No | 116392 | |
著者(漢字) | 千勝,紀生 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チカツ,ノリオ | |
標題(和) | r選択とk選択によるがん細胞の変化 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116392 | |
報告番号 | 甲16392 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1787号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 分子腫瘍学では、遺伝子の変異が段階的に蓄積して癌化していくという多段階発癌仮説が現在広くうけいれられている。そして次々とおこる遺伝子の蓄積を説明する概念として「遺伝子不安定性」という概念が確立している。遺伝子レベルの変異に加えて、異数体や多倍体は癌の特徴であり、これらは全て遺伝子不安定性の証左であると考えられている。特に癌抑制遺伝子p53は、遺伝子不安定性において中心的役割を果たす遺伝子の一つと考えられ、研究が進められてきた。一方、古くから多段階発癌仮説は一種の進化であるとも捉えられてきた。進化の原動力が自然選択であることは進化生物学においては定説である。だが、分子腫瘍学者たちは、「クローン選択」および「クローン進化」という概念は認めつつも、遺伝子変異や遺伝子不安定性の方を重視してきた。 今回、われわれは、c-mycとEJ-rasをラット胎児線維芽細胞に遺伝子導入して得られる多段階発癌モデルに、進化生物学で検討されてきた自然選択としてr選択とK選択を適用した。r選択とは細胞が指数関数的に増殖する条件で働く選択であり、K選択は細胞密度が高い培養条件で働く選択である。2倍体であることを確認した細胞でK選択を施行すると4倍体の出現が見られ、r選択では4倍体は出現しなかった。r選択ではp53の変異(Loss of heterozygosity,LOH)が効率よく出現した。また、K選択後の培養をr選択にすると4倍体は消失した。さらに、長期のr選択を経るとその後のK選択で倍数移行が生じにくくなることも観察された。 r選択は増殖の速いものが選択に勝利するため、増殖の速いp53LOHが効率よく選択される一方、増殖の遅い4倍体は選択されない。K選択で4倍体が選択される理由は明らかにできなかったが、進化生物学でK選択は、大型な生物に有利だという観察や、原生動物においてDNA含量が多いものが有利であるといった説と呼応していると考えられた。従来の説と異なり我々の系では、p53の異常と多倍体化を分離することができた。このことは、従来の研究において自然選択の要素が厳密に考察されていなかった可能性を指摘している。また、長期のr選択後倍数移行が生じにくくなるという観察から、多倍体は必ずしも遺伝子不安定性による、すなわち、制御の破綻によってのみ生じるものではないことも示唆された。言い換えると多倍体は遺伝子不安定性の証左ではなく、K選択下にあることの証左である。 本研究は、同一の細胞が培養条件の変化のみによつて異なった形質に誘導できること、また、遺伝子不安定性に直結していると考えられているp53変異の出現も自然選択の違いによって誘導できることを示した。これらのことは、自然選択の重要性を直接的に示したものである一方、現在までの多段階発癌仮説に対する研究において遺伝子不安定性が偏重されてきた可能性をも指摘している。 | |
審査要旨 | 本研究は、多段階発癌モデルにおいて、軽視されがちな自然選択が重要な役割を果たしていることを明らかにするため、ラット胎児線維芽細胞(REF)にc-mycとEJ-rasという二つの癌遺伝子を導入して得られた実験的腫瘍細胞に、進化生物学で検討されてきた二つの自然選択であるr選択とK選択を適用したものである。r選択とは生物密度が低く、指数関数的に増殖する条件で働く選択であり、k選択とは生物密度が高い状態で働く選択である。この実験系において、下記の結果を得ている。 1.REFにc-mycとEJ-rasを導入して得られた腫瘍細胞には多倍体が混じることが以前から知られていたが、経時的に細胞集団の倍数性をフローサイトメトリーで調べたところ、多倍体はr選択では出現せず、k選択では高率に出現した。また、6週間のr選択後のk選択では多倍体が出現することはなく、同期間のk選択後のr選択では速やかに4倍体は駆逐され、2倍体細胞が優勢となった。4倍体細胞の増殖は2倍体より遅く、r選択では増殖の最も速い細胞が選択されるため、4倍体細胞が出現しないと考えられた。 2.c-mycを遺伝子導入した系では癌抑制遺伝子p53の経路に破綻が生じることが知られている。また、p53経路の異常によって多倍体が出現する系も以前から報告がある。p53およびその上流にあるp19/ARFをRT-PCR-SSCPで調べたところ、p53の点突然変異と、その後野性型アレルの消失(Loss of heterozygosity,LOH)が生じているものがあった。また、使用したREFにはINK4a/ARFローカスにポリモルフィズムないし点突然変異があり、ときにLOH、ときに発現の消失を認めた。 3.p53の変異の出現はK選択よりもr選択で高頻度に認められた。p53変異のある細胞増殖は速いことが以前から知られており、本研究でも同様であった。この増殖が速いということが、r選択で効率よく選択される理由であると考えられた。 4.株化した四倍体細胞も含めた細胞にドキソルビシンを添加し、p53蛋白およびその下流にあるp21蛋白の誘導をウェスタンブロッティングで検討したところ、四倍体細胞のなかに、P53経路が正常であるものが存在した。 以上、本論文はREFにc-mycとEJ-rasを導入して得られる実験的腫瘍細胞においてr選択とK選択という二つの自然選択を適用して、細胞の変化を解析することによって、多段階発癌において自然選択が重要な役割を果たすことを明らかにした。従来自然選択は遺伝子変異と比較して軽視されていたため、本研究は今後多段階発癌のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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