学位論文要旨



No 116372
著者(漢字) 加藤,順
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,ジュン
標題(和) C型肝炎ウイルス蛋白による翻訳抑制作用
標題(洋)
報告番号 116372
報告番号 甲16372
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1767号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 助教授 門脇,孝
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

 C型肝炎ウイルス(HCV)は慢性肝炎の主要な原因であり、その感染患者は慢性肝炎から肝硬変へと進展し、最終的には肝細胞癌へと至る。HCVはフラビウイルス科に属するウイルスで、約9500ヌクレオチドの(+)直鎖RNAからなり、このRNAは約3000アミノ酸の蛋白前駆体をコードしている。この前駆体蛋白は限定分解を受け、3個の構造蛋白(core,E1,E2(P7))と、6個の非構造蛋白(NS2,3,4A,4B,5A,5B)となる。

 通常、細胞内のメッセンジャーRNAは、その5'末端にキャップ構造とよばれるものが付加されて存在しキャップ依存性に翻訳されるのに対し、HCVRNAの翻訳は、ウイルスRNAの5'非翻訳領域(一部core蛋白コード領域を含む)に存在するinternal ribosome entry site (IRES)とよばれる複雑なRNA構造に依存して行われる。

 一般に、ウイルスは宿主の蛋白合成にさまざまな影響を与えることが知られている。特にウイルス感染が宿主細胞の翻訳を阻害する「translational shutoff」とよばれる現象に関しては、これまで多くの報告が存在する。多くの場合、ウイルスの「translational shutoff」効果は、宿主細胞の翻訳を抑制し、細胞内の翻訳にかかわる因子を細胞RNAのかわりにウイルスRNAを翻訳するために使えるようにするという理由で、ウイルス複製にとって有利に働くとされる。しかし、HCVに関しては有効な感染培養系が存在しないために、そのような蛋白合成に関する影響に関してはほとんど知られていない。ゆえにわれわれは、HCVが産生するE1,E2,P7を除く全蛋白を各々発現するプラスミドベクターを構築し、これらを細胞内で発現させ、HCV感染が宿主細胞における蛋白翻訳に対し、いかなる影響を及ぼすのかとういうことを検証した。

[方法および結果]

 まず、CAGプロモーター下にHCVの7種の蛋白(core、NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B)をそれぞれ発現するプラスミドpCXN2-core、NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5Bを作製した。

 HCVの7種の蛋白が、細胞内で蛋白発現に与える影響についてレポーターアッセイを用いて調べた。COS-7細胞に、SV40プロモーター下にルシフェラーゼを発現するレポータープラスミドと、HCV各蛋白を発現するプラスミドをトランスフェクションした。NS4AおよびNS4B蛋白を発現させると、コントロールと比較してルシフェラーゼ蛋白発現は30%から40%まで抑制された。一方、他のHCV蛋白を発現させた際には、レポーター発現に明らかな影響は見られなかった。また、このNS4AおよびNS4B蛋白によるレポーター蛋白発現抑制は、用量依存性に認められた。さらに、NS4A、NS4B蛋白は、細胞の種類、プロモーターの種類、レポーターの種類に関係なく、レポーター蛋白発現を抑制した。

 NS4A、NS4B蛋白の蛋白発現抑制は、転写を抑えているのか、それとも翻訳を抑えているのかを明らかにするために、RNaseプロテクションアッセイにてレポーターのメッセンジャーRNA量を測定した。ルシフェラーゼのメッセンジャーRNA量は、NS4A、NS4B蛋白を発現させても、大きな差は見られなかった。この結果から、NS4A、NS4B蛋白は、遺伝子の転写を阻害するのではなく、翻訳の過程を阻害するという可能性が示された。

 次に、NS4A、NS4B蛋白のHCV IRESからの翻訳に与える影響について・バイシストロニックレポーターを用いて調べた。このレポーターは、シーパンジールシフェラーゼがキャップ依存性に翻訳され、ホタルルシフェラーゼが、HCVIRESよりキャップ非依存性に翻訳される。このレポータープラスミドを、pCXN2-NS4AまたはpCXN2-NS4BとともにHepG2細胞にトランスフェクションした。NS4A、NS4B蛋白発現により、シーパンジールシフェラーゼ活性も、ホタルルシフェラーゼ活性も両方減少した。ゆえに、NS4A、NS4B蛋白は、キャップ依存性翻訳と、HCVIRESからのキャップ非依存性翻訳のいずれも抑制することが示された。

