学位論文要旨



No 116395
著者(漢字) 田中,祐次
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ユウジ
標題(和) BCR/ABLを標的にした免疫療法の基礎的検討
標題(洋)
報告番号 116395
報告番号 甲16395
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1790号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 助教授 森田,寛
 東京大学 講師 武内,巧
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

 フィラデルフィア染色体は慢性骨髄性白血病 (Chronic MyelogenousLeukemia:CML) や一部の急性リンパ性白血病 (Acute Iymphoblastic leukemia:ALL) に認められる染色体異常であり、22番染色体上のBCR(breakpoint clusterregion) 遺伝子と 9番染色体上の ABL(Ableson leukemia virus) 遺伝子によりBCR/ABL 融合遺伝子 (e1a2 型、b2a2 型、b3a2 型、c3a2 型) が形成される。そして、BCR/ABL 融合蛋白質は正常細胞には存在しないことから腫瘍特異的抗原になりうると考えられている。従来の治療法では十分な効果が得られない CML やフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病(Ph+ALL)に対してこの BCR/ABL 融合蛋白質を標的とした免疫療法が新しい治療法の候補として期待されている。

 BCR/ABL 融合蛋白質を免疫療法に用いるためには、BCR/ABL 融合蛋白質に対する細胞傷害性 T リンパ球(Cytotoxic T lymphocyte:CTL) の誘導が必要である。現在までに HLAA*0201、A*2402、A3、A11、B8のHLA allele に拘束される b3a2型BCR/ABL 融合蛋白質を特異的に認識する CTL が樹立されている。しかし、e1a2 型、b2a2 型や c3a2 型の BCR/ABL 融合蛋白質に対する CTL の樹立は未だ報告されていない。未だ CTL が樹立されていない BCR/ABL 型や HLA 型に対して BCR/ABL 融合蛋白質を利用した免疫療法を行うことはできず、BCR/ABL 融合蛋白質特異的 CTLの 樹立が求められている。そこで、今回の研究では未だ特異的 CTLの 樹立がなされていない Ph+ALL で認められる e1a2 型 BCR/ABL(minor BCR/ABL) 融合蛋白質に対する CTL の誘導を試みた。

 また、我々は院内倫理委員会の承認を得て、患者への十分な説明と同意を得た上で CTL が樹立されたb3a2 型の CML に対して BCR/ABL 融合ペプチドを添加した樹状細胞 (Dendritic cells:DC) を用いた免疫療法の臨床応用を開始している。その時使用する抗原提示細胞は DC、未熟または成熟単球由来樹状細胞 (monocyte derived DC:MoDC) が候補となるが、現在報告されている樹状細胞を用いた免疫療法の人への応用ではどの抗原提示細胞がもっとも適しているのか分かっていない。そのため、対象にしている CML 患者に関して、樹状細胞、未熟 MoDC、成熟 MoDC の機能などの比較により至適な抗原提示細胞についての検討を行った。

 e1a1 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対する CTL の誘導

 e1a1 ペプチドを添加した MoDC と自己のリンパ球との混合培養を繰り返し行う方法で、健常人 (HLA DR*1501,*0406) から増殖するリンパ球細胞集団が得られた (TT-1)。この TT-1細胞は HLA*1501 に拘束される CD4 陽性 T リンパ球であり e1a2 型 BCR/ABL ペプチドに特異的である。そして、標的細胞の刺激によりインターフェロン γ を産生する Th1 型のリンパ球であった。

 更に TT-1細胞とは別の HLA-DR*1501 を持つ健常人 (HLADR*1501,1405) から CD4 陽性細胞集団の樹立を行った。自己の MoDC に ela2 型ペプチドを添加した刺激細胞に特異的反応が認めることを確認した後に限界希釈法を用いてクローンの樹立を行った。数回の刺激後に一つの CD4 陽性クローンが得られた (YM-R1)。更に詳細な解析を行ったところこの YM-R1細胞は HLA*1501 に拘束される CD4 陽性 T リンパ球であり e1a2 型 BCR/ABL ペプチドに特異的であることが判明した。また、CD4 陽性 T リンパ球ではあるが、強い細胞傷害活性を持っていた。この細胞傷害活性機構は従来知られている Fas/Fas ligand 系や perforin 系とは別であると考えられた。このような CD4 陽性細胞の詳しい細胞傷害活性機構の解析はなされていないが、今までにもいくつかの CTL の報告はされている。さらに HLA-DR*1501 をもつ患者から CTL が樹立できれば、e1a2 型 BCR/ABL 融合ペプチドを免疫療法に応用することが可能性となる。

