学位論文要旨



No 116401
著者(漢字) 石田,建
著者(英字)
著者(カナ) イシダ,タテル
標題(和) EBウィルス関連リンパ腫の遺伝子異常
標題(洋)
報告番号 116401
報告番号 甲16401
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1796号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 平井,久丸
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 鄭,子文
内容要旨 要旨を表示する

 序論

EBウイルスはBurkitt's lymphoma、膿胸関連リンパ腫、HIV関連リンパ腫などにおいて高頻度に感染を認め、その発症に関与していると考えられている。一方で悪性リンパ腫にはその組織型に対応した様々な遺伝子異常が認められる。本研究では、EBウイルス関連リンパ腫がどのような遺伝子異常や蛋白の発現と関連しているかを調べることにより、EBウイルス感染が悪性リンパ腫の発症および分化において果たす役割を明らかにすることを試みた。

 対象と方法

48例のnon-Hodgkinlymphoma、diffuse large B cell typeと診断された病理組織検体と、同一検体から抽出したDNAを用いた。EBウイルス感染の有無はEBERs in situ hybridization法により判定した。EBウイルス陽性症例にはLMP1とEBNA2の免疫組織化学染色を行ない、latency 1から3に分類した。遺伝子変異の検索にはPCR-SSCP法を用いて、p53遺伝子(exon5-exon8)とBCL6遺伝子(somatic hypermutation領域)を解析した。p53蛋白とBCL6蛋白の発現に関しては,免疫組織化学染色を行ない、immunoreactive score(IRS;陽性細胞の割合と染色の強さにより0-12点に数値化し、none(0)、low(1-3)、intermediate(4 or 6)、high(8-12)に群分けした)を用いて判定した。悪性リンパ腫の分化段階を調べるために、BCL6のほかVS38c、Syndecan1の免疫組織化学染色を行なった。EBウイルス感染とアポトーシスとの関連を調べるために、single stranded DNA(ssDNA)に対する免疫組織化学染色を行ない、apoptoticindex(AI;腫瘍細胞1000個当たりの陽性細胞数)を算出した。このような病理組織検体での分析結果をもとに、同一クローン由来でEBウイルス陰性のlymphoma cell line(FL-18)と陽性のcell line(FL-18-EB)を用いて、上記と同様の遺伝子変異の検索、免疫組織化学染色およびNorthernhybridization法とGeneChipを用いた遺伝子発現解析を行なった。

 結果

EBERs in situ hybridization法により、48例中21例がEBウイルス陽性、27例がEBウイルス陰性と判定された。EBウイルス陽性症例のうち、7例が膿胸関連リンパ腫、4例がHIV関連リンパ腫であった。Latency3に分類されたのは、膿胸関連リンパ腫の7例全例とHIV関連リンパ腫の4例中3例であった。EBウイルス感染の有無とBCL6蛋白の発現との関連を調べたところ、EBウイルス陽性症例ではIRSにてintermediateおよびhighの症例は21例中4例(19%)、EBウイルス陰性症例では27例中20例(74%)であり、EBウイルス陽性症例では有意にBCL6蛋白の発現が低下していた(P<0.001)。一方、BCL6遺伝子変異の頻度は、EBウイルス感染の有無で差を認めなかった(33% vs 37%)。また、BCL6遺伝子変異の有無とBCL6蛋白の発現との間にも明らかな関連を認めなかった。遺伝子変異のパターン(transition/transversion ratio)を調べたところ、EBウイルス陽性症例では陰性症例より同比率が高かった(1.6 vs 0.88)。同様にEBウイルス感染の有無とp53蛋白の発現との関連を調べたところ、IRSにてintermediateおよびhighの症例はEBウイルス感染の有無で差を認めなかった(43% vs 33%)。また、p53遺伝子変異の頻度についてもEBウイルス感染の有無で有意差を認めなかった(14% vs 3.7%)。p53遺伝子変異の有無とp53蛋白の発現との関連では、遺伝子変異を有する4症例がすべてIRSでintermediateおよびhighの症例であり、p53蛋白の発現を強く認めた。遺伝子変異のパターンでは、EBウイルス陽性症例では5か所の変異全てがtransitionであったが、EBウイルス陰性症例の1か所の変異はtransversionであった。EBウイルス感染の有無、BCL6、p53蛋白の発現の有無とアポトーシスの頻度との関連についてssDNAに対する免疫組織化学染色を行ない、AI(mean±SD)を算出して統計学的に比較した。その結果、EBウイルス感染の有無およびBCL6蛋白の発現の有無では、AIに差を認めなかったが(3.4±3.7 vs 3.0±2.8、2.9±2.3 vs 3.5±3.9)、p53蛋白の発現の有無ではAIに有意差を認め(4.6±3.9 vs 2.3±2.4、p<0.05)、更に野生型p53蛋白を発現している症例では、変異型を発現している症例と比してAIが有意に高値であった(5.4±4.0 vs 1.8±1.0、p<0.05)。BCL6、VS38c、Syndecan1の発現様式により、diffuse large B cell lymphomaの分化段階を表の様に4段階に分類することを試みた。この分類ではType1からType4に向かって分化が進み、GC(germinal center)phenotype(Type 1と2)の腫瘍がpost GC phenotype(Type 3と4)に分化すると仮定した。その結果、EBウイルス陽性症例ではType 1の症例を認めず、Type 2から4をそれぞれ6、7、4例認めた。一方で、EBウイルス陰性症例ではType 1から3をそれぞれ5、17、3例認めたが、Type 4の症例は認めなかった。培養細胞を用いた実験として、FL-18とFL-18-EB(latency 3)について、BCL6 somatic hypermutation領域の遺伝子変異と蛋白の発現を調べた。BCL6の遺伝子変異はFL-18とFL-18-EBに同一であり、5か所に点突然変異を認めた。免疫組織化学的には、FL-18ではBCL6蛋白の発現を認めたが、FL-18-EBでは認めなかった。さらにVS38c、Syndecan1の免疫組織化学染色を行なった結果、FL-18はBCL6+/VS38c-/Syndecan1−のGC phenotypeを示し、FL-18-EBはBCL6-/VS38c+/Syndecan1+のpost GC phenotypeを示した。Northern hybridization法を用いてBCL6遺伝子の発現を調べたところ、FL-18のみで発現を認めた。GeneChipを用いた遺伝子発現解析では、免疫組織化学染色の結果と一致した遺伝子発現を認めた。

 考察

今回検討した48例のdiffuse large B cell lymphomaでは、21例がEBウイルス陽性、27例が陰性と判定された。EBウイルス陽性症例には7例の膿胸関連リンパ腫と4例のHIV関連リンパ腫が含まれており、これらを含めて節外性発症を16例(76%)認めた。また、EBウイルス陽性症例では、latency 1から3をそれぞれ3、8、10例認め、latency 3は膿胸関連リンパ腫7例全例とHIV関連リンパ腫4例中3例で認められた。このような特異な発症形態およびウイルス遺伝子の発現が、今回明らかになったEBウイルス関連リンパ腫の2つの特徴、すなわち、BCL6蛋白の発現が有意に低下していることと、post GC phenotypeへの分化が認められること、の原因になっていると考えられる。EBウイルス陽性症例で、免疫組織化学的なBCL6蛋白の発現が低下していた原因として、まずBCL6遺伝子のsomatic hypermutation領域の遺伝子変異に着目した。それは、同領域の遺伝子変異の付加がBCL6蛋白の発現を抑制するとの報告に基づく。しかし、BCL6遺伝子変異の頻度はEBウイルス感染の有無で差を認めず、また変異の有無と蛋白の発現との間に関連を認めなかったことより、BCL6遺伝子変異が蛋白の発現を抑制するとの考え方は否定的であった。そこで、EBウイルス陰性のlymphoma cell line(FL-18)と、EBウイルス陽性のcell line(FL-18-EB)を用いて、EBウイルス感染がBCL6蛋白の発現を抑制する機序を明らかにすることを試みた。FL-18とFL-18-EBはともにBCL6遺伝子のsomatic hyper mutation領域に同一の変異を認めたが、BCL6蛋白の発現はFL-18のみに認めた。また、Northern hybridization法により、FL-18にはBCL6遺伝子の発現を認めたが、FL-18-EBでは認めなかった。この結果は、EBウイルス感染がBCL6 mRNAの発現を抑制することを示しており、その結果BCL6蛋白の発現が抑制されていることが明らかになった。もう1つ明らかになったことは、EBウイルス陽性症例ではVS38c、Syndecan1の発現したpost GC phenotypeを多く認め、EBウイルス感染が悪性リンパ腫の分化に関与している可能性を示したことである。この結果は、病理組織検体、cell lineのいずれにおいても同様であった。BCL6遺伝子は分化のスイッチとして機能し、GC B cellがmemory B cellやplasma cellに分化する際にはその発現が抑制される。BCL6蛋白の発現が恒常的となった結果、GC phenotypeから分化できずに腫瘍化するのが通常のdiffuse large B cell lymphomaの一部であるのに対し、EBウイルス感染によりBCL6遺伝子の発現が抑制された結果、post GC phonetypeへの分化が誘導されたlymphomaをEBウイルス関連リンパ腫の一部と考えることができる。このような分化段階の調節に関与しているEBウイルス遺伝子が何であるかについては現時点では明らかではない。しかし、post GC phenotypeを示したEBウイルス陽性症例の多くがlatency 3であったことから、LMP1遺伝子がその候補として挙げられる。今後、LMP1遺伝子の遺伝子導入やLMP1アンチセンスを用いた実験系で、分化段階がどのように変化するのかを確かめていく必要がある。本研究では、EBウイルス関連リンパ腫とp53遺伝子異常との間に明らかな関連を認めなかったが、p53遺伝子変異を有する症例ではp53蛋白の発現を強く認めること、野生型p53蛋白の発現が強い症例ではアポトーシスを多く認めることが明らかになった。また統計学的な有意差は認めないものの、EBウイルス陽性症例では、BCL6とp53の遺伝子変異におけるtransitionの割合が高く、腫瘍の発生に何らかの役割を果たしている可能性が考えられた。

 結語

EBウイルス関連リンパ腫のうちlatency3の症例では、免疫組織化学的なBCL6蛋白の発現が低下していた。細胞株を用いた実験系で、EBウイルス感染がBCL6遺伝子の発現を抑制していることを証明した。また、BCL6遺伝子の発現が抑制された結果、post GC phenotypeへの分化が認められた。Latency 3のEBウイルス感染は、B細胞性リンパ腫において、分化と関連した遺伝子群の発現制御に重要な働きを有していることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、EBウイルス関連リンパ腫の発生や分化において重要な役割を果たしている遺伝子異常を明らかにするため、病理組織検体と細胞株を用いて遺伝子変異と遺伝子発現の解析を行ない、下記の結果を得ている。

1. 病理組織検体を用いて免疫組織化学的なBCL6蛋白の発現を調べたところ、 latency 3のEBウイルス感染を示した悪性リンパ腫では、BCL6蛋白の発現が低下していた。同一クローン由来でfollicular lymphoma由来の細胞株、FL-18とFL-18-EB(latency 3)を用いてBCL6遺伝子発現を調べたところ、FL-18では免疫組織化学的なBCL6蛋白の発現と、Northern hybridization法によるBCL6 mRNAの発現を認めたが、FL-18-EBでは蛋白および遺伝子の発現を認めなかった。病理組織検体と細胞株のいずれにおいても、BCL6遺伝子の発現はBCL6 somatic hypermutation領域の遺伝子変異と無関係であった。これらの結果から、latency 3のEBウイルス感染はBCL6遺伝子の発現を抑制していると考えられ、LMP1遺伝子が細胞内シグナル伝達系の活性化(MAPK)を介して、BCL6遺伝子の発現を負に制御している可能性が考えられる。

2. EBウイルス関連リンパ腫の分化段階を明らかにするため、BCL6のほかにVS38cとSyndecan1の発現を調べ、その発現様式により4つの分化段階に分類した。Latency 3のEBウイルス感染を示した悪性リンパ腫では、BCL6-/VS38c+ or Syndecan1+のpost GC phenotypeを多く認めた。細胞株でもFL-18はGC phenotype、FL-18-EBはpost GC phenotypeに分類され、latency 3のEBウイルス感染が分化段階の進展に関与している可能性が示唆された。GeneChipを用いて細胞株の遺伝子発現を解析した結果、latency 3のEBウイルス感染はGC phenotypeに発現する遺伝子群の発現低下と、post GC phenotypeに発現する遺伝子群の発現増加を引き起こすことが明らかになった。この中では、ヒアルロン酸リンク蛋白であるSyndecan1の発現が節外との親和性を高める可能性があり、節外性発症を来たす悪性リンパ腫の分子生物学的なメカニズムを解明する上で貴重な所見であると考えられた。

3. EBウイルス関連リンパ腫とp53遺伝子異常との関連を明らかにするため、PCR-SSCP法による遺伝子変異の検索と、免疫組織化学的な蛋白の発現を調べた。その結果、EBウイルス感染の有無では遺伝子変異および蛋白の発現の頻度に有意差を認めなかった。本研究結果では、EBウイルス関連リンパ腫の発症におけるp53遺伝子異常の関与は強くないと考えられたが、従来の報告との整合性が得られなかった理由として,DNA抽出方法の相違(生検体かホルマリン固定後か)や病期の相違(発症からの時間経過や治療歴の差)が考えられる。EBウイルス陽性症例ではp53遺伝子変異が全てtransitionであり、今後症例の蓄積を待ってEBウイルス感染がmutagenとしての作用を有するかどうか検討する必要がある。

4. EBウイルス関連リンパ腫とアポトーシスとの関連を明らかにするため、single stranded DNA(ssDNA)法を用いてapoptotic index(AI)を算出した。その結果,EBウイルス感染の有無ではAI値に有意差を認めず、in vitroでの知見、即ちEBウイルスがBCL2遺伝子発現を介してアポトーシスを抑制する機構は証明されなかった。しかし、野生型p53蛋白を発現した群ではAI値が有意に高く、このような症例は細胞増殖周期の早い高悪性度群に属している可能性が考えられ、今後の病理組織検索においてp53とssDNAの組み合わせは有用な手法であると考えられた。

 以上、本論文は悪性リンパ腫においてEBウイルス感染がBCL6遺伝子発現を抑制することをin vitroの実験系を用いて初めて証明し、その結果post GC phenotypeへの分化が進むことを包括的な遺伝子検索により明らかにした点で、EBウイルス関連リンパ腫の発生や分化の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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