学位論文要旨



No 116390
著者(漢字) 窪田,直人
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,ナオト
標題(和) PPARγは高脂肪食負荷下で脂肪細胞の肥大化とインスリン抵抗性を調節する
標題(洋) PPARγmediates high-fat diet-induced adipocyte hypertrophy and insulin resistance
報告番号 116390
報告番号 甲16390
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1785号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 五十嵐,徹也
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

PPARは1990年に、脂肪分解に関与する細胞内小器官であるペルオキシソームを増加させる作用を仲介する蛋白として同定され、ペルオキシソーム増殖剤により活性化を受けるレセプターという意味でperoxisome proliferator-activated receptor(PPAR)と名付けられた。PPARは他の核内受容体と同様、中央部のDNA結合ドメインとc末端側のリガンド結合ドメインからなり、これまでに3種のサブタイプが同定されている。PPARγはPPARファミリーの中で最も脂肪細胞特異的に発現しており、脂肪細胞特異的遺伝子群の転写の前段階から発現が増加していることが示され、その生理的機能が注目されていた。TontonozらはPPARγを脂肪細胞への分化能を持たない線維芽細胞に強制発現させ、同時にPPARγの活性化剤を添加することにより線維芽細胞が脂肪細胞に分化することを示し、PPARγが脂肪細胞分化のマスターレギュレーターであることを示した。このことはPPARγが脂肪細胞分化の一連の遺伝子カスケードにおいて重要な分子であることを意味している。私はPPARγの個体における生理的役割を明らかにするためにPPARγノックアウトマウスを作製し、その解析を行った。

1、PPARγの脂肪細胞分化における役割PPARγホモ欠損マウスは胎生10.5日から11.5日の間に死亡していた。この時期PPARγは胎盤においてのみその発現が認められ、胎盤異常が胎生致死の原因と考えられた。実際、ホモ欠損マウスの胎盤ではラビリンス層が野生型に比し薄く、内部の毛細血管網が未発達であった。次に私はPPARγの脂肪細胞分化における役割を明らかにするためにPPARγ欠損マウスの胎児線維芽細胞を用いて、脂肪細胞への分化誘導実験を行った。誘導剤にはイソブチルメチルキサンチン(IBMX)、デキサメサゾン(DEX)、インスリン(INS)を使用し、野生型、ヘテロ欠損型、ホモ欠損型の脂肪細胞への分化の程度をOil-Red-0染色にて評価した。その結果、ホモ欠損型では脂肪細胞に全く分化せず、PPARγが脂肪細胞分化に必須であることが証明された。またPPARγの発現量が半分であるヘテロ欠損型では脂肪細胞分化の程度も約半分になることから、脂肪細胞分化はPPARγの発現重依存的に起こっていることも明らかとなった(図1上段)。さらにホモ欠損型ではチアゾリジン誘導体(TZD)を作用させても脂肪細胞への分化は全く認められないことから、チアゾリジン誘導体の脂肪細胞分化作用はPPARγを介していることも明らかとなった(図1中段)。次に脂肪細胞分化が起らなかったホモ欠損型胎児線維芽細胞にレトロウイルスを用いてPPARγ遺伝子を導入したところ、導入された細胞では、分化能が野生型と同程度にまで回復した(図1下段)。以上のことから脂肪細胞分化にはPPARγが必要かつ十分であることが証明された。

ll、個体におけるPPARγの役割

 次にPPARγの肥満やインスリン抵抗性における役割を明らかにするために高脂肪食負荷を行った。野生型及びヘテロ欠損マウスにそれぞれ高脂肪食及び高炭水化物食負荷を行い、体重、白色脂肪組織重量、白色脂肪細胞の大きさを測定した。高脂肪食負荷群においてヘテロ欠損マウスでは体重の増加、白色脂肪組織重量の増大、白色脂肪細胞の肥大化の程度がいずれも野生型に比し有意に低下していた。(図2A,B)。またインスリン負荷試験を行ったところ、高脂肪食負荷前では野生型とヘテロ欠損型において差は認められなかったが、負荷15週後では野生型がインスリン抵抗性をきたしたのに対し、ヘテロ欠損型ではこのようなインスリン抵抗性の出現は認められなかった(図2C)。このように、PPARγヘテロ欠損マウスでは高脂肪食負荷時、脂肪細胞の肥大化や脂肪蓄積が抑制され、それに伴ってインスリン抵抗性の出現も軽度となっていた。

