学位論文要旨



No 116391
著者(漢字) 原,一雄
著者(英字)
著者(カナ) ハラ,カズオ
標題(和) PPARγPro12AIa多型は2型糖尿病発症抵抗性因子として働く
標題(洋) The Pro12Ala Polymorphism in PPARY2May Confer Resistance to Type2Diabetes
報告番号 116391
報告番号 甲16391
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1786号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 岡崎,具樹
 東京大学 教授 川久保,清
 東京大学 講師 本田,善一郎
内容要旨 要旨を表示する

転写因子で核内受容体であるperoxisome proliferator-activated receptor γ Y(PPARγ)の個体レベルでの生理的役割を明らかにするため発生工学的手法を用いた欠損マウスの作製とその表現型の解析、ヒトPPARγ2遺伝子Pro12Ala多型に関する患者対照研究を行った。PPARγホモ欠損マウスは胎盤の機能障害のため胎生致死であった。PPARγヘテロ欠損マウスは高脂肪食下における脂肪細胞の肥大化とそれに伴うインスリン抵抗性の出現から保護されていた。その分子的機序として、PPARγヘテロ欠損マウスは野生型に比べ脂肪細胞の径が小さく脂肪組織重量が軽いにも関わらずレプチンの発現や血中濃度が高値であることが少なくとも一部を説明していると考えられた。よって、PPARγは高脂肪食による脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性の出現を媒介する倹約遺伝子であることが示唆された。ヒトにおけるPPARγの役割を解明するためヒトPPARγ2遺伝子をスクリーニングし、転写活性能の低下したPro12Ala多型を同定した。肥満群ではAla多型保持者は非保持者に比しインスリン感受性が高いこと、本多型が糖尿病群に比べ非糖尿病群で有意に高頻度に認められることから本多型は糖尿病抵抗性因子として働いていることが示唆された。以上の結果よりPPARYはヒトにおいてもマウスにおいても倹約遺伝子としての役割を担っていることが示された。

 キーワード:脂肪細胞肥大化、脂肪細胞分化、インスリン抵抗性、レプチン、倹約遺伝子

 背景

 転写因子で核内受容体であるPPARγは、脂肪細胞分化に必須であり、インスリン抵抗性改善薬であるチアゾリジン誘導体の細胞内標的である。PPARγ欠損マウスの表現型を解析したところ、PPARγホモ欠損マウスは胎盤の機能障害のため胎生致死であった。PPARγ ヘテロ欠損マウスは普通食下では成長や耐糖能など表現型に異常を認めなかった。ところが、高脂肪食下において検討を行ったところ、野生型では高脂肪食下では普通食下と比較して著明な体重増加を示したが、ヘテロ欠損マウスでは高脂肪食下での体重増加が著明に抑制された。また、高脂肪食負荷後では野生型に比べPPARγヘテロ欠損マウスでのインスリンによる血糖後下作用が有意に高く、インスリン感受性が野生型に比して高いことが明らかとなった。従って、PPARγは高脂肪食による脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性の出現を媒介する倹約遺伝子であることが示唆された。本研究ではヒトにおけるPPARγの役割を解明するためヒトPPARγ2遺伝子をスクリーニングし、転写活性能の低下したPro12A1a多型を同定した。PPARγヘテロ欠損マウスで高脂肪食によるインスリン抵抗性の出現が抑制されていたことから本多型保持者はインスリン抵抗性が軽度であることが推測された。そこでPPARγ2遺伝子の多型・変異とインスリン感受性に関連する諸指標や2型糖尿病との相関を検討した。

 方法

 対象者は糖尿病患者415人と60才以上にも関わらず非糖尿病でかつ糖尿病の家族歴を持たない541人である。informed consentをとった上でDNAを採取し、PPARγ2遺伝子Pro12Ala多型についてPCR-RFLP法によりgenotypingを行い、本多型の頻度、糖代謝に関係する臨床的諸指標との相関を検討した。インスリン抵抗性に関しては脂肪の蓄積によるインスリン感受性に対する影響を除外するため対照をBMI22未満のやせ型、22から25未満の正常型、25以上の肥満型の3群に層別化して検討を行った。

 結果

肥満者ではAla多型保持者は非保持者に比べ空腹時IRIとインスリン抵抗性の指標であるHOMA値が有意に低く、インスリン感受性が高いことが示唆された(図1)。また、本多型のアリル頻度は非糖尿病群で有意に高頻度であった(表1)。また、本多型保持者は非保持者に比べ血中レプチン濃度が高い傾向を認めた。

