学位論文要旨



No 116368
著者(漢字) 陳,潔
著者(英字) Chin,Jie
著者(カナ) チン,ケツ
標題(和) 内因性一酸化窒素の血管内皮細胞内Ca2+動態に及ぼす作用、特にPMCAおよびSOCEの関与について
標題(洋) Modification of Intracellular Ca2+ Handling by Endogenous Nitric Oxide in Vascular Endothelial cells --- Contribution of Plasma Membrane Ca2+ -ATPase Store-operated Ca2+Entry.
報告番号 116368
報告番号 甲16368
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1763号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 永井,良三
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 小塚,裕
内容要旨 要旨を表示する

【背景と目的】

 血管内皮細胞(EC)はNO、PGI2、endothelinなどの血管作動性物質の分泌や選択的な物質透過のバリアとしての機能を介し、血圧と血流の調節などの血管生理機能を担っている。EC内Ca2+(Ca2+i)濃度は上記の機能を制御する。特に、EC内Ca2+iの上昇はNOの生産をもたらす。NOが血管平滑筋細胞の収縮と増殖を抑制し、臨床上の高血圧と動脈硬化の発病機構に重要な役割を果している。

 アゴニスト刺激による内皮細胞内Ca2+の典型的な経時変化として、まず急速に上昇し、ピークに達した後、徐々に下降する二相性を示す。最初のピーク(initial spike)はIP3-induced Ca2+ release(IICR)を介する細胞内貯存からのCa2+放出、下降相(sustained phase)の一部は用量依存性の細胞外からのCa2+流入(Store-operated Ca2+ entry,SOCE)の二成分よりなる。また、いったん上昇したCa2+i濃度は、以下の3種類の経路を経てその濃度を低下させる。1)細胞膜上にあるCa2+-ATPaseポンプ(PMCA)で細胞外に吸み出す。2)Na+-Ca2+交換系(NCX)による細胞外に排出する。3)小胞体の膜上にあるCa2+-ATPaseポンプ(SERCA)で細胞内貯存に取り込んでcalsequestrinと結合する。

 我々は以前IICRはECのSOCEの発生に必要であることとSOCEはNOが連続して生産される過程に重要であることを示した。一方、NOは他の細胞系においてCa2+i動態を修飾する作用がある。NOはIICRの各ステップに対して全て抑制作用を示すが、SOCEに対する作用は一定していない、これはSOCEによって開口するchannelとその調節機構が細胞の種類によって異なるためと考えられる。しかし、ECにおいてCa2+動態にNOの役割はまだ明らかでない。

 又、従来の研究においてNOの作用を検討する際に外因性のNO donorを投与したのはほとんどで、それは多くの欠点を有する。実際のNOの作用を究明するにはECからの天然NOを利用し、生体に近い環境で機能を解析できるのは一番望ましい。我々はECが常にNOを少量放出している事を示した。今回、この研究の目的はそのEC由来の内因性NOを用いて次の二段階でECのCa2+動態における修飾作用を検討した。「計画1」basalCa2+i濃度におけるNOの効果を解明するために、IP3R1のantisense DNAによる発現抑制、又はheparinをmicroinjectionしてECのIICRを抑制した後、ATP又はbradykinin(BK)を加え、周囲のIICR-intact細胞から放出のNOがIICRを抑制した細胞のbasal Ca2+i濃度に対する影響を解析した。「計画2」上昇したCa2+i濃度におけるNOの効果を解明する為に、IICR-intact細胞においてNOを生産する場合とNOの生産を抑制する2つの条件を作って、ATP又はBKの刺激よるCa2+i反応の違いを比較した。