 NS4A、NS4B蛋白が翻訳を抑制することがわかったので、これまで他のウィルスが影響を与えることが知られている翻訳因子に、HCVNS4A、NS4B蛋白が同様に影響を与えるのかを検討した。すなわち、NS4A、NS4B蛋白を発現させ、濃縮回収したHeLa細胞において、eukaryotic initiation factor4G(eIF4G)、poly(A)binding protein(PABP)、eIF4E-binding protein1(4E-BP1)、eIF4Eの状態を、イムノブロットにて解析した。しかし結果としては、NS4A、NS4B蛋白は、それらの翻訳因子には特に影響を与えなかった。

 次いで、ドキシサイクリン制御下にNS4A蛋白の発現を誘導できる細胞株(HeTON4A細胞)を樹立し、この細胞株においてもNS4A蛋白が蛋白発現を抑制するかを調べた。HeTON4A細胞においては、培養液中にドキシサイクリンが含まれなければNS4A蛋白を常時発現するが、ドキシサイクリンを培養液中に加えると、NS4A蛋白は発現しなくなる。この細胞を用いて、ルシフェラーゼアッセイを行った。NS4A蛋白を発現していない状態のHeTON4A細胞に、レポータープラスミドをトランスフェクションし、その後、NS4A蛋白を発現させる群と、NS4A蛋白を発現させない群にわけ、それぞれの群でルシフェラーゼアッセイを行い両群間でその活性を比較した。すると、NS4Aを発現させた群で、発現させなかった群に比べtransientに発現させた時よりは程度が低いものの、蛋白発現抑制効果を認めた。この結果から、NS4A蛋白の蛋白発現抑制効果は、transient transfectionによる大量発現の系ばかりでなく、このドキシサイクリンによる発現調節の系においても、NS4A蛋白が発現してくる際に認められることが確認された。

 最後に、HeTON4A細胞を用いて、NS4A蛋白の細胞増殖に与える影響を調べた。NS4A蛋白が発現している細胞では、NS4A蛋白が発現していない細胞に比べて、その増殖速度が有意に減少した。しかし、NS4A蛋白が発現しているときに細胞死がみられるというようなことはなかった。この結果から、NS4A蛋白の発現は、おそらくその蛋白発現抑制効果によって、細胞増殖に不都合であるが、致死的ではない影響を与えるものと考えられた。

[考察]

 多くのウイルスで「translational shutoff」として知られている宿主細胞の翻訳阻害は、蛋白合成という面で、細胞内でウイルスにとって有利に働いていると考えられている。一方、HCV感染の蛋白合成に与える影響については、HCVの有効な感染培養系がないためにほとんど知られていない。この研究でわれわれは、NS4A、NS4B蛋白が細胞内で翻訳過程において、蛋白合成を阻害することを示した。さらに、NS4A蛋白の発現が細胞の増殖速度を低下させることも示し、それはおそらくその蛋白合成抑制作用と関連すると考えられた。これまでNS4A、NS4B蛋白の細胞内蛋白合成に対する影響については、ほとんど報告がない。それゆえ、われわれはNS4A、NS4B蛋白の新たな機能を発見したと考えられる。

 「translational shutoff」をひき起こす多くのウイルスで、翻訳因子を修飾することが知られている。ゆえにわれわれは、これまで他のウイルスの標的となることが知られているeIF4G、PABP、4E-BP1、eIF4Eの状態を、NS4A、NS4B蛋白を発現させ、濃縮回収した細胞において調べた。しかし、他のウイルスで見られるようなこれらの翻訳因子に対する修飾は見られなかった。ゆえに、NS4A、NS4B蛋白による翻訳抑制は、おそらくこれまで知られていない新たなメカニズムを介すると考えられる。

 ピコルナウイルスの感染では、キャップ依存性翻訳のみ阻害し、IRESからの翻訳には影響を与えない。しかし、われわれの結果では、HCV NS4A、NS4B蛋白は、キャップ依存性翻訳だけでなく、HCVIRESからのキャップ非依存性翻訳も抑制した。このことは、HCVは、宿主の免疫反応を逃れるために自らのウイルス蛋白量を制限しているという可能性が考えられる。そうでなければ、他のHCV蛋白や、細胞因子がIRESからの翻訳を促進している可能性も考えられる。

 この研究でわれわれは、HCVNS4A、NS4B蛋白が、細胞内で翻訳機構を抑制することを示した。この翻訳抑制効果は、主に急性感染時やウイルス量が急激に増える際などにHCVの生存に有利に働き、このウイルスの病原性と関係していることが示唆される。[結論]

