学位論文要旨



No 116386
著者(漢字) 東郷,眞子
著者(英字)
著者(カナ) トウゴウ,マサコ
標題(和) トロンビンによる血小板活性化時の細胞内カルシウム濃度の制御機構
標題(洋)
報告番号 116386
報告番号 甲16386
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1781号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 助教授 小塚,裕
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
内容要旨 要旨を表示する

 多くの細胞において、細胞内カルシウム濃度の変化は様々な細胞の生理機能の制御に重要な役割を演じている。ヒト血小板においても、種々の活性物質による、接着、形態変化、凝集あるいは放出などの反応惹起には、細胞内カルシウム濃度の上昇が関与している。アゴニストが受容体に結合すると、細胞外カルシウムの細部内への流入と細胞内カルシウム貯蔵庫からのカルシウムの細胞質への放出によって細胞内カルシウム濃度は上昇する。その後、細胞質内のカルシウムは細胞外へ排出され、あるいは細胞内貯蔵庫に再度取りこまれ、細胞内カルシウム濃度は活性化前の値に戻る。受容体へのアゴニスとの結合が細胞内カルシウム濃度の上昇を引き起こすメカニズムについては、様々な側面が解明されつつあるが、上昇したカルシウム濃度が活性化前の値に戻るメカニズムについて、特にアゴニストの受容体への結合がいかに関与しているかについては、研究されていないので、下記の研究を行った。

 トロンビンは生体内で最も強力な血小板活性化物質である。細胞外カルシウムを0.5mM EGTAでキレートして除去した条件下で、l U/mlのトロンビンを投与すると、細胞内カルシウム濃度は35±8nM(n=5)から300±18nM(n=5)に急速に増加し、その後緩徐に減少して3分以内に投与前よりやや高いレベルに到達する。この急速な増加と緩徐な減少は、より低濃度のトロンビンでも観察されるが、トロンボキサンA2アナログU46619、ADP、platelet activating factorなどの投与時には認められずトロンビンに特徴的である。6μMのwortmanninで37℃10分間前ふ置した後にトロンビンを投与すると、.初期の細胞内カルシウム濃度の上昇には影響すること無く、これに引き続く細胞内カルシウム濃度の減少を促進する事ができる。この促進効果はwortmanninがphosphatidylinositol3-kinaseを抑制する濃度では認められず、ミオシン軽鎖リン酸化を抑制する有効濃度で、wortmannin濃度依存性に認められた。

 血小板細胞内IP3濃度は1U/mlのトロンビン投与によって、無投与時の約2.8±0.6pmo1/108個血小板から5秒以内に11.8±2.2pmo|108血小板に増加し、10秒以内に47±1.4 pmo1/108血小板に減少する。血小板をwortmanninで10分間前ふ置した後にトロンビンを投与すると、IP3は前処置しなかった時とほとんど同様の値に増加し、ピーク時のIP3濃度はwortmanninでの前処置でほとんど影響を受けないが、トロンビン投与20秒以降のIP3濃度のみはwortmannin濃度依存性に減少する。

 トロンビン投与後のPLC活性は、細胞を細胞骨格画分、膜骨格画分、TritonX-100可溶性画分に分画して測定すると、トロンビン投与後5秒間ふ置によって、いずれの画分でも活性が増加する傾向が認められた。また、膜骨格画分と細胞骨格画分でwortmannin前ふ置で減少する傾向が認められた。トロンビン投与後30秒ふ置した場合には、膜骨格画分と細胞骨格画分でトロンビンふ置で活性が上昇し、さらに膜骨格ではwortmannin前ふ置で活性が低値であった。しかし、30秒後の膜骨格以外では有意ではなかった。トロンビン投与後の活性の継時的変化を検討すると、EGTA存在下ではCa存在下に比較して活性が低値であり、wortmannin前ふ置によってさらに低下する傾向が、15秒以後に認められた。

