英字)
著者(カナ) オウ,コウキ
標題(和) MJD1遺伝子産物ataxin-3の分子生物学的研究
標題(洋) Molecular Biological Studies of Ataxin-3,the MJD1 Gene Product
報告番号 116349
報告番号 甲16349
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1744号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 David,Saffen
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 1991年に初めてトリヌクレオチドの不安定なくり返し配列の伸長によって生じる2種類のトリプレットリピート病が発見されて以来、トリプレットリピート病の研究は急速に発展した。現在に至るまでにトリヌクレオチドのくり返し配列の伸長によって生じる15種類の神経疾患が同定されている。そのうち8種類の疾患は、それぞれのタンパク質に存在するポリグルタミン領域をコードしているCAGの不安定なくり返し配列の伸長に起因しており、球脊髄性筋萎縮症(SBMA)、ハンチントン病(HD)、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)、脊髄小脳失調症1型,同2型,同3型,同6型,同7型(SCA1,SCA2,SCA3,SCA6,SCA7)がある。

 Machado-Joseph病(MJD)(別名:脊髄小脳失調症3型(SCA3)はその遺伝子の翻訳領域に存在するCAGの伸長により生じる常染色体優性神経変性疾患である。現在までにMJDや他のCAGリピート病の研究からCAGリピートの翻訳されたポリグルタミンの伸長がこれらの疾患の神経変性に関与していることが広く受け入れられるようになった。しかしMJDの神経変性の詳細な病態やataxin-3の正常の機能は未だ不明である。

 MJD遺伝子産物の同定:我々はataxin-3を特異的に認識するモノクローナル抗体を作成した。これらの抗体を用い、イムノブロットによりataxin-3は正常なリンパ芽球細胞において約50kDaのタンパク質であることを同定した。正常なアレルの産物間での電気泳動の移動性の違いは、C末端における多型性とポリグルタミン鎖長による分子量の違いに一致する。さらにMJDサンプルでは約60KDaの移動度の遅いバンドが同定された。このバンドは伸長したアレルの産物である。

 伸長したポリグルタミンによる細胞死:MJDにおける細胞死の機序を解明するために、我々は全長のataxin-3,ataxin-3変異体,正常なポリグルタミンと伸長したポリグルタミンをそれぞれを含んだataxin-3のC末端側断片を遺伝子導入により発現した。ataxin-3変異体と伸長したポリグルタミンを含むataxin-3変異体のC末端断片は核内封入体を形成し、細胞死を引き起こした。このことから伸長したポリグルタミンを含むataxin-3変異体のC末端側断片は病理変化を生じるのに十分であることが示唆された。

 ataxin-3の機能探索:ataxin-3の正常機能を同定するために、我々はtwo-hybrid systemを用いてataxin-3と結合するタンパク質のスクリーニングを行い、酵母DNA修復タンパク質RAD23の2つのヒトホモログであるHHR23A,HHR23Bとataxin-3が結合することを発見した。さらに我々はataxin-3はHHR23タンパク質のN末端にあるDNA修復に重要なubiquitin-like(UBL)ドメインと結合することを確認した。しかしataxin-3はubiquitinと結合しないため、この特異的な結合を通じてataxin-3はHHR23タンパク質と機能面で関連していることが示唆される。ataxin-3タンパク質の正常体と変異体ではHHR23タンパク質との結合能に差は見られない。しかし293細胞において、HHR23Aはこの結合によってataxin-3変異体の核内封入体に集積する。またHHR23Bもこの結合によってMJDの剖検脳において核内封入体に集積することを確認した。これらの結果からこの結合はataxin-3の正常な機能と関連していること、MJDにおいてHHR23タンパク質の機能異常が存在する可能性が示唆された。

 以上本研究において、私はMJDの遺伝子産物(ataxin-3)の同定とその機能に関連する結合タンパク(HHR23)の同定、及び細胞死に対する影響の検討を行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はCAGリピート病のひとつMachado-Joseph病(MJD)(別名:脊髄小脳失調症3/SCA3)をモデルとして、CAGリピート病の発症機構を生化学的に解明するために、MJDの遺伝子産物であるataxin-3に対する抗体を用いたイムノブロット解析や、遺伝子導入法による解析を行った。また、ataxin-3の正常機能を同定するためにtwo-hybrid systemを用いてataxin-3と結合するタンパク質のスクリーニングを行い、下記の結果を得ている。

1. MJD遺伝子産物の同定:ataxin-3を特異的に認識するモノクローナル抗体を作成した。これらの抗体を用い、イムノブロットによりataxin-3は正常なリンパ芽球細胞において約50kDaのタンパク質であることを同定した。正常なアレルの産物間での電気泳動の移動性の違いは、C末端における多型性とポリグルタミン鎖長による分子量の違いに一致する。さらにMJDサンプルでは約60KDaの移動度の遅いバンドが同定された。このバンドは伸長したアレルの産物である。

2. 伸長したポリグルタミンによる細胞死:MJDにおける細胞死の機序を解明するために、全長のataxin-3,ataxin-3変異体,正常なポリグルタミンと伸長したポリグルタミンをそれぞれを含んだataxin-3のC末端側断片を遺伝子導入により発現した。ataxin-3変異体と伸長したポリグルタミンを含むataxin-3変異体のC末端断片は核内封入体を形成し、細胞死を引き起こした。このことから伸長したポリグルタミンを含むataxin-3変異体のC末端側断片は病理変化を生じるのに十分であることが示唆された。

3. ataxin-3の機能探索:ataxin-3の正常機能を同定するために、two-hybrid systemを用いてataxin-3と結合するタンパク質のスクリーニングを行い、酵母DNA修復タンパク質RAD23の2つのヒトホモログであるHHR23A,HHR23Bとataxin-3が結合することを発見した。さらにataxin-3はHHR23タンパク質のN末端にあるDNA修復に重要なubiquitin-like(UBL)ドメインと結合することを確認した。しかしataxin-3はubiquitinと結合しないため、この特異的な結合を通じてataxin-3はHHR23タンパク質と機能面で関連していることが示唆される。ataxin-3タンパク質の正常体と変異体ではHHR23タンパク質との結合能に差は見られない。しかし293細胞において、HHR23Aはこの結合によってataxin-3変異体の核内封入体に集積する。またHHR23Bもこの結合によってMJDの剖検脳において核内封入体に集積することを確認した。これらの結果からこの結合はataxin-3の正常な機能と関連していること、MJDにおいてHHR23タンパク質の機能異常が存在する可能性が示唆された。

 以上、本論文はataxin-3を特異的に認識するモノクローナル抗体を作成して、MJDの遺伝子産物(ataxin-3)を同定し、伸長したポリグルタミンにより細胞死が引き起こされること、DNA修復タンパク質(HHR23)がataxin-3に結合することなどを明らかにした。本研究は、伸長したポリグルタミンによる細胞死の特徴の生化学的・病理学的な解明に大きく貢献し、学位の授与に値するものと考えられる。

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