【材料と方法】

(a) 細胞培養:牛大動脈から分離したECを継代培養した。

(b) 抗体作製:ヒトの1、2、3型IP3受容体の抗体を作りました。

(c) 牛のIP3R1遺伝子部分的cloning:379bpのDNA fragmentの配列を決定した。

(d) AntisenseとSense vectorの作製:DNAfragmentをvectorに入れた。

(e) トランスフェクション:pG.IP3R1-ASとpG.IP3R1-SをECへ導入した。

(f) 細胞内微量注射(microinjection):heparinを細胞に注入した。

(g) 細胞内Ca2+i濃度の測定とCa2+の流入量の測定。

(h) 免疫染色:トランスフェクションされたECをIP3R1抗体で免疫染色を行った。

(i) NO2の測定:NOの代謝物質NO2を測定した。

(j) IP3濃度の測定:IP3[3H]assay kitでIP3のradioimmuoassayを行った。

(k) NO gas solutionの用意と各種なbufferの用意。

(l) SERCA機能をthapsigargin(TG)で抑制した。

【結果】

(1) IICRが抑制されたECにおけるbasal Ca2+1濃度のNOによる修飾作用

(a) IP3受容体としてECには1型(IP3R1)のみ存在することをimmunoblotting法で示した。ECのryanodine と caffeineに対する反応が微弱だったため小胞体からのCa2-induced Ca2+ releaseの機構も重要でないことを確認した。

(b) pG.IP3R1-ASを導入したECの中、12%の細胞でIP3R1蛋白発現が抑制されている事を抗体による免疫染色で確認した。pG.IP3R1-Sを導入したECと隣接するECのIP3R1蛋白発現は変化しなかった。この結果、pG.IP3R1-ASはIP3R1発現を特異的に抑制する効果があることを示した。

(c) pG.IP3R1-ASを導入したECの中15%はATP又はBKの刺激によるCa2+反応は部分的に抑制され、12%はCa2+反応が完全に抑制された。この結果は上記の免疫染色の結果と一致した。更に、Ca2+反応が完全に抑制された細胞は初回のATP刺激によるCa2+i濃度はbasal levelより大幅に低下した。その現象は30分間後の二回目のATP刺激に再現された。No合成酵素阻害薬のL-NMMAでEcを30分間前処理し、二回目のATPを加えると,Ca2+iの低下は消失した。IP3の競合阻害物質のheparinをmicroinjectionし、IICRを抑制すると、ATP刺激後のCa2+iの低下が上記のpG.IP3R1-ASを導入したECと同じたっだ。L-NMMA(1mM)前処理でCa2+i濃度が低下しなかった。一方、培養状態を変えsparseに培養したECはheparinをmicroinjectionして、ATPの刺激によりCa2+iの低下は見えなかったが、NO gasがCa2+iを低下させた。従って、ATP刺激後のCa2+i濃度低下は周囲の細胞から放出された内因性NOのparacrine作用によることを示唆した。

(2) IICRが抑制されたECにおけるCa2+流入、内貯存と排出機構。

(a) IICRを抑制したECはATP又はBKの刺激よるCa2+濃度を低下させると共にCa2+流入も停止していることがMn2+ quenchingの記録で判明した。アゴニストを除去後、Ca2+iは速やかにbasalレベルに戻り、同時にCa2+流入も増加した。

(b) IICRを抑制したECにおいて、ATP刺激によりCa2+iの低下後に、細胞外Ca2+がfreeの状態でionomycinで刺激し、Ca2+i濃度が上昇した。その上昇程度はATP刺激無しに直接ionomycin刺激で起こしたCa2+i濃度の上昇と比較すると、有意な差が無かった。更に、TGを加えて、SERCAを抑制し、20秒後のATP又はBK刺激よりbasal Ca2+i濃度が低下した。これは低下したCa2+iはNO依存性SERCA機能促進により内貯存に取り込んでなかったことを示唆した。

(c) PMCAの機能を抑制した後、IICRが抑制されたECにおけるCa2+i濃度の低下が消失した。NCXの機能を抑制した後、Ca2+i濃度はまた低下した。又NCXとPMCA両方の機能を抑制した後、Ca2+i濃度の低下が消失した。これらの実験結果は、IICRを抑制したECのCa2+i濃度の低下は、NO依存性PMCA機能促進により細胞外排出したことを示す。

(3) IICRがintactなECにおけるアゴニストで刺激後の上昇したCa2+i濃度のNOによる修飾作用

(a) L-NMMAで前処理してNOの産生を抑制すると培地中のCa2+の有無に拘わらずATP又はBKの刺激よるinitial Ca2+i spikeは上昇したが、IP3濃度はL-NMMAで前処理の有無によらず変化しなかった。これはNOはIP3産生を抑制しないことを示す。Ca2+-freeの状態で、initial Ca2+i spike後のIM刺激で起こしたCa2+i上昇はL-NMMA前処理の有無によらず大きく変化しなかった為、NOがSERCAを促進しないことを示唆した。

