学位論文要旨



No 116369
著者(漢字) 大沼,仁
著者(英字)
著者(カナ) オオヌマ,ヒトシ
標題(和) 培養ヒト気管支平滑筋におけるエンドセリン-1の作用
標題(洋)
報告番号 116369
報告番号 甲16369
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1764号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 助教授 後藤,淳郎
 東京大学 講師 長瀬,隆英
 東京大学 講師 中島,淳
内容要旨 要旨を表示する

 ヒト気管支平滑筋(HBSMC)のEndothelin(ET)-1による作用を明らかにするために、細胞内Ca2+濃度([Ca2+]I)と電気生理学的活動に及ぼす効果を細胞内Ca2+濃度測定法とパッチクランプ法を用いてヒスタミンと比較、検討した。

 ET-1またはhistamine投与後、一過性のピークとなる[Ca2+]iの上昇を認めた後に徐々に減少し定常状態の[Ca2+]i上昇を認めた。nicardipineやnifedipineは、ET-1による定常成分の[Ca2+]iの上昇を部分的に減少させたが、非特異的Ca2+チャネルのブロッカーであるLa3+を加えることで定常成分の[Ca2+]iの上昇は完全に消失した。外液にhistamine(100μM)またはET-1(100nM)を投与すると、膜電位は急速に脱分極して約-20mVの定常状態に達した。電極内液に低濃度EGTAを含むK+細胞内液を充填して、保持電位を+0mVにして、histamineまたはET-1を投与したところ、一過性に外向きK+電流の活性化を認めた。パッチ電極内にCs+及び低濃度EGTAを充填し、保持電位を-40mVにしてhistamineまたはET-1を投与したところ一過性内向きCl-電流を認めた後、持続的内向き電流を認めた。まれにoscillatoryな内向き電流も認められた。ET-1もしくはhistamineによる持続的内向き電流は、パッチ内液をCs+、10mMEGTAの条件下でも認められ、又heparinをパッチ内液に入れた条件でもこの内向き電流は消失しなかった。この電流の逆転電位は約+0mVであり、外液の[Cl-]oもしくは[Cl-]iを変化させても逆転電位に影響を与えなかったことからET-1もしくはhistamineにて活性化される持続的な内向き電流はCl-電流ではなく非選択性陽イオン電流(Icat)と考えられた。

 ET-1とhistamineは濃度依存的にIcatを活性化させ、half-maxmal effective concentration(EC50)はET-1が12nMでhistamineでは11μMであった。La3+もしくはCd2+はET-1もしくはhistamineにて活性化されるIcatを完全に抑制したが、nicardipineやnifedipineはIcatを抑制しなかった。ET-1による[Ca2+]i上昇もしくはIcat活性化は、BQ123(ET-A阻害剤)及びBQ788(ET-B阻害剤)両方の存在下で完全に抑制された。SarafotoxinS6c(ET-B アゴニスト)は[Ca2+]Iを上昇させ、かつIcatを活性化させた。RT-PCR法にてET-A,B両受容体のmRNAの発現が認め、免疫染色法にて両タンパクの発現を認めた。

 HBSMCにおいてET-1はET-A,B両受容体を介して強力にIcatを活性化させた。ET-1によるIcatの活性化はヒト気道平滑筋のCa2+流入にとって重要な役割を果たしていると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 Endothelin(ET)-1は、気道上皮細胞から分泌される強力な気道収縮物質である。またET-1遺伝子の発現及びET-1ペプタイドの放出が気管支喘息患者の気道上皮や肺胞洗浄液にて増加していることが報告されている。ET-1は気管支喘息の病態生理において重要な役割を果たしている可能性があり、本研究ではヒト気管支平滑筋(HBSMC)におけるET-1の作用について検討を行った。以下に研究結果の要点を示す。

1. HBSMCのET-1による作用を明らかにするために、細胞内Ca2+濃度([Ca2+]I)と電気生理学的活動に及ぼす効果を細胞内Ca2+濃度測定法とパッチクランプ法を用いてヒスタミンと比較、検討した。

2. ET-1またはhistamine投与後、一過性のピークとなる[Ca2+]iの上昇を認めた後に徐々に減少し定常状態の[Ca2+]i上昇を認めた。nicardipineやnifedipineは、ET-1による定常成分の[Ca2+]iの上昇を部分的に減少させたが、非特異的Ca2+チャネルのブロッカーであるLa3+を加えることで定常成分の[Ca2+]iの上昇は完全に消失した。外液にhistamine(100μM)またはET-1(100nM)を投与すると、膜電位は急速に脱分極して約-20mVの定常状態に達した。電極内液に低濃度EGTAを含むK+細胞内液を充填して、保持電位を+0mVにして、histamineまたはET-1を投与したところ、一過性に外向きK+電流の活性化を認めた。パッチ電極内にCs+及び低濃度EGTAを充填し、保持電位を40mVにしてhistamineまたはET-1を投与したところ一過性内向きCl-電流を認めた後、持続的内向き電流を認めた。まれにoscillatoryな内向き電流も認められた。ET-1もしくはhistamineによる持続的内向き電流は、パッチ内液をCs+、10mM EGTAの条件下でも認められ、又heparinをパッチ内液に入れた条件でもこの内向き電流は消失しなかった。この電流の逆転電位は約+0mVであり、外液の[Cl-]。もしくは[Cl]iを変化させても逆転電位に影響を与えなかったことからET-1もしくはhistamineにて活性化される持続的な内向き電流はCl-電流ではなく非選択性陽イオン電流(Icat)と考えられた。

3. ET-1とhistamineは濃度依存的にIcatを活性化させ、half-maximal effective concentration(EC50)はET-1が12nMでhistamineでは11μMであった。La3+もしくはCd2+はET-1もしくはhistamineにて活性化されるIcatを完全に抑制したが、nicardipineやnifedipineはIcatを抑制しなかった。ET-1による[Ca2+]i上昇もしくはIcat活性化は、BQ123(ET-A阻害剤)及びBQ788(ET-B阻害剤)両方の存在下で完全に抑制された。BQ123の濃度を10μMから20μMに、BQ788の濃度を2μMから10μMにそれぞれ増加させても[Ca2+]i上昇もしくはIcatの活性化を認めた(追加実験)。Sarafotoxin S6c(ET-Bアゴニスト)は[Ca2+]Iを上昇させ、かつIcatを活性化させた。RT-PCR法にてET-A,B両受容体のmRNAの発現が認め、免疫染色法にて両タンパクの発現を認めた。

4. HBSMCにおいてET-1はET-A,B両受容体を介して強力にIcatを活性化させたET-1によるIcatの活性化はヒト気道平滑筋のCa2+流入にとって重要な役割を果たしていると考えられた。

 今後、非選択性陽イオンチャネルの抑制薬が開発されることにより気管支喘息などの閉塞性肺疾患への臨床応用も期待できると思われる。本研究においてET-1による非選択性陽イオンチャネルの活性化は気管支喘息などの病態生理における気道収縮に関与している可能性が示唆され、学位の授与に値するものと考えられる。

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