学位論文要旨



No 116378
著者(漢字) 和田,健彦
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,タケヒコ
標題(和) ヒトメサンギウム細胞よりの新規プロテインホスファターゼサブユニットのクローニング及び解析
標題(洋) Cloning and characterization of a novel subunit of protein serine/treonine phosphatase from human mesangial cells
報告番号 116378
報告番号 甲16378
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1773号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 米山,彰子
内容要旨 要旨を表示する

 メサンギウム細胞は腎糸球体の構造維持の他に重要な生理学的意義を有すると考えられている。また、各種糸球体疾患における病態にも重要な役割を果たしていると考えられている。

 そこで、我々は分子生物学的にメサンギウム細胞の機能を解明する目的で、メサンギウム細胞に発現している遺伝子に対するスクリーニングを行い、この結果と遺伝子データベースを参照することで6種の新規遺伝子を発見した。このうちの1つが以前に我々が報告したMegsinである。Megsinはその構造の特徴からserine protease inhibitor superfamilyに属する蛋白をコードしていると考えられ、IgA腎症において発現が亢進していることが示されている。具体的な機能や糸球体疾患に対する関与については現在検討中である。

今回、我々はもう1つの新規メサンギウム細胞発現遺伝子であるPP4Rmegについてクローニングと機能や局在に関する検討を行ったのでここに報告する。

1. 3'-directed cDNA libralyの構築・rapid large-scale sequence法を用いたメサンギウム細胞発現

遺伝子の解析

 腎細胞癌患者から摘出された腎臓の正常組織から得た培養メサンギウム細胞からmRNAを抽出し、libraryの構築に使用した。pUC19由来のvectorprimerを使用してcDNAを合成し、制限酵素MboIによって切断して3'側から平均約300bpのクローンを作成した。このようにして得られたll93クローンの塩基配列をDNA autosequencerにより決定し、データベースを参照することにより遺伝子を同定しその発現頻度を集計した。この中で、データベースに登録されていない新規遺伝子が6種発見された。

2. ヒトPP4Rmegのクローニング

 培養ヒトメサンギウム細胞由来のmRNAより5'RACE法により5'方向に伸長し、得た全長cDNAをpCRIIベクターにてクローニングした。この結果、得た遺伝子は全長3901bp,コード領域2850 bpで950アミノ酸からなる蛋白をコードすると考えられた。5'側と3'側に計13個の繰り返し配列が見出された。

この塩基配列は遺伝子データベース上、最近報告されたprotein serine/threonine phosphatase4(PP4)の制御配列と非常にhomologyが高いことが判明した。アミノ酸配列上、開始メチオニンから18番目のアミノ酸であるserineがPP4Rmegでは計18個のアミノ酸に置換されている以外は完全に一致していた。

3. ラットPP4Rmegのアミノ酸配列決定

そこで哺乳動物を用いた機能解析を考慮し、PP4Rmegのラットホモログの配列決定を試みた。培養ラットメサンギウム細胞由来のtotal RNAを逆転写して得られたcDNAをtemplateとし、プライマーはヒトPP4Rmegの配列を元にしてマウスのExpression sequence tag(EST)データベースより、配列がよく保存されていると考えられる部分を推定して作成した。その結果、PP4Rmegのアミノ酸配列は86.3%保存されていることが示され、特に繰り返し配列領域はホモロジーが高いことが判明した。また、ラットにおいてもPP4Rmegはヒトと同様に18番目のアミノ酸が18個の同一のアミノ酸に置換されていた。

4 PP4RmegのPP4の触媒サブユニットに対する結合能

 上記の通り、PPrRmegはPP4R1と非常にホモロジーが高いことからPP4の制御サブユニットである可能性が高いと考えられた。これを証明するために、PP4Rmegを哺乳動物細胞に導入して発現させ、これと細胞内のPP4触媒サブユニット(PP4c)が重合するかどうかを検討した。PP4Rmeg cDNAと発現ペクターpcDNA3.1/myc-His Bを用いてコンストラクトを作製し、これをcationicliposome法にてCOS-7細胞に導入し、発現させた。Cell lysateを抗Myc抗体を用いて免疫沈降法で精製し、PP4R1,抗体ならびにPP4c抗体にてimmunoblot法を行ったところ、導入された細胞由来の蛋白中にPP4cが検出され、PP4RmegがPP4cと重合することが示された。