 次いで、PLCβのtranslocationについてウェスタンブロット解析を行った。細胞をTritonX-100可溶性画分、細胞骨格画分、膜骨格画分に分画して検討した。PLCβ2のC末端に対する抗体で反応させると、トロンビン投与後5秒および30秒間ふ置で140kDa蛋白と40kDa蛋白の細胞骨格画分での増加が認められた。wortmannin前ふ置でバンドの増加が減弱する傾向が認められらたが、非常に軽度であった。PLCβ3のC末端に対する抗体で反応させると、トロンビン投与後に膜画分で155kDa蛋白の減少、50kDa蛋白の消失と細胞骨格画分での50kDa蛋白の出現が認められた。この増加はwortmannin投与により全く変化を示さなかった。以上の結果は、wortmanninの前ふ置により生じる、IP3濃度、PLC活性、PLCβのtranslocationへの影響が、wortmanninによる細胞内カルシウム濃度低下に追随した二次的なものである事を示唆した。

 sarco/endoplasmic reticulum Ca2+-ATPase(SERCA)の阻害薬であるthapsigargin 0.2μMを投与すると、細胞質に存在するカルシウムの濃染小管系への再取り込みが阻害される事により、軽度の細胞内カルシウム濃度の上昇がもたらされる。その後にトロンビンを投与すると、カルシウム濃度上昇のピーク値は増加するが、第2相の減少相のカルシウムの緩徐な減少に影響は認められない。wortmanninで前ふ置した血小板にthapsigarginを投与した後にトロンビン投与するとwortmanninの減少促進効果は著しく減弱される。トロンビン投与後にトロンビン受容体阻害薬アルガトロバンを投与すると、カルシウム減少が急速となるが、thapsigarginを前投与しておくと、アルガトロバンによる急速化が認められない。thapsigarginを前投与後にU46619を投与すると、U46619による急速な減少を緩徐化する。これらは、SERCAの阻害が、受容体へのアゴニストへの結合に引き続く細胞内カルシウムの上昇後の減少にも関与し、トロンビン投与により細胞内に放出されたされたカルシウムの再取り込みを阻害することにより、減少を緩徐化する作用を有する事を示唆している。このような減少速度のの緩徐化は、ごく少量のトロンビンを投与した後にU46619を投与した場合、トロンビン投与後にアルガトロバンを投与し細胞内カルシウム濃度が低下した後に、U46619を投与した場合にも認められた。このことから、トロンビンもSERCAを抑制して、細胞内に放出されたされたカルシウムの再取り込みを阻害するな減少をもたらしている可能性が示唆された。

 SERCA 3bは非活性化時には細胞内膜中に存在しplasma membraneとリンクしており、血小板活性化時には細胞骨格と結合する事が報告されている。血小板活性化はミオシンの細胞骨格との結合をもたらす。wortmanninによるミオシン軽鎖リン酸化酵素抑制がトロンビン投与時の細胞骨格変化に影響を及ぼし、トロンビン投与後のSERCA活性を抑制するメカニズムが想定された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、生体内ではもっとも強力な血小板活性化物質であるトロンビンによる血小板活性化時の細胞内カルシウム濃度調節のメカニズムについて、特に細胞内カルシウム濃度上昇に引き続く減少のメカニズムについて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1. fUra-2AMを負荷した血小板に0.5mM EGTA下でトロンビンを投与した時に認められる、細胞内カルシウム濃度の急激な増加とその後の緩徐な減少という変化が、トロンビンの受容体への結合に依存したトロンビン特異的なものである事が示された。

2. thapsigarginを用いた検討から、この緩徐な減少が、トロンビンによってSarco/endoplasmic reticulum Ca-ATPase(SERCA)活性が抑制され、細胞質内カルシウムの細胞内貯蔵部位への再取り込みが阻害されているためである可能性が示された。

3. ミオシン軽鎖リン酸化酵素阻害薬でphoshatidylinositol 3-kinase阻害薬でもあるwortmanninを用いた検討により、トロンビンによるSERCA阻害がミオシン軽鎖のリン酸化を介するものである可能性が示された。

4. wortmanninはミオシン軽鎖のリン酸化を介して細胞内カルシウム濃度減少を促進する作用を有し、これは、phospholipase C 活性に作用してinositol triphosphate濃度を低下させる事によるものであることが報告された。しかし、このphospholipase C 活性に対する作用は細胞内カルシウム濃度の減少による二次的なものであると考察された。

 細胞活性化時の細胞内カルシウム濃度上昇に引き続く減少の機序については、これまで検討される事が比較的少なかった。これを、各種阻害薬を効果的に使用して検討し仮説を立てている。inositol triphosphate濃度測定、phospholipase Cβ活性測定およびphospholipase Cβ蛋白のウェスタンブロット解析については、二次的現象と考察されてはいるが、実験自体は十分な検討の上に細心の注意を払ってなされており、その点は評価できる。以上により本論文は学位の授与に値するものと考える。

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