学位論文要旨



No 116358
著者(漢字) 矢後,雅子
著者(英字)
著者(カナ) ヤゴ,マサコ
標題(和) 遺伝子プロモーターに働くtrans因子の解析
標題(洋) Human Telomerase Reverse Transcriptase (hTERT)
報告番号 116358
報告番号 甲16358
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1758号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 白鳥,康史
内容要旨 要旨を表示する

 線状染色体の末端部位にはテロメアと呼ばれる構造が存在する。テロメアには単純な繰り返し配列が存在することが知られており、ヒトではT2AG3の繰り返し配列が存在している。テロメレースは、テロメア配列をde novoに合成・伸長する逆転写酵素である。現在までにテロメレースを構成するサブユニットとして、鋳型RNA(TR;telomerase RNA)と触媒サブユニット(TERT;telomerase reverse transcriptase)とTEPl(telomerase-associated protein)が知られている。

 ヒトテロメレース活性はほとんどのヒト正常体細胞では検出されないが、多くの癌細胞で検出されるため、テロメレースと癌化の関係が注目されるようになった。また、テロメレース活性の検出されない細胞では分裂に伴いテロメア長が短くなること、および年齢の高いヒト個体に由来するテロメア長の短い細胞ほどin vitroでの分裂可能回数も少なかったことから、テロメア長と細胞老化の関係が注目された。

 さらにヒトテロメレース活性制御には、テロメレース活性とhTERT遺伝子発現がよく相関すること、正常線維芽細胞にhTERT遺伝子を導入することによりテロメレース活性が誘導できることなどから、hTERT発現はこのテロメレース活性の制御に重要であると考えられている。そのため、現在までにhTERT遺伝子プロモーターに働くtrans因子の解析が、精力的に進められてきた。1999年にc-MycがhTERT遺伝子プロモーターを正に制御すると報告され(Wu et al.,1999)、2000年には、Sp1が正に制御(Kyo et al.,2000)、MZFが負に制御(Fujimoto et al.,2000)、女性ホルモン(estrogen)がestrogen receptorをもつ細胞でのみ正に制御している(Misti et al.,2000)と相次いで報告されている。

 本研究では、正常ヒト体細胞におけるヒトテロメレース活性の制御を解析することを目的として、hTERT遺伝子の転写制御を解析することにした。

 まずはじめに、ヒト正常体細胞を用いてin vitroでテロメレース活性を誘導できる実験系を確立することにした。そこで、テロメレース活性の非常に弱い正常ヒト末梢血の静止期リンパ球をin vitroで抗原刺激により活性化すると、テロメレース活性が非常に強く認められるという報告(Igarashi et al.,1996;Wenget al.,1996)に着目した。

 上記の報告を再現する目的で、正常ヒト末梢血リンパ球をphytohemagglutinin(PHA)で刺激し、刺激前、刺激後1日、3日、5日のリンパ球を用いて細胞数とテロメレース活性を測定した。その結果、上記報告と同様にリンパ球活性化に伴い急激な増殖に伴いテロメレース活性の誘導が確認できた。さらにhTERT遺伝子の発現がテロメレース活性と相関して誘導されることをRT-PCR法を用いてみいだした。

 一方で、それまでに報告されたhTERT遺伝子配列を含むヒトのゲノムDNA約20 kbのプラスミドを用いて、shot gun方式により転写開始点より約1 kb上流までをクローニングし、塩基配列を決定した。その約1 kbの塩基配列の中には、c-Myc、Sp1、MZF、GATA1、c-Mybなどの転写因子結合コンセンサス配列が存在することが見いだされた。

 そこで、正常ヒト末梢血リンパ球活性化に伴うhTERT遺伝子発現誘導に関わるtrans因子を調べる目的で、静止期リンパ球と活性化リンパ球の核抽出液を用いて、hTERT遺伝子上流1 kbの領域を100〜300 bpの長さにサブクローニングした断片をプローブとしてEMSAをおこなった。その結果、すべての領域で複数の特異的DNA・蛋白質複合体が検出できた。それらの結果のなかで、今までの報告にない新たな知見について下記に記す。

 (1)c-Myb結合コンセンサス配列が存在する上流領域(-834〜-700 bp)をプローブとしたEMSAでは、活性化リンパ球でのみ特異的DNA・蛋白質複合体が認められた。この複合体は、テロメレース活性の高い活性化リンパ球で検出され、テロメレース活性の低い静止期リンパ球と正常線維芽細胞では検出されなかったため、転写活性を正に制御する因子である可能性が示唆された。そこでc-Myb結合コンセンサス配列(-825〜-803 bp)をプローブとしてEMSAをおこなったが、特異的バンドは検出されなかった。この上流領域(-834〜-700 bp)には他の転写因子の結合コンセンサス配列は見いだされず、活性化リンパ球で認められた特異的DNA・蛋白質複合体は未知の転写因子の結合によることが示唆された。

 (2)プローブ(-222〜+47)を用いたEMSAでは、hTERT遺伝子発現量の多い活性化リンパ球で非常に多くの特異的DNA・蛋白質複合体が検出された。この上流領域はプロモーター活性に必須で特に重要とされるcis配列であり(Cong et al.,1999;Takakura et al.,1999)、Sp1結合コンセンサス配列とE boxコンセンサス配列が認められた。

