学位論文要旨



No 116350
著者(漢字) 成田,善孝
著者(英字)
著者(カナ) ナリタ,ヨシタカ
標題(和) 悪性神経膠芽腫におけるP27発現の意義 : Pl3-kinase/Akt pathwayの関与
標題(洋)
報告番号 116350
報告番号 甲16350
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1745号
研究科 医学系研究科
専攻 脳神経医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 講師 小山,文隆
 東京大学 講師 楠,進
内容要旨 要旨を表示する

序論

 悪性神経膠芽腫(glioblastoma)は脳腫瘍全体の約1/4をしめ、極めて予後の悪い腫瘍である。Glioblastoma症例の約40%ではp53の変異を伴わず、Epidermal growth factor receptor(EGFR)遺伝子の増幅と過剰発現が認められる。特にEGFRの細胞外ドメインの一部分をコードするExon2-7が欠損したdelta EGFRと呼ばれる変異型遺伝子が、EGFR遺伝子が増幅している症例の1/2で見られる。Delta EGFRは細胞外ドメインの一部を欠くために、EGF(Epidermal growth factor)やTNF-αの増殖因子刺激がなくとも、自己リン酸化によってtyrosine kinaseドメインが恒常的に活性化されている。我々はU87MG glioblastoma cell lineにこのdelta EGFR遺伝子を導入したU87MG delta EGFR cellを確立し、delta EGFR遺伝子の生物学的活性とその特徴について詳細に研究してきた。その結果serum freeの培養条件下ではU87MG parent cellは増殖を停止するが、U87MG delta EGFR cellは増殖し続けることが明らかとなった。またヌードマウスの皮下あるいは脳内にこれらの細胞を移植すると、U87MG delta EGFR cellは、著しい腫瘍増殖速度の亢進を示し、また薬剤に対するapoptosis抵抗性となる。しかし、その増殖ならびに分裂能亢進のメカニズムは未だ明確には解明されていない。

 そこで我々は細胞周期に関連蛋白に着目し、その発現について詳細な検討を行ったところ、U87MG delta EGFR cellにおいてはserum free培養条件下でも、p27の発現上昇が見られず、またマウスの脳内に移植しても発現が低いままであることが明らかとなった。p27はG1/S期移行のcheck pointとして機能し、serum free培養下や抗癌剤治療などにより細胞分裂が停止する状態では発現が上昇し、CDK-Cyclin複合体に結合してその酵素活性を抑制し、細胞周期をG1期に停止させる。さらに様々な癌において、p27の発現と予後が相関することが報告され、p27が臨床上も腫瘍増殖および悪性化に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。

 Phosphatidy linositol 3-kinase(PI 3-K)は、EGFRの下流に位置し、glioblastomaをはじめ様々な腫瘍で活性が亢進しており、その結果下流のシグナルであるAktのリン酸化がおき、p27の発現を抑制していることが最近報告された。我々は、U87MG delta EGFR cellにおいてはdelta EGFRの下流でPI 3-kinaseおよびAktが活性化されていること、またこの持続的に活性化されたEGFR/PI3-K/Akt pathwayによりp27が抑制されるとの仮説を立て検証した。

 さらに、CDK-Cyclin kinase assayならびにRB蛋白のリン酸化について検討することで、p27がCDK-Cyclinを抑制することによって細胞周期を調節し、p27がG1/S期のチェックポイントとして重要な役割を果たしていることを検証した。

 本研究はdelta EGFRの下流からp27の発現までのシグナル伝達経路を明らかにし、p27がいかに細胞周期を調節しているかを解明することを目的に行った。

方法と結果

培養細胞における細胞周期関連蛋白の発現について

 U87MGparent cellおよびU87MG delta EGFR cellについて、10% serum存在下では、Cyclin、CDK、p21、p27、RBなどの細胞周期関連蛋白の発現量には差異は認められなかった。しかし、serum free培養条件下では、U87MG parent cellではp27の発現が上昇するのに対し、U87MG delta EGFR cellでは、発現量にあまり変化はなかった。またCyclinAとCyclinD1の発現もU87MG delta EGFR cellでは高かった。in vivo脳内移植腫瘍における細胞周期関連蛋白の発現について

