学位論文要旨



No 116363
著者(漢字) 田中,真理子
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,マリコ
標題(和) 低分子量Gタンパク質Rho Familyは、心筋細胞のアポトーシス及び形態に重要である。
標題(洋) Small GTP-binding Proteins of Rho Family a Critical Role in Apoptosis and Morphology of Cardiac Myocytes
報告番号 116363
報告番号 甲16363
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1758号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 講師 木村,健二郎
 東京大学 講師 高市,憲明
内容要旨 要旨を表示する

(要約)

 循環器疾患のなかでも心不全は予後を左右する重要な疾患であるが、分裂増殖することのない成熟心筋では、負荷に対する適応からやがて収縮力低下にいたる心筋細胞肥大や、細胞数の減少をもたらすアポトーシスは機能不全の進展に重要である。今回、我々は各種細胞の形態・接着・運動、細胞内輸送等に関わることが知られている低分子量Gタンパク質Rho familyの RhoA、Rac1、及びCdc42が、心筋細胞の形態変化及びアポトーシスに果たす役割について、ラット新生仔培養心筋細胞にてアデノウイルスペクターによる遺伝子導入と蛍光免疫学的染色を用いて検討した。その結果、RhoA・Rac1・Cdc42はいずれも心筋細胞繊維の重合を促進するが、特にCdc42は伸展方向の重合に重要であり、また、H2O2による心筋細胞のアポトーシスにはRac1・Cdc42は促進的に作用するが、RhoAは関与しないことが示された。

(方法及び結果・考察)

 ラット新生仔心筋細胞のprimary cultureにて、播種24時間後に培養液を血清除去したのち、アデノウイルスを細胞あたり50単位(MOI=Multiplicity of infection)感染させることにより、RhoA・Rac1・Cdc42それぞれの構成的活性化型(C.A.)変異遺伝子(RhoAV14,Rac1V12,Cdc42V12)、優先的抑制型(dominant negative)変異遺伝子(RhoAN19,Rac1N17,Cdc42N17)およびコントロール(beta-galactosidase 発現遺伝子、LacZ)を導入した。コントロールとして用いたbeta-galactosidase発現遺伝子(LacZ)を遺伝子導入したものでは、培養心筋細胞の95%以上に遺伝子が発現していることがX-gal染色により確認され、アデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入が従来のリン酸カルシウム法による培養心筋細胞への遺伝子導入率(約3%)に比べてより高率で有用な方法であることが確認された。

 初めに、Rho-familyと心筋細胞の形態変化について検討した。培養心筋細胞では、基質への接着後の血清除去により筋線維はより未分化型の横紋のない形態(premyofibril)になるが、血清の存在や液性因子・機械的刺激などの刺激により重合して成熟した横紋線維を形成し(sarcomere organization)、in vitroでの細胞の肥大反応のモデルとして用いることが出来る。そのとき、液性因子により誘導される心筋線維の重合は、Gタンパク共益型受容体刺激(phenylephrin (PE)、angiotensin-II、isoproterenol、endothelin)によるものが細胞幅増大(並行な線維重合)を誘導するのに対し、IL-6 family刺激(leukocyte inhibitory factor(LIF)、cardiotrophin-1、ciliary neurotrophic factor)によるものが細胞の伸展(線維の伸長)を促進することが知られており、それぞれ、圧負荷に伴った肥大した心臓と容量負荷に伴って拡大した心臓から単離された心筋細胞の形に似ている。そこで、液性因子刺激としてPE10-5MおよびLIF)10-9Mを用い、これらによる心筋線維の重合におけるRho-family タンパクの役割について蛍光免疫染色を用いて検討した。アデノウイルスを感染させた後、液性因子による刺激後48時間にて細胞を固定し、遺伝子導入の確認のためanti-myc抗体及びFITCによる間接蛍光免疫染色と線維の観察のためのphalloidin-TRITCによる蛍光染色の二重染色を行った。

心筋線維の形態の検討では、RhoA・Rac1・Cdc42のそれぞれの活性型遺伝子、RhoAV14・Rac1V12・Cdc42V12を導入された心筋細胞では、いずれも液性因子の存在なしに横紋線維の重合が観察された。また、PEおよびLIFによる横紋線維の重合はそれぞれの抑制型遺伝子であるRhoAN19・Rac1N17・Cdc42N17の導入によって阻害された。LIFによる特徴的な細胞長の増加を細胞長/細胞幅比で評価したところ、Cdc42N17の導入によって細胞長/細胞幅比の増大が有意に抑制され、逆にCdc42V12ではその比は有意に増大した。Cdc42は伸展方向の重合促進に重要であることが示唆された。Cdc42とRac1とはカドヘリンーカテニン系と協調して細胞間接着の構築維持に重要であることが知られており、培養心筋細胞における心筋線維の伸展が介在板から開始されることから、Cdc42が細胞間接着を介して心筋線維伸展に関与している可能性も考えられるが、Rac1との作用の違いはこれだけでは十分には説明できない。

