No | 116355 | |
著者(漢字) | きょう,せん | |
著者(英字) | GONG,QIAN | |
著者(カナ) | キョウ,セン | |
標題(和) | 中国におけるタイプ2糖尿病ハイリスク者に対する運動介入 | |
標題(洋) | Exercise intervention in adults with high risk of type 2 diabetes in China | |
報告番号 | 116355 | |
報告番号 | 甲16355 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1750号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 社会医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 中国では1980年代以降、経済の著しい発展と、生活水準の向上・生活様式の変化に伴い、糖尿病患者は著しく増加している。1994年の全国糖尿病調査において、25歳以上の糖尿病有病率は2.5%とされ、過去15年間で3倍弱になった。1997年の調査で、糖尿病患者数は2,000万人、IGT患者数は3000万人と推定され、さらに2010年に糖尿病患者数(IGT患者数を含め)は6400万人に達すると予測された。これらの調査結果により、糖尿病はすでに中国の『国民病』となっていることが推測される。全国の中でも北京市の有病率は最も高く、1994年の糖尿病とIGTの有病率はそれぞれ3.44%、3.26%であった、1997年にはそれぞれ4.56%、4.85%となった。糖尿病の有病率が年々増加する原因として生活習慣の変化と糖尿病に対する知識不足が考えられる。 運動療法は糖尿病の重要な治療方法の1つとされ、運動による介入研究がいくつ報告されているが、運動量を定量測定した介入研究はまだ少なく、また、対象者の性格特徴と運動介入効果との関係もあまり研究されていない。本研究では、日常活動を含めた運動の定量化研究を行うと共に、心理・社会的要因が血糖コントロールに及ぼす影響に関する研究を行った。 目的 (1) 中国におけるタイプ2糖尿病ハイリスク者に対して、万歩計による歩数測定を行い、運動指導介入効果の評価を行う。 (2) 中国語版のTEG (東大式エゴグラム)を利用して対象者の性格と運動介入の効果、性格と血糖コントロールの効果の関係を探索する。 対象 北京市内の1研究所・6大学の従業員と1住宅区の住民で、35-65歳の2型糖尿病ハイリスク者12715名からスクリーニングにより256名の試験対象者を選択した。 方法: 試験デザイン 食事のみ群、万歩計対照群、万歩計介入群の3群によるランダム化比較試験を行った。ランダム化の第1段階として、試験開始時に、施設・性別・年齢を層別因子として、食事のみ群、万歩計群にランダムに割り付けた。第2段階として、試験開始1ヶ月後に、万歩計群において、施設、性別、年齢、歩数を層別因子として、万歩計対照群と万歩計介入群にランダムに割り付けた。試験対象者に対しては、試験への参加について、文書による同意を得た。 スクリーニングとベースライン調査は1998年5月〜1998年11月の6ヶ月間に、万歩計のベースライン調査は1998年11月の1ヶ月間に行った。介入は1998年12月〜1999年4月の5ヶ月間に行った。 調査内容 ◆問診: 1 .一般状況質問票:生年月日、性別、学歴、職業、収入、喫煙、飲酒、過去最大体重、妊娠時糖尿病歴、巨大児出産歴、既往病歴、使用中の薬剤、糖尿病家族歴(両親、子供、兄弟、祖父母)。 2. 食事質問票:第3附属病院糖尿病外来患者用の食事頻度調査票を使用。 ◆身体測定:身長、体重、血圧。 ◆血液検査:空腹12時間後採血、HbAlc、FPG、FPI、TC、HDL-c、TGについて測定。 ◆1日歩数の測定:対象者に万歩計の使用方法と歩数などの記入方法を説明した上、毎日起床から就寝までの総歩数について万歩計による測定値を記録してもらった。 ◆性格調査: 東大医学部心療内科により開発された質問紙法テストTEG(東大式エゴグラム)第2版の翻訳によって作製した中国語版TEGを利用して、対象者401人に対する自記式調査を行った。 TEGとは、交流分析に基づいて作成された質間紙である。