 考察

PPARγヘテロ欠損マウスが高脂肪食下における体重増加やインスリン抵抗性の出現から一部解除されていたことから次の様な仮説を提唱している。前駆脂肪細胞から脂肪細胞への分化はPPARγにより促進されるが、チアゾリジン誘導体はPPARγの活性を非生理的な程度まで上昇させ、成人の脂肪組織では通常活発に起こっていないと考えられる脂肪細胞の分化が起き小型脂肪細胞が増加するためインスリン抵抗性が改善する。PPARγヘテロ欠損マウスで高脂肪食での脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性の出現が抑制されていたことから、PPARγは高脂肪食による脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性の惹起を媒介している倹約遺伝子(thrifty gene)と考えられる。また、PPARγヘテロ欠損マウスではレプチンの発現や血中レプチン濃度が上昇しており、レプチン感受性には変化がないことより、個体レベルでのレプチン作用が亢進しているため摂食量の低下と直腸温の上昇を来たし、その結果高脂肪食による脂肪細胞肥大化やインスリン抵抗性惹起が抑制されると考えられる。この結果からPPARγの量や活性が低下しているとインスリン感受性が高く糖尿病になりにくいことが示唆される。そこでヒトPPARγ2遺伝子のスクリーニングを行いコドン12のProlineがAlanineに置換した多型を同定した。本置換によりチアゾリジンのPPARγ転写活性上昇作用が低下することが明らかとなっている。そこでPPARγヘテロ欠損マウスと同等の表現型を来すと考えられたが、肥満群で本多型保持者は非保持者に比べインスリン感受性が高いことが示された。また、本多型のアリル頻度は非糖尿病群で有意に高頻度でオッズ比は0.41であり、糖尿病抵抗性因子として働いている可能性が示唆された(表1)。更に血中レプチン値が本多型保持者で高い傾向にあり、ヘテロ欠損マウスでの結果と合致していた。以上よりPPARγ遺伝子はマウスにおいてもヒトにおいても倹約遺伝子であると考えられ、PPARγの量や機能の部分的低下は高脂肪食などの環境因子の下で脂肪蓄積やインスリン抵抗性の出現、2型糖尿病の発症に対して抵抗性因子として働いている可能性があると考えられた。

図1.PPARγPro12Ala多型とインスリン抵抗性

表1.PPARγPro12Ala多型と2型糖尿病

審査要旨 要旨を表示する

本研究は脂肪細胞の分化に必須で、インスリン抵抗性改善薬のチアゾリジン誘導体の細胞内標的であるPPARγ遺伝子の2型糖尿病の発症における役割を明らかにするため、ヒトPPARγ遺伝子多型を検索し、患者対照相関解析を行ったものであり、以下の結果を得ている。

1.ヒトPPARγ遺伝子の全9エクソンをDirect Sequence法を用いて1塩基多型の検索を行い、脂肪細胞特異的なアイソフォームであるPPARγ2遺伝子の12番目のアミノ酸のProlineがAlanineに置換したPro12Ala多型を同定した。本置換によってPPARγの転写活性能が低下することが他の研究グループによって報告されており、PPARγヘテロ欠損マウスが高脂肪食による脂肪細胞の肥大化やインスリン抵抗性の惹起から保護されていることをあわせて考えると、Ala12アリル保持者は非保持者に比してインスリン抵抗性が軽度であることが推測された。

2.糖尿病患者415人、非糖尿病者541人を対象に、本多型の頻度をRFLP法を用いて検討したところ、本多型は2型糖尿病群に比べて非糖尿病群で頻度が有意に高く、Ala12アリルが糖尿病抵抗性に働いていることが示唆された。

3.更にBMIによって非糖尿病者を3群に層別化した検討で、BMIが25以上の肥満群では、Ala12アリル保持者は非保持者に比してインスリン抵抗性が軽度であることが明らかとなった。

4.これらの結果より転写活性能を低下させると考えられるAla12アリルは、特に肥満者ではインスリン感受性の方向に働き、2型糖尿病抵抗性因子として働くことが示唆された。翻って、Pro12アリル保持者はインスリン抵抗性が高く、2型糖尿病に感受性であることが示唆され、欧米人に比して本アリルの頻度が高いことから、日本人が欧米型の生活習慣にさらされた場合、2型糖尿病を発症しやすい可能性が示唆された。

以上、本論文はPPARγ2遺伝子多型を利用した相関解析によって、Ala12アリルが糖尿病抵抗性因子であること、本遺伝子が日本人の2型糖尿病の発症機序に重要な役割を担っていることを明らかとした。本研究はこれまでほとんど明らかにされてこなかった、一般の2型糖尿病の原因遺伝子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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