 マウス脳内に移植したU87MG delta EGFRtumorは、U87MG parent tumorに比較して、p27の発現が低く、またCyclinAとCyclinD1の発現が高かった。

培養細胞のPl 3-kinase活性とAktのリン酸化

 10%serum培養条件下においては、細胞間でPI3-K活性には差が無かったが、serum free培養条件下では、U87MG parent cellのPI 3-K活性が75%に低下するのに対し、U87MG delta EGFR cellはほとんど変化がなかった。Serum freeの培養条件下では、U87MG parent cellはリン酸化型Aktが減少するのに対し、U87MG delta EGFR cellでは変化がなかった。

in vivo脳内移植腫瘍におけるPI 3-kinase活性とAktのリン酸化

 脳内に移植して得られた腫瘍組織についてもU87MG delta EGFR tumorは、U87MG parent tumorに比較して、PI 3-K活性の亢進と、リン酸化型Aktの発現上昇が認められた。以上のことからin vitro/in vivoともに、U87MG delta EGFR cellにおいては、delta EGFRの下流でPI 3-kinaseおよびAktが持続的に活性化されていることが明らかとなった。

EGFR signaling-Pl 3-kinase-Akt pathwayによるp27の発現調節

 U87MG delta EGFR cellにおいても、serum freeの培養後、PI 3-Kの特異的な阻害剤であるLY294002で処理してPI 3-Kを抑制するとp27の発現上昇が認められた。Wild typeのEGFRをU87MG parent cellにoverexpressさせたU87MG wt EGFR cellを用いてAktのリン酸化とp27の発現について検討した。Serum freeで24時間培養すると、U87MG wt EGFR cellのAktのリン酸化formは減少し、p27の発現が上昇した。この細胞に100ng/mlのEGFを加えてEGFR signalingだけを活性化させると、Aktは速やかにリン酸化され、再びp27の発現は減少した。しかし、LY294002で前処置をして同様の実験を行うと、EGFを加えてもAktはリン酸化されず、p27も高値に保たれていた。さらにU87MG parent cell、U87MG delta EGFR cellにconstitutively active Aktを強制発現させると、p27の発現が低下することが判明した。以上のことからEGFR signalingがPI 3-K/Aktを活性化させ、p27の発現を抑制することが明らかとなった。

培養細胞におけるCDK-Cyclin酵素活性の比較

 Serum freeの条件下では、U87MG parent cellではCDK2 kinase活性低下するにもかかわらず、U87MG delta EGFR cellのCDK2 kinase活性には変化はなく、特にCDK2-Cyclin A活性を維持していることが明らかになった。CDK4,CDK6 kinase活性については、serumの有無に関わらず、各細胞間に変化はなかった。また、serum free条件下でもU87MG delta EGFR cellは高リン酸化型RBの発現が有意であった。

 以上のことからU87 delta EGFR cellにおいては、P27の低発現に伴うCDK2-CyclinA kinase activityがcell cycleを回転させるために重要であることが明らかになった。

in vivo脳内移植腫瘍におけるCDK-Cyclin酵素活性の比較

 U87MG delta EGFR tumorは、有意にCDK2 kinase活性が高かった。一方、CDK4,CDK6 kinase活性は、明らかな差は認められなかった。RB蛋白のリン酸化についても、U87MG U87MG delta EGFR tumorでは、高リン酸化型RBが優位であった。

考察

 本研究では、U87MG delta EGFR cellにおいて、EGFRの持続的な活性が維持されことによって、PI 3-Kの亢進がおき、さらにAktのリン酸化がおきていることが明らかになった。さらに、Aktのリン酸化によりp27の発現が抑制されることを明らかにした。その結果として、CDK2-Cyclin Aの活性が常時維持され、RB蛋白の高リン酸化(活性化)が起き、細胞の旺盛な増殖につながるものと考えられた。