5.PP4Rmeg発現の局在について(ヒト培養細胞・ヒト臓器における検討)

 発現の局在を調べる目的で、各種ヒト培養細胞における発現とヒト臓器における発現をNorthen blottingにて検討した。ヒト培養細胞の検討ではメサンギウム細胞・線維芽細胞・尿細管上皮細胞・臍静脈内皮細胞・大動脈平滑筋細胞よりmRNAを調製し、各レーンに2μgずつアプライした。プローブとしては、PP4Rmeg特有の配列を認識するoligodeoxynucleotide probeによるNorthern Blottingが技術的に困難であったため、PP4R1との共通配列を認識する部分に対し、ヒトPP4Rmeg cDNAを制限酵素PvuIIにて切断して得られた625塩基対長の断片を32Pでラベルして使用した。B-actinで補正したブロッティングの強度はメサンギウム細胞において最も高かった。

また、ヒト臓器についてはClontech社から購入したメンブレンを使用した。このメンブレンには心・脳・胎盤・肺・肝・横紋筋・腎・膵由来のRNAが含まれており、前記のプローブを用いてNorthem Blottingを施行した。その結果、臓器によってシグナルの強度には差があるもののPP4制御サブユニットのubiquitousな発現が認められた。

6.発現の局在について(in situ hybridization法による検討)

 腎臓における局在をin vitroで検討する目的でin situ hybridizationを施行した。組織は腎細胞癌のため摘出された腎臓の正常部分から得られた正常ヒト腎組織の凍結切片を使用した。プローブとしてはPP4RmegとPP4R1の共通配列を認識する34塩基対長の合成オリゴヌクレオチドをジゴキシゲニンでラベルしたものを使用した。その結果、糸球体内有意に in vivoでのPP4制御サブユニットの発現が確認された。

7.メサンギウム増殖性腎炎モデルラットにおける発現の変化についての検討

 PP4の機能としては、後記のとおり細胞分裂に関与している可能性が指摘されている。-方、慢性糸球体腎炎など各種糸球体疾患の病態には細胞増殖が密接に関与していると考えられている。そこで、この腎炎のモデルラットであるThy1腎炎ラットを用いて、腎炎におけるメサンギウム細胞の増殖とPP4制御サブユニット発現量の変化をNorthem blottingにて検討した。PP4Rmegの発現はメサンギウム融解から増殖に転ずる腎炎導入後2日目・4日目で増加した。PCNA染色では今回のモデルは7日目に増殖の極期となっていたが、この時期にはPP4Rmegの発現はコントロールレベルまで低下していた。

【考察】

 我々は3'-directed cDNA libraryを構築してrapid large-scale sequencingを行うという新たな手法を用いて発現遺伝子の種類と量を検討し、新規遺伝子を発見した。今回検討したPP4Rmeg遺伝子は1999年にKloekerらによって報告されたPP4R1遺伝子との相同性からPP4の制御サブユニットをコードしていると考えられた。事実、今回の研究で、哺乳動物細胞でPP4Rmegを高発現させ、免疫沈降法で精製してアフィニティー精製抗PP4c抗体と抗PP4R1抗体でimmunoblottingを行ったところ、PP4RmegがPP4cと重合することが確認され、PP4RmegはPP4の制御サブユニットであると考えられる。

 Protein phosphataseは蛋白のserine残基やthreonine残基における脱リン酸化により様々な細胞内シグナル伝達など生体の基本的機能を担っている。PP4はその細胞内局在やショウジョウバエの変異株の解析から、細胞分裂、特に中心体と微小管の重合に重要な役割を果たしていることが示されている。PP4Rmegのアミノ酸配列はPP4R1の18番目のアミノ酸であるserineが18個のアミノ酸に置換されていた。培養メサンギウム細胞の他に腫瘍細胞のcell lineであるA431細胞においてもこの両者が発現していることが確認されている。またラットのメサンギウム細胞においても同様に18番目のPが18個のアミノ酸に置換されていることが示されている。これについては、最近公開されたゲノム情報によるとPP4Rmeg特有配列の直前にイントロンが存在しており、donor/acceptorに相当する部分の配列がconsensus sequenceに一致していることからPP4RmegtとPP4R1は互いにスプライシング変異体の関係にある可能性が高いと考えられる。

