学位論文要旨



No 116382
著者(漢字) 西森,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ニシモリ,シゲキ
標題(和) 骨芽細胞におけるCDK阻害因子p57Kip2の分解に関する解析
標題(洋) Analysis ofthe degradation of CDK inhibitor p57KiP2 in osteoblastic cells
報告番号 116382
報告番号 甲16382
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1777号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 福本,誠二
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 細胞周期において、G1期の細胞に「S期に入る」シグナルが入るか否かが重要な役割を果たす。このシグナルが入ると、細胞は分裂へと進行し、入らないと、通常の増殖サイクルから離れ、静止期、分化、老化、アポトーシス等へと進行する。

 このG1/S移行のプロセスにおいて、cyclin-dependent kinase(サイクリン依存性キナーゼ:CDK)は正の、CDK inhibitor(CDK阻害因子:CKl)は負の制御因子として働く。1993年に初めて発見されたCKIは、現在、INK4 family(inhibitor of CDKs)とCip/Kip family(CDK interacting Protein/Kinase inhibitory protein)の2つに分類され、lNK4familyとして、P16lnk4a、P15lnk4b、P18lnk4c、P19lnk4dの4つが、Cip/Kip familyとして、P21cip1、P27Kip1、P57Kip2の3つが同定されている。

 lNK4 familyがCDK4とCDK6のみを阻害するのに対し、Cip/Kip familyはG1/S期で働く全てのCDKを阻害する。なお、近年、P21Cip1及びP27Kip1は、サイクリンとCDKの結合を促進する「正の制御因子」としても働くことが報告されている。

 さて、上記の7種のCKlは全てノックアウトマウスが解析されているが、P57Kip2のノックアウトマウスのみが重篤な表現系を呈し、口蓋裂、短躯、下部消化管形成不全(鼓腸〜小腸の欠損)等の解剖学的異常を伴い、生後半日で死亡した。

 このように、p57Kip2は発生学的に重要な役割を果たしていることが示唆されるが、p57Kip2の細胞内での発現量が低いことが難点となり、他のCKIに比べ、研究が十分に進んでいない状態であった。

 我々はp57Kip2ノックアウトマウスが骨に異常を生じたことに着目し、ラット胎児の頭頂骨から採取した初代培養骨細胞を3日間、血清飢餓下で培養し、静止期に留めると、p57Kip2が著明に増加することを見出した。また、この血清飢餓下の細胞にtransforming growth factor(TGF)-β1刺激を加えると、p57Kip2が半日後に消失し、この過程にユビキチン・プロテアソーム系が関わることを示した(Urano.et.al.,J.Biol.Chem.274,12197,1999)。

【本論文の目的】

 本論文ではこの分解系を詳細に検討することを目的とし、p57Kip2の分解に関し、TGF-βシグナル伝達系の下流で作用する情報伝達因子Smadの役割の解析した。

【結果及び考察】

(1)今回、初代培養骨細胞はマウス新生児の頭頂骨から採取した。

 胎児または新生児の頭頂骨を酵素で溶かして採取する骨細胞はheterogeneousな細胞集団だが、骨芽細胞としての各種性質を示すため、「osteoblastic cell」と命名されている。前回のJBCの論文では、ラット胎児から採取したが、マウス新生児の方がラット胎児よりも扱いやすいこと、実験で用いたp57Kip2抗体やSmadのcDNAがマウス由来であることから、今回は生後1日目の新生児マウスから採取した。

(2)マウスのosteoblastic cellの系での再現性を確認した。

 マウス由来のosteoblastic cellでも、血清飢餓によりp57Kip2が蓄積し、この蓄積したp57KiP2蛋白はTGF-β1刺激(1 ng/ml)によってWeStern Blot上、約24時間後に消失した。この消失は2種のプロテアソーム阻害薬(MG132、ラクタシスチン)で抑制され、プロテアソームによる分解系の関与が示唆された。

 以上、マウスの系での再現性も確認され、以後、本論文での新たな解析となる。

(3)TGF-β1刺激によるp57Kip2の消失が主に分解によることを示した。

 プロテアソームによる分解を阻害すると、p57Kip2蛋白が減少しなくなるということは、「p57Kip2の減少は主に分解による」ことが示唆されるが、Western Blotは、蛋白の生成量と分解量の総和であり、厳密には、両者を分けて検討する必要がある。

