学位論文要旨



No 116352
著者(漢字) 永井,重徳
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,シゲノリ
標題(和) SAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法によるヒト活性化Th1及びTh2細胞における包括的遺伝子発現解析
標題(洋)
報告番号 116352
報告番号 甲16352
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1747号
研究科 医学系研究科
専攻 社会医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 助教授 横山,和仁
内容要旨 要旨を表示する

【目的】

 CD4陽性T細胞は抗原刺激により、Th1及びTh2細胞の2つのタイプのエフェクター細胞に分化する。Th1細胞はIFN-γを産生し細胞性免疫に、Th2細胞はIL-4やIL-5を産生し液性免疫に関与すると言われている。我々はSAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法を用いてヒト活性化Th1及び活性化Th2細胞に発現する遺伝子を包括的に検索し比較することで、それらの機能を決定する分子の同定を目的とし実験を行った。

【方法】

 ヒト臍帯血からリンパ球を密度勾配遠心法により分離し、PHA(フィトヘマグルチニン)刺激3日後、IL-12、抗IL-4抗体、IL-2を加えて2週間培養してTh1細胞を、またIL-4、抗IL-12抗体、IL-2を加えて2週間培養しTh2細胞をそれぞれin vitroで分化させた。細胞内サイトカイン染色によりTh1及びTh2細胞への分化を確認した後、細胞を回収しmRNAを抽出した。ビオチン化オリゴdTをプライマーとして逆転写し、得られたcDNAを4塩基(CAT↓G)認識の制限酵素NlaIIIで消化の後に2群に分け、ストレプトアビジンビーズにより各cDNAの3'末端を回収した。それぞれのcDNA断片に異なるリンカーAとBをライゲーションし、認識部位より13塩基下流で切断する制限酵素BsmF1で消化してcDNA断片をビーズから切り離した。2群のcDNA断片をライゲーションの後、リンカーA、Bに含まれる配列をプライマーとしてPCRを行い、cDNAライブラリーを増幅した。その後再びそれをNlaIIIで消化することにより、tagと呼ばれる各遺伝子の最も3'末端側にあるNlaIII認識部位から10塩基が2つ繋がったもの(ditag)が得られる。このditagをライゲーションして数珠繋ぎにし、シークエンスベクターpZero-1に組み込んだ後大腸菌に形質転換してからコロニーPCR法にてシークエンスを行った。tagは各遺伝子に特有の配列を持つため、tagの種類と頻度を調べることにより、細胞に発現している遺伝子の種類と発現量が明らかとなる。

【結果】

 以上の方法で、Th1細胞については32,219 tagを、Th2細胞については32,291 tagを検索し、22,096種類の異なる遺伝子配列を得た。統計学的処理により両群を比較したところ、ほとんどの遺伝子について差が見られなかったが、Th1及びTh2細胞に優位に発現している遺伝子を、p<0.05でそれぞれ171種類(うち既知のものは68種類)及び50種類(うち既知のものは14種類)同定した。Th1細胞については定義通りにIFN-γが最も多く優位に発現しており、全遺伝子の5.6%にのぼり、Th2細胞の発現量の49.2倍に相当した。またIL-2、IL-3、GM-CSFといったサイトカインのみならず、MIP-1α、MIP-1β、lymphotactinなどのケモカインもTh1細胞特異的に発現していることが明らかになった。特にlymphotactinについては、CD8陽性丁細胞やNK細胞に対する走化性因子であるがこれがTh1細胞に優位に発現していることをこの実験により初めて明らかにした。一方、Th2細胞に優位に発現している遺伝子はIL-13などわずかであり、Th1細胞に比べ分泌される液性因子はそれほど多くないことがわかった。またESTデータベース上に存在する未知の遺伝子もそれぞれに多数存在するため、これらの遺伝子を同定することで新たなTh1及びTh2細胞の役割を発見できる可能性が示唆された。

【まとめ】

 以上の結果からTh1及びTh2細胞の機能に関わる多数の遺伝子が同定された。今後は未知の遺伝子をクローニングする予定である。またDNAマイクロアレイと組み合わせることによりそれらの遺伝子の経時的変化を調べ、将来の遺伝子診断等に応用したいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、免疫疾患に重要な役割を果たしているI型ヘルパーT(Th1)細胞とII型ヘルパーT(Th2)細胞の機能の違いを決定する遺伝子を検索するため、SAGE(Serial Analysis of Gene Expression)法を用いて包括的遺伝子発現解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. ヒト臍帯血からリンパ球画分を単離し、Th1細胞についてはIL-12及び抗IL-4を、Th2細胞についてはIL-4及び抗IL-12を加えて約2週間培養した。さらに抗CD4抗体をコートしたビーズを用いてCD4陽性細胞を単離し、それぞれTh1及びTh2細胞とした。PMA及びIonomycinでこれらを活性化した後、細胞内サイトカイン染色を行ったところ、Th1細胞ではIFN-γのみを、Th2細胞ではLI-4のみを産生しており、正しく細胞が分化していることを確認した。

2. PMA及びIonomycinを用いて6時間活性化したそれぞれの細胞からpoly(A) RNAを抽出し、SAGEを行った。すなわち、各遺伝子の持つ配列のうち最も3'側のNlaIII消化部位(CATG)から10塩基(tag)を取り出し、これをライゲーションにより連鎖状にしたconcatemerを作製し、これをシークエンスすることで遺伝子の種類及び発現頻度を包括的に解析した。活性化Th1細胞から32,219 tag、活性化Th2細胞から32,291 tagを解析し合わせて22,096 tagの異なる転写産物を得た。発現上位の遺伝子はリボゾームタンパク及び分泌タンパクをコードするものが占めていた。

3. それぞれの細胞に特異的に発現する遺伝子を解析するため、両遺伝子発現プロファイルを統計学的手法を用いて比較した。その結果活性化Th1及びTh2細胞に特異的に発現する遺伝子は、それぞれ171及び50種類(うち既知遺伝子はそれぞれ68及び14種類)であった(p<0.05)。RT-PCRを行い発現差を確認した。

4. 活性化Th1細胞に特異的に発現する新規遺伝子のうちの一つを、データベースを用いてクローニングした。この遺伝子は糖分解酵素の一つであるトレハラーゼに相同性がもっとも高いことがわかった。

 以上、本論文はSAGE法を用いた活性化Th1及びTh2細胞の包括的遺伝子発現解析から、それぞれの細胞に特異的に発現する遺伝子を多数同定した。これは両細胞の機能を明らかにするための有用な情報となり得、これらの細胞が関与する様々な免疫疾患の治療及び診断への応用が期待されると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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