学位論文要旨



No 116373
著者(漢字) 五藤,忠
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,タダシ
標題(和) デルタ肝炎ウイルス蛋白が活性化する細胞内シグナル伝達
標題(洋)
報告番号 116373
報告番号 甲16373
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1768号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

[研究の背景および目的]

 デルタ肝炎ウイルス(HDV)は、B型肝炎ウイルス(HBV)と共存することによってのみ感染可能な肝炎起因ウイルスで、デルタ抗原はこのウイルスにコードされた唯一の蛋白である。デルタ抗原には二種のアイソフォーム、ラージ抗原とスモール抗原が存在、それぞれ214、195アミノ酸残基から成り、アミノ末端からの195アミノ酸が共通である。

 スモール抗原がHBV発現を抑制するにもかかわらず、臨床的にHDV感染はHBV単独感染と比べ、HBVとの同時感染にて劇症化を、またHBVキャリアへの重感染にて重症化を生じ易い。同じくスモール抗原には殺細胞能力があるといわれているが、なぜHDV感染が劇症化、重症化し易いかは分かっていない。一方でHDV感染はHBV単独感染よりも肝癌の発症年齢が若い、またB型肝硬変症例で肝癌発症の高危険因子であるとの報告がある。しかし、HDV慢性感染における肝発癌の分子生物学的機構も解明されていない。

 そこで、HDVが発現するただ2つの蛋白、ラージ抗原とスモール抗原に着目、HDV感染細胞内の現象を解明するため、これら蛋白が5つの細胞内シグナル伝達経路に与える影響を検討した。調べた経路は、Serum Response Factor(SRF)、Serum Response Element(SRE)、Activator Protein-1(AP-1)、Nuclear Factor-kB(NF-kB)、そしてcyclic AMP Response Element (CRE) dependentなpathwayで、いずれも細胞増殖、アポトーシスに関わる。

[方法]

 HDV完全長cDNAを含むpSVLD3を鋳型とし、ラージ抗原、スモール抗原コード領域をPCR法にて増幅、βアクチンプロモーターとCMVエンハンサーを持つプラスミドpCXN2にサブクローニングした(pCXN2-DL、pCXN2-DS)。同様にFLAGエピトープタグとラージ抗原の融合蛋白発現プラスミドを構築した。また、GAL4-DNA結合ドメイン(GAL4-DBD)とラージ抗原、EIk1、SRFの融合蛋白発現ベクターを使用した。

 5つの細胞内シグナル伝達経路(SRF,SRE,AP-1,NF-kB,CRE)活性化の検出のため、レポータープラスミドを用いた。プラスミドは、それぞれの経路特異的な転写因子の結合する配列をホタルルシフェラーゼ遺伝子の上流に複数持つ。各合成レポーターに加え、SRF結合配列(CArG box)、SRE(Etsモチーフ + CArG box)をナチュラルにもつ、ラット平滑筋特異的遺伝子SM22αプロモーター、ヒトc-fos遺伝子プロモーターをルシフェラーゼ遺伝子上流に導入したプラスミドを使用、さらにそれぞれのCArG boxに変異を導入、SRF結合不能なプラスミドも構築した。転写因子EIk1、SRFの活性化測定のレポーターとして、ルシフェラーゼ遺伝子上流にGAL4-UASをもつpFR-Lucを用いた。

 HeLa、HuH-7、HepG2細胞に各レポーターと、デルタ抗原発現プラスミドまたは親ベクターをトランスフェクション、ルシフェラーゼアッセイを行った。また、pFR-Luc、GAL4-DBDとEIk1またはSRFの融合蛋白発現プラスミド、そしてデルタ抗原発現プラスミドまたは親ベクターをトランスフェクション、転写因子の活性化能を検討した。デルタ抗原の有無での相対活性をもとめ、t-testにて検定、0.05以下のp値をもって有意差有りと判定した。

 SRFのCArG boxへの結合能を検討するため、ゲルシフトアッセイを行った。一過性のトランスフェクションでは10〜20%の細胞にしかプラスミドは導入されないため、プラスミド導入細胞の濃縮目的に、MACSelect systemを用いた。

