学位論文要旨



No 116383
著者(漢字) 福神,浩兼
著者(英字)
著者(カナ) フクジン,ヒロカネ
標題(和) EGFおよびHGF/SFの肝細胞増殖作用の相加生についての検討
標題(洋)
報告番号 116383
報告番号 甲16383
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1778号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 河原,正樹
 東京大学 講師 白鳥,康史
内容要旨 要旨を表示する

 肝細胞増殖には様々な増殖因子が関与しているが、取り分けEGF、HGF/SFは強力な増殖作用を有し、生理的に重要な増殖因子であることが知られている。ラット初代培養肝細胞に、最大反応量のEGFおよびHGF/SFの両者を同時に作用させると、そのDNA合成には相加性が認められる、という現象は以前より報告されていた。興味深い現象であるが、これまでその詳細な機構に関しては明らかにされていない。

 シグナル伝達の側面からみると、EGFおよびHGF/SFはいずれも一回膜貫通型のチロシンキナーゼ型の受容体を介して、その増殖シグナルを細胞内に伝達している。もし両者が全く同じシグナル伝達経路を介しているとすれば、両者とも最大反応量を作用させているので、この相加性は生じないはずである。EGFおよびHGF/SFの下流のシグナル伝達経路には複数のものが関係していることが知られているが、相加性におけるその異同に関しては明らかではない。

 また、解剖学的な側面からみると、肝臓の80%を占める実質細胞は均一な集団ではなく、肝小葉内においてZonationの存在することが知られている。肝細胞が門脈側あるいは中心静脈側のどちらに位置するかにより増殖面での性状が異なり、門脈周囲領域の肝細胞(Periportal hepatocyte,略してPPH)はEGFに対して、中心静脈周囲領域の肝細胞(perivenous hepatocyte,略してPVH)はHGF/SFに対して優位に増殖反応を示すことが知られている。初代培養肝細胞はこれらの混在した細胞であると考えられるが、EGFおよびHGF/SFを同時に作用させた場合、増殖反応の相加性がこれらの反応性の異なる細胞の共存に起因するかどうかは明らかではない。

 従って、肝細胞増殖作用の相加性の検討には、肝臓のZonationによる肝細胞のbeterogeneityに関する側面と増殖因子に関連したシグナル伝達経路に関する側面を考える必要がある。そこで、本研究ではこのEGFおよびHGF/SFによる肝細胞増殖作用の相加性について、1)肝細胞のZonationからのアプローチ、および2)増殖因子のシグナル伝達経路からのアプローチ、により検討を行った。

 まず肝臓のZonationの観点からEGFとHGF/SFの相加性について検討を行った。Quistorffらのジギトニン/コラゲナーゼ灌流法により、PPH、PVHをラットの肝臓から分離した。PVH:PPHのグルタミン合成酵素(glutaminesynthetase)活性比は約13倍の活性があり、良好な分離効率であった。

 そこで、PPH、PVHに対して、10nM EGF、0.1nM HGF/SF、10nM EGF+0.1nM HGF/SFを作用させ、DNA合成を測定した。各々単独で作用させた場合、PPHではEGF>HGF/SF、PVHではHGF/SF>EGFであり、分離が良好であることを示していた。EGFとHGF/SFを同時に作用させると単独の場合より有意にDNA合成が亢進し、相加性を認めた。すなわち、PPH、PVHにおいて最大反応量のEGFおよびHGF/SFで誘導されるDNA合成に相加性のあることが明らかとなり、初代培養肝細胞で認められた相加性は、異なる反応性を有する細胞の共存によるものではなく、PPH、PVHの各々が相加性を有していることによるものであることが示された。

 次に、細胞内シグナル伝達機構の点から、EGFとHGF/SFの相加性を検討した。EGFとHGF/SFは、いずれも一回膜貫通型のチロシンキナーゼ型受容体を介してそのシグナルを細胞内に伝達しており、MAPキナーゼカスケードはその代表的なものである。そこで、EGF、HGF/SFの投与後に誘導されるp42/p44 MAPキナーゼ活性の相加性について検討した。MAPキナーゼ活性は、EGF、HGF/SF投与後3分で測定を行った。

 ラット初代培養肝細胞に10nM EGF、0.1nM HGF/SF、10nM EGF+0.1nM HGF/SFを作用させ、MAPキナーゼ活性を測定した。EGF+HGF/SFではMAPキナーゼ活性の相加性は認められなかった。

 次に、PPHおよびPVHに対して10nM EGF、0.1nM HGF/SF、10nM EGF+0.1nM HGF/SFを作用させ、MAPキナーゼ活性を測定した。EGF+HGF/SFではMAPキナーゼ活性の相加性は認められなかった。

 すなわち、初代培養肝細胞、PPH、PVHにおいて、10nM EGF、0.1nM HGF/SFで誘導されるMAPキナーゼ活性には、相加性は認められないことが明らかとなった。また、MAPキナーゼ活性のパターンは、初代培養肝細胞、PPH、PVHのいずれにおいてもEGF>HGF/SFのパターンを示し、Zonationによる違いは認められなかった。

 以上の結果から、本研究により次のことが明らかとなった。(1)ラット初代培養肝細胞において最大反応量のEGFおよびHGF/SFの同時投与で認められたDNA合成の相加性は、門脈周囲肝細胞(PPH)および中心静脈周囲肝細胞(PVH)でも同様に認められたことより、異なる反応性を有する細胞の共存によるものではなく、肝実質細胞が持つ固有の性質であること。(2)シグナル伝達に関する検討では、初代培養肝細胞、PPH、PVHにおいてEGFおよびHGF/SFで誘導されるp42/p44 MAPキナーゼ活性に相加性は認められなかった。

 相加性に関してDNA合成とp42/p44MAPキナーゼ活性に相関が認められなかったことより、並列型の細胞内シグナル伝達機構の存在が推測され、相加性を有するシグナル伝達経路の候補として、

1)P42/p44 MAPキナーゼ以外のMAPキナーゼファミリーに関係する経路

2)MAPキナーゼカスケード以外の経路

などの可能性が考えられた。

 p42/p44 MAPキナーゼは古典的MAPキナーゼファミリーのERK1/ERK2に対応するものであるが、最近、この経路とは別にMEK5-ERK5/BMK1の経路が増殖に関係していることが報告されていることから、このERK5/BMK1を介する経路が関与している可能性も考えられた。

 初代培養肝細胞を100 nM wortmanninで処理後、10nM EGF、0.1nM HGF/SFを作用させDNA合成を測定したところ、EGF+HGF/SFでは相加性は不明瞭となった。wortmannin はPI3キナーゼの特異的阻害剤であることから、このことは肝細胞増殖においてPI3キナーゼを介する経路がMAPキナーゼカスケード以外の経路として機能しており、相加性に対して何らかの役割を果たしている可能性があることを示すものと考えられた。

 生体内における肝再生の初期過程において、EGFおよびHGF/SFが協同して肝細胞に作用することが知られている。肝細胞にEGF、HGF/SFが各々単独で作用するよりも両者が同時に作用する方が有意に増殖が促進し、相加的であることが実験的に示されたが、このことは肝再生初期における肝細胞増殖が促進的に行われていることを意味し、個体の生存に有利に働いていると思われる。従って、肝細胞増殖の相加性の機構を解明することが、将来的に肝再生を促進する新たな治療法の開発につながる可能性があり、臨床的にも重要と考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はEGFおよびHGF/SFの肝細胞増殖作用の相加性の機構を明らかにするため、肝臓のZonationからのアプローチおよびシグナル伝達からのアプローチにより検討を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 1.肝臓のZonationからのアプローチでは、ラット肝から門脈局囲肝細胞(PPH)、中心静脈周囲肝細胞(PVH)をジギトニン−コラゲナーゼ灌流法により分離し、10nMEGFおよび0.ln`M HGF/SFによる増殖刺激を加えたところ、PPH、PVHともにEGF+HGF/SFで相加性を認めた。初代培養肝細胞で認められたEGFとHGF/SFの相加性が、PPH、PVHでも同様に認められたことより、この相加性はZonationに関係なく肝実質細胞が持つ固有の性質であり、異なる反応性を有する細胞の共存により生じているものではないことが示された。

 2.シグナル伝達からのアプローチでは、肝細胞を10nM EGF、0.1nM HGF/SFにより刺激した後、p42/p44 MAPキナーゼ活性を測定した。初代培養肝細胞、PPH、PVHではEGF+HGF/SFで相加性は認められなかった。また、P42/p44 MAPキナーゼ活性のパターンは、初代培養肝細胞、PPH、PVHのいずれにおいてもEGF>HGF/SFのパターンを示し、Zonationによる違いは認められなかった。

 3.相加性に関して、DNA合成とMAPキナーゼ活性が相関しないことから、並列型の細胞内シグナル伝達機構の存在が推測された。

 4.MAPキナーゼキナーゼ1のインヒビターであるPD98059を添加し、EGFおよびHGF/SFにより誘導されるDNA合成を測定したところ、EGF+HGF/SFでは相加性は保たれていた。このことは、相加性における並列型の細胞内シグナル伝達機構の存在を裏付けるものと考えられた。

 5.PI3キナーゼの特異的阻害剤であるwortmanninを添加し、EGFおよびHGF/SFにより誘導されるDNA合成を測定したところ、EGF+HGF/SFでは相加性は不明瞭となった。このことは、肝細胞増殖の相加性においてPI3キナーゼが何らかの役割を果たしていることを示すものと考えられた。

 以上、本論文はEGFおよびHGF/SFの肝細胞増殖作用の相加性について肝臓のZonationからのアプローチおよびシグナル伝達からのアプローチにより、1)肝細胞増殖作用の相加性は肝実質細胞が持つ固有の性質であり、Zonationによる違いはないこと、2)古典的MAPキナーゼカスケード以外のシグナル伝達経路が相加性に関係しており、この経路と古典的MAPキナーゼカスケードがシグナル伝達において並列的に寄与している可能性があること、を明らかにした。本研究はこれまで未知であった肝細胞増殖作用の相加性の機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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