学位論文要旨



No 116394
著者(漢字) 伊豆津,宏二
著者(英字)
著者(カナ) イヅツ,コウジ
標題(和) Evi-1 によるTGF-βシグナルの抑制におけるコリプレッサーCtBPの役割
標題(洋) The corepressor CtBP interacts with Evi-1 to repress TGF-β signaling
報告番号 116394
報告番号 甲16394
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1789号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 峯,徹哉
内容要旨 要旨を表示する

 Evi-1は、AKXD マウスに発症する骨髄性白血病においてレトロウイルスの組み込みを高率に受ける遺伝子座から同定された癌遺伝子である。正常の骨髄系細胞においては、Evi-1 の発現はほとんど認められないが、ヒトの骨髄性白血病や、骨髄異形成症候群では高率に高発現していることが知られている。ヒト骨髄性白血病や、骨髄異形成症候群の一部では、Evi-1遺伝子が位置する 3q26 を含む染色体異常が認められ、その中では特に t(3;3)(q21;q26) および inv(3)(q26) が多い。これらの異常をもつ症例では、血球の3系統の形態異常や、血小板増多を認めるといった特徴があり、3q21q26 症候群とよばれている。以上の観察から、Evi-4 蛋白がヒトの白血病発症機構においても重要な役割を果たしていることが示唆される。一方、慢性骨髄性白血病急性転化の症例の一部にみられる、t(3;21)(q26;q22) において、Evi-1はAMLl のRunt 領域と結合し、AML1/Evi-1 融合タンパク質を作る。この場合においても、Evi-1 部分が急性転化の発症機序において重要な役割を果たしていることが考えられている。

 TGF-β 刺激は、細胞によって様々な反応を引き起こすが、血球系の細胞においては、主に増殖抑制や、分化促進に働くと考えられている。近年、Evi-1 および AML1/Evi-1 が TGF-β による細胞増殖抑制シグナルを阻害することが明らかにされた。血球系細胞において Evi-1 が異常発現することにより、TGF-β シグナル伝達を抑制することによって分化抑制および増殖促進をおこすことが、Evi-1 による白血病発症の機序の一部を担っていると考えられている。TGF-β シグナルの伝達は、以下のような機構であることが知られている。すなわち、TGF-β が細胞膜上にある TGF-β 受容体に結合し、受容体が Smad2 あるいは Smad3 を引き寄せて、リン酸化し、これらの Smad2 あるいは Smad3 が Smad4 と結合して核内に移行し、標的遺伝子の調節領域に結合してその転写活性を上昇させる。Evi-1 は、核内で Smad3 と結合してその転写活性化能を阻害するとされている。しかし、Evi-1 による TGF-β シグナル伝達の抑制の分子機構については不明な点が多い。また、Evi-1 は、Gal4 融合蛋白を用いた in vitro の実験系において転写抑制因子であることが示されているが、この転写抑制に関わる分子機構も不明である。そこで、Evi-1 による TGF-β シグナル抑制の機構、ひいては Evi-1 による転写抑制機構を詳細に検討する目的で本研究を行った。

 まず、Evi-1 の各種欠失変異体を作成し、Evi-1 による TGF-β シグナルの抑制にとって必要な部位を詳細に検討した。その為、HepG2 細胞に、Evi-1 の各種変異体と、レポーターとして p3TP-Lux を共発現させ、TGFβ 刺激によってレポーター遺伝子の転写活性が上昇する系を用いたレポーターアッセイを行った。これにより、新たに Evi-1 のアミノ酸 544-607番の領域が Evi-1 による TGFβ シグナル伝達の抑制にとって必要な領域であることが分かった。この領域のアミノ酸配列を検討することにより、この領域には Pro-Phe-Asp-Leu-Thr(PFDLT)、Pro-Leu-Asp-Leu-Ser(PLDLS) という、CtBP が結合するのに必要であることが知られているアミノ酸配列に類似した配列があることを見いだした。これらの配列はマウスおよびヒトのEvi-1で完全に保存されていた為、Evi-1の機能にとって重要なアミノ酸配列と考えられた。CtBPは、アデノウイルスの ElA 蛋白の C末端側に結合する蛋白として発見され、これが結合することにより EIA の腫瘍原性が減弱することが知られている。また、いくつかの転写抑制因子と結合して、コリプレッサーとして働いていることが示唆されている。