 図3は、脂肪細胞分化、脂肪細胞肥大化とインスリン感受性の制御におけるPPARγの役割を示したモデルである。野生型では高脂肪食負荷時、脂肪細胞の肥大化や脂肪蓄積が促進し、その結果インスリン抵抗性が惹起されることが知られている。今回、PPARγヘテロ欠損マウスにおいてこれらの脂肪細胞の肥大化や脂肪蓄積、インスリン抵抗性の出現が抑制されたことから、PPARγが脂肪細胞の肥大化とインスリン抵抗性出現にも重要な役割を果たしていることが初めて明らかとなった。チアゾリジン誘導体は主に前駆脂肪細胞の分化を促進することによりインスリン感受性を亢進させるが、このようにPPARγは脂肪細胞の分化と脂肪蓄積の両者に作用しそれぞれインスリン感受性及びインスリン抵抗性の形成を引き起こすことが明らかとなった。これらのことから、PPARγはチアゾリジン誘導体投与などの比較的高濃度のリガンドにさらされた場合は脂肪細胞の分化とインスリン感受性亢進に作用し、高脂肪食負荷といった比較的低濃度の生理的濃度のリガンドにさらされた場合は脂肪蓄積とインスリン抵抗性に作用するという2面的な役割を有すると考えられる。

 次にPPARγヘテロ欠損マウスにおける脂肪蓄積の抑制のメカニズムについて検討を加えた。高脂肪食負荷時の野生型とヘテロ欠損マウスの摂餌量と直腸温を測定したところ、ヘテロ欠損マウスでは有意に摂餌量の減少と直腸温の上昇が認められ(図4A)、ヘテロ欠損マウスでは高脂肪食負荷時、エネルギー摂取の低下とエネルギー消費の亢進により、脂肪細胞肥大化や脂肪蓄積、およびインスリン抵抗性出現が抑制されていることが明らかとなった。これらはレプチン作用の亢進として説明できる可能性があると考え検討したところ、高脂肪食負荷群のヘテロ欠損型は白色脂肪細胞の大きさが野生型に比し小型であるにもかかわらず、白色脂肪組織におけるレプチンの発現量、血中レプチンレベルが高値であった(図4B)。次に胎児線維芽細胞より分化させた脂肪細胞を用いてレプチンの発現量及び分泌量を検討した。前途と同様に脂肪細胞分化を行い分化に伴うレプチンの発現量を検討したところ、ホモ欠損型では全くその発現が確認できなかったのに対し、ヘテロ欠損型では分化の程度が半分ほどであるにも関わらず、野生型に比しその発現が増加していた(図4C)。またこの時の培養液中のレプチン濃度もヘテロ欠損型では野生型に比し高値を示し、(図4C)、個体レベルで認められたレプチン発現量の増加と血液中レプチンレベルの上昇は脂肪細胞の転写レベルで制御されていることが明らかとなった。成熟脂肪細胞においてレプチンの発現量はPPARγアゴニスト投与により約3/4落ちること、またPPARγアゴニストは C/EBPαのレプチン転写活性化能を抑制することから、今回ヘテロ欠損型で認められたレプチンの発現量及び分泌量の増加はPPARγ遺伝子が半分になったため、レプチン遺伝子に対するPPARγの抑制が部分的に解除された結果によるものと考えられる。以上のことからPPARγは、高脂肪食負荷による脂肪細胞肥大化、脂肪蓄積、インスリン抵抗性の出現を媒介し、その作用の一部はレプチン発現の抑制を介するものと考えられた。

