学位論文要旨



No 116398
著者(漢字) 小林,弘
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒロシ
標題(和) ヒトT細胞機能及び活性化におけるテトラスパン・スーパーファミリーの役割 : CD9分子を中心として
標題(洋)
報告番号 116398
報告番号 甲16398
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1793号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 助教授 金井,芳之
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 講師 竹内,二士夫
内容要旨 要旨を表示する

(序論)

T細胞は、免疫応答の中枢的な役割を果たしている。その中でも CD4+T細胞は、その中心的存在である。ヒト CD4+T細胞は、CD45RO+CD29high メモリー T細胞サブセット、CD45RA+CD29low ナイーブT細胞サブセットという機能的に異なる二大サブセットから構成され、これら T細胞サブセットが直接的、間接的に相互作用し T細胞による免疫応答の調節がなされている。各 T細胞サブセットの機能解析とその細胞表面分子の構造及び機能の研究によって、T細胞上の細胞表面分子は単なるサブセットのマーカーとしてだけではなく、その機能に密接に関わっていることが明らかとなってきた。

 1993年に当研究室の野島らは、メモリー T細胞サブセットに優位に発現する CD82 分子を報告した。この分子は、N末端、C末端ともに、細胞内に存在し、4 回膜貫通型の蛋白質 と推定され、テトラスパン・ファミリーという新しいファミリーを形成している。その発現は、血液系細胞を始め、上皮細胞、内皮細胞、神経細胞など様々な組織で認められ、細胞の活性化、増殖、運動性、融合などの機能に関与していると考えられているが、その生体での役割は不明である。

 森本らは、ヒトT細胞サブセットにおける免疫応答の調節機構の詳細を明らかにする目的で、種々の T細胞サブセットに対するモノクローナル抗体を樹立し、その対応抗原分子を同定し、解析を行ってきた。この目的で、抗5H9抗体も樹立されたが、その対応抗原は不明であった。

 本研究においては、抗5H9抗体は CD45RA+ ナイーブT細胞サブセットの一部と優位に反応することから、この対応抗原分子がナイーブT細胞サブセットの機能に関わっている可能性を考え、第一部では、この 5H9 抗体の対応抗原の解析及び分子の同定を行った。その結果、テトラスパン・ファミリーに属する CD9分子であった。第二部では、更に、この分子の機能解析としてアポトーシス誘導能の解析と CD9+CD45RA+T細胞の機能を解析し、T細胞に発現する CD9分子の意義について検討した。

(第一部)

緒言)

 CD45RA+ ナイーブT細胞サブセットの機能やその意義について更に明らかにするために、このサブセットの一部と優位に反応する抗5H9抗体の対応抗原分子の解析及び同定を行った。

方法及び結果)

抗5H9抗体は、ヒト赤白血病細胞株 K562 を BALB/c マウスに免疫することによって得られた。フローサイトメトリーで解析すると、5H9抗原は末梢血 T細胞の平均 26.6±9.5% n=5 に発現し、CD45 アイソフォームとの関係は、CD45RO+細胞では4.9±3.7% と発現は乏しいが、CD45RA+細胞では22.6±10.2% と優位に発現していた。さらに、PHA などのマイトージェン刺激による T細胞の活性化にともなって、陽性率は 57% に増強し、T細胞に対する抗CD3抗体と抗5H9抗体による固相化刺激によって、共刺激活性を誘導することが明らかとなった。そして、免疫沈降法では分子量約 24kDa の蛋白質であることが判明し、レトロウイルスベクターによる発現クローニング法を用いて cDNA クローニングを行い、その塩基配列を決定したところヒトCD9であった。

結論)

CD45RA+ ナイーブT細胞サブセットに優位に発現し、T細胞の活性化に伴う発現の増強や、共刺激活性を有する5H9抗原はテトラスパンファミリー分子のCD9であることが明らかとなった。同じテトラスパンファミリーに属するCD82が、メモリーサブセットに優位に発現しているというこれまでの報告からも、各サブセットの機能への関わりが強く示唆された。

(第二部)

緒言)

 これまで、マウス T細胞においては、CD9はCD3/T細胞抗原受容体 (TCR) 依存性の共刺激シグナルとそれに引き続いてアポトーシスを介する活性化細胞死を誘導するとの報告がある。第二部では、ヒトCD9分子を介するアポトーシスの検討とヒトCD9+CD45RA+T細胞サブセットの機能を検討することによって、テトラスパンファミリー分子CD9のヒトT細胞における機能的意義について検討した。

方法及び結果)

1. 抗5H9抗体によるCD9のクロスリンクに伴うアポトーシスの誘導

 ヒト末梢血T細胞でCD3/TCRとCD9の共刺激では、マウスで報告されているような増殖反応の低下がおこらなかったことから、更に抗5H9抗体と抗マウスIgを用いて、液相クロスリンクによる刺激後のアポトーシスについて、Rapid PI 染色法を用いて検討した。はじめに、末梢血 T細胞、PHA-activated T cell blasts を用いて検討した結果、抗5H9抗体では、アポトーシスは誘導出来なかった。更に、末梢血由来のT細胞クローンを用いて同様の検討を行ったところ、CD9の発現が高い2種類のクローン (clonel,clone2) に対してアポトーシスが誘導された。そこで、CD9が発現していないJjrkatT細胞株で、Jurkat CD9トランスフェクタント細胞を作製し、抗5H9抗体によるクロスリンクを行ったところアポトーシスを誘導することが出来た。これらの結果から、抗5H9抗体を単独で用いたCD9のクロスリンクで、T細胞に対してアポトーシスが誘導されることが明らかとなった。

2. 抗5H9抗体のautologous mixed ymphocyte reaction(autoMLR) に対すする影響

 次に CD9分子が、T細胞とnon-T細胞 (マクロファージや樹状細胞、B細胞など) との細胞-細胞間相互作用に関与しているかを検討するために、mixed lymphocyte reaction の系に抗5H9抗体を添加し、その影響を検討した。allogeneic MLRやPHA 刺激においては、コントロール抗体あるいは抗5H9抗体を添加しても、[3H] チミジンの取り込みに変化は認めなかったが、autologous MLR の系に、抗5H9抗体を添加した場合のみ、抗体なし及びコントロール抗体の場合と比較して有意に抑制した (P<0.05)。このことからCD9分子が autologous MLR に関与している可能性が強く示唆された。

3. CD9+T細胞サブセットの自己抗原に対する反応性について

 さらに、抗5H9抗体が autologous MLR を抑制したことや CD45RA+T細胞サブセットが、自己抗原への反応性を示すサブセットであるとの報告などから、CD9+CD45RA+T細胞サブセットの自己抗原に対する反応性を検討した。自己抗原としては、β2-glycoprotein I (β2GPI) を用いた。CD9+CD45RA+ サブセット(平均±標準偏差:21210±3851 cpm) とCD9-CD45RA+ サブセット(平均±標準偏差:13930±652cpm) を比較すると、有意に CD9+CD45RA+ サブセットに高い反応が認められた。このことから、CD45RA+T細胞サブセットの中でも CD9+CD45RA+T細胞が自己抗原原反応性サブセットを多く含む可能性が示唆された。

結論)

 ヒトCD9分子はT細胞上において、CD9単独の液相クロスリンクにより、アポトーシスを誘導することが明らかとなった。これまで、ヒトT細胞では発現していないと考えられていた CD9分子が、ヒトT細胞でも発現し、CD3/TCR 刺激依存性の共刺激あるいはCD9単独の刺激によるアポトーシスを誘導し、機能分子としての役割を果たしている可能性が示された。また、抗5H9抗体は、autologous mixed lymphocyte reaction を抑制し、更にCD9+CD45RA+T細胞サブセットは、自己抗原 (β2GPI) に対して反応性を示すサブセットを多く含むことから、自己免疫との関連性を示すCD45RA+ ナイーブT細胞サブセットの一部がテトラスパンファミリー分子CD9の発現によって機能制御されている可能性が示唆された。

 今後は、CD9のリガンドや会合分子の同定などを含めた共刺激活性及びアポトーシス誘導メカニズムといった T細胞における CD9分子の機能解析をさらに深く研究していくこと、全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患患者で、CD9分子の機能異常を検討していくことは、自己免疫疾患の病態メカニズムの解明にせまる新しいアプローチとなり、新たな治療法開発に結びつく可能性も期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、ヒトT細胞サブセットによる免疫応答の調節機構の詳細を明らかにする目的で樹立されたモノクローナル抗体、抗5H9抗体の対応抗原分子の同定、及びその機能、並びに T細胞における意義について解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1. CD45RA+ ナイーブT細胞サブセットと優位に反応する抗5H9抗体の対応抗原分子は、免疫沈降法による解析、及び、レトロウイルスベクターによる発現クローニング法を用いた cDNA クローニングとその DNA塩基配列の解析の結果から、テトラスパン・スーパーファミリーの CD9分子であることが示された。

2. ヒトT細胞上の CD9分子は、抗CD3抗体と抗5H9抗体の固相化刺激によって、共刺激活性を誘導し、また、抗5H9抗体の単独のクロスリンクによっては、アポトーシスが誘導されたことから、CD3/T細胞抗原受容体依存性の細胞増殖や非依存性のアポトーシスに関与する機能分子であることが示された。

3. 抗5H9抗体が自己応答性の反応を示していると考えられている autologous MLR を有意に抑制し、さらに CD9+CD45RA+T細胞サブセットは、CD45RA+CD9-T細胞サブセットと比較して自己抗原 (β2-glycoprotein I)との反応性が有意に高いことを示し、CD9+CD45RA+T細胞の中に自己応答性を示す T細胞を多く含んでおり、自己免疫との関連性を示す CD45RA+ ナイーブT細胞サブセットの一部がテトラスパンファミリー分子 CD9の発現によって機能制御されている可能性が示唆された。

 以上、本論文は、テトラスパン・スーパーファミリーのCD9分子が、ヒトT細胞において、CD3/T細胞抗原受容体依存性の増殖反応、また、非依存性のアポトーシス誘導などの機能分子として存在していることを示し、更に CD9+CD45RA+T細胞が自己反応性に関与している可能性や、CD9がその調節に関わっている可能性を示し、T細胞サブセットによる免疫応答調節機構の解明と自己免疫病態の解明へ新たな指針を示した点で重要な貢献をしたと考えられ学位の授与に値するものと考えられる。

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