 Evi-1 と CtBP の細胞内での結合を明らかにする為、COS7細胞にこれらの蛋白を強制発現させ、免疫沈降実験を行った。これによって、Evi-1 と CtBP は細胞内で結合することが明らかになった。次に、Evi-1 にある2つの CtBP 結合配列様モチーフ (PFDLT,PLDLS) に in vitro mutagenesis 法を用いてアミノ酸変異を導入した変異体 (PFAST/PLDLS(AS/DL),PFDLT/PLASS(DL/AS),PFAST/PLASS(AS/AS) : それぞれ変異アミノ酸を下線で示した。)を作成し、同様の免疫沈降実験を行った。これによって、Evi-1 と CtBP との結合には、2つの CtBP 認識配列様モチーフのうち、C末端側の PLDLS というモチーフが必要で、N末端側の PFDLT というモチーフは必要ないことが明らかになった。更に、Evi-1 の CtBP 結合配列を含む部分と Glutathione S-transferase(GST) の融合蛋白を大腸菌で作成し、in vitro で合成した CtBP を用いてプルダウン実験を行い、Evi-1とCtBP が直接結合することを明らかにした。また、Evi-1 と結合するのに必要な CtBP のアミノ酸領域を決定する為に、CtBP の各種欠失変異体を作成して、Evi-1 との結合能をみる実験を行ったが、CtBP のいずれの部分を欠失させても Evi-1 との結合を示さなくなることから、CtBP 全体が Evi-1 との結合に必要な構造をとるのに必要であると考えられた。

 次に、Evi-1 と CtBP の結合が Evi-1 による Smad3 抑制において必要であることを検証する為に、Evi-1 の AS/DL、DL/AS、AS/AS 変異体を用いて、先述と同様のレポーターアッセイを行い、TGFβ シグナルの抑制能を野生型の Evi-1 と比較した。CtBP と結合できる AS/DL 変異体は野生型Evi-1 と同様のSmad3 抑制能を有していた。一方で、CtBP と結合できない、DL/AS、AS/AS 変異体はいずれも本来 Evi-1 のもつ Smad3 抑制能が減弱していた。このことから、Evi-1がSmad3 を抑制する際には、CtBP がコリプレッサーとして結合していることが必要であることが示された。

 CtBP による抑制の機構については、他の研究者から2つのメカニズムが提唱されている。一つは、CtBP がヒストン脱アセチル化酵素 (HDAc) をリクルートしてくるというメカニズム、もう一つは、ポリコーム蛋白群をリクルートすることにより HDAc 非依存性に転写抑制をしているというものである。HDAc 阻害剤である Trichostatin を細胞に添加して、前述のレポーターアッセイを行うことにより、Evi-1 による Smad3抑制 は Trichostatin により部分的に解除されることを見いだした。Evi-1 による Smad3 抑制には CtBP が介在していることから、CtBP による転写抑制機構にHDAcが関与している可能性を示唆している。

 次に、Evi-1 による TGF-β細胞増殖抑制反応の阻害における、CtBP の関与をみる目的で、ミンク肺上皮細胞 Mv1Lu細胞に野生型、および DL/AS 変異体の Evi-1 を導入した変異細胞株を樹立し、これらにTGF-β を添加した後の細胞増殖を観察する実験を行った。Mv1Lu細胞は TGF-β 添加により細胞増殖が抑制されたが、野生型 Evi-1 を導入した細胞株は、TGF-β による増殖抑制が阻害されていた。一方、CtBP を結合できない DL/AS 変異体 Evi-1 を導入した細胞株は野生型と同様に TGF-β による増殖抑制を受けた。以上から、TGF-β による細胞増殖抑制を Evi-1 が阻害する際においても、CtBP が結合してコリプレッサーとして働くことが示された。