 図5は脂肪細胞分化、脂肪細胞肥大化とインスリン感受性の制御におけるレプチンの役割を示したモデルである。野生型では高脂肪食負荷による脂肪細胞の肥大化とインスリン抵抗性の出現は、視床下部肪における中枢性のレプチン抵抗性と2つのPPARγ遺伝子によるレプチン発現の抑制によって引き起こされていると考えることができる。それに対しPPARγヘテロ欠損型では野生型同様に視床下部における中枢性のレプチン抵抗性はあるものの、PPARγ遺伝子を一本失ったためにレプチン発現の抑制が部分的に解除され、相対的なレプチン作用亢進状態となり、高脂肪食負荷における脂肪細胞肥大化の抑制とインスリン抵抗性出現の抑制を引き起こしている可能性が示された。

おわりに

私はPPARγが脂肪細胞分化のみならず、脂肪細胞大化とそれに伴うインスリン抵抗性出現においても重要な役割を果たしていることを初めて明らかにした。PPARγ遺伝子はこのように脂肪細胞におけるレプチンの発現抑制を介して、高脂肪食下で工ネルギー貯蔵に作用し、典型的な倹約遺伝子“thrifty gene”として働いていると考えることができる。そして飢餓環境においてはそれは生存に有利に働いていたが、現代のような飽食の時代では2対のPPARγ遺伝子の存在は肥満やインスリン抵抗性といった習慣生活病の原因となり、生存に不利に働いているものと思われる。最近、ヒトにおいて同定された転写活性能が約70%に低下しているPPARγ2Pro12Ala多型を持つヒトは、肥満、インスリン抵抗性が軽度となっており、PPARγ遺伝子がヒトにおいても倹約遺伝子として作用していることが報告されている。またこのPPARγの新しい役割は創薬の分野においても例えば肥満やインスリン抵抗性に対するPPARγアンタゴニストのような新しい治療戦略の確立に一役担う可能性を示唆していると思われる。

<!--以下、図表見出し・説明文-->

図1,野生型、ヘテロ欠損型、ホモ欠損型の胎児線維芽細胞の脂肪細胞分化

図2A、高脂肪食、高炭水化物食負荷時の体重と白色脂肪組織重量

図2B、高脂肪食、高炭水化物食負荷時の白色脂肪細胞の大きさ

図2C、高脂肪食負荷前後のインスリン負荷試験

図3、脂肪細胞肥大化とインスリン感受性調節におけるPPARγの役割

図4A、高脂肪食負荷時の摂取量と直腸温度

図4B、高脂肪食負荷時の白色脂肪組織におけるレプチン発現量と血中レプチン濃度

図4C、脂肪細胞分化に伴うレプチンの発現と分泌

図5、脂肪細胞肥大化とインスリン感受性調節におけるレプチンの役割

<!--以上、図表見出し・説明文-->

審査要旨 要旨を表示する

 本研究ではperoxysome proliferator-activated receptorγ(PPARγ)の個体における生理的役割を明らかにするためにPPARγノックアウトマウスを作製し、下記の結果を得ている。

1.PPARγの脂肪細胞分化における役割を明らかにするためにPPARγ欠損マウスの胎児線維芽細胞を用いて、脂肪細胞への分化誘導実験を行った。その結果、PPARγホモ欠損胎児線維芽細胞は全く脂肪細胞に分化せず、PPARγが脂肪細胞分化に必須であることが証明された。またPPARγの発現量が半分であるPPARγヘテロ欠損胎児線維芽細胞では脂肪細胞分化の程度も約半分になることから脂肪細胞分化はPPARγの発現量依存的に起こっていることも明らかとなった。さらにPPARγホモ欠損胎児線維芽細胞ではチアゾリジン誘導体を作用させても脂肪細胞への分化は全く認められないことから、チアゾリジン誘導体の脂肪細胞分化作用はPPARγを介していることも明らかとなった。次に脂肪細胞分化が起こらなかったホモ欠損型胎児線維芽細胞にレトロウイルスを用いてPPARγ遺伝子を導入したところ、導入された細胞では、分化能が野生型と同程度にまで回復した。以上のことから脂肪細胞分化にはPPARγが必要かつ十分であることが証明された。