1. HCVNS4A、NS4B蛋白は、その発現の際に翻訳機構に働いて蛋白発現を抑制し、また、HCV IRESからの翻訳も抑制した。

2. NS4A、NS4B蛋白の翻訳抑制作用は、他のウイルスとは異なった新たなメカニズムを介すると考えられた。

3. NS4A蛋白発現により、細胞の増殖速度が減少し、蛋白発現抑制作用との関連が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)の産生する蛋白を細胞内で発現させる系を構築し、非構造蛋白NS4A、NS4Bが、細胞内で蛋白合成に与える影響と、その機序について解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

1. 7種のHCV蛋白(core、NS2、NS3、NS4A、NS4B、NS5A、NS5B)を哺乳細胞発現ベクターにサブクローニングし、transientにHCV各蛋白を細胞内に発現させる系を構築した。

2. HCVの7種の蛋白が、細胞内で蛋白発現に与える影響についてレポーターアッセイを用いて調べたところ、NS4AおよびNS4B蛋白を発現させると、コントロールと比較してルシフェラーゼ蛋白発現は30%から40%まで抑制された。一方、他のHCV蛋白を発現させた際には、レポーター発現に明らかな影響は見られなかった。また、このNS4AおよびNS4B蛋白によるレポーター蛋白発現抑制は、用量依存性に認められた。さらに、NS4A、NS4B蛋白は、細胞の種類、プロモーターの種類、レポーターの種類に関係なく、レポーター蛋白発現を抑制した。

3. RNaseプロテクションアッセイにてレポーターのメッセンジャーRNA量を測定したところ、ルシフェラーゼのメッセンジャーRNA量は、NS4A、NS4B蛋白を発現させても、大きな差は見られなかった。この結果から、NS4A、NS4B蛋白は、遺伝子の転写を阻害するのではなく、翻訳の過程を阻害するという可能性が示された。

4. NS4A、NS4B蛋白のHCV IRESからの翻訳に与える影響について、バイシストロニックレポーターを用いて調べたところ、NS4A、NS4B蛋白発現により、シーパンジールシフェラーゼ活性も、ホタルルシフェラーゼ活性も両方減少し、NS4A、NS4B蛋白は、キャップ依存性翻訳と、HCV IRESからのキャップ非依存性翻訳のいずれも抑制することが示された。

5. これまで他のウイルスが影響を与えることが知られている翻訳因子に、HCVNS4A、NS4B蛋白が同様に影響を与えるのかを検討した。すなわち、NS4A、NS4B蛋白を発現させ、濃縮回収したHeLa細胞において、eukaryotic initiation factor 4G(eIF4G)、poly (A) binding protein (PABP)、eIF4E-binding protein 1(4E-BP1)、eIF4Eの状態を、イムノブロッ卜にて解析した。しかし結果としては、NS4A、NS4B蛋白は、それらの翻訳因子には特に影響を与えなかった。

6. ドキシサイクリン制御下にNS4A蛋白の発現を誘導できる細胞株(HeTON4A細胞)を樹立し、この細胞株においてもNS4A蛋白が蛋白発現を抑制するかを調べた。NS4A蛋白を発現していない状態のHeTON4A細胞に、レポータープラスミドをトランスフェクションし、その後、NS4A蛋白を発現させる群と、NS4A蛋白を発現させない群にわけ、それぞれの群でルシフェラーゼアッセイを行い両群間でその活性を比較した。すると、NS4Aを発現させた群で、発現させなかった群に比べtransientに発現させた時よりは程度が低いものの、蛋白発現抑制効果を認めた。この結果から、NS4A蛋白の蛋白発現抑制効果は、transient transfectionによる大量発現の系ばかりでなく、少量でもNS4A蛋白が発現してくる際に認められることが確認された。

7. HeTON4A細胞を用いて、NS4A蛋白の細胞増殖に与える影響を調べた。NS4A蛋白が発現している細胞では、NS4A蛋白が発現していない細胞に比べて、その増殖速度が有意に減少した。しかし、NS4A蛋白が発現しているときに細胞死がみられるというようなことはなかった。この結果から、NS4A蛋白の発現は、おそらくその蛋白発現抑制効果によって、細胞増殖に不都合であるが、致死的ではない影響を与えるものと考えられた。 以上、本論文はHCVNS4A、NS4B蛋白の新たな働きを発見し、HCV感染の臨床にも新たな視点を与えるものと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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