 デルタ抗原の発現、EIk1、リン酸化EIk1は、ウェスタンブロットにて検出した。

 生体内でHDVはHBVと共存するため、SRE経路活性化に関し、7種のHBV発現蛋白とラージ抗原との相互作用をレポーターアッセイで検討した。

[結果]

 pCXN2-DL、pCXN2-DSをトランスフェクションした細胞抽出液を用いたウェスタンブロット法にて両デルタ抗原の発現を確認した。

 合成配列を持つ5種のレポータープラスミドとデルタ抗原発現プラスミドをHeLa細胞にトランスフェクション、ルシフェラーゼアッセイを行ったところ、ラージ抗原はSRF依存性pathwayを4.0±1.2倍(meen±SD)に、SRE依存性pathwayを2.5±1.0倍に活性化した。残りの3つのpathwayは活性化しなかった。一方、スモール抗原は5つのpathwayいずれも活性化しなかった。SRF依存性pathway活性化は、ラージ抗原の容量依存的に増強、また、この活性化はHuH-7細胞、HepG2細胞でも同様に認められた。スモール抗原は、このラージ抗原によるSRF依存性pathwayの活性化には全く影響を与えなかった。

 次にラージ抗原のSRF依存性pathway活性化機構を検討した。デルタ抗原は核蛋白であるため、それ自体の転写活性化能を検討したが、ラージ抗原に転写活性化能は認めなかった。そこでSRFの転写活性化能に対する影響を調べたところ、ラージ抗原は、SRFの転写活性化能を2.5倍に増強した。しかし、EMSAにおいて、DNA-SRF complexのバンドの増強は認めなかった。次にナチュラルにCArG boxを2つ持つラットSM22αプロモーターに対する影響を検討、ラージ抗原は3.3±0.5倍にSM22αプロモーターからの転写を活性化した。2つのCArG box共に変異を導入したところ、ラージ抗原の効果は1.8倍に減少した。

 ラージ抗原はSRE依存性pathwayも活性化する。SREは、CArG boxとその上流に位置するEIk1の結合配列であるEtsモチーフから構成されているので、EIk1に対する作用を調べた。レポーターアッセイでEIk1の転写活性化能を、ウェスタンブロットにてEIk1のリン酸化を検討したが、ラージ抗原はいずれにも影響を与えなかった。そこで実際にSREを持つヒト c-fosプロモーターに対する影響を検討した。ラージ抗原はwild type c-fosプロモーターを1.8±0.3倍に活性化したが、CArG boxに変異をいれると、この効果はほぼ消失した。ラージ抗原はEIk1を活性化せず、ラージ抗原によるc-fosプロモーターの転写活性化は、SRF依存性であることが示された。

 HDVはHBVと共存するため、最後にHBV発現蛋白とラージ抗原との相互作用を検討したところ、SRE pathway活性化において、HBx蛋白とラージ抗原の相乗作用が認められた。

[考察]

 細胞内シグナル伝達とウイルス蛋白に関しては今までに多くの研究があるが、その中でSRFをターゲットとした報告も散見される。例えば、成人T細胞白血病ウイルスのTax蛋白はSRFに直接結合して転写を活性化し、ポリオーマウイルスのMiddle T antigenは細胞質においてRac蛋白を活性化することによりSRFを活性化する。ラージデルタ抗原は核内蛋白であるが、免疫沈降法にてSRFとの結合は認められなかった。また、プロテインキナーゼA(PKA)がSRFの核移行に必要との報告があり、実際これはEMSAにてSRF-CArG box complexのバンドを増強したが、ラージ抗原にはこの作用がなかった。また、PKAはCRE依存性pathwayを活性化するが、ラージ抗原がCRE依存性pathwayを活性化しないことと合わせると、ラージ抗原によるSRF依存性pathwayの活性化は、PKA非依存性と考えられる。以上の結果から、ラージ抗原は、未知のメカニズムでSRF依存性pathwayを活性化しているものと考えられた。

 どのようにラージ抗原がSRF依存性pathwayを活性化するかは、はっきりしない。しかし、核内蛋白ラージ抗原には転写活性化能がないこと、デルタ肝炎ウイルスは自身の複製のために、RNAポリメラーゼIIといった宿主の蛋白を必要とするが、ラージ抗原はこの複製を抑制すること、からラージ抗原がある転写因子やRNAポリメラーゼII関連蛋白と結合、これによりウイルス複製抑制、一方でSRFを活性化すると思われる。

 ラージ抗原はラットSM22αプロモーターをCArG box依存性に活性化した。CArG boxは多くの筋特異的遺伝子のプロモーター領域に共通して同定される配列である。SM22α以外にも、α-SMA(α-smooth muscle actin)や骨格筋アクチンのプロモーターに存在するが、ラージ抗原はこれらの筋特異的遺伝子の転写を促進するかもしれない。α-SMAは活性化された肝stellate細胞で発現しており、肝線維化に深く関わっている。ゆえに、ラージ抗原がSRFを介してα-SMAの転写を促進、肝stellate細胞の活性化に関与、肝線維化を引き起こしている可能性が考えられる。また、ラージ抗原はSRFを介してc-fosプロモーターからの転写を活性化した。さらにHBxと協調的にSREを活性化することが分かった。多くの実験で、c-fosが各種増殖因子の細胞応答に重要な役割を演じ、その逸脱した発現が、癌化を引き起こすといわれている。デルタ肝炎担癌患者はB型肝炎単独担癌患者に比べて若く、また、HDV感染はB型肝硬変症例で、肝細胞癌発症の高危険因子であることが報告されており、ラージ抗原がc-Fos発現を引き起こし、それによって、細胞増殖、ひいては癌化を促進している可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はデルタ肝炎ウイルス(HDV)の産生するたった2種の蛋白が、5つの細胞内シグナル伝達経路に与える影響と、その機序について解析を行ったものである。また、デルタ肝炎ウイルスはB型肝炎ウイルスの存在下でのみ感染可能なウイルスであるため、B型肝炎ウイルスの発現するHBx蛋白との協調作用についても検討しており、下記の結果を得ている。

1. 一過性にスモール、ラージデルタ抗原をHeLa細胞内に発現させる系を用い、合成したプロモーター配列を持つレポータープラスミドを使用したルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、ラージ抗原のみがSRF、SRE、AP-1、NF-kB、そしてCRE依存性pathwayのうち、SRF関連pathwayを活性化した。培養肝癌細胞においても同様の結果が得られた。

2. ラージ抗原は、ゲルシフトアッセイにてSRFのCArG boxへのDNA結合能を変えなかった。しかし、酵母のGAL4-UASを用いて細胞内でのアーチファクトを除いたレポーターアッセイで、ラージ抗原にはSRFの転写活性化能増強作用があることが示された。

3.ラージ抗原はSM22αからの転写をSRF依存性に活性化した。また、c-fosプロモーターからの転写を、EIk1によらず、同じくSRF依存性に活性化した。

4. ラージ抗原はB型肝炎ウイルスの発現蛋白のなかでHBx蛋白との組み合わせで、SRE依存性pathwayを協調的に活性化した。

5. 上記の作用はスモール抗原には認められず、またスモール抗原の存在は、ラージ抗原の作用に影響しなかった。

 以上、本論文はデルタ肝炎ウイルス蛋白が、細胞内シグナル伝達経路に与える影響について検討し、ラージデルタ抗原がSRF関連pathwayを活性化し、HBx蛋白とも関連して細胞増殖に関わる可能性を示唆できたこと、また、2つのデルタ抗原の機能上の差異が新たに明らかになった点で、学位の授与に値すると考えられる。尚、審査会時点から、論文の内容中、以下の点が改訂された。

1. 結論から、「ラージ抗原はc-fos転写促進により癌化に、また、stellate細胞による線維化に影響している可能性が示唆された。」との記載を削除し、考察のみにとどめた。

2. すべての実験について実験回数(n=)を記載した。

3. ラージデルタ抗原とHBx蛋白のSRE dependent pathwayにおける相互作用の結果を追加した。それに伴い、研究の背景および目的(pp.6)、方法(pp.9 B 型肝炎ウイルス蛋白発現プラスミドの構築、pp.13 培養細胞へのトランスフェクション)、結果(pp.29-30ラージ抗原とHBx蛋白の相互作用,図12)、考察(pp.35)、結論(pp.37)の一部を変更、追加した。

4. 図2(pp.6)にSRF pathwayを追加した。

5. 誤字修正を行った。

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