 本研究により、TGF-β による細胞増殖抑制を Evi-1 が阻害する際に、Evi-1がCtBP というコリプレッサーと結合して機能していることが明らかになった。また、Evi-1 と CtBP との複合体による転写抑制の機構において、ヒストン脱アセチル化酵素が重要な役割を果たしていることが示唆された。CtBP は、発生過程の形態形成において重要なコリプレッサーとして機能していることがこれまでに知られているが、本研究により、新たに発癌のメカニズムにおいても CtBP がコリプレッサーとして働いている可能性があることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 EVI-1遺伝子は、ヒト染色体 3q26 に位置しており、この部位には骨髄異形成症候群や、骨髄性白血病の症例においてしばしば転座や逆位などの染色体異常が認められる。これらの染色体異常によって、また、染色体異常がない場合においてもしばしばヒトの骨髄性腫瘍では EVI-1遺伝子の過剰発現がみられることから、EVI-1 がヒトの白血病の発症に関与していることが考えられている。近年、EVI-1 蛋白は、TGF-β シグナルを細胞内で伝達するSmad3と結合して、Smad 蛋白による転写活性化能を抑制することが知られるようになった。TGF-β シグナルは血液細胞に対して、増殖抑制・分化促進的に働くことが知られており、そのシグナル伝達の抑制は、Evi-1 による白血病化の機序を説明する上で非常に興味深い。申請者の研究は、Evi-1 による Smad3 抑制の機序について解明し、コリプレッサー蛋白 CtBP の関与を明らかにしたものである。

1 HepG2細胞に TGF-β によって転写活性化がみられる、p3TP-Lux レポーターを導入し、レポーターアッセイを行った。この細胞に野生型 Evi-1 を導入すると、TGF-β による転写活性化能が抑制される。しかし、544-607番アミノ酸領域を欠失させた変異 Evi-1 においては、この抑制能が著明に減弱していた。よって、Evi-1 の 544-607番アミノ酸領域 (Evi-1(544-607))が転写抑制にとって重要であることが明らかとなった。

2 Evi-1(544-607) には、コリプレッサー蛋白として知られるCtBPが結合することが知られているアミノ酸配列、PXDLT/S が2つ存在している。その為、申請者は、Evi-1 と CtBP の関係について研究を進めた。Evi-1、CtBP を強制発現させた COS7細胞を用いた、免疫沈降実験によって、Evi-1 がアミノ酸 544-607番領域を介して CtBP が細胞内で結合することを明らかにした。また、2つの CtBP 結合様配列 (PFDLT,PLDLS) のうち、C末端側の PLDLS 配列のみがこの結合に関与していることを明らかにした。

3 CtBP の側の結合責任領域を求める為、CtBP の各部分と GST との融合蛋白を Evi-1 と同時に COS7細胞に発現させ、プルダウン実験を行うことにより、CtBP の全領域が Evi-1 との結合に関与していることを明らかにした。

4 前述のレポーターアッセイを、CtBP と結合できない Evi-1 変異体 (PLASS) を用いて行い、Evi-1 の転写抑制能が著明に減弱していることを示した。これにより、申請者は Evi-1 による転写抑制には CtBP との結合が必要であることを明らかにした。

5 CtBPは、ヒストン脱アセチル化酵素1(HDAc1) と結合することが知られている。申請者は、HepG2細胞に p3TP-Lux を導入したレポーターアッセイを、HDAc酵素阻害剤である、トリコスタチンの存在下に行うことによって、Evi-1 による転写抑制に CtBP と HDAc の複合体が関与していことを明らかにした。

6 ミンク肺上皮細胞 Mv1Lu細胞は、TGF-β に反応して増殖抑制がみられるが、これに Evi-1 を導入した細胞では、TGF-β 反応性が低下するため増殖抑制が鈍化する。CtBP と結合できない変異 Evi-1 を導入した Mv1Lu細胞を用いて増殖実験を行うことによって、この場合においても、CtBP との結合が必要であることを示した。

 以上、申請者の研究は、Evi-1 による転写抑制機構における、CtBP、ヒストン脱アセチル化酵素の役割を示したものである。このことは、Evi-1 によっておこる骨髄性腫瘍の治療を考える上でも意義深いものであると考えられる。すなわち、Evi-1 自体を治療標的にすることができない場合、コリプレッサーである、CtBP、HDAc を標的とした治療の可能性に道を開くものである。その点でも、今後の発展が期待できると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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