これらの結果より、RhoA、Rac1、Cdc42はいずれも心筋細胞繊維の重合を促進し、特にCdc42は伸展方向の重合促進ないし並行方向の重合の抑制に重要であることが示唆された。次に、H2O2暴露によって誘導される培養心筋細胞のアポトーシスにおけるRho familyの役割について検討した。H2O2は虚血一再灌流障害や機械的伸展刺激により心筋細胞内で生じることが知られており、心筋細胞のアポトーシスや肥大に関与することが知られている。今回は、培養心筋細胞にアポトーシスを誘導する濃度のH2O2を暴露(10-4M、1時間)し、48時間後に細胞を固定した後、TUNEL法と蛍光免疫染色の二重染色によりTUNEL染色陽性細胞の割合を検討した。H2O2によりTUNEL染色陽性細胞の割合は有意に増加し、それはRac1N17およびCdc42N17の導入によって有意に抑制されRhoN19では変化はなかった。H2O2を暴露しない細胞へのRac1V12・Cdc42V12の導入ではTUNEL染色陽性細胞の割合は統計学的有意差は認められなかった。RhoAV14では差を認めなかった。これらの結果より、Rac1とCdc42はH2O2による心筋細胞のアポトーシスに関与するが、単独ではアポトーシスを誘導するにはいたらず、また、RhoAはH2O2による心筋細胞のアポトーシスに関与していないことが示唆された。この結果は、液性因子による交感神経ニューロンやNIH3T3線維芽細胞におけるアポトーシスをRac1,Cdc42が促進するという報告に一致するが、血液系細胞におけるFasや細胞傷害性丁細胞によるアポトーシスをRhoAが促進してRac1が抑制するという報告とは異なり、細胞一基質間及び細胞間接着にも関与するRho-familyタンパクのアポトーシスに対する作用が、接着系細胞と浮遊系細胞で異なる可能性を示唆している。

 以上の結果より、RhoA,Rac1,Cdc42が心筋細胞のアポトーシス及び形態に重要であり、それぞれ独自のシグナル伝達経路が存在する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、心不全の発症及び進展に重要な心筋細胞の肥大とアポトーシスに至るシグナル伝達経路ついて明らかにするため、アデノウイルスペクターによる遺伝子導入細胞の手法を用いて、形態変化や遺伝子発現に重要と考えられている低分子量GTP結合タンパク質Rho-family (RhoA,Rac1,Cdc42)のそれぞれについての構成的活性化型および優先的抑制型変異遺伝子を培養心筋細胞に発現させた際の心筋細胞の形態変化およびアポトーシスの誘導についての解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

1) ラット新生仔心筋細胞のprimary cultureにて、アデノウイルス用いて遺伝子導入したものでは、培養心筋細胞の95%以上に遺伝子が発現していることがX-gal染色により確認され、アデノウイルスベクターを用いた遺伝子導入が従来のリン酸カルシウム法による培養心筋細胞への遺伝子導入率(約3%)に比べてより高率で有用な方法であることが確認された。

2) 液性因子刺激としてPE10-5MおよびLIF)10-9Mを用いた心筋線維の形態の検討では、RhoA・Rac1・Cdc42のそれぞれの活性型遺伝子、RhoAV14・Rac1V12・Cdc42V12を導入された心筋細胞では、いずれも液性因子の存在なしに横紋線維の重合が観察された。また、PEおよびLIFによる横紋線維の重合はそれぞれの抑制型遺伝子であるRhoAN19・RaclNl7・Cdc42Nl7の導入によって阻害された。

3) LIFによる特徴的な遠心性肥大型の細胞長の増加を細胞長/細胞幅比で評価したところ、Cdc42Nl7の導入によって細胞長!細胞幅比の増大が有意に抑制され、逆にCdc42V12ではその比は有意に増大したがRhoAとRac1は影響を与えなかった。この結果から、Cdc42が伸展方向の重合促進に重要である可能性が示唆された。これらの結果より、RhoA、Rac1、Cdc42はいずれも心筋細胞繊維の重合を促進し、特にCdc42は伸展方向の重合促進ないし並行方向の重合の抑制に重要であることが示唆された。

4) H2O2によりTUNEL染色陽性細胞の割合は有意に増加し、それはRac1N17およびCdc42N17の導入によって有意に抑制されRhoN19では変化はなかった。H2O2を暴露しない細胞へのRhoAV14、Rac1V12およびCdc42V12の導入ではTUNEL染色陽性細胞の割合は有意差は認められなかった。この結果より、Rac1とCdc42はH2O2による心筋細胞のアポトーシスに関与するが、単独ではアポトーシスを誘導するにはいたらず、また、RhoはH2O2による心筋細胞のアポトーシスに関与していないことが示唆された。

 以上、本論文は培養心筋細胞を用いて、これまで求心性肥大との差が指摘されながらそのシグナル伝達経路が明らかでなかった遠心性の心肥大について、Cdc42が重要である可能性を示唆した。加えて、Rac1とCdc42アポトーシス

 本研究は、これまで殆ど知られていなかった心筋細胞におけるCdc42の役割と、心筋における遠心性肥大およびアポトーシスのシグナル伝達経路の解明とに重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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