2.PPARγの肥満やインスリン抵抗性における役割を明らかにするために高脂肪食負荷を行い検討を加えた。野生型及びヘテロ欠損マウスにそれぞれ高脂肪食及び高炭水化物食負荷を行い、体重、白色脂肪組織重量、白色脂肪細胞の大きさを測定した。高脂肪食負荷群においてヘテロ欠損マウスでは体重の増加、白色脂肪組織重量の増大、脂肪細胞の肥大化の程度がいずれも野生型に比し有意に低下していた。またインスリン負荷試験を行ったところ、高脂肪食負荷前では野生型とヘテロ欠損型において差は認められなかったが、負荷15週後では野生型がインスリン抵抗性をきたしたのに対し、ヘテロ欠損型ではこのようなインスリン抵抗性の出現は認められなかった。このように、PPARγヘテロ欠損マウスでは高脂肪食負荷時、脂肪細胞の肥大化や脂肪蓄積が抑制され、それに伴ってインスリン抵抗性の出現も軽度となっていた。

3.PPARγヘテロ欠損マウスにおける脂肪蓄積の抑制のメカニズムを検討するために、高脂肪食負荷時の野生型とヘテロ欠損型の摂餌量と直腸温を測定したところ、ヘテロ欠損型では有意に摂餌量の減少と直腸温の上昇が認められ、ヘテロ欠損マウスでは高脂肪食負荷時、エネルギー摂取の低下とエネルギー消費の亢進が起きそれに伴い、脂肪細胞肥大化や脂肪蓄積の抑制、およびインスリン抵抗性出現の抑制されていることが明らかとなった。これらはレプチン作用の亢進として説明できる可能性があると考え検討したところ、高脂肪食負荷群のヘテロ欠損型は白色脂肪細胞の大きさが野生型に比し、小型であるにもかかわらず、白色脂肪組織におけるレプチンの発現量、血中レプチンレベルが高値であった。

次にこのヘテロ欠損型で認められたレプチンの発現量の増加や血中レプチンレベルの上昇について胎児線維芽細胞より分化させた脂肪細胞にて検討を加えた。前述と同様に野生型、ヘテロ欠損型、ホモ欠損型の胎児線維芽細胞を用いて脂肪細胞分化の実験を行い、分化に伴うレプチンの発現量を検討したところ、ホモ欠損型では全くその発現が確認できなかったのに対し、ヘテロ欠損型では中性脂肪含量が少ないにも関わらず、野生型に比しその発現が増加していた。またこの時の培養液中のレプチン濃度を測定したところ、ヘテロ欠損型では野生型に比しレプチン分泌量の上昇を認め、個体レベルで認められたレプチン発現量の増加と血中レプチンレベルの上昇は脂肪細胞の転写レベルで制御されていることが明らかとなった。成熟脂肪細胞においてレプチンの発現量はPPARγアゴニスト投与により約3/4落ちること、またPPARγアゴニストはC/EBPαのレプチン転写活性化能を抑制することから、今回ヘテロ欠損型で認められたレプチンの発現量及び分泌量の増加はPPARγ遺伝子が半分になったため、レプチン遺伝子に対するPPARγの抑制が部分的に解除された結果によるものと考えられた。

以上、本論文ではPPARγノックアウトマウスを作製し、PPARγが高脂肪食負荷による脂肪細胞肥大化、脂肪蓄積、インスリン抵抗性の出現を媒介し、その作用の一部はレプチン発現の抑制を介するものであることを示した。この発見は、肥満とそれに伴うインスリン抵抗性の分子機構の解明に重要な貢献を成すものと期待され、学位の授与に値するものと考えられる。

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