(b) 細胞外にCa2+存在する条件で、PMCAを抑制した後、BK刺激よりCa2+i濃度は上昇したが、Ca2+流入は滅少した。NOの産生量は軽度滅少した。L-NMMA前処理しても、結果的に変化しなかった。逆に、NCXを抑制しても、Ca2+1上昇に大きく影響しなかった。NCXとPMCA両方を抑制して、Ca2+i濃度の上昇はPMCAだけの抑制と同じだった。これらの結果はNO依存性PMCA機能促進がアゴニスト刺激によるCa2+i濃度の上昇を抑制した可能性があることを示した。

(c) これを更に証明するため、我々は細胞外Ca2+非存在の状態でTG(SERCAを抑制する)刺激後20秒の時にBKを投用しCa2+iを上昇させた。この状況下でNO生産を抑制すると、initialCa2+ispikeが増強した。PMCAを抑制した後BKによるinitial Ca2+i spikeは上昇し、半滅期が延長した。NO産生量を抑制しても、この結果に差が無かった。一方NCXを抑制しても、Ca2+i上昇が大きく変化しなかった。更にNO産生も抑制するとBKよるinitial Ca2+i spikeはやや上昇した。NCXとPMCA両方を抑制した後、結果はPMCAだけの抑制後のと同じだった。L-NMMA前処理しても、結果は変化しなかった。TGだけを使用してCa2+iを上昇させて、同じ傾向の結果が得られた。これらの結果はNO依存性PMCA機能促進がアゴニスト刺激後のCa2+i濃度の上昇を低下させる重要な役割を果たすことを強く示唆した。

(d) 一方、内因性NOはCa2+流入機構を促進することによってsustained phaseのCa2+iを増加させた。

【結論】

 EC内Ca2+1動態は内因性NOのPMCAとSOCEの促進作用により修飾されることが明らかになった。(1)Basal Ca2+i濃度とアゴニスト刺激によるinitial Ca2+spikeはNOのPMCA促進作用のため,basal Ca2+i濃度は低いレベルに維持され、アゴニスト刺激によるCa2+i濃度の急速な上昇は緩和された。(2)アゴニスト刺激後のsustained phaseにおいて、NOがPMCAを促進させるほか,主にSOCEを亢進させCa2+i濃度の上昇を維持してNO産生量を増加させるpositivefeedbackの機構を有する可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 血管内皮細胞(EC)は血管作動性物質の分泌や選択的な物質透過のバリアとしての機能を介し、血圧と血流の調節などの血管生理機能を担っている。EC内Ca2+(Ca2+i)濃度は上記の機能を制御する。特に、EC内Ca2+iの上昇はNOの生産をもたらす。NOが血管平滑筋細胞の収縮と増殖を抑制し、臨床上の高血圧と動脈硬化の発病機構に重要な役割を果している。ECにおいてCa2+動態にNOの役割はまだ明らかでない。今回、この研究の目的はEC由来の内因性NOを用いて二段階でECのCa2+動態における修飾作用を検討した、下記の結果を得ている。

(1) IICRが抑制されたECにおけるbasal Ca2+i濃度のNOによる修飾作用

(a) IP3受容体としてECには1型(IP3R1)のみ存在することをimmunoblotting法で示した。ECのryanodineとcaffeineに対する反応が微弱だったため小胞体からのCa2+- induced Ca2+ releaseの機構も重要でないことを確認した。

(b) pG.IP3R1-ASを導入したECの中、12%の細胞でIP3R1蛋白発現が抑制されている事を抗体による免疫染色で確認した。pG.IP3R1-Sを導入したECと隣接するECのIP3R1蛋白発現は変化しなかった。この結果、pG.IP3R1-ASはIP3R1発現を特異的に抑制する効果があることを示した。

(c) pG.IP3R1-ASを導入したECの中15%はATP又はBKの刺激によるCa2+反応は部分的に抑制され、12%はCa2+反応が完全に抑制された。この結果は上記の免疫染色の結果と一致した。更に、Ca2+反応が完全に抑制された細胞は初回のATP刺激によるCa2+i濃度はbasal levelより大幅に低下した。その現象は30分間後の二回目のATP刺激に再現された。NO合成酵素阻害薬のL-NMMAでECを30分間前処理し、二回目のATPを加えると、Ca2+iの低下は消失した。IP3の競合阻害物質のheparinをmicroinjectionし、IIcrを抑制すると、ATP刺激後のCa2+iの低下が上記のpG.IP3R1-ASを導入したECと同じたっだ。L-NMMA(1mM)前処理でCa2+i濃度が低下しなかった。一方、培養状態を変えsparseに培養したECはheparinをmicroinjectionして、ATPの刺激によりCa2+iの低下は見えなかったが、NO gasがCa2+iを低下させた。従って、ATP刺激後のCa2+i濃度低下は周囲の細胞から放出された内因性NOのparacrine作用によることを示唆した。

(2) IICRが抑制されたECにおけるCa2+流入、内貯存と排出機構。

(a) IICRを抑制したECはATP又はBKの刺激よるCa2+濃度を低下させると共にCa2+流入も停止していることがMn2+ quenchingの記録で判明した。アゴニストを除去後、Ca2+iは速やかにbasalレベルに戻り、同時にCa2+流入も増加した。

(b) IICRを抑制したECにおいて、ATP刺激によりCa2+iの低下後に、細胞外Ca2+がfreeの状態でionomycinで刺激し、Ca2+i濃度が上昇した。その上昇程度はATP刺激無しに直接ionomycin刺激で起こしたCa2+i濃度の上昇と比較すると、有意な差が無かった。更に、TGを加えて、SERCAを抑制し、20秒後のATP又はBK刺激よりbasal Ca2+i濃度が低下した。これは低下したCa2+iはNO依存性SERCA機能促進により内貯存に取り込んでなかったことを示唆した。

(c) PMCAの機能を抑制した後、IICRが抑制されたECにおけるCa2+i濃度の低下が消失した。NCXの機能を抑制した後、Ca2+i濃度はまた低下した。又NCXとPMCA両方の機能を抑制した後、Ca2+i濃度の低下が消失した。これらの実験結果は、IICRを抑制したECのCa2+i濃度の低下は、NO依存性PMCA機能促進により細胞外排出したことを示す。

(3) IICRがintactなECにおけるアゴニストで刺激後の上昇したCa2+i濃度のNOによる修飾作用

(a) L-NMMAで前処理してNOの産生を抑制すると培地中のCa2+の有無に拘わらずATP又はBKの刺激よるinitial Ca2+i spikeは上昇したが、IP3濃度はL-NMMAで前処理の有無によらず変化しなかった。これはNOはIP3産生を抑制しないことを示す。Ca2+-freeの状態で、initial Ca2+i spike後のIM刺激で起こしたCa2+i上昇はL-NMMA前処理の有無によらず大きく変化しなかった為、NOがSERCAを促進しないことを示唆した。

(b) 細胞外にCa2+存在する条件で、PMCAを抑制した後、BK刺激よりCa2+i濃度は上昇したが、Ca2+流入は減少した。NOの産生量は軽度減少した。L-NMMA前処理しても、結果的に変化しなかった。逆に、NCXを抑制しても、Ca2+1上昇に大きく影響しなかった。NCXとPMCA両方を抑制して、Ca2+i濃度の上昇はPMCAだけの抑制と同じだった。これらの結果はNO依存性PMCA機能促進がアゴニスト刺激によるCa2+i濃度の上昇を抑制した可能性があることを示した。

(c) これを更に証明するため、我々は細胞外Ca2+非存在の状態でTG(SERCAを抑制する)刺激後20秒の時にBKを投用しCa2+iを上昇させた。この状況下でNO生産を抑制すると、inidal Ca2+i spikeが増強した。PMCAを抑制した後BKによるinitial Ca2+i spikeは上昇し、半減期が延長した。NO産生量を抑制しても、この結果に差が無かった。一方NCXを抑制しても、Ca2+i上昇が大きく変化しなかった。更にNO産生も抑制するとBKよるinitial Ca2+i spikeはやや上昇した。NCXとPMCA両方を抑制した後、結果はPMCAだけの抑制後のと同じだった。L-NMMA前処理しても、結果は変化しなかった。TGだけを使用してCa2+iを上昇させて、同じ傾向の結果が得られた。これらの結果はNO依存性PMCA機能促進がアゴニスト刺激後のCa2+i濃度の上昇を低下させる重要な役割を果たすことを強く示唆した。

(d) 一方、内因性NOはCa2+流入機構を促進することによってsustained phaseのCa2+iを増加させた。

 以上、本論文はEC内Ca2+1動態は内因性NOのPMCAとSOCEの促進作用により修飾されることを明らかにした。本研究はECにおいてCa2+動態にNOの役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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