 PP4の機能に関しては他のprotein phosphataseと同様、生命の基本的機能に関与していると考えられる。PP4触媒サブユニットがヒトおよびショウジョウバエの細胞で中心体に局在していることや、PP4c変異ショウジョウバエでは微小管重合に異常が認められることが報告されており、細胞分裂における微小管の重合に重要な役割を果たしていると想定されている。体内の発現・局在に関しては、これまで報告されているホロ酵素の局在と同様、PP4制御サブユニットもubiquitousに発現していることが、ヒト臓器のNorthem blottingにより示唆され、このこともPP4が生命の基本的機能に関与していることを示している。

 また、アミノ酸レベルでヒトとラットの間で86.3%のhomologyがあり、特に5'側と3'側の計13の繰り返し配列はよく保存されており、この部分がPP4の活性調節に重要な意味を持つのではないかと想定される。また、培養細胞由来mRNAにおけるNorthern blottingではin vitroでメサンギウム細胞におけるPP4制御サブユニットの発現量が多いことが示された。PP4rmegのメサンギウム細胞における機能については現在検討中である。

 メサンギウム増殖性腎炎の代表的動物モデルであるThy-1腎炎ラットをもちいたPP4Rmegの発現解析では、メサンギウム増殖前期に発現の増加が認められた。他のprotein phosphataseの括性調節が主に翻訳時もしくは翻訳後に行われることを考慮すると、増殖の前段階で細胞分裂に備えて発現が亢進している可能性が示唆された。

 以上のようにPP4の新規サブユニットと考えられるPP4Rmegのクローニングと解析を行った。その詳細な機能や、特有の18アミノ酸の意義などについては今後の検討を要する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腎メサンギウム細胞発現遺伝子のスクリーニングによって発見された新規遺伝子をクローニングし、コードする蛋白の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. 培養ヒトメサンギウム細胞由来のmRNAより3'-directed cDNA libraryを構築し、rapid large-scale DNA sequence法で得られたデータを遺伝子データベースと比較することにより、新規遺伝子を発見した。これを5'RACE法により遺伝子全長の配列を決定したところ、全長3901bp,950アミノ酸からなる蛋白をコードすると考えられた。また、プロテインホスファターゼ4(PP4)の制御サブユニットPP4R1と非常に高い相同性を有することから、この遺伝子もPP4の制御サブ4ニットをコードしているものと考えられ、PP4Rmegと命名した。

2. ラット培養メサンギウム細胞由来のcDNAを用いてラットホモログの配列も決定し、ヒトとラットの間で86.3%と高度に保存されていることがわかった(アミノ酸レベル)。特に5'側・3'側の特徴的な繰り返し配列部分では高い保存性が見いだされた。

3. この遺伝子を発現ベクターを用いて哺乳動物細胞中で発現させ、この蛋白について免疫沈降法を用いて蛋白結合解析を行ったところ、PP4の触媒サブユニットと結合することが確認され、実際にPP4制御サブユニットとして機能することが示された。

4. ヒト臓器由来mRNAとヒト培養細胞由来のmRNAについてNorthem blottingを用いてPP4制御サブユニットの発現解析を行ったところ、解析した全ての臓器についてubiquitousな発現を認めたが、培養細胞系ではメサンギウム細胞において多量の発現を認めた。

5. ヒト正常腎組織におけるPP4制御サブユニットのin vivoでの発現をin situ hybridization を用いて解析したところ、糸球体内優位な発現パターンが確認された。

6. メサンギウム増殖性腎炎モデルであるThy1腎炎ラットの糸球体におけるPP4制御サブユニットの発現量の変化をNorthern blottingにより解析したところ、メサンギウム細胞の増殖期に先駆けて発現の増加を認めた以前のPP4の機能に関する報告を考慮すると、PP4制御サブユニットの発現増加はメサンギウム細胞の分裂・増殖に関与している可能性が示唆された。

以上、本論文はメサンギウム細胞発現遺伝子群から新規遺伝子をクローニングし、これがコードする蛋白がPP4制御サブユニットとして機能することを確認し、その局在とメサンギウム細胞増殖前期における発現増加を明らかにした。

本研究は、まだ解明されていないPP4の活性調節機構に関与する新規遺伝子を明らかにし、また慢性糸球体腎炎の中でも主要な位置を占めるメサンギウム増殖性腎炎におけるメサンギウム細胞増殖のメカニズム解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク