No | 116399 | |
著者(漢字) | 中原,理佳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカハラ,リカ | |
標題(和) | 2型糖尿病患者における血糖コントロールに心理社会的因子が与える影響 | |
標題(洋) | Inf luence of Psychosocial Factors on Glycemic Control in Patients with Type2diabetes | |
報告番号 | 116399 | |
報告番号 | 甲16399 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1794号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 糖尿病の治療においては、合併症を予防するための厳格な血糖コントロールが重要であり、2型糖尿病患者においても、UK Control Prospective Diabetes Study group がその有効性を報告している。しかし、患者の QOL に関しては、厳密な血糖コントロールが常に QOL の向上と結びつくとは限らず、身体状態とともに認知や感情などの心理社会的側面に対する評価および対応も重要であることが指摘されている。また、過去の研究では、糖尿病の血糖コントロールには、種々の心理社会的因子が関与していることが報告されている。これには、心理的ストレスが神経内分泌系に与える直接的な作用と、治療の遵守(アドヒアランス)を低下させることによる間接的な作用があげられる。特に、後者の作用に関しては、糖尿病治療には、食事制限や運動、服薬、インスリン注射などのセルフケア行動を継続することが重要であることから、ライフイベントや日常のいらだち事、不安や抑うつなどの気分、ソーシャルサポート、セルフ・エフィカシー(治療の遵守に対する確信)、ストレス対処能力との関連が多く報告されている。しかしながら、過去の研究では、2型糖尿病患者において、これらの心理社会的因子と治療アドヒアランス、血糖コントロールとの因果関係について、包括的かつ縦断的に研究したものはほとんどない。 そこで、本研究では、共分散構造分析を用いて、ライフイベントや日常のいらだち事、ソーシャルサポート、セルフ・エフィカシー、ストレス対処能力などの心理社会的因子と血糖コントロールや合併症などの身体的因子が、2型糖尿病患者のQOLを構成する1つの因子である気分に与える影響を検討し(研究1、2)、さらに縦断的研究により、長期の血糖コントロールにこれらの心理社会的、身体的因子が与える影響を明らかにするための因果モデルを作成した(研究3)。 研究1における対象は、都内糖尿病専門病院に定期的に通院している糖尿病2型患者 300名であった。300名のうち 256名(85.5%)から回答が得られ、解析に組み込んだのは、男性 193名(62.2±8.5 歳)、女性 63名(62.7±9.4 歳)であり、グリコヘモグロビン値 (HbA1c) は 6.7±1.1% であった。 質問項目は、過去 1年間のストレス・ライフイベント (28項目より該当するものを選択し、各々に 100 点満点とした自覚的な点数を記入)、日常のいらだち事、ストレス対処能力(下位尺度として、問題中心の対処行動、情動中心の対処行動、時間中心の対処行動からなる)、ソーシャルサポート(一般的な支持と糖尿病に関連した支持からなる)、糖尿病治療に対するセルフ・エフィカシーと治療効果への期待、糖尿病に関連した苦痛、実際の治療に対するアドヒアランスの程度であった。気分は、質問紙POMS日本語版により測定した。さらに、糖尿病の家族歴、合併症の有無、治療法の種類、糖尿病に関する教育プログラム(糖尿病教室、教育入院)への参加の有無を質問し、カルテより調査時の直近に測定された HbA1c を記録した。 統計解析は、共分散構造分析を用いて、POMSで測定された不安、抑うつ、怒り、疲労、混乱の項目を目的変数とし、各々の因子の直接効果および間接効果を示す因果モデルを作成した。 研究2における対象は、研究1において質問紙への回答があった 256名の 2型糖尿病患者のうち、肺疾患で死亡した男性患者 1名と転院した男性1名、さらに治療を中断した男性患者の計3名を除く、 253名であった。データ収集の方法は、研究1において用いた質問紙に加え、6ヶ月後の時点で再度質問紙への回答を依頼した。2回目に用いた質問紙はストレス・ライフイベントが調査開始後 6ヶ月に変更されている以外は初回のものと基本的には変化はなかった。2回目の質問紙への回答は、253名中 222名(86.7%)であった。 統計解析は、共分散構造分析を用いて、研究1における因果モデルを検証した。 研究3では、まず初めに、研究1において質問紙への回答があった 256名のうち、前述の 3名を除く、253名を対象とした。 解析は、初回の調査で得られた心理社会的因子および身体的因子のデータを用い、調査開始後6ヶ月の時点での血糖コントロールの指標である HbA1c を目的変数とした因果モデルを作成し、各々の因子が前向きに血糖コントロールに与える影響について検討した。 さらに、調査開始後 12ヶ月の時点での HbA1c を目的変数として、調査開始後 6ヶ月に作成された因果モデルを検証し、心理社会的因子が長期的に血糖コントロールに与える直接的および間接的影響を示した。対象は、第2回調査時の 253名のうち、転院した男性 2名、さらに治療を中断した女性患者 1名の計 3名を除く、250名であった。研究1の結果であるが、POMS で測定された不安、抑うつ、怒り、疲労、混乱という2型糖尿病患者の気分を規定する変数としては、日常のいらだち事、情動中心型ストレスコーピング、糖尿病に関連したソーシャルサポート、セルフ・エフィカシー、糖尿病に関連した苦痛、調査時における血糖コントロールの状態 (HbA1c) の6変数がみられた。因果モデルを Figure1に示した(GFI.92、AGFI.87)。日常のいらだち事および糖尿病に関連した苦痛は情動中心型ストレスコーピングにより高められ、直接的に気分を増悪させていた。一方、セルフ・エフィカシーは、糖尿病に関連した苦痛を軽減させることができ、間接的に気分の改善に影響を与えていた。ソーシャルサポートおよび調査時の HbA1c は、気分への直接的な影響は示さなかったが、日常のいらだち事とともに、セルフ・エフィカシーを介して間接的な影響を与えていることが明らかになった。つまり日常のいらだち事が大きいほど、また血糖コントロールが不良であるほど、不安や抑うつなどの気分は増悪し、糖尿病治療に関してのセルフ・エフィカシーも低下しているという結果が認められた。このとき、情動中心型コーピングを優位に用いる患者は、日常のいらだち事や糖尿病に関連した苦痛などの心理的ストレスが増強しやすいことが示唆された。また一方では、ソーシャルサポートが得られている患者や良好な血糖コントロールを保っている患者は、糖尿病治療に関してのセルフ・エフィカシーも高まり、気分も改善されることが示唆された。研究2においても、研究1の最終モデルと同様の因果モデルが作成され(GFI.92、AGFI.88)、このモデルの信頼性が検証された。 研究3の結果であるが、調査開始後6ヶ月の時点での HbA1cを規定する変数としては、日常のいらだち事、情動中心型ストレスコーピング、糖尿病に関連したソーシャルサポート、セルフ・エフィカシー、糖尿病に関連した苦痛、治療のアドヒアランス、調査開始時における血糖コントロールの状態の7変数がみられた。因果モデルを Figure2に示した(GFI.94、AGFI.89)。日常のいらだち事および糖尿病に関連した苦痛は情動中心型ストレスコーピングにより増強され、セルフ・エフィカシーを障害し、間接的に調査開始後6ヶ月時の HbA1 cの悪化に関与していた。調査開始時における血糖コントロールの状態は直接的に6ヶ月後の HbA1c を予測させると同時に、セルフ・エフィカシーおよび糖尿病に関連した苦痛に影響を与えることにより、間接的にも6ヶ月後の HbA1c に影響を与えていた。セルフ・エフィカシーは、治療アドヒアランスを直接的に強化する唯一の因子であり、ソーシャルサポートにより強化され、6ヶ月後の HbA1c の改善に関与していることが明らかになった。つまり日常のいらだち事が大きいほど、また血糖コントロールが不良であるほど、糖尿病治療に関してのセルフ・エフィカシーが低下し、それに伴い治療アドヒアランスが低下し、これが結果的に血糖コントロールを増悪させていることが示唆された。また一方では、ソーシャルサポートが得られている患者や良好な血糖コントロールを保っている患者は、糖尿病治療に関してのセルフ・エフィカシーが高まり、高い治療アドヒアランスを維持し、6ヶ月後にも良好な血糖コントロールを維持することができることが示唆された。これらの関連は、調査開始後12ヶ月の時点での HbA1c に関しても同様であった(GFI.94、AGFI.89)。 以上の結果より、糖尿病患者における気分および血糖コントロールに関しては、日常のいらだち事および糖尿病に関連した苦痛などの心理的ストレス、コーピングスキル、ソーシャルサポート、セルフ・エフィカシーなどが直接的、間接的に関与していることが明らかとなった。特に、セルフ・エフィカシーは、陰性感情を軽減させるとともに、治療アドヒアランスに直接的に強い影響を与える因子であることから、長期的な糖尿病の治療にはセルフ・エフィカシーの強化が重要であることが示唆された。セルフ・エフィカシーは、Bandura の社会学習理論により概念化されたもので、自らの一次的体験、他者の行為を観察することによる二次的体験、自己教示や他者からの説得的な暗示、身体症状や感情などの生理的状態により形成されると言われている。本研究では、一次的体験および生理的状態の変化として、実際に良好な血糖コントロールを経験すること、他者からの二次的体験および説得的教示が得られる医療スタッフおよび家族、友人からのサポートの強化、さらに日常のいらだち事への対処、コーピングスキルの習得などにより、セルフ・エフィカシーが強化されることが示唆された。 以上、結論をまとめると、2 型糖尿病患者においては、セルフ・エフィカシーをはじめ、日常のいらだち事および糖尿病に関連した苦痛などの心理的ストレス、コーピングスキル、ソーシャルサポートなどの心理社会的因子が、直接的、間接的に、QOL を構成する1因子である気分および血糖のコントロールに関与していることが示唆され、糖尿病の治療においては、厳格な身体管理だけでなく、心理社会的な側面を含めた包括的な治療が必要であることが示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究では、2 型糖尿病患者の QOL を構成する1因子である気分に、ライフイベントや日常のいらだち事、ソーシャルサポート、セルフ・エフィカシー、ストレス対処能力などの心理社会的因子と血糖コントロールや合併症などの身体的因子が与える影響を、共分散構造分析を用いて、気分を目的変数とした因果モデルを作成して検討した。さらに、2型糖尿病患者の 6ヶ月後、12ヶ月後の血糖コントロールに、これらの心理社会的因子および身体的因子が与える影響を包括的かつ縦断的に検討するため、共分散構造分析を用いて、血糖コントロールを目的変数とした因果モデルを作成し、下記の結果を得ている。 精神的な QO Lへの影響に関して 1. 2型糖尿病患者の気分には、糖尿病に関連した苦痛と日常のいらだち事が直接的な影響を与えるほか、ストレス対処能力やセルフ・エフィカシー、ソーシャルサポート、血糖コントロールなどの因子が間接的に影響を与えていることが示唆された。 2. 糖尿病に関連した苦痛や日常のいらだち事は、情動中心型コーピングにより高められることが示唆され、これらのストレスを軽減させるためには、問題中心型コーピングなどの有効なストレス対処方法を習得することが重要であると考えられた。 3. セルフ・エフィカシーは、糖尿病に関連した苦痛を軽減させ、間接的に気分に影響を与えることが示唆された。 4. セルフ・エフィカシーは、ソーシャルサポートや良好な血糖コントロールを維持することにより強化され、日常のいらだち事により減弱されることが示唆された。 5. 以上より、2型糖尿病患者の QOL の向上には、有効なストレス対処方法の習得、ソーシャルサポートの強化や良好な血糖コントロールを維持することによりセルフ・エフィカシーを強化すること、さらに、糖尿病に関連した苦痛と日常のいらだち事を軽減することが重要であることが示唆された。 長期の血糖コントロールへの影響に関して 6. 2型糖尿病患者の6ヶ月後、12ヶ月後の血糖コントロールには、調査開始時の血糖コントロールと治療アドヒアランスが直接的な影響を与えるほか、糖尿病に関連した苦痛、日常のいらだち事、ストレス対処能力、セルフ・エフィカシー、ソーシャルサポートなどの因子が間接的に影響を与えていることが示唆された。 7. 治療アドヒアランスは、セルフ・エフィカシーにより高められ、この影響が非常に大きいことが示唆された。 8. セルフ・エフィカシーは、ソーシャルサポートや良好な血糖コントロールを維持することにより強化され、糖尿病に関連した苦痛や日常のいらだち事により減弱されることが示唆された。 9. 糖尿病に関連した苦痛や日常のいらだち事は、情動中心型コーピングにより高められることが示唆された。また、糖尿病に関連した苦痛は、過去の血糖コントロールが不良であるほど増強することが示唆された。 10. 以上より、2型糖尿病患者において、治療アドヒアランスを高め、良好な血糖コントロールを維持するためには、セルフ・エフィカシーの強化が重要であることが示唆された。そのためには、ソーシャルサポートの強化、良好な血糖コントロールの体験、有効なストレス対処方法の習得により糖尿病に関連した苦痛や日常のいらだち事を軽減することが重要であることが示唆された。さらに、2型糖尿病の治療における心理的介入の重要性も示唆された。 以上、本論文は、これまでほとんど報告のなかった、2型糖尿病患者における精神的な QOL および血糖コントロールと、種々の心理社会的因子、身体的因子との因果関係を、共分散構造分析を用いて、包括的かつ縦断的に検討した。本論文は、今後の糖尿病患者への心理的介入に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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