学位論文要旨



No 116360
著者(漢字) 魚住,博記
著者(英字)
著者(カナ) ウオズミ,ヒロキ
標題(和) 圧負荷による心肥大形成におけるgp130を介するシグナル伝達の重要性について : ドミナントネガティブトランスジェニックマウスを用いた検討
標題(洋)
報告番号 116360
報告番号 甲16360
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1755号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高木,眞一
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

 心肥大は、心疾患の罹病率および死亡率における独立したリスクファクターであり、肥大の形成の機序を明らかにして心肥大を予防することが重要である。心筋細胞に肥大をもたらすものとして、カテコラミン、アンジオテンシンII、エンドセリン-1、サイトカイン等による刺激が知られているが、血行力学的負荷による機械的伸展が、心肥大形成に重要であると考えられている。最近、多能性のマウス胚性幹細胞(ES細胞)をin vitroで心筋細胞に分化させた際に向心筋因子が産生されるとの仮定のもとに、分化途上の細胞の培養上清より同定されたcardiotrophin-1は、心筋細胞に対して強力な肥大誘導作用を示した一方で、それまで心筋細胞の肥大誘導作用の報告されていなかったIL-6ファミリーのサイトカイン群と構造上の相同性を有していた。CT-1の他にも、IL-11、LIF、OSMといったIL-6ファミリーにも心筋細胞の肥大誘導作用が認められること、gp130がこれらのサイトカイン群のシグナル伝達に必須の役割を果たしている受容体コンポーネントであることが証明され、心筋細胞ではIL-6受容体の発現レベルは必ずしも高くないがgp130は高い発現レベルを示すこと、gp130を恒常的に活性化させたマウスが著明な心肥大を形成すること、gp130の欠損マウスが心室の低形成と造血系の異常を示し全て胎生期に死亡することなどから、gp130の活性化が心肥大を誘導すると考えられている。しかしながら、gp130が実際の心肥大形成に関与しているかについては明らかにされていない。また、gp130が心筋保護に重要であるという報告がある。本研究では、シグナル伝達をすることができないgp130を心筋特異的に過剰発現させたマウスを作成し、その腹部大動脈を縮紮することで、圧負荷による心肥大形成におけるgp130の役割を検討した。さらに、圧負荷時における心筋細胞のapoptosisの誘導の有無を解析し、gp130を介する心筋保護作用についての検討も加えた。

 gp130を介するシグナル伝達において、box3領域を含むc端が重要であることが知られている。そこで、702番目のcysteineをstop codonに置換することでbox3領域を欠損させたgp130(ドミナントネガティブgp130)をαMHCのプロモーター領域と結合させたコンストラクトを作成し、BDF1マウスの受精卵にインジェクションして、マウス胎生後期から心筋特異的に過剰発現させた。transgenicマウス(TGマウス)は正常の繁殖力を有しており、大動脈を縮紮していない状態ではwild typeマウス(WTマウス)との相違点は認めなかったことから、gp130は胎生期以降の負荷のない心臓では機能していないと考えられた。

 次に、圧負荷による心臓の肥大反応を検討するため、20週齢の雄のWT、TG両マウスを、sodium pentobarbitalの腹腔内注射により麻酔した後に開腹し、腹部大動脈を左腎動脈直上のレベルで、27ゲージ針を用いて縮紮した。4週間経過した後、右頸動脈より観血的に血圧を測定し、WTマウスと同様にTGマウスでも大動脈の縮紮により血圧が上昇していたことを確認した。経過中、WT、TGいずれのマウスにも特別な異常は認めなかった。しかしながら、Hewlett-Packard社製エコー装置(10 MHzプローブ)を用いてMモード法心エコー図検査を施行したところ、WTマウスでは心室中隔および心室後壁の壁厚が58%増加していたのに対し、TGマウスでは23%と壁厚の増加が抑制されていた。さらに、心臓を摘出して心体重比を測定したところ、WTマウスでは心重量が4(辻4%増加していたのに対し、TGマウスでは15±3%の増加にとどまっていた。これらは、hematoxylin-eosinにて染色した標本の細胞の横断面積(cross sectional areas)の計測から、心筋細胞の肥大が抑制されていたことによるものであったことが確認された。

