学位論文要旨



No 116379
著者(漢字) 千勝,典子
著者(英字)
著者(カナ) チカツ,ノリコ
標題(和) 「カルシウム感知受容体異常とカルシウム代謝異常症」
標題(洋)
報告番号 116379
報告番号 甲16379
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1774号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 三村,芳和
 東京大学 講師 谷口,茂夫
内容要旨 要旨を表示する

 Ca感知受容体(calcium-sensing receptor:CaSR)は、副甲状腺における細胞外Ca2+の感知に必須の分子として同定され、その機能異常により種々のCa代謝異常がもたらされることが明らかにされてきた。本研究では、各種Ca代謝異常症の発症におけるCaSR異常の役割を解明する目的で、以下の4つのテーマにつき検討を行った。

1. CaSR不活性型変異により惹起される病態

 新生児重度副甲状腺機能亢進症(neonatal severe hyperparathyroidism:NSHPT)は、出生直後から重症の高Ca血症を呈し、一般的には新生児期に副甲状腺摘除を行わないと致死的であるとされている。初期の検討では、CaSRの不活性型変異のヘテロ接合体が家族性低Ca尿性高Ca血症(familial hypocalciuric hypercalcemia:FHH)を、ホモ接合体がNSHPTの病態を呈すると考えられてきた。しかし我々は、CaSRの新規不活性型変異Q27Rをホモで有しながらも、成人まで無治療で生存し得た副甲状腺機能亢進症の症例を経験した。そこでin vitro mutagenesisにより変異CaSRcDNAを作成し、それをヒト胎児腎(HEK)293細胞に導入することにより変異受容体の機能を解析した。細胞外Ca2+濃度上昇に対する細胞内Ca2+濃度変化のEC50は、野性型CaSRでは約4mMなのに対し、既報の不活性型変異受容体のEC50はこれより高く5.5-50mM以上の広い範囲の値をとることが報告されている。本研究から本症例の変異Q27RではEC50が4.9mM、これまでに一例のみ報告されている成人まで無治療で生存できたホモ接合体の変異P39AではEC50が4.4mMであり、EC50は野生型に対して有意に上昇しているものの、既報の不活性型変異の中では最も軽度な上昇にとどまっていることが明らかになった。以上のことから、CaSR不活性型変異ホモ接合体では、変異受容体機能がCa2+感知機能を決定し、変異受容体のECsoの上昇がわずかで機能障害が軽度な特殊な場合には、不活性型変異のホモ接合体であっても無治療で成人まで生存しうると考えられた。

 またFHHの自験例の検討からCaSRの新規のヘテロ変異R220Wと既報のヘテロ変異P55Lを同定し、機能解析によりこれらの変異が不活性型変異であることを明らかにした。これまでの不活性型変異受容体の機能解析の報告とも併せ、CaSR不活性型ヘテロ接合体によりもたらされるFHHでは野生型受容体の発現量の低下によりCa代謝異常が惹起される可能性が高いと考えられた。

 一方、我々は臨床的にはFHHと考えられるものの、CaSR遺伝子に変異を持たない症例を経験した。そこでCaSR遺伝子に変異の証明できたFHH症例と原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism:HPTの臨床像を検討し、一定のCa摂取下での24時間蓄尿を用いた尿中Ca排泄の評価と血清1,25(OH)2D濃度により、FHHとHPTの鑑別が可能であることを示した。本症例はこの基準によってもFHHと同一の病態であることが確認され、CaSR遺伝子以外にもCaSR遺伝子不活性型変異によるFHHと同様の病態を惹起しうる原因遺伝子が存在することが明らかになった。従ってCaSRの変異が否定されても、それだけではFHHは除外できない。FHHに対する副甲状腺手術は無効であることから、特に家族性の高Ca血症の診断にあたっては、24時間蓄尿での尿中Ca排泄、血清1,25(OH)2D濃度や副甲状腺画像診断など臨床像の慎重な検討が必要である。

2. CaSRの活性型変異による常染色体優性低Ca血症

 CaSRの活性型変異では、常染色体優性低Ca血症(autosomal dominanthypocalcemia:ADH)が惹起されることが明らかになっている。しかし、本症は現在までに世界で十数例と報告が少なく、その病態は十分解析されていない。我々は家族性低Ca血症の家系においてCaSRの新規変異K47Nを同定し、変異受容体の機能を解析した。その結果、本変異のEC50は2.2mMと野生型受容体のEC503.7mMに対して有意に低下しており、本変異が活性型変異で本家系のCa代謝異常の原因であることを明らかにした。したがって、副甲状腺機能低下症のうち、少なくとも家族例においては、ADHを念頭にCaSR変異の解析が必要と考えられる。

3. CaSRの自己抗体と特発性副甲状腺機能低下症

 1996年、自己免疫疾患を伴う特発性副甲状腺機能低下症の患者の血中に、CaSRの細胞外領域に対する自己抗体が存在すると報告され、長らく不明であった本症の病因がついに特定されたかと注目された。そこで我々は特発性副甲状腺機能低下症の自験例8例において血清中のCaSR抗体の有無を検討したが、CaSRに対する自己抗体は証明されなかった。今後さらに症例数の蓄積は必要であるが、本症におけるCaSR自己抗体の報告は一報のみで追試が全くなく、自己抗体の頻度や機能も不明である。従って現状では、この抗体が本症の病因であると結論するのは困難ではないかと考えられる。

4. CaSR発現調節機序と副甲状腺腺腫におけるCaSR発現低下

 HPTの腺腫組織においてCaSRの発現量の低下が報告されている。しかしCaSRの発現調節機序や副甲状腺腺腫におけるCaSRの発現低下の機序は解明されていない。そこで我々はゲノミッククローニングによりヒトCaSR遺伝子の二つのプロモーターを同定し、その特徴を明らかにした。さらに、正常副甲状腺および副甲状腺腺腫においてこの二つのプロモーターから複数のmRNAが産生され、副甲状腺腺腫においては上流のプロモーターから産生される転写物の発現が特異的に低下していることを明らかにした。今後、この上流のプロモーター活性を修飾する因子の解析を通して、副甲状腺腺腫におけるCaSR発現の低下をもたらす機序を明らかにすることが、本症の病因解明に結びつくものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、各種Ca代謝異常症の発症において、副甲状腺における細胞外Ca2+濃度の感知に必須であるCa感知受容体(calcium-sensing receptor:CaSR)の異常の役割を解明することを試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. CaSR不活性型変異のホモ接合体は、一般的には新生児重度副甲状腺機能亢進症を惹起し、新生児期に副甲状腺摘除を行わないと致死的であるとされている。しかし、CaSRの新規不活性型異変Q27Rのホモ接合体でありながら、成人まで無治療で生存し得た副甲状腺機能亢進症の症例を経験したことから、in vitro mutagenesisにより変異CaSR発現ベクターを作成し、それをヒト胎児腎細胞に導入して受容体機能を解析した。その結果、細胞外Ca2+濃度上昇に対する細胞内Ca2+濃度変化のEC50は本症例の変異Q27Rでは4.9mM、これまでに一例のみ報告されている成人まで無治療で生存できたホモ接合体の変異P39AではEC50が4.4mMであり、EC50は、野生型受容体3.7mMに対して有意に上昇しているものの、既報の不活性型変異の中では最も軽度な上昇にとどまっていることが明らかになった。したがって、CaSR不活性型変異ホモ接合体では、変異受容体機能がCa2+感知機能を決定し、変異受容体のEC50の上昇がわずかで機能障害が軽度な特殊な場合には、不活性型変異のホモ接合体であっても無治療で成人まで生存しうることが示された。

 またFHHの自験例の検討からCaSRの新規のヘテロ変異R220Wと既報のヘテロ変異P55Lを同定し、機能解析によりこれらの変異が不活性型変異であることを明らかにし、CaSR不活性型ヘテロ接合体によりもたらされるFHHでは野生型受容体の発現量の低下によりCa代謝異常が惹起される可能性が高いことを示した。

 一方、CaSR遺伝子に変異の証明できたFHH症例と原発性副甲状腺機能亢進症の臨床像を検討し、一定のCa摂取下での24時間蓄尿を用いた尿中Ca排泄の評価と血清1,25(OH)2D濃度により、FHHとHPTの鑑別が可能であることを示した。さらに、この方法を用いて自験例の臨床像を詳細に検討し、CaSR遺伝子以外にもCaSR遺伝子不活性型変異によるFHHと同様の病態を惹起しうる原因遺伝子が存在することを明らかにした。

2. 家族性低Ca血症の家系においてCaSRの新規変異K47Nを同定し、機能解析により、本変異のEC50は2.2mMと野生型受容体のEC503.7mMに対して有意に低下しており、本変異が活性型変異で本家系のCa代謝異常の原因であることを明らかにした。

3. 特発性副甲状腺機能低下症の自験例において血清中のCaSR抗体の有無をWestern blotにより検討したが、CaSRに対する自己抗体は全く認められなかった。本症におけるCaSR自己抗体の報告は一報のみで追試がなく、自己抗体の頻度や機能も不明である。従って現状では、この抗体が本症の病因であると結論するのは困難であると考えられた。

4. ゲノミッククローニングにより、ヒトCaSR遺伝子の二つのプロモーターを同定し、上流のプロモーターはTATAボックス、CAATボックスを有すること、下流のプロモーターは、TATAボックスを持たないGCリッチなプロモーターであることを明らかにした。さらに、正常副甲状腺および副甲状腺腺腫においてこの二つのプロモーターから複数のmRNAが産生され、副甲状腺腺腫においては上流のプロモーターから産生される転写物の発現が特異的に低下していることを明らかにした。

 以上、本論文はCa感知受容体の不活性型変異、活性型変異、発現量の低下により各種Ca代謝異常がもたらされることを明らかにした。さらに本研究はプロモーターのクローニングによって、これまで未知に等しかったヒトCa感知受容体遺伝子の発現調節機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク