学位論文要旨



No 116396
著者(漢字) 湯地,晃一郎
著者(英字)
著者(カナ) ユジ,コウイチロウ
標題(和) t(7;12)(P15;P13)を有する急性骨髄性白血病症例に認められた新規TEL融合遺伝子TSLの解析甲16396
標題(洋)
報告番号 116396
報告番号 甲16396
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1791号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 奥平,博一
内容要旨 要旨を表示する

 染色体異常は、癌の発生に重要な役割を負っていることが証明されている。中でも固形腫瘍・白血病における染色体転座は、融合遺伝子及び融合蛋白の発現により癌化を引き起こすことが示されている。TEL(translocation-ETS-leukemia) は ETV6 とも称され、急性白血病及び遺伝性繊維肉腫の染色体転座に関与する転写因子であり、12番染色体短腕の染色体異常において半分以上に関与することが知られている。TEL は当初 t(5;12)(p31;p13) をもつ慢性骨髄単球性白血病 (CMMoL) 症例において PDGFRβ (血小板由来成長因子受容体 β,Platelet-Derived Growth Factor Receptorβ) と融合する遺伝子としてクローニングされた。TEL は、生物種間で保存されている転写因子の ETS(E-26 transforming specific)family に属している。TEL 遺伝子は、特定の DNA 配列に結合する ETS 領域と、蛋白間相互作用に関与する HLH(Helix-Loop-Helix,pointed とも呼ばれる)領域の、2 つの機能領域から構成される。ETS 領域は、C/A-GGA-AT の特異的 DNA 配列を認識し、他の転写因子と協調して転写を制御し、発生・分化に重要な役割を担っている。また HLH 領域は ETSfamily の遺伝子間の蛋白相互作用に重要な役割を果たしてしいる。

 現在までに、TEL の相手融合遺伝子として、チロシンキナーゼ (PDGFRβ,ABL,JAK2,TRKC,ARG),転写因子 (AML1,MN1,Evi1,CDX2),その他の遺伝子 (STL,BTL,ACS2,ARNT) の 13 種類が報告されてきた。TEL-PDGFRβ 融合遺伝子においては、TEL の HLH 領域と PDGFRβ のチロシンキナーゼ領域が融合するが、融合蛋白のHLH領域がoligomerization して homodimer を形成し、チロシンキナーゼのキナーゼ部位が活性化され、癌化能を獲得することが腫瘍細胞株及び動物モデルで示されている。また代表的な TEL-転写因子融合遺伝子は、TEL-AML1 であり、小児B細胞性急性リンパ性白血病 (ALL) の 25% に認められる。TEL-AML1 融合遺伝子においては、TEL の HLH 領域に続いて、AML1 の DNA 結合領域を含むほぼ全長が融合する。白血病発症機序としては、TEL-AML1 融合蛋白が正常 TEL 蛋白と HLH 領域を介し heterodimer を形成しすることで正常 TEL 遺伝子がもつ転写抑制能に対して dominant negative に働く機序と、TEL-AML1 融合蛋白が正常 AML1 標的遺伝子のエンハンサー配列に結合することで正常、AML1 標的遺伝子の制御に異常が生じる機序が提唱されている。更に、TEL-AML1 融合遺伝子を有する症例では対側TEL allele が変異していることが白血病発症に重要であることが報告されている。以上から TEL が癌抑制遺伝子である可能性が示唆されている。しかしながら一方で、TEL ノックアウトマウスが胎生期子宮内死亡に至るため、TEL が癌抑制遺伝子である直接的な証明は得られていない。TEL ノックアウトマウスは、卵黄嚢での血管形成が障害されることで死亡に至るが、血液前駆細胞は in vitro においては各種血球細胞に分化することが可能であることが示されている。また、TEL-/- の ES細胞をもつキメラマウスの解析では、TEL は卵黄嚢、胎児肝における成人型造血系の増殖分化には必要ないが、骨髄造血の確立には不可欠であることが示された。TEL-/- 造血幹細胞や前駆細胞には骨髄への移動あるいはホーミングの障害、あるいは骨髄微小環境での適切な反応や生存の障害があると考えられ、TEL は骨髄造血に特異的な転写因子である可能性が示唆される。

 今回、急性骨髄性白血病 (acute myelocytic leukemia,AML) を発症した患者の染色体分析において、t(7;12)(p15;p13) が認められ、TEL 遺伝子の関与が推測された。私は t(7;12)(p15;p13) が TEL 遺伝子の関与する染色体転座であることを見いだし、TEL に融合する相手新規遺伝子の検索を行い、7p15 にコードされる新規遺伝子として TSL(testis-expressed,seven-twelve,leukemia) を同定した。TSL は TEL 融合遺伝子として 14番目の遺伝子である。また更に TSL は、新規遺伝子 human 3'-hydroxyisobutyratedehydrogenase (ヒト 3HIBDH) の 86kb 内にコードされる、遺伝子内遺伝子であることを明らかにした。症例は5歳男児、French-American-British(FAB) 分類にて AML-M1 と診断した。染色体分析にて t(7;12)(p15;p13) を 30細胞中 23細胞に認めた。患者骨髄細胞にて Fluorescence in situ hybridization(FISH) を施行したところ、転座の切断点は TEL 遺伝子 exon2 と exon 1B 内の intron2(82kb) に存在することが明らかとなった。

 TEL 融合遺伝子同定のために、3'-RACE(Rapid Amplification of cDNA 3'Ends) を施行し塩基配列を解析したところ、TEL exon2に続いて新規配列が得られた。新規配列は 7p11-21 のゲノム配列を含む PAC(P1-derived atrificial chromosome)clone である GS1-98E2(Genbank AC007130) 配列の一部に完全に一致しており、また既知の4個の EST(expression sequence tag) clone とも一致していた。TELL-新規融合遺伝子の存在を証明するために、プライマーを新規配列に設定して患者検体を鋳型とした nested PCR を施行し塩基配列を解析したところ、3種類の alternative splicing form が存在することが判明した。この融合遺伝子の翻訳産物としては、いずれも新規遺伝子部分でin-frame stop が入り、TEL の機能領域 (HLH、ETS) を持たない短い融合蛋白が形成された。この新規配列は染色体 7p15 に位置する新規遺伝子の一部であると考えられ、TSL(testis,seven-twelve,leukemia) と命名した。

 TSL の全長決定のために、新規配列をプローブとしてヒト正常精巣 cDNA library のスクリーニングを行い、551bp の TSL-Aと424bpのTSL-B の、2 つのクローンが得られ、alternative splicing form だと考えられた (Genbank AB050001,AB050002 にて新規登録)。ORF(open reading frame) 検索では、195bp の ORF が得られ、64 アミノ酸をコードすると予想され、既知の蛋白・機能領域と相同性を示さなかった。

 2 つのクローンのヒト正常臓器における発現の差を RT-PCR 及びノーザンブロットにより確認したところ、551bp の TSL- Aのみが精巣にて強く発現していることが判明した。また nested PCR では、TSL-A 及び TSL-B 共各種臓器でバンドが認められ、弱く発現していると考えられた。RNase Protection Assay を行ったところ、ヒト精巣腫瘍株 NEC8 においても TSL-A のみ全長の発現が認められた。また TSL-A の転写開始点は翻訳開始点より 295bp 上流に位置していた。TSL 蛋白に対するポリクローナル抗体を作成し。ウエスタンブロット法で TSL 蛋白の確認を試みたが、精巣腫瘍株において内在性 TSL 蛋白を検出することはできなかった。

 また TSL 塩基配列のデータベース検索により。TSL は EST clone のスプライスアウトされたイントロン内にコードされていることが判明し。相同性検索及び 3'/5'-RACE を行い。新規遺伝子ヒト 3'-hydroxyisobutyrate dehydrogenase(3HIBDH) をクローニングした。TSL は 86kb のヒト 3HIBDH の第4 イントロン内に存在し、また 3HIDBH と逆向きに翻訳される遺伝子内遺伝子であった。3HIBDH は8つの exon から構成され、全長 2254bp の塩基配列を持ち (Genbank AB050000 にて新規登録)。精巣を含む各種臓器で発現し、ORF 検索では 336 のアミノ酸をコードし、生物種間で保存されていた。

 私は本研究により、急性骨髄性白血病 (AML-M1) に認められた染色体転座である t(7;12)(P15;P13) の切断点から。TEL 遺伝子に融合する 14番目の融合遺伝子として。新規遺伝子 TSL を単離した。現在までに4症例、t(7;12)(p15;p13) に類似する染色体転座が報告されているが、うち2症例が今回の症例に類似した小児男児の AML-MO であり。t(7;12)(p15;p13) が共通の機序により、小児の分化傾向の低い白血病発症に関与している可能性が示唆された。

 t(7;12)(p15;p13) が如何に白血病発症に関与するか、機序を解明することは極めて重要である。仮説としては、1) TEL 切断点上流の TEL exon 1B のプロモーターによって、通常血液細胞で発現していない TSL 蛋白が異所性に腫瘍細胞において高発現し、白血病発症に関与する可能性、2) TEL 切断点上流の TEL exon 1A のプロモーターによって、TEL-TSL 融合蛋白が腫瘍細胞において発現し、白血病発症に関与する可能性、3)TEL の機能喪失により白血病が発症する可能性、の3つが挙げられ、現在解析中である。また今回 TSLは3HIBDH の遺伝子内遺伝子であることを示した。現在までにヒト遺伝子内遺伝子は6種が報告されているにすぎない。3HIBDH も発癌・他疾患に関与する遺伝子かどうか、他生物においても TSL の相同遺伝子は 3HIBDH イントロン内に位置しているのか。などの点が興味深く、今後の更なる解析が必要である。