 Glioblastomaをはじめ、様々な癌において、p27の発現と予後が相関することが報告されており、p27が臨床上も腫瘍増殖と悪性化に重要な役割を果たしていると考えられる。p27はglioblastoma細胞においてもG1/S期移行のcheck pointとして機能しており、p27の発現調節のメカニズムをさらに解析することが、glioblastomaの増殖を抑制し、脳腫瘍の治療に役立つ可能性があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 悪性神経膠芽腫(glioblastoma)は、delta EGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)と呼ばれる変異型遺伝子がしばしば認められるが、この導入したU87MG delta EGFR cellは増殖および分裂能亢進を示す。本研究は、そのメカニズムとして細胞周期関連蛋白に着目し、delta EGFRの下流から細胞周期調節までのシグナル伝達経路を解明することを試みたものであり、U87MG parent cellとU87MG delta EGFR cellをin vitro/in vivoの条件で比較検討することにより、下記の結果を得た。

1.これらの細胞について、細胞周期関連蛋白の発現量について比較したところ、10% serum存在下では、各蛋白の発現には差異は認められなかった。しかし、serum free培養条件下では、U87MG parent cellではp27の発現が上昇するのに対し、U87MG delta EGFR cellでは、p27の発現が低いままであった。また、CyclinAとCyclinD1の発現は、U87MG delta EGFR cellでは高かった。マウス脳内に移植したin vivoの腫瘍についても、U87MG delta EGFR tumorでは、U87MG parent tumorに比較して、p27の発現が低く、またCyclinAとCyclinD1の発現が高かった。

2.10%serum培養条件下においては、細胞間でPhosphatidylinosito1 3-kinase(PI 3-K)活性には差が無かったが、serum free培養条件下では、U87MG parent cellのPI 3-K活性が低下し、リン酸化型Aktが減少するのに対し、U87MG delta EGFR cellではPI 3-K活性やリン酸化型Aktの発現にはserum存在下と比べて変化がなかった。脳内に移植して得られた腫瘍組織についてもU87MG delta EGFR tumorでは、U87MG parent tumorに比較して、PI 3-K活性の亢進と、リン酸化型Aktの発現上昇が認められた。

3.U87MG delta EGFR cellをserum freeで培養後、PI 3-Kの特異的な阻害剤であるLY294002で処理してPI 3-Kを抑制すると、p27の発現上昇が認められた。wild typeのEGFRをU87MG parent cellにoverexpressさせたU87MG wt EGFR cellを用いでAktのリン酸化とP27`の発現について検討したところ、serum freeで24時間培養すると、リン酸化型Aktは減少し、p27の発現が上昇した。この細胞にEGFを加えてEGFR signalingだけを活性化させると、Aktは速やかにリン酸化され、再びp27の発現は減少した。しかし、LY294002で前処置をして同様の実験を行うと、EGFを加えてもAktはリン酸化されず、p27の高発現も保たれていた。さらにU87MG parent cell、U87MG delta EGFR cellにconstitutively active Aktを強制発現させると、p27の発現が低下することが判明した。

4.Serum freeの条件下では、U87MG parent cellではCDK2 kinase活性が低下するにもかかわらず、U87MG delta EGFR cellのCDK2 kinase活性には変化はなく、特にCDK2-Cyclin A活性を維持していることが明らかになった。CDK4,CDK6 kinase活性については、serumの有無に関わらず、各細胞間に変化はなかった。また、serum free培養条件下でもU87MG delta EGFR cellは高リン酸化型RBの発現が有意であった。in vivoにおいても、U87MG delta EGFR tumorでは、有意にCDK2 kinase活性が高く、RB蛋白も高リン酸化型RBが優位であった。このように、p27がCDK-Cyclinを抑制することによって細胞周期を調節し、p27がG1/S期のチェックポイントとして重要な役割を果たしていることが明かとなった。

 以上、本論文からU87MG delta EGFR cellにおいては、脳内に移植したin vivoや、serum freeのin vitroの条件においても、delta EGFRの持続的な活性が維持されことによって、PI 3-Kの亢進ならびにAktのリン酸化がおき、p27の発現が抑制されることが明らかとなった。p27の低発現の結果、CDK2-Cyclin Aの活性が常時維持され、RB蛋白の高リン酸化が起き、細胞の旺盛な増殖につながるものと考えられた。

 本研究は、delta EGFR遺伝子のもつ増殖能亢進のメカニズムの一つとしてdelta EGFR/PI 3-K/Akt/p27経路による細胞周期の調節の重要性について解明したものであり、delta EGFRのシグナル伝達の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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