 心肥大の形成時に、brain natriuretic factor(BNP)遺伝子の発現の増加、およびsarcoplasmic endoplasmic reticulum Ca2+ ATPase 2 (SERCA2)遺伝子の発現の減少がみられることが知られている。そこで、摘出した左心室よりtotal RNAを抽出し、ノーザンブロット法を用いてこれらの遺伝子の発現レベルを解析した。WTマウスでは圧負荷の2日後よりBNP遺伝子の発現が増加し始め、4週間後には著増していたのに対し、TGマウスではこの発現レベルの増加が減弱していた。また、SERCA2遺伝子の発現レベルの減少もTGマウスでは減弱しており、心肥大形成の際にみられる遺伝子の発現変化が、TGマウスでは抑制されていたことが示された。

 gp130を介する細胞内のシグナル伝達にはJAK-STAT3 pathwayとRas-ERK pathwayが知られており、in vitroではこれらのシグナル伝達の活性化が、それぞれ心筋細胞の肥大誘導作用および心筋保護作用を示すとされている。心臓にてgp130を欠損させたマウスでは、心筋保護作用が減弱していたために、負荷によりapoptosisが著明に誘導されて左心室の内膣が拡大し、一週間以内に死亡したとする報告がある。そこで、本研究では圧負荷時における心筋細胞のapoptosisの誘導の有無をTUNEL法を用いて解析した。しかしながら、apoptosisの誘導は認められず、左心室の内腔の拡大や死亡例を認めなかったこととあわせると、TGマウスでは心筋保護作用は障害されていないと考えられた。さらに、gp130を介するシグナル仏達のうち、圧負荷時にいずれのpathwayが重要かを検討した。STAT3の活性を、抗STAT3抗体を用いた免疫沈降後に抗リン酸化チロシン抗体によるウエスタンブロット法を用いて解析したところ、WTマウスでは圧負荷によりSTAT3が活性化されていたのに対しTGマウスでは活性化が認められず、TGマウスではJAK-STAT3 pathwayの活性化が抑制されていたことが示された。一方で、ERKの活性を、myelin basic proteinを基質に用いたgel内リン酸化反応にて解析したところ、WTマウスと同様にTGマウスでも活性化されており、gp130以外の系がERK pathwayを活性化していたと考えられた。

 本研究により、圧負荷による心肥大形成に、gp130を介するJAK-STAT3 pathwayの活性化が重要であると考えられ、これまで明らかになっていなかった、gp130の経路を抑制することが心肥大の治療につながる可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は心疾患の罹病率および死亡率における独立したリスクファクターであると考えられている心肥大の形成の機序を明らかにするため、シグナル伝達をすることができないgp130を心筋特異的に過剰発現させたマウスを作成し、その腹部大動脈を縮紮することで、圧負荷による心肥大形成におけるgp130の役割を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. transgenicマウス(TGマウス)は正常の繁殖力を有しており、大動脈を縮紮していない状態ではwildtypeマウス(WTマウス)との相違点は認めなかったことから、gp130は胎生期以降の負荷のない心臓では機能していないと考えられた。

2. Mモード法心エコー図検査および、心臓を摘出して求められた心体重比から、TGマウスでは圧負荷による心肥大形成が抑制されていたことが示され、細胞の横断面積(cross sectional areas)の計測から、心筋細胞の肥大が抑制されていたことによるものであったことが確認された。

3. 摘出した左心室よりtotal RNAを抽出し、ノーザンブロット法を用いて解析したところ、心肥大形成の際にみられるbrain natriuretic factor遺伝子の発現の増加、およびsarcoplasmic endoplasmic reticulum Ca2+ ATPase 2遺伝子の発現の減少といった変化が、TGマウスでは抑制されていたことが示された。

4. 圧負荷時における心筋細胞のapoptosisの誘導の有無をTUNEL法を用いて解析したところ、apoptosisの誘導は認められず、左心室の内腔の拡大や死亡例を認めなかったこととあわせると、TGマウスでは心筋保護作用は障害されていないと考えられた。

5. gp130を介するシグナル伝達のうち、圧負荷時にいずれのpathwayが重要かを検討した。WTマウスでは圧負荷によりSTAT3が活性化されていたのに対しTGマウスでは活性化が認められなかった。一方で、ERKはWTマウスと同様にTGマウスでも活性化されており、gp130以外の系がERK pathwayを活性化していたと考えられた。

 以上、本論文は圧負荷による心肥大形成に、gp130を介するJAK-STAT3 pathwayの活性化が重要である事を示した。本研究により、これまで明らかになっていなかった、gp130の経路を抑制することが心肥大の治療につながる可能性が示され、学位の授与に値するものを考えられる。

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