樹状細胞、未熟 MoDC、成熟 MoDC の機能などの比較

 CML 患者 16名の末梢血から DC の樹立を行い健常人と比較した。DC は末梢血白血球の 0.1-0.4% 存在するといわれているが、CML 患者では健常人に較べ明らかに少なかった (0.OO1-0.024%)。CML 患者由来 DC の細胞表面抗原は健常人と変わりはなかった。CML 患者由来の DC の数が少ないために CML 患者由来の DC を用いた機能の検討を行うことができなかったが、細胞表面抗原の解析の結果からは健常人の DC と比較して同程度の抗原提示能を有していると考えられる。CML 患者において DC が少ない原因は IFNα やハイドロキシウレアなどの薬剤の影響、CML は幹細胞由来の疾患であるために、未熟な DC が in vivoやin vitro において成熟障害を起こしていることなどの可能性が考えられる。

 次に健常人と CML 由来未熟 MoDC と成熟 MoDC の比較検討を行った。今回の比較では、単球から IL4 と GMCSF を用いて樹立した未熟 MoDC と、更に TNFα を添加することで成熟させた MoDC を用いた。CML 患者間で未熟 MoDC と成熟 MoDC の細胞表面抗原発現に差が認められた。これは CML 由来の細胞であることや、使用している薬剤などが関与している可能性が考えられる。未熟 MoDC と成熟 MoDC の抗原提示機能の比較は、樹立した MoDC と同種のリンパ球を混合し、リンパ球の増殖能を測定することで比較した。CML 患者の一部では MoDC の CD83 発現や、その他の表面抗原の発現が低いものの、同種反応は認められた。この同種反応の結果から成熟 MoDC の方が未熟 MoDC よりも強い抗原提示能を有していると考えられる。

 DC と MoDC の機能の比較を行ったが、CML 患者では得られる DC の数が少ないために MoDC との比較実験を行うことができなかった。健常人で行った比較実験では抗原として KLH を用いた。その結果、未熟 MoDC と成熟 MoDC では大きな差が認められなかったが、DC では明らかに MoDC よりも強い抗原提示能が認められた。

 CML 患者においては、DC は最も強力な抗原提示細胞であるがその存在率が少ないことが欠点となる。MoDCはDC とは異なり十分な数を投与することができるが、DC に較べて提示能が弱いということが欠点となる。

 今回の研究では BCR/ABL 融合蛋白質に対する免疫療法の基礎的検討として、未だ樹立されていない e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対しての CTL の誘導を行うことで、極めて予後不良な Ph+ALL に対する新たな治療法の可能性を示した。そして、CML 患者に対して臨床応用を行う際の至適な抗原提示細胞の検討では、DC は強い抗原提示能を有するものの CML 患者では得られる DC の数が少ないという問題があり、MoDC は十分な数の MoDC を樹立することができ CML 患者においても抗原提示能を持つ MoDC であるものの、やはり DC に較べて抗原提示能は劣ることが比較検討により判明した。

審査要旨 要旨を表示する

慢性骨髄性白血病 (Chronic Myelogenous Leukemia:CML) や一部の急性リンパ性白血病 (Acute lymphoblastic leukemia:ALL) に認められるフィラデルフィア染色体異常により形成される BCR/ABL 融合遺伝子は正常細胞には存在しないことから腫瘍特異的抗原になりうると考えられている。従来の治療法では十分な効果が得られない CML やフィラデルフィア染色体陽性急性リンパ性白血病 (Ph+ALL) に対する新しい治療として BCR/ABL 融合蛋白質を標的とした免疫療法の応用が期待されており、今回の研究ではその基礎的検討として以下のことをおこなった。樹状細胞 (Dendritic CeII:DC) を用いた免疫療法を臨床応用するためには、BCR/ABL 融合蛋白質に対する細胞傷害性リンパ球 (CTL) を樹立することが必要である。今回、未だ誘導されていない Ph+ALL に多い e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対する CTL の樹立を行なった。CML に認める b3a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対しての CTL は既に樹立されており、HLA-A*0201 や日本人に多い A*2402 などでの樹立が報告されている。この事を利用して CML 患者に対する DC を用いた免疫療法を計画している。DC を用いた免疫療法では末梢血由来の DC と単球をサイトカインを用いて樹立する単球由来樹状細胞 (Monocyte derived DC:MoDC) が利用されているが、現在どちらの抗原提示細胞がより臨床応用に適しているか分っていない。そこで CML 由来の DC と MoDC の比較検討を行なった。以下に研究結果の要点を示す。