自己状態について5尺度(批判的親・養育的親・大人・自由な子供・順応した子供)から構成され、被験者の対人関係パターンを折れ線グラフにより視覚的に捉えることができるものである。 患者指導 ◆食事指導介入について 対象:参加者全員(256名) 活動:糖尿病に関する教育大会を1回実施、パンフレット配布を計4回実施。 ◆運動指導介入について 対象:万歩計使用者(171名) 活動:介入1ヶ月後運動に関する教育大会を1回実施、パンフレット配布を2回実施。毎日運動日記を記入することにより、自己管理。 ◆運動強化介入指導: 対象:万歩計使用者中(171名)のうち運動強化群の対象者(86名) 強化介入:1ヶ月1回の運動日記回収時に、コーディネータが運動量の30%増量を指導。 調査と測定スケジュール 計画時の予定では、試験後1ヶ月の時点から介入の予定であったが、実際はランダム化に1ヶ月を要したため、実際の介入は試験開始後2ヶ月(以下文中では介入後1ヶ月)の時点から開始された。 調査・測定はベースライン時、介入から2ヶ月後、5ヶ月後の3時点(2ヶ月経過の時点ではHbAlc、FPGのみ測定)で行われた。 解析方法 平均歩数の継時変化について個人を変量効果とした継時データの分散分析 歩数の変化と性格の関連、HbAlcの変化と性格、歩数の変化との関連について分散分析 HbAlcの変化と平均歩数の変化についてSpearman順位相関係数を算出:以上は全て両側検定(有意水準5%)結果 1. スクリーニング検査人数:4583人、ベースライン調査の有効回答人数:401人、試験対象者:256人。 2. 対象者の背景因子、身体測定と血液検査、食事、運動状況に関しては3群で統計的有意差はみられなかった。試験対象者の平均年齢は53.4歳、男性128人、女性128人、大学教育を受けた人は135人であった。 3. 一日あたりの平均歩数は9878歩であった。歩数に関しては、冬、特に降雪時において減少、春において増加する傾向があり、また長期休暇において減少する傾向がみられた。 4. 歩数の継時変化について、介入と時間の交互作用は有意であり(p=0.02)、介入と時間の主効果も有意であった(時間作用:P=0.0001、介入作用:P=0.047)。万歩計介入群では万歩計対照群に比べ、介入後2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月の時点において、有意に歩数が増加した。しかし、このような効果は5ヶ月の時点では観察されなかった。 5. 介入後、万歩計介入群のHbAlcが0.90%減少したのに対して、万歩計対照群では0.66%、食事のみ群では0.48%それぞれ減少した。万歩計介入群と食事のみ群に統計的な有意差が見られたが、他の2群間では有意差が見られなかった。 6. 平均歩数の変化とHbAlcの変化との順位相関係数は-0.19であった。 7. ベースラインの歩数を調整した下で、歩数の差とTEGとの有意な関連が見られた。また、ベースラインのHbAlcを調整した下で、HbA1cの差とTEG、歩数の差との有意な関連が見られた。重回帰分析結果により、1日あたり1千歩の増加によりHbA1cが0.12%減少できる。 考察 運動介入について 1. 運動指導の効果について、介入後1か月目に2回目のランダム化を行うまでは、指導活動は出来なかったため、介入後1か月の平均歩数の変動はなかった。運動に関する教育大会を行った後の、介入後2か月目の介入群において、平均歩数の変化は対照群より有意な増加が見られた。介入後2か月目末に個人ベースでの介入を行った結果、介入後3か月目に2群間平均歩数の変動の差は最大になった。それ以後、他の運動指導を行わなかったため、介入後4ヶ月目の介入効果は小さくなり、介入後5ヶ月目になって運動指導効果は殆どなくなった。 2. TEGと平均歩数の差に有意な相関が見られた。TEGはライフスタイル変容の重要な1因子であることが分かった。 3. 運動介入に影響される因子は多く、1)季節、天気、休みなどの環境因子、2)運動指導、万歩計の携帯などの介入因子、3)TEGのような心理社会因子に影響されることかわかった。運動介入を行う際により一層の効果を得るために、天気が悪い時の運動介入、TEGを考慮する運動介入などをもっと細かく考慮すべきと考えられる。 介入効果について 1. 万歩計介入群と食事のみ群の2群間に統計的な有意差が見られ、また平均歩数の変化とHbAlcの変化との負相関があったことから血糖コントロールには運動介入が有効と考えられる。 