 そこで、Pulse Chase StudyとNorthern Blotを行った。血清飢餓下のosteoblasticcellを35S-アミノ酸でラベルした後、TGF-β1刺激の有無でChaseすると、TGF-β1刺激でp57Kip2の分解が促進され、TGFβ1非刺激ではp57Kip2は比較的安定であった。また、Northern Blotでは、TGF-β1刺激後24時間で、P57Kip2のmRNA量は幾分、減少すものの、P57Kip2の細胞内蛋白量の消失は説明出来なかった。

 以上の2点より、TGF-β1によるP57Kip2の消失は主に分解によると考えられた。

(4)アデノウイルスベクターを用いてSmad pathwayを解析した。

 TGF-β1の細胞内情報伝達系として、Smad pathwayが最もよく研究されている。TGF-β1はまずType IIレセプターに結合し、Type IIレセプターは次にType Iレセプターを活性化する。活性化Type Iレセプターは次にSmad2またはSmad3(リガンド特異型Smad)をリン酸化し、活性化する。このリン酸化をSmad7(抑制型Smad)は競合的に阻害する。活性化Smad2及びSmad3は細胞質内でSmad4(共有型Smad)と結合し、核内に移行し、核内で他の転写因子と複合体を形成し、標的遺伝子の発現を誘導または抑制する。

 なお、TGF-β1レセプター下流のSmad independent Pathwayとして、ERK/MAPK、JNK/SAPK、p38MAP Kinase等も報告されている。

 アデノウイルスベクターはほとんどの細胞で、高い細胞導入効率と蛋白発現量を有し、生体組織から採取した初代培養系の細胞では有力な実験手段となる。

(4-1)活性型TGF-β1 Type Iレセプターの過剰発現

 TGF-β1 Type Iレセプターに1アミノ酸置換を加えると、「constitutively active」の活性化レセプターとなることが報告されている。この活性型レセプターを組み込んだアデノウイルスベクターを、血清飢餓下のosteoblastic cellで過剰発現させると、感染72時間後にTGF-β1刺激と同様にP57Kip2が分解され、P57Kip2がTGF-β1 Type Iレセプターの下流で確かに分解されることが示された。

(4-2)抑制型Smad(Smad7)の過剰発現

 抑制型Smad(Smad7)の過剰発現はTGF-β1刺激あるいは活性型TGF-β1 Type Iレセプター過剰発現によるp57Kip2の分解亢進を阻害した。

 「TGF-β1 Type lレセプターの下流」というだけでは、Smad-independent pathwayも含まれるが、Smad2またはSmad3の活性化を阻害するSmad7によりP57Kip2の分解が阻害されたことはSmad pathwayの関与が強く示唆される。

(4-3)Smad-independent pathwayに対する阻害薬の添加

 TGF-β1レセプター下流のSmad以外の情報伝達因子として報告されている因子のうちpP38MAPkinaseの阻害薬(SB203580)またはMAP kinase kinase(MAPKK)の阻害薬(PD98059)を加え、TGF-β1によるp57 Kip2の分解が阻害されるかを調べたが、P57Kip2の分解は阻害されず、この点でも主としてSmad pathwayが関与することが支持された。

(4-4)Smad2、Smad3、Smad4の過剰発現

 Smad2、Smad3、Smad4、Smad2+Smad4、Smad3+Smad4を血清飢餓下のosteoblastic cellで過剰発現させた。Smad2+Smad4、Smad3+Smad4を発現させた場合、感染96時間後にP57 Kip2の分解が見られ、Smad pathway関与の可能性がさらに確実となった。

 さらに、Smad2+Smad4+Smad7、またはSmad3+Smad4+Smad7と抑制型Smadも発現させるとp57 KiP2の分解が抑制された。この3種の共発現は細胞を強く傷害し、96時間の培養が不可能だったため、p57 Kip2を分解できない程、低濃度のTGF-β1(0.03ng/ml)を加えることにより、Smad2、Smad3をリン酸化させ、実験のタイムコースを早めた。

(4-5)転写抑制剤の添加

 P57 Kip2の分解がSmad Pathwayによるならば、最下流では、転写が関わるはずであるが、TGF-β1によるp57KiP2の分解誘導は、転写抑制剤Actinomycin D 処理によって抑制された。念のため、他の転写抑制剤α-Amanitinも用いても、同様の結果が得られた。