 そこでこの領域にあるSp1結合コンセンサス配列(-119〜-92)をプローブとしてEMSAをおこなった結果、活性化リンパ球でのみ特異的DNA・蛋白質複合体が検出された。さらに、抗Sp1抗体を用いてスーパーシフトアッセイをおこなったところ、活性化リンパ球でのみ、Sp1が結合することが示された。

 次に、E boxコンセンサス配列をプローブ(-184〜-163)としてEMSAをおこない、結合する転写因子が存在するかどうかを調べた。その結果、活性化リンパ球の核抽出液では、静止期リンパ球に比較してシグナルが増強する特異的DNA・蛋白質複合体が検出された。また、静止期リンパ球では、活性化リンパ球で認めた特異的DNA・蛋白質複合体よりシグナルが弱く、速い泳動度を示す特異的バンドが検出された。E boxに結合する転写因子には二量体を形成して結合するc-Myc・Max、USFイソ型のホモ二量体やヘテロ二量体などが知られている。そこでこれらの検出された特異的バンドに含まれる転写因子を同定するために、抗Max抗体、抗USF1抗体を用いてスーパーシフトアッセイをおこなったところ、静止期リンパ球および活性化リンパ球で認めた特異的バンドはすべて抗USF1抗体を用いたときにのみバンドシフトした。したがって、転写因子USFがhTERTプロモーターのE boxに結合することが示された。

 さらに静止期リンパ球と活性化リンパ球ではUSFがどのような二量体を形成してE boxに結合するかを調べる目的で、抗USF1-C末抗体、抗USF2-C末抗体、抗USF2-N末抗体を用いてスーパーシフトアッセイをおこなった。その結果、静止期リンパ球でみられた特異的DNA・蛋白質複合体は抗USF1-C末抗体、抗USF2-C末抗体を用いた時にのみバンドシフトし、活性化リンパ球でみられた特異的DNA・蛋白質複合体は、抗USF1-C末抗体、抗USF2-C末抗体、抗USF-2N末抗体すべての場合でバンドシフトした。活性化リンパ球で認めた特異的バンドは、293細胞にUSF1とUSF2をコトランスフェクションして得られた核抽出液を用いた特異的バンドと同じ泳動度を示した。さらに全長USF2のN末欠失体でほかのUSFイソ型と二量体を形成してE boxに結合すると想定されているmini USF2(Δ1-198 a.a.)を作成し、全長のUSF1とともに293細胞に共強制発現した核抽出液を用いて検出した特異的バンドは、静止期リンパ球で認められた特異的バンドと同じ移動度を示し、抗USF1-C末抗体、抗USF2-C末抗体を用いた時にのみバンドシフトし、抗USF2-N末抗体ではバンドシフトしなかった。従って、これらのhTERTプロモーター上のE boxに静止期リンパ球ではUSF1・mini USF2が結合し、活性化リンパ球ではUSF1・USF2が結合することが示唆された。

 次に、静止期リンパ球と活性化リンパ球の細胞粗抽出液を用いてウェスタンブロッティングをおこないその蛋白質量を比較検討した。その結果、活性化リンパ球では全長のUSF1、USF2ともに静止期リンパ球より多く認め、静止期リンパ球ではmini USF2を認めた。

 次に、USFのhTERT遺伝子に対する転写活性を調べることにした。USF1、USF2発現プラスミドを用いて、hTERT遺伝子上流領域(-222〜+47 bp)に対する相対転写活性をルシフェラーゼアッセイにより測定した。その結果、USF1、USF2はともに293細胞では相対転写活性を約2倍に、KMST6細胞やSUSM1、WI38RA(これらはすべてhTERT発現が非常に低い)では約4〜10倍程度に上昇させた。さらにUSFのN末欠失体で、ドミナントネガティブ効果があると考えられているmini USF(mini USF:Δ1-163, mini USF2:Δ1-198)を作成した。hTERTの発現量が多い293細胞に、hTERT遺伝子上流領域(-222〜+47 bp)をもつレポーターとmini USFをコトランスフェクションしたところ、相対転写活性を約半分に抑制した。これらの結果は、USFがhTERT遺伝子の正に働く転写制御因子であることを強く示唆する。

 以上のことから、正常ヒトリンパ球のhTERT転写制御にUSFが関わっていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞老化や癌化に関係すると考えられているヒトテロメレースの活性制御を明らかにするため、ヒト正常末梢血リンパ球をphytohemagglutininにより刺激し活性化する系において、ヒトテロメレース活性制御に重要な触媒サブユニット(hTERT;human telomerase reverse transcriptase)の遺伝子プロモーターに働くtrans因子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. hTERT遺伝子上流領域を約1 kbクローニングし配列決定した。

2. 正常ヒト末梢血リンパ球活性化に伴って、hTERT遺伝子が誘導されることを見いだした。

3. 静止期リンパ球では転写因子mini USF2とUSF1のヘテロダイマーがE boxに結合し、活性化リンパ球では転写因子USF1とUSF2のヘテロダイマーがE boxに結合することを、EMSAにより示した。

4. 活性化リンパ球では全長のUSF1の蛋白質量が静止期リンパ球に比較して多く認められ、静止期リンパ球でのみmini USF2が認められた。

5. USFがhTERT遺伝子の転写を正に制御する事がルシフェラーゼアッセイにより示された。

 以上、本論文は正常ヒト末梢血リンパ球活性化に伴うhTERT遺伝子発現誘導において、転写因子USFが転写制御に関わることを明らかにした。本研究はヒト正常体細胞におけるヒトテロメレース活性の制御の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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