No | 116374 | |
著者(漢字) | 堤,武也 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツツミ,タケヤ | |
標題(和) | C型肝炎ウイルスコア蛋白質による宿主遺伝子発現の変化および発現調節機構に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116374 | |
報告番号 | 甲16374 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1769号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | C型肝炎ウイルス(HCV)は、輸血後非A非B型肝炎の主要な原因であり、HCVの持続感染は高率に肝細胞癌(HCC)をもたらすが、HCVによる肝発癌の機序は未だはっきりとは解明されていない。私が所属する研究室は以前に、HCVのコア蛋白を肝臓に恒常的に発現するトランスジェニックマウスを作製し、肝臓のsteatosisやHCCが発生したことを報告した。このことからコア蛋白がHCVによる肝発癌において重要な役割を果たしていることが示唆される。HCVによる肝発癌の機序を解明する戦略として、in vivioにおいてコア蛋白の発現により肝臓内のどのような遺伝子の発現が変化しているかを、このトランスジェニックマウスの肝臓を材料としてサブトラクション法により検討したところ、脂質代謝に関与する遺伝子、細胞増殖・分化に関与する遺伝子などが得られた。その中には脂質代謝に関与するものとしてcatalaseやstearoyl-CoA desaturaseが、細胞増殖・分化に関与するものとしてretinol binding proteinが含まれていた。これらの遺伝子の発現は、核内転写因子であるperoxisome proliferator activated receptor-α(PPARα)、retinoid X receptor-α(RXRα)によりそれぞれ転写調節されることが知られている。RXRαは核内ホルモン受容体ファミリーの一員であり、ホモ二量体を形成してレチノイドによる細胞増殖や分化のシグナル伝達に関与するだけでなく、他のいくつかの核内ホルモン受容体とヘテロ二量体を形成し、様々な遺伝子の転写を調節することが知られており、その中でPPARαと二量体を形成することにより、主として脂質の輸送や代謝に関与する遺伝子の発現に関与している。そこで今回の研究では、核内受容体の中心的役割を果たしているRXRαとHCVコア蛋白との相互作用について検討を行った。 まずin vitroの系を用いて、コア蛋白とRXRαが結合するか否かを検討した。その結果、GST pull-down assayにより、HCVコア蛋白とRXRαがin vitroにおいて直接的に相互作用することが示された。さらにRXRαの欠失変異体を用いた解析では、コア蛋白はRXRαの中のDNA結合領域と相互作用することが示された。RXRαのDNA結合領域には二つのジンクフィンガー構造があるが、それらの一方もしくは両方の構造をアミノ酸置換により破壊した変異体においても、DNAとの結合はできなかったがコア蛋白との結合は保たれていたことから、RXRαのジンクフィンガー構造はコア蛋白との相互作用には必要ではないことが示唆された。さらに培養細胞内におけるコア蛋白とRXRαとの相互作用を免疫沈降法にて検討したところ、リン酸化阻害剤の共存下でコア蛋白とRXRαとの共沈が認められたことから、コア蛋白とRXRαが細胞内においても相互作用することがわかり、そしてこの相互作用は主として核内で生じていることが考えられた。これらの結果から、コア蛋白とRXRαが、in vitro及びin vivoにおいて相互作用することが示唆された。 次にこの相互作用がRXRαのDNA結合活性や転写活性にどのような影響を与えるかを検討した。大腸菌内で発現させたRXRαと、組換えバキュロウイルスに感染させた昆虫細胞内で発現させたコア蛋白をそれぞれ部分精製し、32PでラベルしたRXRα結合塩基配列を含むオリゴヌクレオチドとRXRαとの結合を、コア蛋白存在下及び非存在下でゲルシフトアッセイにより検討した。その結果、コア蛋白の存在下では、RXRαとDNAとの複合体に相当するバンドの強度がコア蛋白の量依存的に増強しており、コア蛋白によるRXRαのDNA結合活性の増強が示唆された。また、実際に培養細胞内におけるコア蛋白の共発現によるRXRαの転写活性の変化を、レポーターアッセイにより検討した。その結果、コア蛋白を発現している細胞では、そうでない細胞に比して、RXRαの転写活性が2倍程度に増強していた。この増強効果は、RXRαのリガンドである9-cis−レチノイン酸の存在下、及び非存在下のいずれにおいても認められた。そしてこの増強効果は、HCVのコア蛋白、エンベロープ蛋白を共発現する細胞においても認められたが、エンベロープ蛋白のみを発現する細胞では認められなかった。