1.e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対する CT Lの誘導には BCR/ABL 融合遺伝子の切点を含む 17mer のペプチドを使用した。MoDC にペプチドを添加した細胞を刺激細胞とし自己のリンパ球を刺激する方法を用いた。その結果 CD4 陽性 T リンパ球が樹立できた。このリンパ球集団は e1a2型BCR/ABL 融合蛋白質に対し特異的に反応し HLA DR*1501 に拘束されていた。また interferonγ を産生する Th1 型のリンパ球であった。今回未だ報告されていない e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対する T リンパ球を樹立した。

2. HLADR*1501 を持つ別の健常人から 17mer のペプチドを添加した自己の MoDC を刺激細胞とし、限界希釈法を用いて CD4 陽性 T細胞クローンを樹立した。樹立したクローンは e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質を特異的に認識し HLA DR*1501 に拘束された。さらに、e1a2 型 BCR/ABL ペプチドを提示する抗原提示細胞を特異的に殺した。従来知られている killing の機序である Fas/Fas ligand 系 やperforin 系を阻害してもクローンの killing は阻害されないことから別の機序により kiling している可能性がある。今回の誘導は健常人で行なったが、HLA DR*1501 を持つ Ph+ALL 患者からも CTL の誘導ができれば、この e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質を用いた免疫療法を臨床応用することが可能になると考えられた。

3. 慢性骨髄性白血病患者から DC を分離した。CML 患者では健常人に較べ明らかに少なかった。CML 患者由来 DC の細胞表面抗原は健常人と変わりはなかった。CML 患者由来の DC の数が少ないために CML 患者由来の DC を用いた機能の検討を行うことができなかったが、細胞表面抗原の解析の結果からは健常人の DC と比較して同程度の抗原提示能を有していると考えられた。

4 .CML 由来未熟 MoDC と成熟 MoDC の比較検討を行った。CML 患者間で未熟 MoDC と成熟 MoDC の細胞表面抗原発現に差が認められた。これは CML 由来の細胞であることや、使用している薬剤などが関与している可能性が考えられる。未熟 MoDC と成熟 MoDC の抗原提示機能の実験結果では成熟 MoDC の方が未熟 MoDC よりも強い抗原提示能を有していると考えられた。

5. DC と MoDC の機能の比較を行ったが、CML 患者では得られる DC の数が少ないために MoDC との比較実験を行うことができなかった。健常人で行った比較実験の結果、未熟 MoDC と成熟 MoDC では大きな差が認められなかったが、DC では明らかに MoDC よりも強い抗原提示能が認められた。

 今回の研究では BCR/ABL 融合蛋白質に対する免疫療法の基礎的検討として、未だ樹立されていない e1a2 型 BCR/ABL 融合蛋白質に対しての CTL の誘導を行うことで、極めて予後不良な Ph+ALL に対する新たな治療法の可能性を示した。そして、CML 患者に対して臨床応用を行う際の至適な抗原提示細胞の検討では、DC は強い抗原提示能を有するものの CML 患者では得られる DC の数が少ないという問題があり、MoDC は十分な数の MoDC を樹立することができ CML 患者においても抗原提示能を持つ MoDC であるものの、やはり DC に較べて抗原提示能は劣ることが比較検討により判明した。樹状細胞を用いた免疫療法は、腫瘍特異的な免疫反応を使って副作用の少ない新たな治療法として注目されている。今回の研究は今後の免疫療法の研究の発展に重要な貢献をなすと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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