学位論文要旨



No 116380
著者(漢字) 土田,知宏
著者(英字)
著者(カナ) ツチダ,トモヒロ
標題(和) アドレノメデュリンの調節性膵外分泌抑制作用の分子機構の解析
標題(洋)
報告番号 116380
報告番号 甲16380
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1775号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 講師 白鳥,康史
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

 アドレノメデュリン(adrenomedullin:AM)はヒト褐色細胞腫から単離された新しい降圧活性ペプチドである。AMの主な産生部位は血管壁細胞であると考えられているが、血管系以外にも、呼吸器系、内分泌系、消化器系など広範にAMの発現が認められており、これに伴い、AMの生理作用も多岐にわたって報告されている。最近、免疫組織学的に膵ラ氏島のポリペプチド産生(PP)細胞にもAMが確認された。膵臓には膵外分泌を担う膵腺房と膵内分泌を担う膵ラ氏島とが混在している。これらの間には「ラ氏島一腺房連間(islet-acinar axis)」が存在している。すなわち、膵ラ氏島を灌漑した血流は、そのホルモンを受け取って、ほぼ全量が膵腺房へと流入する一種の門脈系が存在し、このため様々な膵ラ氏島ホルモンが膵腺房における分泌を制御していることが知られている。したがって、PP細胞より分泌されているAMは膵腺房外分泌に対し何らかの作用を有しているとのではないかと仮説をたて、アドレノメデュリンの調節性膵外分泌に対する作用およびその作用機序について検討した。

 AMの膵外分泌に対する作用を検討するに当たり、初めに膵腺房細胞にAMの受容対が存在しているか否かを、[125I]AMを用いて受容体結合実験を行って検討した。非標識AM濃度の上昇に伴い標識AMの受容体への結合率は低下していた。AMはある細胞においてはCGRPと受容体を共有するという報告があるが、CGRPはAMの受容体への結合を阻害しなかった。これより膵腺房細胞にはCGRPと競合しないAMの特異的受容体が存在することが確認できた。

 次に、AMの膵腺房の調節性膵外分泌における作用を検討する目的で、ラットの遊離膵腺房を用いて、CCK刺激したアミラーゼ分泌に対するAMの効果を検討した。AMはCCK刺激によるアミラーゼ分泌を容量依存的に抑制した。その抑制効果は最大52%であった。一方、基礎分泌に対しては抑制効果及び促進効果も示さなかった。これらの結果より、AMは刺激したアミラーゼ分泌を特異的に抑制することが明らかになった。

 CCKに刺激されたアミラーゼ分泌に対するAMの抑制機構の作用部位を明らかにする目的で、まずCCKとその受容体との結合に対するAMの作角を[125I]CCKを用いて検討した。当然のごとく非標識CCK濃度を上昇させると標識されたCCKの受容体への結合率は低下するが、非標識AM濃度を上昇させても標識されたCCKのCCK受容体への結合率は低下しなかった。つまり、AMはCCKの受容体への結合を阻害せずに分泌を抑制していることが確認されその分泌抑制作用はCCKの受容体-リガンドシステムより遠位に働いていると考えられた。

 CCKは、膵腺房において細胞内カルシウム濃度を上昇させて、膵外分泌を刺激している。そこでAMの細胞内での作用機序を明らかにしていく上で、細胞内カルシウム濃度に対するAMの作用を検討した。CCKは細胞内カルシウム濃度を上昇させるが、AMは、CCKによる細胞内カルシウム上昇を抑制しなかった。したがって、AMは、細胞内カルシウム濃度を減少させることなく膵外分泌を抑制していることが明らかとなり、AMは受容体を介した細胞内カルシウム上昇機構より遠位に働いていることが示唆された。

 カルシウムイオノファA23187は、受容体を介したカルシウム上昇機構をバイパスして細胞内カルシウム濃度を上昇させるため、カルシウムイオノファA23187で刺激したアミラーゼ分泌に対するAMの効果を検討することによって、受容体を介したカルシウム上昇機構より遠位におけるAMの作用を直接的に検証した。AMは容量依存的にA23187で刺激されたアミラーゼ分泌を抑制した。この結果より、AMはカルシウム上昇機構よりも遠位の部位に働き分泌を抑制していることが明らかとなった。

 AMが膵外分泌機構のカルシウム感受性を低下させることによる抑制効果を有していないかを見るために、ストレプトライジン-Oにて透過性にした遊離膵腺房を用いて様々な細胞内カルシウム濃度におけるアミラーゼ分泌を比較した。アミラーゼ分泌はカルシウム容量依存性に促進されるが、AMはカルシウム依存性アミラーゼ分泌をいずれのカルシウム濃度においても抑制し、膵外分泌のカルシウム感受性曲線を右方移動させていることがわかり、AMは膵外分泌機構のカルシウム感受性を低下させることにより分泌抑制していることが明らかとなった。

 他の組織では、AMは細胞内cAMP濃度を調節してその活性を発現していると言われている。また、cAMPは膵外分泌機構のカルシウム感受性を増強して膵外分泌を増大することが知られている。そこで、カルシウム感受性を制御する機構に対するAMの作用を検討する目的で、膵腺房細胞内cAMP濃度に対するAMの効果を検討した。AMはCCKの有無に関わらず細胞内cAMP濃度を変えなかった。またセクレチンによって上昇したcAMP濃度への影響も認められなかった。この結果、AMのカルシウム感受性抑制作用は、細胞内cAMP濃度調節とは別の機構が考えられた。

 カルシウム感受性調節因子としてcAMPの他にGTPがあり、AMが細胞内cAMP濃度へ関与していないことより、GTP依存性の情報伝達経路に注目した。GTP結合蛋白質であるRab3D蛋白は膵酵素顆粒上に存在し、細胞内カルシウム濃度調節機構より遠位においてカルシウム刺激性調節性膵外分泌に促進的に働いている。そこで、AMがこのRab3D蛋白の活性を抑制することによりカルシウム感受性を低下させ、その結果膵外分泌を抑制しているのではないかと仮説をたてた。この仮説を検討するために、ヘマグルチニン(HA)を付加したRab3D(HA-Rab3D)蛋白を膵腺房に特異的に過剰発現させたトランスジェニックマウスを用いてRab3D蛋白に対するAMの作用を検討した。Rab3D蛋白はGDP/GTPサイクルによって活性化される低分子量GTP結合蛋白であることより、トランスジェニックマウスのHA-Rab3D蛋白へのGTP結合率を測定し、AMのRab3D蛋白への作用を検討した。CCKはHA-Rab3D蛋白へのGTP結合率を最大約200%まで増強するのに対し、AMはCCKによって増強したGTP結合率を顕著に抑制していた。この結果より、AMがRab3D蛋白の活性を低下させることによりアミラーゼ分泌を抑制していることが明らかとなり、また、AMはHA-Rab3D蛋白のGDP/GTPサイクルを抑制していることが示唆された。

 さらに、AMがHA-Rab3D蛋白のGDP/GTPサイクルを抑制する分子機構の解明を試みた。今日、GDP解離抑制蛋白(GDI)、GTPase活性化蛋白(GAP)、GDP/GTP変換蛋白(GEP)の3つのRab蛋白のGDP/GTPサイクル制御因子が知られており、この中でGDI蛋白はRab蛋白と直接結合し作用し最も重要な因子と考えられている。そこで、AMの抑制作用の情報伝達経路にこのGDI蛋白が関与しているか否かを検討する目的で、まず初めに、トランスジェニックマウスを用いて膵腺房細胞におけるHA-Rab3D蛋白とGDI蛋白の相互作用を共役免疫沈降法にて検討した。GDI蛋白のアイソフォームであるGDI-1蛋白は、トランスジェニックマウスの膵腺房から抗HA抗体にてHA-Rab3D蛋白と共沈された。一方、GDI-2蛋白はHA-Rab3D蛋白とは共沈されなかった。この結果より、膵腺房細胞においてはGDI-1蛋白がRab3D蛋白に結合しRab3D蛋白のGDP/GTPサイクルを制御していることが示された。さらに、GDI蛋白のチロシンリン酸化がGDI蛋白とRab蛋白の相互作用を増強していることが報告されており、GDI-1蛋白とRab3D蛋白間の相互作用の制御の情報伝達系を解明するために、マウス膵腺房でのGDI-1蛋白のチロシンリン酸化に対するAMおよびCCKの作用を抗フォスフォチロシン抗体を用いて検討した。CCKはGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を増強し、一方AMはCCKによって増強されたGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を抑制した。この結果より、AMおよびCCKがGDI-1蛋白のリン酸化を介してRab3D蛋白のGDP/GTPサイクルを制御していることが示唆された。

 最後に、HA-Rab3D蛋白とGDI-1蛋白の相互作用に対する、AMおよびCCKの作用を検討した。CCKはHA-Rab3D蛋白に結合するGDI-1蛋白量を増加させた。一方、AMはCCKによって増加したHA-Rab3D蛋白のGDI-1蛋白結合量を減少させた。この結果より、AMおよびCCKは、Rab3D蛋白とGDI-1蛋白の相互作用を調節することによってRab3D蛋白のGDP/GTPサイクルを制御し、その結果膵外分泌を調節していると考えられた。

 本研究において、AMは膵腺房細胞の特異的受容体を介し、カルシウム感受性を低下させることにより調節性膵外分泌を抑制していることが明らかとなった。さらにこのカルシウム感受性を制御する分子機構として、CCKはGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を促進させRab3D蛋白とGDI-1蛋白の結合を増大させることにより、Rab3D蛋白活性を亢進させ、その結果調節性膵外分泌を増強していると考えられた。一方、AMはCCK刺激によるGDI-1蛋白のリン酸化を抑制することによりRab3D蛋白の活性を低下させ、調節性膵外分泌を抑制していると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アドレノメデュリンが膵ランゲルハンス島のPP細胞に存在していることから“ラ氏島-腺房連関”説に基づき、アドレノメデュリンの膵腺房細胞に対する作用を明らかにする目的で、アドレノメデュリンの調節性膵外分泌に対する作用を検討し、さらにその分子機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. アドレノメデュリンの調節性膵外分泌に対する作用を検討した結果、アドレノメデュリンは膵腺房細胞の特異的受容体を介し、カルシウム感受性を低下させることにより調節性膵外分泌を抑制していることが明らかにされた。また、アドレノメデュリンの調節性膵外分泌抑制作用の情報伝達機構に、百日咳毒素感受性の三量体G蛋白が関与していることも示された。

2. カルシウム感受性の調節因子であるGTPが結合するRab3D蛋白に注目し、アドレノメデュリンのRab3D蛋白の活性に対する作用を明らかにすることで、アドレノメデュリンの膵外分泌抑制作用の分子機構を検討した結果、アドレノメデュリンは、CCKによって増強されたRab3D蛋白活性を低下させることで膵外分泌を抑制していることが示された。さらに、Rab蛋白活性制御蛋白であるGDI蛋白は、膵外分泌の情報伝達経路に組み込まれており、CCKはGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を促進し、アドレノメデュリンはCCKにより促進したGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を抑制していることも明らかにされた。

3. これらの結果より、CCKはGDI-1蛋白のチロシンリン酸化を促進させRab3D蛋白とGDI-1蛋白の結合を増大させることにより、Rab3D蛋白活性を亢進させ、その結果調節性膵外分泌を増強していると考えられた。一方、アドレノメデュリンはCCK刺激によるGDI-1蛋白のリン酸化を抑制することによりRab3D蛋白の活性を低下させ、調節性膵外分泌を抑制していると考えられた。

 以上、本論文において、降圧作用を持つペプチドとして発見されたアドレノメデュリンが、調節性膵外分泌において抑制的に働いていることを明らかにし、さらにその分子機構について新しい知見が得られている。本研究は、調節性膵外分泌における情報伝達機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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