さらに、RXRαとヘテロ二量体を形成するPPARαの、コア蛋白による転写活性の変化も同様に検討したところ、PPARα-RXRαヘテロ二量体の転写活性もコア蛋白を発現している細胞で3倍程度に増加していた。これらの結果より、HCVコア蛋白がRXRαと相互作用することにより、RXRαのDNA結合活性、またRXRαのホモ及びヘテロ二量体の転写活性を増強することが示唆された。コア蛋白によるRXRαのDNA結合活性や転写活性の増強の機序はまだ解明できていないが、コア蛋白によるRXRαの転写活性の変化が、細胞内における宿主遺伝子の発現を変化させ、脂質代謝異常や細胞増殖・分化の異常をきたし、steatosisやcarcinogenesisといった、HCVコアトランスジェニックマウスや実際のHCV慢性感染患者に認められる病態をもたらしている可能性が考えられる。 今回の研究により、HCVコア蛋白がRXRαと相互作用しその転写活性を増強し、RXRαにより発現調節される遺伝子の発現を変化させる、という新しい知見が得られた。この知見は、HCVによるsteatosisやcarcinogenesisといった病態を解明するうえで、有用と考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究はC型肝炎ウイルス(HCV)に感染した肝臓の特徴的な病態である肝臓のsteatosisや肝細胞癌の発生の機構を明らかにするため、HCVコア遺伝子トランスジェニックマウスの肝臓における遺伝子発現の変化の解析をふまえて、脂質代謝や細胞増殖・分化の遺伝子発現に関わる転写因子であるレチノイドXレセプター(RXRα)とHCVコア蛋白との関わりを検討したものであり、下記の結果を得ている。 1. HCVコア蛋白が、RXRαとin vitro(GST pull-down assay)において結合し、そしてその結合領域は、RXRαのDNA結合領域であることが示された。RXRαのDNA結合領域には、DNAとの結合に重要と考えられている二つのzinc finger構造が存在するが、この構造をとらないような変異体の解析より、この構造はいずれもDNAとの結合には不可欠であるが、コア蛋白との結合には必要ではないことが示された。 2. HCVコア蛋白とRXRαがin vivo(細胞内)においても相互作用することが、免疫沈降法によりコア蛋白とRXRαが共沈することにより示された。この共沈は、これらの蛋白を発現する細胞をリン酸化阻害剤存在下で培養したときに明確に検出され、またRXRαのC末側を認識する抗体でのみ検出された。またこれらの蛋白の相互作用は主として核内であった。 3. RXRαおよびコア蛋白をそれぞれ大腸菌、組換えバキュロウイルスの系により発現、部分精製し、コア蛋白がRXRαのDNA結合活性に与える影響をelectrophoretic mobillity shift assayにより検討したところ、コア蛋白の存在下で量依存的にRXRαのDNA結合活性が増加することが示された。 4. RXRαのhomodimerにより転写調節される遺伝子であるcenular retinol binding protein II(CRBPII)のプロモーター領域の下流にluciferase遺伝子を組み込んだプラスミドを、コア蛋白をtransientに発現する細胞とそうでない細胞にtransfectionしluciferase活性を測定したところ、コア蛋白を発現する細胞で2倍程度の活性の増加が認められた。この活性の増加はRXRαの活性化リガンドである9-cis retinoic acidの存在および非存在下いずれにおいても認められた。PPARα一RXRα heterodimerにより転写調節されるacyl-CoA oxidase遺伝子のプロモーターについても同様に検討を行ったところ、コアを発現する細胞で活性の増加が認められた。これらのことから、コア蛋白が細胞内においてRXRαhomodimerおよびPPARα-RXRα heterodimerの転写活性を増強することが示唆された。 5. HCVコアトランスジェニックマウスの肝臓内におけるCRBPII遺伝子の発現をRT-PCRにより検討したところ、ノントランスジェニックマウスに比してトランスジェニックマウスの肝臓においてこの遺伝子の発現の増加が認められた。したがって、in vivoにおいてもコア蛋白がRXRαの転写活性を増強している可能性が考えられた。 以上、本論文はHCVコア遺伝子トランスジェニックマウスの肝臓内における遺伝子発現の変化の解析をふまえ、コア蛋白がRXRαと相互作用し、そのDNA結合活性や転写活性を増強することを示した。HCVコア蛋白と宿主蛋白との相互作用についてはこれまでにいくつかの報告がなされているが、本研究で示されたコア蛋白とRXRαとの相互作用ならびにその影響については新しい知見であり、HCV感染における肝臓のsteatosisおよび肝細胞癌の発生の機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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