審査要旨 要旨を表示する

TEL(translocation-ETS-leukemia) は ETV6 とも称され、急性白血病及び遺伝性線維肉腫の染色体転座に関与する転写因子であり、12番染色体短腕の染色体異常において半分以上に関与することが知られている。本研究においては、小児急性骨髄性白血病症例において認められた t(7;12)(p15;p13)が、TEL 遺伝子の関与する染色体転座かどうかが検討され、TEL 遺伝子に融合する相手新規遺伝子が検索された。以下に研究結果の要点を示す。

1.症例は5歳男児、French-American-British(FAB) 分類にて AML-M1 と診断された。染色体分析にてt(7;12)(p15;p13) を 30細胞中 23細胞に認められた。患者骨髄細胞にて Fluorescence in situ hybridization(FISH) を施行したところ、転座の切断点はTEL遺伝子 exon2とexon IB 内の intron2(82kb) に存在することが明らかとなった。

2.TEL融合遺伝子同定のために、3'-RACE(Rapid Amplification of cDNA 3'Ends) を施行し塩基配列を解析したところ、TEL exon2に続いて新規配列が得られた。新規配列は 7p11-21 のゲノム配列を含むPAC(P1-derived atrificial chromosome)clone である GS1-98E2(Genbank AC007130) 配列の一部に完全に一致しており、また既知の4個の EST(expression sequence tag)clone とも一致していた。TEL-新規融合遺伝子の存在を証明するために、プライマーを新規配列に設定して患者検体を鋳型とした nested PCR を施行し塩基配列を解析したところ、3種類の alternative splicing form が存在することが判明した。この融合遺伝子の翻訳産物としては、いずれも新規遺伝子部分で in-frame stop が入り、TEL の機能領域 (HLH,ETS) を持たない短い融合蛋白が形成された。この新規配列は染色体 7p15 に位置する新規遺伝子の一部であると考えられ、TSL(testis,seven-twelve、leukemia と命名した。TSL は TEL 融合遺伝子として14番目の遺伝子であった。

3.TSLの全長決定のために、新規配列をプローブとしてヒト正常精巣 cDNA libraly のスクリーニングを行い、551bp の TSL-Aと424bp の TSL-B の、2つのクローンが得られ、alternative splicing form だと考えられた (Genbank AB050001、AB050002にて新規登録)、ORF(open reading frame) 検索では、195bp の ORF が得られ、64 アミノ酸をコードすると予想され、既知の蛋白・機能領域と相同性を示さなかった。

4.2つのクローンのヒト正常臓器における発現の差を RT-PCR 及びノーザンブロットにより確認したところ、551bp の TSL-A のみが精巣にて強く発現していることが判明した。またnestedPCR では、TSL-A 及びTSL-B 共各種臓器でバンドが認められ、弱く発現していると考えられた。RNase Protection Assay を行ったところ、ヒト精巣腫瘍株 NEC8 においても TSL-A のみ全長の発現が認められた。また TSL-A の転写開始点は翻訳開始点より295bp上流に位置していた。

5.TSL蛋白に対するポリクローナル抗体を作成し、ウエスタンブロット法でTSL蛋白の確認を行ったが、精巣腫瘍株で内在性 TSL 蛋白を検出することはできなかった。

6.現在までに4症例、t(7;12)(p15;p13) に類似する染色体転座が報告されているが、うち2症例が今回症例に類似した小児男児の AML-MO であり、t(7;12)(p15;p13) が共通の機序により小児の分化傾向の低い白血病発症に関与している可能性が示唆された。

7.TSL塩基配列のデータベース検索により、TSL は EST clone のスプライスアウトされたイントロン内にコードされていることが判明し、相同性検索及び 3'/5'-RACE を行い、新規遺伝子ヒト 3'-hydroxyisobutyrate dehydrogenase (3HIBDH) をクローニングした。TSL は 86kb のヒト 3HIBDH の第4 イントロン内に存在し、また 3HIBDH と逆向きに翻訳される遺伝子内遺伝子であった。3HIBDH は 3-ヒドロキシイソ酪酸をメチルマロン酸セミアルデヒドに変換する脱水素酵素であり、8つの exon から構成され、全長 2254bp の塩基配列を持ち (Genbank AB050000 にて新規登録)、精巣を含む各種臓器で発現し、ORF 検索では 336 のアミノ酸をコードし、生物種間で保存されていた。

以上、本研究において、急性骨髄性白血病 (AML-M1)に認められた染色体転座である t(7;12)(p15;p13)の切断点から、TEL遺伝子に融合する 14番目の融合遺伝子として、新規遺伝子TSLが単離された。加えて染色体7p15 上に存在する新規遺伝子 3HIBDH が単離され、TSLは 3HIBDH の遺伝子内遺伝子であることが明らかとなった。本研究では新規遺伝子2種類が単離され、白血病を含む発癌機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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