2. HbA1cの差に対して、万歩計介入群と食事のみ群の間だけに統計的な有意差が見られ、他の2群間に有意差は見られなかった。今回の結果から、運動指導だけ、又は万歩計の携帯だけでは血糖コントロールには不十分であり、適切な運動指導と万歩計の使用による運動量のモニタリングの両者を併用することが有用であることが示唆した。 TEG、運動介入とHbA1cの変化 1. 本研究では、TEGとHbAlcの改善との有意な相関が見られた。即ち、性格や対処行動など心理社会要因が血糖コントロールに影響を与えることが示された。 2. HbAlcの改善について運動介入とともにTEGが有意な説明因子であった。ただし、TEGがHbAlcの改善に直接影響するのか、あるいは運動に影響を与え、間接にHbAlcの改善を影響するかについて、さらに研究する必要があった。 結論 2型糖尿病ハイリスク者に対して適切な運動指導を行いかつ万歩計を用いて運動量をモニタリングすることは、血糖コントロールの改善に有効であることが示唆された。TEGにより分類される行動パターンが平均歩数の変化に有意な説明因子である。さらに、TEGによる分類と歩数の変化がHbA1cの変化との相関があることが示された。 | |
審査要旨 | 本研究は、タイプ2糖尿病ハイリスク者に対する運動介入研究である。運動療法は糖尿病の重要な治療方法の1つとされ、運動による介入研究がいくつ報告されているが、運動量を定量測定した介入研究はまだ少なく、また、対象者の性格特徴と運動介入効果との関係もあまり研究されていない。本研究では、糖尿病の有病率が高い北京市の在住者を対象に、万歩計を用い、運動介入の定量化研究を行うと共に、TEGを用い、心理・社会的要因が血糖コントロールに及ぼす影響に関する研究を行った。 主要な結果は下記の通りである。 1. タイプ2糖尿病ハイリスクスク者12715人から、試験対象者基準を満たす256人を抽出、食事のみ群、万歩計対照群、万歩計介入群の3群によるランダム化比較試験を行った。 2. 一日あたりの平均歩数は9878歩であった。歩数に関しては、冬、特に降雪時において減少、春において増加する傾向があり、また長期休暇期において減少する傾向がみられた。 3. 歩数の経時変化について、介入と時間の交互作用は有意であり(p=0.02)、介入と時間の主効果も有意であった(時間作用:P=0.0001、介入作用:P=0.047)。万歩計介入群では万歩計対照群に比べ、介入後2ヶ月、3ヶ月、4ヶ月の時点において、有意に歩数が増加した。しかし、このような効果は5ヶ月の時点では観察されなかった。 4. 介入後、万歩計介入群のHbAlcが0.90%減少したのに対して、万歩計対照群では0.66%、食事のみ群では0.48%それぞれ減少した。万歩計介入群と食事のみ群に統計的な有意差が見られたが、他の2群間では有意差が見られなかった。 5. 平均歩数の変化とHbAlcの変化との順位相関係数は-0.19であった。 6. ベースラインの歩数を調整した下で、TEGと平均歩数の差に有意な相関が見られた。 TEGはライフスタイル変容の重要な1因子であることが分かった。また、ベースラインのHbAlcを調整した下で、HbA1cの差とTEG、歩数の差との有意な関連が見られた。即ち、性格や対処行動など心理社会要因が血糖コントロールに影響を与えることが示された。重回帰分析結果により、1日あたり1千歩の増加によりHbA1cが0.12%減少できる。 7. 逆N型の対象者の血糖コントロールが最もよく、この結果は先行研究の結果と一致した。 以上、本論文は、2型糖尿病ハイリスク者に対して適切な運動指導を行い、かつ万歩計を用いて運動量をモニタリングすることは、血糖コントロールの改善に有効であることを示した。TEGにより分類される行動パターンは平均歩数の変化に有意な説明因子であり、さらに、TEGによる分類と歩数の変化がHbAlcの変化との相関があることが示された。 これらの結果から、糖尿病の予防と治療において、血糖コントロールを行う上で、万歩計の使用と運動指導の併用、かつ行動パターンの影響を考慮することが非常に有効であることが示唆された。本研究は、介入手法の開発や患者教育、運動介入等に貢献する点が多く、学位の授与に値すると考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |