学位論文要旨



No 116387
著者(漢字) 原,眞純
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,マスミ
標題(和) アポEアイソフォームのマクロファージからのコレステロール引き抜きおよびVLDLリポリシスに対する効果の相違の研究
標題(洋)
報告番号 116387
報告番号 甲16387
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1782号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 重松,宏
 東京大学 講師 平田,泰信
 東京大学 講師 竹中,克
内容要旨 要旨を表示する

 【はじめに】

 アポEは、リポ蛋白代謝において重要な役割を果たす34kDaの蛋白質で、リポ蛋白受容体に対するリガンドとして作用する他に、抗動脈硬化性のリポ蛋白質と考えられているHDLによる末梢組織からのコレステロール逆転送系への関与や、アルツハイマー病との関連、抗酸化作用等様々な機能を持っことが指摘されている。

 ヒトでは、アポE2(112Cys、158Cys)、アポE3(112Cys、158Arg)、およびアポE4(112Arg、158Arg)の3種の主要アイソフォームが存在し、臨床的にも重要な意義をもつことがわかっている。アポE4対立遺伝子を有しているヒトでは、総コレステロール、LDLコレステロールが高値となることが知られ、アポE2ホモ接合体のヒトでは、肥満、糖尿病、甲状腺機能低下などの内分泌異常を併発した場合に、血漿コレステロール、中性脂肪共に上昇し、III型高脂血症をきたすことが知られている。この他にも、アポE4の対立遺伝子はアルツハイマー病の危険因子であるとの報告もあり、アポEが多彩な機能を有し、それが主要アイソフォームと関連している多くの報告がある。

 本研究では、アポEの機能のうち、リポ蛋白受容体のリガンドとしての受動的な働きではなく、アポEが持つ直接の作用として、マクロファージからのコレステロール引き抜きへの効果、VLDL上の中性脂肪水解(リポリシス)への効果についての検討を行った。最初に、マクロファージからのコレステロール分泌との関連について検討した。アポEは、主として肝臓で、しかしマクロファージでも発現しており、コレステロールを細胞内に取り込んで泡沫化したマクロファージがアポEを産生・分泌するのに伴い、細胞内のコレステロール含量が減少することが知られている。一方、アポE欠損マウスに、肝臓で特異的にアポEアイソフォームを発現させた実験において、血清脂質の値の変化と同時に、動脈硬化巣の進展抑制、退縮が認められ、同時に動脈硬化巣に肝臓由来のアポEの沈着が認められていることから、アポEの動脈硬化巣への直接的な作用は、動脈硬化巣で局所的に分泌されたアポEによらなくても起こりうることを示している。現在までに、マクロファージからのアポEによるコレステロール引き抜きに関して、アイソフォーム間の相違を、内因性、外因性の両面から検討した研究は報告されていない。

 次に、VLDLの中性脂肪水解(lipolysis)に対する効果について検討した。アポEがVLDLの水解に直接及ぼす作用については、体外での実験の結果より、VLDL中のアポEは用量依存的に中性脂肪水解を抑制することが報告されているのに対し、アポE/LDL受容体欠損マウスにアポEを遺伝子導入した実験により、VLDL上のアポEは、中等度の量までは中性脂肪水解を促進し、多量では抑制することが示唆されている。この機序については、VLDL上でアポCIIが排除されるためとの説もあるが、他の原因も含め、解明されていない点も多い。また、各アイソフォームとの関係についての報告は現在のところされていない。

 今回の研究では、マクロファージよりのコレステロール引き抜きに関して、内因性にアポEを発現しないマクロファージ系培養細胞のRaw264.7細胞を用い、アポEアイソフォーム遺伝子をアデノウイルスベクターで導入し、コレステロール引き抜きに対する効果を検討した。また、外因性のアポEによるコレステロール引き抜きへの効果について、HeLa細胞に産生させたアポEアイソフォームを用いて検討を行った。VLDLの中性脂肪水解への効果については、アポE/LDL受容体欠損マウスにアポEアイソフォームを遺伝子導入して各アイソフォームのみを含むVLDLを採取し、さらにアポE濃度を変化させながら中性脂肪水解率を検討した。

 【方法】

 マクロファージ系培養細胞であるRaw264.7細胞を泡沫化し、同力価のアデノウイルスベクターを用いて各アイソフォームの遺伝子を発現させ、60時間後の細胞内コレステロール量をコントロールウイルス(LacZ発現ウイルス)を感染させたものと比較した。細胞表面のプロテオグリカン合成阻害剤であるβ-DX(4-Methyllumbelliferyl7-βD-Xyloside)の作用の下でも実験を行い、細胞表面のプロテオグリカンとの関係についても検討を行った。外因性のアポEがコレステロール引き抜きに与える効果を検討するため、HeLa細胞に同じアデノウイルスでアポEを発現させ、培地内に分泌されたアポE濃度を測定して、アイソフォーム間で同じ濃度になるように調製し、泡沫化したRaw細胞に加えて、細胞内コレステロール量の変化を比較した。

 VLDLの中性脂肪水解への効果の検討は、アポE/LDL受容体欠損マウスに、アポEアイソフォーム遺伝子をアデノウイルスベクターで発現させ、各アイソフォームのみを含むVLDLを採取した。採取したVLDLのアポE濃度と中性脂肪(TG)濃度を測定し、アポEを遺伝子導入しないアポE/LDL受容体欠損マウスのVLDLと混合・孵置することで、TGに対するアポEの濃度を変化させた検体を調製し、体外でLPLと反応させて中性脂肪水解を測定した。各アポE濃度での水解率を、アポEを含まないVLDLと比較すると共に、アイソフォーム間での水解率の相違を検討した。

 【結果】

 β-DX処理を行わない場合は、アポE2を発現した細胞では、泡沫化しない細胞の総コレステロールを100として補正した細胞内総コレステロール(245±6.2:mean±SEM)、コレステロールエステル(47±10.3)は、いずれもコントロール(総コレステロール281±9.4、コレステロールエステル86±8.8)より低値となっていたが、アポE3、E4ではコントロールと比較して有意な変化は認められなかった。これに対し、β-DX処理によりプロテオグリカンの合成を阻害した場合は、すべてのアイソフォームで細胞内コレステロールの低下傾向は増強し、E2(総コレステロール:150±0,84、コレステロールエステル:73±2.8)、E3(総コレステロール:135±2.1、コレステロールエステル:54±2.2)、E4(総コレステロール:144±5.8、コレステロールエステル:56±5.7)と、すべてのアイソフォームで細胞内コレステロールは、コントロール(総コレステロール:202±7.0、コレステロールエステル:95±6.8)と比較して有意に低下した。アイソフォーム間では、総コレステロール、コレステロールエステル共にE3で低値となっていた。これに対し、E2では、E3、E4に比べてコレステロール減少は少なかった。HeLa細胞により産生された外因性アポEを加えた実験では、β-DX処理を行わないと、E2では、細胞内総コレステロール(232±13.6)、コレステロールエステル(135±12.2)共に、コントロール(総コレステロール301±11.2、コレステロールエステル188±11.2)と比して有意に低下していた。E3、E4についても、コレステロールの低下している傾向は認めたが、E3の総コレステロール(250±6.5)を除いては、有意差は得られなかった。一方、β-DX存在下では、E2(総コレステロール:184±10.7、コレステロールエステル:60±9.9)、E3(総コレステロール:186±5.8、コレステロールエステル:58±8.4)、E4(総コレステロール:179±5.2、コレステロールエステル:51±3.9)のようにすべてのアイソフォームで細胞内コレステロールはコントロール(総コレステロール:214±2.2、コレステロールエステル:104±5.9)に比して有意に低下していたが、アイソフォーム間では差を認めなかった。

 混和調整したVLDLをウシLPLにより水解し、放出される遊離脂肪酸の定量を行って、VLDL水解への影響を検討した結果、E2、E3、E4のすべてのアイソフォームについて、アポE(/TG)濃度が増すにつれ、中性脂肪水解の抑制が認められた。アイソフォーム間でみると、低濃度ではアイソフォーム間では中性脂肪水解に差を認めなかったが、中等度の濃度ではアポE4で中性脂肪水解の抑制が小さいことが示された。正常人のVLDLアポE濃度に相当するとされる、20μg/mgTGの濃度では、アポE4(96±1.3:mean±SD)は、E2(76±0.5)、E3(81±4.3)と比して中性脂肪水解抑制が弱いことがわかった。アポE2の抑制効果は特にアポE濃度が高い領域でE3、E4に比べて強いことがわかった。

 【考察】

 泡沫化したマクロファージ系細胞にアポEを内因性に発現させたところ、すべてのアイソフォームで細胞内コレステロールが減少し、アイソフォーム間ではE2、E4と比べてE3での減少の程度が大きかった。細胞内プロテオグリカンを減少させずに実験を行った結果では、引き抜かれたコレステロールがアポEと共に細胞表面に接着していると考えられ、プロテオグリカンを介した細胞表面との接着は、E4で強く、E2で弱いことが考えられた。HeLa細胞で作られた外因性のアポEを加えた結果でも、いずれのアイソフォームにおいても細胞内コレステロールの減少がみられたが、アイソフォーム間での差は認めなかった。このことより、アポEが純粋にコレステロールを引き抜く作用はE3で大きく、次いでE4、E2の順であるが、生理的に細胞表面のプロテオグリカンが存在する状態では、引き抜かれたコレステロールがアポEと共に細胞表面に接着することに影響されることが示された。この接着により、アポE4でのコレステロール引き抜きが少ない可能性が考えられ、これはアポE4遺伝子が独立した虚血性心疾患の危険因子であることと関連する可能性が考えられた。

 VLDL中のアポE濃度を中性脂肪に対して上昇させると、中性脂肪水解(lipolysis)の抑制を認め、アイソフォーム間では、E4で抑制の程度が小さく、E2で大きく抑制する相違があることがわかった。この相違には、VLDL中のアポCIIの減少、VLDL中のコレステロール含量の増加が関与していることが考えられたが、他の要因が存在する可能性も考えられた。アポE2でリポリシスの抑制が強いことは、マウスでのアポEアイソフォーム発現の実験で著明な高中性脂肪血症をきたす一因であることを示し、またアポE2遺伝子をもつヒトにおいて、特に食後の中性脂肪血症が認められることにも合致する所見と考えられた。一方、アポE4でリポリシスの抑制が小さいことで、VLDLよりIDL・LDLへの代謝が促進されることが予想され、アポE4遺伝子が高LDLコレステロール血症と関連がみられることの一因となっている可能性も考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、アポ蛋白質であるアポEについて、それがリポ蛋白レセプターのリガンドとなる以外に、脂質代謝に関わる細胞や酵素に対して直接持つと考えられる作用について、主要アイソフォーム間での相違の検討を行っている。最初に、マクロファージのコレステロール引き抜きへの効果について、次に、VLDL上の中性脂肪のリポプロテインリパーゼ(LPL)による水解(リポリシス)への効果について検討を行い、以下のような知見が得られている。

1, アデノウイルスベクターを用いてアポEをマクロファージ系培養細胞であるRAW264.7細胞に発現させると、細胞内コレステロールの減少がおき、アイソフォーム間では、アポE2で細胞内コレステロールの減少が大きく、E4で小さい結果となった。

 一方、細胞表面のプロテオグリカンの合成を阻害した条件で同じ実験を行うと、細胞内コレステロールの減少の程度は大きくなり、アイソフォームでは、アポE3で細胞内コレステロールの減少の程度が大きく、次いでE4、E2の順となっていた。この結果から、アポEがコレステロールを純粋に引き抜く作用はE3>E4>E2の順で強いことが明らかになったが、同時に、生理的に細胞表面にプロテオグリカンが存在する状態では、引き抜かれたコレステロールがアポEと共に細胞表面にプロテオグリカンを介して接着することが引き抜きに影響を及ぼすことが明らかとなり、この接着は、E4で大きく、E2で小さいことが示された。

 2. HeLa細胞によって産生させた外因性のアポEをRAW細胞に加えたところ、やはりアポE2で細胞内コレステロールの減少が大きかったが、細胞表面のプロテオグリカンを減少させると、アイソフォーム間での相違は消失した。これにより、外因性のアポEによる純粋なコレステロール引き抜きについては、アイソフォーム間では相違を認めないことが示された。一方で、プロテオグリカンが存在する生理的な条件では、内因性と同様に、引き抜かれたコレステロールの細胞表面への接着が起こることが示された。接着後のコレステロールの代謝については現段階では不明であるが、後に細胞内に再度取りこまれる可能性も想定され、生理的な条件ではアポE4で細胞内コレステロールの引き抜きが小さく、E2で大きい可能性が示唆された。これは、アポE4遺伝子を持っことが、血清コレステロールレベルに関係なく虚血性心疾患の独立した危険因子であることの一因である可能性も考えられた。

 3. アポEとLDL受容体のダブルノックアウトマウスにアデノウイルスでアポEアイソフォーム遺伝子を発現させることで、LDL受容体による取り込みの影響を受けず、尚且つ各アイソフォームのみをアポEとして持つVLDLを採取し、基質である中性脂肪とアポEとの比を変化させてLPLと反応させ、水解率を比較した。その結果、アポEは濃度依存性にリポリシスを抑制し、リポリシスを促進する作用は認められなかった。アポEの濃度が低いとアイソフォーム間での相違は認められなかったが、ヒトの血中濃度に近い条件ではアポE4ではリポリシスの抑制が小さいことが判明した。アポE2はリポリシスを強く抑制し、これはアポE濃度が大きくなるにつれて顕著となることも示された。上記の結果は、アポE2遺伝子を持つヒトで特に食後に高中性脂肪血症を示すこと、また、アポE4遺伝子を持つヒトでLDLコレステロールが高値となっていることの一因である可能性が考えられた。

 4. アポEがリポリシスを抑制する機序として、LPLの活性化因子であるアポCIIをVLDLより排除する可能性が指摘されているため、本実験で用いたVLDLについて等電点電気泳動を行ってアポCII量の減少を検討したところ、アポE濃度の上昇に伴ってアポCIIの減少を認めたが、アイソフォーム間では、アポE4でむしろ減少しており、リポリシス抑制の結果を説明するものではなかった。

 5.また、アポEアイソフォームの違いにより、VLDL中のコレステロールの含有率に差があることがリポリシス抑制の相違につながっていることも考えられたことから、この点についても検討を行った。その結果、アイソフォーム間ではアポE2でVLDL中のコレステロール含有量が高く、これがリポリシスの抑制に関与している可能性が考えられたが、アイソフォーム内では、アポEの増加に伴って、VLDLのコレステロール含有量が著明に低下するにもかかわらず、リポリシスが抑制されており、コレステロール含有量の増加以外の要因がリポリシスの抑制に関与していることが示唆された。

 以上、本論文は、アポEの脂質代謝への直接的な効果という面から、マクロファージからのコレステロール引き抜き、VLDLのリポリシスに対するアイソフォーム間の相違を明らかにした。本研究は、脂質代謝および動脈硬化におけるアポ蛋白質の役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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