学位論文要旨



No 116407
著者(漢字) 水口,剛雄
著者(英字)
著者(カナ) ミナグチ,タケオ
標題(和) アデノウイルス・ベクターを用いたPTEN遺伝子のヒト卵巣癌細胞への導入による増殖抑制作用
標題(洋) Growth Suppression of Human Ovarian Cancer Cells by Adenovirus-mediated Transfer of the PTEN Gene
報告番号 116407
報告番号 甲16407
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1802号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 堤,治
 東京大学 助教授 河原崎,秀雄
 東京大学 助教授 辻,浩一郎
 東京大学 講師 中川,恵一
内容要旨 要旨を表示する

 染色体10q23に位置する癌抑制遺伝子PTENは、フォスファチジル・イノシトール脱リン酸化酵素をコードし、PI3キナーゼを介す細胞増殖のシグナル伝達経路に対して抑制的に働く。最近、PI3キナーゼの活性サブユニットPIK3CAが、卵巣癌において高頻度に増幅、活性化されていることが報告された。従って、PTEN遺伝子の変異は卵巣癌においては稀であると報告されているが、もしPTEN遺伝子の導入による過剰発現が、卵巣癌の活性化されたPI3キナーゼを介す細胞増殖経路を抑制することができれば、有効な卵巣癌治療となるかもしれない。その可能性を検証するため、我々はまず正常のPTEN遺伝子を発現するアデノウイルス・ベクターを作製した。E1およびE3領域を欠失した5型アデノウイルスの全ゲノムとCAGプロモーターを含むコスミドへFTEN cDNAを組み込み、末端タンパク質付きアデノウイルス・ゲノムDNAと共に293細胞へトランスフェクションし、相同組み換えによりアデノウイルスAdCAPTENを作製した。同時に、コントロール・ウイルスAdCAおよびβ-ガラクトシダーゼ遺伝子を発現するAdCALacZも作製した。AdCAPTENをヒト卵巣癌細胞株SK-OV-3へMOI 100で感染させ、ウェスタン・ブロットにより経時的にPTEN蛋白の発現量を調べたところ、感染後約18時間から過剰発現が確認された。

 次に卵巣癌細胞の増殖に対するPTENの作用を調べるため、9つのヒト卵巣癌細胞株(MDAH2774、TYK-nu、SW626、NIH:OVCAR-3、OV-1063、SK-OV-3、Caov-3、ES-2、MCAS)にAdCAPTENおよびAdCAを感染させ、細胞数の変化を調べた。これら9株は全て、正常のPTEN遺伝子を持つことがダイレクト・シークエンスにより予め確認された。PTEN遺伝子の導入はウイルス・ベクターのみの感染と比較して、9細胞株のうち6つ(MDAH2774、TYK-nu、SW626、NIH:OVCAR-3、OV-1063、SK-OV-3)の増殖を有意に抑制した。その増殖抑制の度合は、各細胞株での内因性PTENおよびPIK3CA遺伝子の発現レベルとは関係せず、AdCALacZ(MOI 100)の感染により行ったβ-ガラクトシダーゼ・アッセイにおける各細胞株の遺伝子導入効率と相関した。更に、この増殖抑制作用の分子機構を解明するためフローサイトメトリーおよびTUNEL染色を施行したところ、観察された増殖抑制作用はアポトーシスおよびG1アレス卜を介しており、また高い遺伝子導入効率はアポトーシスの誘導と相関していることが分かった。

 アデノウイルスによる遺伝子導入には、細胞でのアデノウイルス受容体すなわちHCAR(ヒト・コクサッキー・アデノウイルス受容体)、インテグリンαv、β3およびβ5の発現が必要と考えられている。そこで我々は、これらアデノウイルス受容体の各卵巣癌細胞株での発現レベルをRT-PCR法により調べた。HCARの発現は、調べた卵巣癌細胞9株では認められず、アデノウイルス受容体のうちインテグリンαvの発現レベルと遺伝子導入効率(P=0.014)、および増殖抑制の度合(P=0.009)とが有意に相関していた。

 以上の事実は、アデノウイルス・ベクターを用いたPTEN遺伝子の導入が、卵巣癌に対する有効な治療法となりうる可能性を示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 癌抑制遺伝子PTENは、卵巣癌において高頻度に活性化されているとされるPI3キナーゼを介す細胞増殖のシグナル伝達経路に対して抑制的に働くと考えられている。従って、PTEN遺伝子導入による過剰発現は、有効な卵巣癌治療となる可能性がある。本研究はその可能性を検証するため、正常のPTEN遺伝子を発現するアデノウイルス・ベクターAdCAPTENを作製し、その卵巣癌細胞に対する作用を調べたものであり、下記の結果を得ている。

1. 正常のPTEN遺伝子を持つ9つのヒト卵巣癌細胞株(MDAH 2774、TYK-nu、SW 626、NIH:OVCAR-3、OV-1063、SK-OV-3、Caov-3、ES-2、MCAS)にAdCAPTENおよびコントロール・ウイルスAdCAを感染させたところ、PTEN遺伝子の導入はベクターのみの感染と比較して、9株のうち6つ(MDAH 2774、TYK-nu、SW 626、NIH:OVCAR-3、OV-1063、SK-OV-3)の増殖を有意に抑制することが示された。

2. その増殖抑制の度合は、各細胞株での内因性PTENおよびPIK3CA遺伝子の発現レベルとは関係せず、AdCALacZの感染により行ったβ-ガラクトシダーゼ・アッセイにおける各細胞株の遺伝子導入効率と相関した。

3. 更に、この増殖抑制作用の分子機構を解明するためフローサイトメトリーおよびTUNEL染色を施行したところ、観察された増殖抑制作用はアポトーシスおよびG1アレストを介しており、また高い遺伝子導入効率はアポトーシスの誘導と相関していることが示された。

4. アデノウイルスによる遺伝子導入には、細胞でのアデノウイルス受容体すなわちHCAR(ヒト・コクサッキー・アデノウイルス受容体)、インテグリンαv、β3およびβ5の発現が必要と考えられており、これらアデノウィルス受容体の各卵巣癌細胞株での発現レベルをRT-PCR法により調べたところ、インテグリンαvの発現レベルと遺伝子導入効率(P=0.014)、および増殖抑制の度合(P=0.009)とが有意に相関することが示された。

 以上、本論文はアデノウイルス・ベクターを用いたPTEN遺伝子の導入は、アポトーシスおよびG1アレストを介して卵巣癌細胞の増殖を有意に抑制し、その効果は卵巣癌細胞におけるインテグリンαvの発現量と相関することを明らかにした。本研究はアデノウイルス・ベクターを用いたPTEN遺伝子導入による卵巣癌治療について重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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