【結論】

 以上の結果から、osteoblastic cellにおけるTGF-β1によるP57 Kip2の分解には、仲介因子としてSmadによる細胞内情報経路が関与し、その作用は遺伝子の転写を介することが明確になった。Smad Pathwayによって誘導されてくる新規の蛋白がp57 Kip2を修飾し(例:リン酸化)、不安定化させる、あるいはユビキチン/プロテアソーム系による分解反応を直接、賦活化する等のメカニズムが推測された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞周期のG1期において重要な役割を演じていると考えられているCDK阻害因子(Cyclin-Dependent Kinase Inhibitor:CKI)の1つであるp57 KiP2の細胞内分解機構を明らかにするため、マウス新生児の頭頂骨から採取した初代培養骨細胞(osteoblastic cell)の系を用いて、p57 Kip2の分解に関わる細胞内情報伝達系の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. p57Kip2は7種のCKIのうち、ただ一つノックアウトマウスが重篤な表現系を呈し、生後半日で死亡するが、細胞内での発現量が低いことが難点となり、他のCKIに比べ、研究が十分に進んでいない状態にあった。我々は初代培養骨細胞を血清飢餓下で培養すると、p57Kip2が著明に増加することを示した。

2. この細胞にTGF-β1を添加すると、蓄積したp57KiP2が24時間後に消失した。この過程がプロテアソーム阻害薬によって阻害されることを示し、プロテアソームによる分解系が関わることが示された。

3. Pulse Chase Studyの結果、TGF-β1刺激でp57Kip2の分解が促進され、TGF-β1非刺激ではp57Kip2は比較的安定であった。また、Northern Blotでは、TGF-β1刺激後24時間で、p57Kip2のmRNA量は幾分減少するものの、p57Kip2蛋白の消失は説明出来なかった。以上の2点より、TGF-β1によるp57Kip2の消失は主に分解によることが示された。

4. TGF-β1の細胞内情報伝達系として、最もよく研究されているSmad pathwayの関与を、アデノウイルス発現ベクターを用いて検討した。

(4-1) 活性型TGF-β1T Type Iレセプターを血清飢餓下の初代培養骨細胞に過剰発現させると、感染72時間後にTGF-β1刺激と同様にp57 Kip2が分解され、p57 Kip2がTGF-β1 Type Iレセプターの下流で確かに分解されることが示された。

(4-2) 抑制型Smad(Smad7)の過剰発現をさせると、TGF-β1刺激あるいは活性型TGF-β1 Type Iレセプター過剰発現によるp57 Kip2の分解亢進を阻害した。Smad7によりp57Kip2の分解が阻害されたことはSmad pathwayの関与が示唆された。

(4-3) TGF-β1レセプター下流のSmad以外の情報伝達因子として報告されている因子のうち、p38MAP kinaseまたはMAP kinase kinase(MAPKK()の阻害薬を加えても、TGF-β1によるp57Kip2の分解は阻害されず、この点でも主としてSmad pathwayが関与することが示された。

(4-4) Smad2+Smad4、あるいはSmad3+Smad4を血清飢餓下の初代培養骨細胞で過剰発現させると、感染96時間後にp57Kip2の分解が見られ、さらに、Smad2+Smad4+Smad7、あるいはSmad3+Smad4+Smad7と抑制型Smadも共発現させるとp57Kip2の分解が抑制され、Smad pathway関与の可能性がさらに確実となった。

(4-5) p57Kip2の分解がSmad Pathwayによるならば、最下流では、転写が関わるはずであるが、TGF-β1によるp57Kip2の分解誘導は、転写抑制剤Actinomycin Dあるいはα-Amanitinの付加によって抑制され、この過程が転写を介することが示された。

5. 以上の結果から、初代培養骨細胞におけるTGF-β1によるp57 Kip2の分解には、仲介因子としてSmadによる細胞内情報系が関与し、その作用は遺伝子の転写を介することが明確になった。

 以上、本論文はマウス新生児由来の初代培養骨細胞系の系が、p57 Kip2の実験系として有用であることを示し、TGF-β1/Smad pathwayの解析からp57 Kip2の細胞内分解のメカニズムを明らかにした。本研究はノックアウトマウスが重篤な表現系を呈するにも関わらず、これまで十分に研究が進んでいなかったp57Kip2のの解析に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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